浦和市には玉蔵院というお寺があって、境内には見事な「しだれ桜」があります。花見の人たちはちょっと足を止めて眺めるといった感じで、変に気合いが入ってなくてどこか粋です。今年は夕方に降りだした雪が見とれるほどの大雪になって、どれが花か雪かわからないくらいの光景でしたが、夜になると雪も止み、雲が流れ、三日月が現れました。

昨年もこの季節に浦和伊勢丹画廊で高崎昇平展があったので、玉蔵院のしだれ桜を高崎さんと一緒に見たのですが、その時もライトアップされた桜の上に鋭い三日月が浮かんでいました。ということはこの地域では桜と三日月はセットなのでしょうか。詳しいことは定かではありませんが、2年連続で同じ風景を見ることになりました。

不思議なことに同じ風景であればあるほど、新しい発見があるもので、むしろ桜の花のまわりの木々が初めて見たような印象を受け、昨年とは別の世界のようでした。自然の法則からすれば、時代や環境とともに刻々と進化していてもおかしくないわけで、昨年と言わず、昨日の桜と違っていても、それはそれでもっともな事なのかも知れません。

そんな春先になれば必ず咲く律儀な桜も、その上に浮かぶ三日月も、巨大な自然の営みの一場面にすぎません。自然が繰り返してきた果てしないサイクルの中の一瞬の出来事です。だから風流人たちは桜の花の儚さにむしろ雄大な時間を感じ、月の向こうに広がる果てしない宇宙に想いを馳せながら、一瞬の美学に酔うのでしょう。

日本画も、岩を砕いて粉にして動物からとった膠で接着しながら描くわけですから、偶然と必然が重なり合って出来上がった自然の営みの産物といえるでしょう。画家が流れゆく時のなかから刻んだひとつの自然は、その時代や精神とともに時を過ごし、またどこかの時代に新しい姿を見せてくれるでしょう。風流人は少なくとも十年単位で一枚の日本画に接していく覚悟が必要です。


高崎昇平『流刻』

高崎昇平メモ
・1968年東京都大田区生まれ
・右箸左筆のAB型の無所属

・1995年東京芸大大学院日本画科修了
・1996年三溪日本画賞展優秀賞
・2000年信州高遠の四季展大賞
・2001年4月10日から粟津画廊で3人展
・医学雑誌「周産期医学」の表紙担当中

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