少子化現象の意味するものはなんだろう!
少子化対策はほんとうにわたしたちの幸せにつながるのでしょうか? |
実は少子化の現象にはさらに深い意味がこめられています。
わたしたちは、誰でもが生まれる前に「こころの進化」を目的に地球学校における自分に最もふさわしいクラスを選択しています。日本に生まれてきたわたしたちは、地球学校の「日本クラス」に入学してきたわけです。
学校にはどこにも定員があるように、地球学校にも定員が決められています。そして、地球学校の日本クラスの定員は、どうやら1億2000万人程度のようです。
さて、この日本クラスですがあまりにも経済面ばかりに重きを置いて物質的な教育カリキュラムを先行させてきたためにここにきてさまざまな問題が起こり始めました。
おちこぼれが増える一方、物質世界でうまく生きれた優等生?にとっては、学校が居心地良すぎてついつい長居をしてしまうようなのです。それがゆえに、日本では新たな社会問題が生じ始めています。
天国における地球学校日本クラスの人気そのものも低下して志願者がかなり減ってきているようでもあります。どうも、地球学校日本クラスの教育カリキュラムを大幅に見直さなければならない時期にさしかかっているようです。
少子化対策の理由はなんだかとても利己的にみえませんか?
一般的に少子化の現象は、将来の労働力不足を招き、税収不足や、年金など社会保障制度の崩壊、経済活力の衰退にもつながるとして、政府は必死に対策を講じています。具体的には、育児休暇制度の充実や保育体制の整備強化などが論じられているようですが、どれも決め手を欠くように思われます。
少子化に対して政府が掲げる問題点はいずれも、経済的・物資的側面に重きをおいています。
経済力の衰退だとか、年金の問題だとか、言葉を変えていますが、要は子供をたくさん産んでわたしたちがためこんだ「つけ」を払ってもらおうという算段です。
本来、子供を産み育てる親の責任は縁あって自分を選んでくれた子供たちが無事に独り立ちして「こころの進化」を果たすためのサポートをしてあげることです。わたしたちは、子供たちに対して「無償の愛」を提供する義務があるのです。
それが出来ない環境で、少子化対策だからといって無責任に子供を増やしたとしても何も問題は解決しないどころか、ますます世の中は混迷してゆくことでしょう。
少子化の進む中でわたしたちはどのように生きればよいのでしょうか?
わたしたち人間は自然に生かされている存在です。ですから、自然の原則に逆らうことは出来ません。また、スピリチャリズムの観点からも、少子化の問題はちょっとやそっとではなくなることはないでしょう。
そのような中、わたしたちは何をするべきでしょうか?
出産をしやすい環境を整えることも大変重要ですが、シニア同志がサポートし合える優しい社会を作り上げてゆくことがそれにもまして求められます。
私たちの一人ひとりが生涯に渡りお互いに助け合えるシステムを作れば、無理に若い労働力に頼らなくともみな安心して一生を全うすることが出来るのではないでしょうか?
少子化現象だけにかぎらず、今巷で起きているさまざまな問題は将来に対するわたしたちの「不安」に起因しています。
この「不安」は、わたしたちが物質経済を土台とする競争原理をやみくもに取り入れて、お互いが助け合う「こころの余裕」を失いつつあることが原因なのではないでしょうか?
私たち霊長類の人生は、野生の王国のごときサバイバルゲームであってはならないと思います。
みなさんは如何お考えでしょうか?
最後に、少子化問題からは少し離れますが、みなさんにとある素晴らしい国を紹介しておきたいと思います。
ヒマラヤのほとりにブータンというとても美しい小国があります。九州の約1.1倍程度の小国で、人口は約65.8万人、一人当たりのGNIは660ドルと、日本に比べれば経済的に取るに足らない国です。
世界の多くの国がアメリカなど先進国の文化を積極的に取り入れようとしている現代、ブータンの人々は、あらゆる面において悠々と自分たちが築き上げてきた古来の文化を守っています。
そして、この国が目指すものは、GNPの増大ではなくGNH(Gross National Happiness=国民総幸福指数)の増大なのです。
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