予防接種・ワクチン

インフルエンザワクチンの水銀・チメロサールの影響

【小児科医が解説】インフルエンザワクチンなどの予防接種に使用するワクチンには、保存剤として「チメロサール」という水銀が含まれているものがあります。水銀と言っても、細胞毒性のあるメチル水銀とは全く別のものです。チメロサールの使用目的やメチル水銀との比較、毒性・安全性、懸念される合併症や身体への影響について解説します。

清益 功浩

執筆者:清益 功浩

医師 / 家庭の医学ガイド

インフルエンザワクチンに含まれる水銀「チメロサール」とは

インフルエンザワクチンの水銀・チメロサールの影響

殺菌作用がある水銀・チメロサール。1回の注射量に含まれる量は5マイクログラム程です

「インフルエンザワクチンには水銀が入っている」という話を聞いたことはありませんか? 「水銀」と聞くと、「ワクチンを打ってしまったが、どんな副作用があるんだろう……」「子どもにインフルエンザワクチンを打つのは止めた方が良いのだろうか?」と、不安に感じてしまう人が多いと思います。インフルエンザが流行する時期、健康を守るためのワクチンにもし健康を損なう有害物質が含まれているとなれば大問題です。しかし、インフルエンザワクチンに含まれる水銀は「チメロサール」というもので、細胞毒性のあるメチル水銀とは異なります。

ワクチンにチメロサールを使用しているのは、少量で殺菌作用があり、保存剤として有用だからです。日本では、ワクチンによって異なりますが、多くのワクチンで1回の注射量0.5ml中に約0.005mg(5マイクログラム)のチメロサール(0.002~0.004mgで海外で0.05mg)が含まれています。多くても「0.005mg」という数字はごく僅かな量だとイメージできると思いますが、では「5マイクログラム」は体内に入れる安全な基準として、多いのでしょうか? 少ないのでしょうか? インフルエンザワクチンを接種する上で、知って置きたい使用目的やメチル水銀との比較、危険性を判断する参考基準、懸念される合併症について詳しく解説します。
 

「チメロサール」のメチル水銀基準値から見た毒性・安全性・危険性

少し専門的な話になりますが、チメロサールは、エチル水銀とチオサリチル(thiosalicylate)に分解されます。このエチル水銀は、炭素と水素を含む化合物で有機水銀です。同じ有機水銀で、似た構造である「メチル水銀」には、人体に有害な影響があるため、かつてはエチル水銀も同じような毒性があるのではないかと懸念されていました。

これまでエチル水銀に対してアレルギー反応があることのみが報告されていて、中毒症状などの報告はありませんし、エチル水銀の代謝・排泄は早く、体内に蓄積されにくいと言われています。ただし、エチル水銀が人体に与える影響に関しては、現在も明らかでないことがあります。では基準値から見た場合の安全性はどの程度と言えるのでしょうか?

体内への有機水銀の許容量は、有害であることが明らかな「メチル水銀」を基準にしたものが、アメリカの公的機関や世界保健機関(WHO)で決められています。現在、アメリカでは、有害なメチル水銀については、環境保護庁で基準値 「0.1マイクログラム/kg体重/日」、世界保健機関で「1.6マイクログラム/kg体重/週」「約0.22マイクログラム/kg体重/日」と定めています。世界保健機関の基準値の方が高いのは、魚を食べることが大きく関係しています。

環境保護庁では日単位、世界保健機関では週単位で基準値で示されているのに加え、ワクチンは毎日接種するものではないので少し計算がややこしくなります(安全な基準値について個人で計算を試みている方もいるかもしれませんが、しばしばこのあたりでの混乱が見られるようです)。不活化ワクチン、特にインフルエンザワクチンを2回接種する場合、1週間以上空けて2回目の接種をします。1週間でワクチンを2回接種することはありません。そのためまず前提として、日ではなく、週単位で見て計算するのがよいと考えられます。

