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長澤芙美・新作カエル小咄

明治時代の巡査のような制服の逓信省のお使いが届けた仔ウサギほどの大きさの箱の中には大変な来賓が…。いま明かされる仰天の制作秘話「信州の雨蛙」

執筆者:松原 洋一

◇新作カエル小咄「信州の雨蛙」

長澤芙美
1981年 兵庫県明石市生まれ
2006年 京都市立芸術大学美術科日本画専攻卒業

京都在住。鹿も鳴かぬ西山のふもとに住む。動物、植物を中心に日本画を描くかたわら、イラストや、創作小咄の執筆も試行。

ブログ長澤芙美・創作らんちう小咄

展覧会:長澤芙美個展
会期:2008年3月18日(火)~3月29日(土)
会場:京都・石田大成社ホール
※日曜日休館、20日(祝)は開館

逓信省のお使いが届けた箱の中には大変な来賓が…
いま明かされる仰天の制作秘話「信州の雨蛙」


初秋の昼下がりの、心地よい昼寝をさえぎり、「ごめんください」と拙宅の戸をたたくものがある。居留守を使うか少し悩んで、何度目かで「はあ」と応ずる。すると、明治時代の巡査のような制服の、逓信省のお使いが、鼻の脂を景気よくてからせながら、「長澤様、ゆうパックですが」と仔ウサギほどの大きさの箱を抱えて立っている。

しまった。今日だったか。てかり顔に礼を言い帰らせるまでに、箱の中の来賓は既に大騒ぎだった。

「狭い」「暗い」「足が伸ばせん」
「ナナメに置くな」「茶を出せ」
「気が利かない」

慌てて手を洗い、濡れた手をぬぐって、慎重にゆうパックのテープを剥がす。

「さっさと開けんか」
「そうっとせい」「下手くそ」
「気が利かない」

散々に言われながら涙目で箱を開けると、七匹の雨蛙がびょんびょんと飛び出して来た。彼らは蛙の姿をしているけれど、ただの蛙ではない。信州の善光寺の使者であり、旅人である。長い旅の途中に、このような一般家庭の者が部屋を貸し、身の周りを整えてさしあげることがあるのだ。

「まあまあこれは信州から、遠路はるばるお疲れでしょう。粗茶でございますがお召し上がりください」

茶器には迷ったが、どんぐりの殻斗(かくと)に入れてお出しすることにした。

「なに、これ」「香りがない」
「前のおうちはもっといいお茶だったよね」
「茶っぱがしけってたんじゃない」
「気が利かない」

若い蛙が文句を言い、老いた蛙がたしなめる。

「これこれ、家庭にはそれぞれ経済事情というものがあるのじゃ」
「まずい茶に我慢することも即ちひとつの修行じゃよ」
「天竺に着いたらうまいチャイが飲めるぞ」

こちとら尻がむずがゆい。やはり化繊のぱんつはよろしくない。

「ところで、どうして天竺を目指しているのですか」

もっとも年寄り蛙の僧正が答えた。

「うむ。我らが善光寺の阿弥陀如来さまが故郷の様子を知りたいと仰っての」

「へえ、阿弥陀さまってもともと日本のかたじゃなかったんですか?」

すると、一番若い蛙が、飛び跳ねて言った。

「この女、阿弥陀如来さまのことも知らないでやんのー!」

「これこれ、人間はえてして無学なもの。よいか、我らが善光寺の阿弥陀如来さまはな、今から1500年前に天竺より百済を渡ってこの国にいらしたのだ。そのころ百済の聖明王が…」

「で、その天竺まではどうやって?飛行機ですか?」

「いや、我々は空の旅は不得手じゃ。ゆうパックで浪花潟まで行き、船にのるわい」

浪花潟とは大阪の南港のことだろうか。

「そこから讃岐の善通寺、筑前の太宰府を経由して、また船に乗せてもらう。女、四五日ほど世話になるぞ」

「はい、あの、お泊めするのは構わないのですが、こんな成りでもわたくし絵描きのはしくれでして、これも縁といいますか、お姿を描かせて頂きたいのですが」

と、いうふうにして、蛙を描くことになったのである。続きの話は、宴のあとでこっそりと。


展覧会:長澤芙美個展
会期:2008年3月18日(火)~3月29日(土)
会場:京都・石田大成社ホール
※日曜日休館、20日(祝)は開館
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