TACHIO MIZUKI
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●立尾美寿紀 |
◇制作の視点
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はじまりは、花だったと思います。
とは言っても何か特別の環境という訳ではなく。
私が育った街は都心から一時間くらいの東京の端っこで、畑や雑木林が至るところにあり、 夏にはむっとこもった湿気と土の匂いが充満し、カブトムシが道路を横断。
冬には心臓がきゅっとなるくらいの底冷えと、どこまでも高く青い空が実感できる地域です。 特徴のある場所ではないけれど土に近く育ったなという印象はあります。
私の母は元来の性分から、近所の森や庭先で、草花の解説をよくしました。そんなに珍し い植物があるわけではないけれど、だからこそ身近に、ずいぶんたくさんの草花が息づく事 を教えられました。それは宝さがしのようで面白かったし、新鮮な驚きがありました。
母の話は、博物学的なものよりも民話や言い伝えのようなものが多く、花は人によって別に 存在の意味付けをされている事を聞き、想像力が育ちました。
「葉っぱが閉じているから雨が降るよ。」「鬼火の花」というような、予兆のようなものにはシャー マン的な要素から、そこはかとないうしろ暗さや恐れも感じました。
それは母性にも重なったように思います。
そういう環境からごく自然に花を描きはじめましたが、花そのものというより人を引き込む魅力 の在り処やその奥行きをみつめていたいだけかもしれません。はじまりは花でしたが、だんだ ん離れて来た気もします。
気づかないすぐそばに、黒い大きなシールが貼ってあったり、シールかと思ったらものすごく 深い穴だったり。想像力と感覚を駆使して転がしてその穴に気づいて行きたいです。
自分も含め誰でも、自らの中に小さな鏡をいくつか持っていて、いろいろな方向を向いて、映る 範囲でそれぞれの物を切り取っていると思います。
その角度を変えたり、鏡の数を増やすきっかけ、あるいは鏡そのものを創りたいです。
◇作品について
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この作品はばら撒かれたいろ紙と、クツクツと湧き出す泉を描いています。
いろ紙もシンビジュームも少女も水でつながっていて、互いに互いを映し出していますが、どれも 存在は不確かです。映しあったものたちが万華鏡のようにきらきらと観えます。
描く時には、なるべくニュートラルな状態でみえてきた形や良いと感じたことをグングンと描い ています。あとは、ちょっとした仕掛けや秘密をつくっておくようにしています。水と仲良く、を心が けます。
自分も愉しく、観る人も、ゆっくりと時間をかけて味わえる作品を創っていきたいです。
◇花の木アパート
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