前述の通り、最も多いワクチンで、1回の予防接種のワクチン0.5ml中には、5マイクログラムのチメロサールが含まれています。体重60kgの人が、5マイクログラムの注射をある週に1回したとすると、「0.08マイクログラム/kg体重/週」となります。体重10kgの1歳の子どもでは、1回の注射量0.25mlですので、「0.25マイクログラム/kg体重/週」です。毒性が明らかで基準の厳しいメチル水銀を基準としている環境保護庁の基準値は、週にすると「0.7マイクログラム/体重kg/週」です。そもそもチメロサールにはメチル水銀のような明らかな危険性は報告されていないのですが、メチル水銀基準で厳しく見ても、危険視される量には到底及ばない量であることがわかると思います。
 

魚にも含まれるメチル水銀の毒性と人体への影響・リスク

マグロ

魚にも水銀は含まれていますが、バランスよく食べたいものです

メチル水銀に代表される有機水銀は、口から摂取した場合、消化管からほぼ吸収され、血液を介して全身に回り、脳に到達したり、胎盤から胎児に到達したりします。メチル水銀の細胞毒性によって、細胞が破壊されてしまいます。環境中に存在している水銀は、水中で細菌によってメチル水銀に変わり、食物連鎖の結果、上位にいる生き物に濃縮されていきます。強くて大きくて長生きな魚ほど、体内にメチル水銀をため込んでしまう傾向にあるのです。これらの魚を食べることによっても、人は有機水銀を摂取しています。

アメリカの食品医薬品庁(FDA:Food and Drug Administration )は、魚の水銀濃度について、サメ0.96ppm、メカジキ1.00ppmと報告しています。1ppmは1マイクログラム/gです。FDAは魚のメチル水銀の濃度が1ppmを超えた時に勧告を出します。また、英国では既に妊婦や妊娠しようとしている女性、16歳未満の子どもには、サメやメカジキなどを食べないように勧めています。

では、日本ではどうでしょうか? 厚生労働省は、妊婦に対して、キハダマグロ、ビンナガマグロ、メジマグロ(クロマグロの幼魚)、ツナ缶について、通常の食事では食べても大丈夫としており、下記の魚については食べる量と頻度の目安を示しています。
  • バンドウイルカ…1回約80gとして2ヶ月に1回まで(1週間当たり10g程度)
  • コビレゴンドウ…1回約80gとして2週間に1回まで(1週間当たり40g程度)
  • キンメダイ、メカジキ、クロマグロ、メバチ(メバチマグロ)、エッチュウバイガイツチクジラ、マッコウクジラ…1回約80gとして週に1回まで(1週間当たり80g程)
  • キダイ、マカジキ、ユメカサゴ、ミナミマグロ、ヨシキリザメ、イシイルカ、クロムツ…1回約80gとして週に2回まで(1週間当たり160g程度)
(厚生労働省 妊婦への魚介類の摂食と水銀に関する注意事項より引用) 

これによれば、メカジキやクロマグロなどは、1回約80g、つまり刺身で1人前程度までとしており、妊婦は週に1回までとしています。しかし、魚介類の栄養は健やかな妊娠と出産にはメリットもあるため、過度に制限しすぎるのも考え物です。

メカジキの場合は1.00ppmなので、刺身1人前でメチル水銀を80マイクログラム摂ることになります。ここで思い出してください。1回のワクチンに含まれるチメロサールは5マイクログラムです。もちろん体内へ入る水銀は少しでも減らしたいと思うかもしれませんが、このようにワクチンによって体内に入る水銀よりも、日常的に食物から入る水銀の方が多いという現実があるのです。

人体内のメチル水銀は、生物学的半減期が70日と考えられています。自然に排出されていって70日で半分になり、その後も減り続けるということで、いつまでも身体に留まることはありません。
 

有機水銀を含まない「チメロサールフリーワクチン」とは

一方で、ワクチンには、チメロサールが含まれていない製剤もあります。いわゆる「チメロサールフリーワクチン」というものです。ワクチン接種には、注射器に既にワクチンが入っているシリンジタイプ、もしくはゴム栓をしたガラスの小さな瓶に注射針を刺して中身を吸い出すバイアルタイプがあります。バイアルタイプはゴム栓をしているため無菌状態を保つことができます。

