麻田鷹司展

会場:林田画廊
会期:2002年3月25日~4月6日


麻田鷹司(1928-1987)は日本画家・麻田辨自の子として京都市に生まれた。1949年京都市立美術専門学校 日本画科を卒業、在学中の1948年に第1回創造美術展に初入選。1950年同展で奨励賞を受賞、 1951年創造美術準会員になる。1951年創造美術と新制作協会の合流により、新制作協会日本画部会員となる。 1970年武蔵野美術大学教授。1974年新制作協会を脱退して日本画部会員とともに創画会を結成、創画会会員として活動する。 1987年59歳で逝去。

今展の企画意図や麻田鷹司さんとの出会い、作品に対する思い出を林田画廊の林田裕介さんにお聞きしました。

■企画にあたって


麻田鷹司「岩礁」20号
麻田鷹司先生が亡くなって今年で15年になります。鑑賞界においても忘れ去られるほどの年月がたちました。 しかし私には、近頃の若手作家の作品で箔の多用を見る度に「麻田先生は箔の名手であった」と思い出さず にはいられません。

この度、偶然にも初期と晩年の作品を入手いたしましたので、これを機 会にもう一度、麻田先生の仕事を見直してみたいと思い企画いたしました。

■作家との出会い

30数年前、環状8号線が工事中だった頃、当時画廊に勤め始めていた私は展観の作品を集めるために 麻田先生のところに伺いました。

玄関を入ると8畳程の靴のまま上がれる空間があり、スペイン風の椅子が置いてありました。 しばらくすると、タートルネックのセーター姿の先生が作品を仮張りから剥がして紙のまま持 ってこられました。

画廊の主人から 「作品に触れるんじゃない、カルトン(紙ばさみ)に入れるのも先生にやっていただきなさい」 と、きつく言われていたので、カルトンに入れるのも先生にお願いして、緊張して見守っていたのを 覚えています。

油絵はキャンバスなのでそのまま額にはめればいいのですが、日本画は紙に描いてあるので、 裏打ちをしてパネルに張り込まなければなりません。早々に失礼して額装屋に急ぎました。

その作品は遠景に山があって手前に薄が群生しており、山の方へ一筋の道が続く10号の秋景でした。 展覧会の期間中、あるお客様から「銀を焼いて道にするとは鷹司は憎いね!」ということをお聞きして、 なにも分からない私は、日本画というのは表現方法が様々なんだと驚き、妙に感動しました。

作品を頂いた時、先生は 「僕は風景を写生するとき、足下から描くことを心掛けています」と話して下さったのが印象的でした。

■今展出品作品

錦秋20号/岩礁20号/石廊崎附近10号/雪の山湖10号/加茂川風景10号/麓の道10号/芦ノ湖8号/越路雪景6号/全10点



当店は銀座線京橋駅から歩いて一分ほどのところにあります。 戦前は骨董屋とか小間物屋さんがたくさんあったところです。 戦後は銀座の方が賑やかになって、画廊も銀座中心になりましたが、バブル崩壊後、 画廊から独立する若い人達が銀座では家賃が高いので、京橋・銀座一丁目付近に多く の店を出すようになりました。新しい感覚で企画をやっている店もありますし、戦前 からの老舗の骨董屋さんもたくさんあります。ぜひ一度京橋界隈を散策してみて下さい。

当店も若手から大家までさまざまな展観を企画しています。ホームページでも紹介して おりますので、ぜひ一度お出かけ下さい。 美味しいお茶をご用意してお待ちしております。→林田画廊