チメロサールが含まれていない製剤の多くは、シリンジタイプや1回量しか入っていないバイアルタイプです。一方で、チメロサールが含まれているワクチンは、一斉に多くの人に使用できる10ml入ったバイアルタイプであることが多いです。

最近は、チメロサールを減量したワクチンであったり、含まないワクチンが増えています。しかし、新型インフルエンザのように大量に多くの人に接種する必要がある時には、保存性のよいチメロサールを含む製剤が生産されます。また、2016年に使用されるインフルエンザワクチンでは、熊本での地震の影響で製造数が減少しているため、すべてのインフルエンザワクチンにチメロサールが含まれていました。その年の供給状況や需要状況によって含まれた製剤が中心になるのか、含まれない製剤になるのかは変わってきます。需要が多く、供給が逼迫すると効率的に大量生産する必要が出てきます。チメロサールは主に不活化ワクチンに含まれています。
 

チメロサールが保存剤に使用されるようになった背景

そもそもチメロサールが保存剤として使用されるようになったのは、1928年1月にオーストラリアで起こった事故に基づいています。1週間に21人の子どもに対し、ゴム栓した瓶10mlの液の中からジフテリアワクチンを接種し、最初の使用日から10日後に、再び同じ瓶から別の21人の子どもに接種が行われました。このとき、最初の1週間に接種した子どもには問題がありませんでしたが、10日後に同じ瓶からのワクチンを接種した21人の子どものうち、12人もの子どもが亡くなってしまったのです。この事件の原因は、細菌感染でした。同じ瓶から何度も薬液を取るうちに、ブドウ球菌が侵入、増殖してしまい、注射器を介して細菌感染症を引き起こしてしまったようです。

この事件を受け、「細菌の増殖を抑えるのに十分な殺菌剤を含むもの」がワクチンに望まれるようになりました。そこで、以前より抗菌効果が知られていて、かつ当時から薬剤にも使用されていたチメロサールがワクチンに使用されるようになったのです。ワクチンにチメロサールが含まれたことで、上記のような悲しい事故は激減し、今では保存剤としては使用されています。一方で、保存剤だけでは完全に細菌感染を予防できないこともあるので、もちろん基本として清潔な操作が前提です。
 

「自閉症と水銀の関係」について今わかっている事実関係

近年、アメリカや日本では自閉症が増えており、その原因の1つにチメロサールを含むワクチンの接種回数が増えたことがあるのではないかという仮説も提唱されています。小さいお子さんをお持ちの方は、このような話を聞くと不安になられるのも無理はありません。

一方で、2004年の米国科学アカデミーの医学協議会では、チメロサールを含むワクチンの接種と自閉症との因果関係は否認されています。しかし現時点ではチメロサールを含むワクチンの接種と、自閉症などの神経発達障害との因果関係については、肯定するにも否定するにも、十分な証拠はないようなのです。そのために、上記のように基準値からは十分に少ない安全な量と考えられるにも関わらず、日本やアメリカ、欧州をはじめとした世界保健機関で、チメロサールもできるだけワクチンに添加しないようすすめられてきました。

しかし現在、チメロサールを含まないワクチンが増えてきたはずなのに、自閉症が減っているわけではありません。このようにさまざまな情報が錯綜する中、注意しないといけないことは、「あるものが増えたから、この病気が増えた」というように、理論的に無関係なものを結び付けた情報が、数多く存在しているということです。因果関係を証明するためには、それなりに多くの根拠を積み重ねる必要があり、長い時間がかかります。

以上解説した通り、十分な検証結果が出尽くしていない以上、安全と断言はできませんが、インフルエンザワクチンに対しては、根拠のない過剰な不安は持たなくて良いのではないかと思います。もちろん自己判断は難しい部分だと思いますので、不安を感じたら気軽に主治医や薬剤師に相談してみましょう。

最近、ワクチンの製造および安定供給が問題になることがあります。効率よく、多くの人にワクチンを提供するためには、1本のバイアル(瓶)から、複数の人にワクチン接種する必要性が出ています。安定供給の点で、チメロサールが入っていないワクチンにすべてしていくのは困難な状況になっています。

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