ミュージカル/ミュージカル・スペシャルインタビュー

Star Talk Vol.8 吉原光夫“感じられる人”であること(2ページ目)

2013年のミュージカル『レ・ミゼラブル』では、タフな主人公ジャン・バルジャン役を突発的な事情で連続21回、一人で勤めあげた吉原光夫さん。今年は一転、コメディ・ミュージカル『シスター・アクト~天使にラブ・ソングを~』の強面ギャング役で、帝国劇場に戻ってきます。飾り気のない、人間味溢れるロング・トークを一挙公開します!*観劇レポートを追記しました!

松島 まり乃

執筆者:松島 まり乃

ミュージカルガイド


響人公演『夜の来訪者』撮影:沖美帆

Artist Company 響人公演『夜の来訪者』撮影:沖美帆 響人の最新公演は『楽屋・署名人』4月1日~6日=APOCシアター。吉原さんは演出を手掛けるほか、『署名人』に出演
 

執念で繋がり続けた『ジーザス~』

――そして見事に劇団四季研究所に合格。初舞台が運命の『ジーザス~』だったのですね。

「稽古期間が少ない状況で出演が決まったのですが、震えるほど嬉しかったです。あんまり泣くような人間じゃなかったのに、出られたときは泣きましたね。あの作品は(八百屋舞台と呼ばれる傾斜舞台で駆け回るため)四季のレパートリーの中で最も怪我をする舞台と言われているんだけど、僕は毎日全力を出すことに命をかけていました。若かったというのも大きいと思いますが、楽しくてしょうがなかったですね。

その後、『ジーザス~』からしばらく疎遠になったのですが、疎遠になりたくなくて、劇団では珍しいことなんですが、稽古場で演出家を待ち伏せしてたんですよ。『ジーザス~』の稽古初めになると稽古場の周りをうろちょろして、わざと視界に入るようにして。稽古が始まってもドアの外にいて中の流れを聞く……ということを繰り返していたけど、なかなか出られませんでした。

ところがある時、ドアの内側で演出家が“シモン役がいないな、誰か出来る奴いないか”と言っているのが聞こえたので、がちゃっとドア開けて、“はい”って言ってカンパニーに入ったんですよ。と思ったら“やっぱり全然だめだ”と言われてシモンは降ろされたけど、アンサンブルとしてカンパニーには残してもらえて、嬉しかったですね。そうこうしていたら、あるメインの役の方が稽古中に事故で出られなくなり、その時シモン役だった人に代わることになった。そこで僕がシモン役に入ることになったんです。今日は舞台稽古という時の交替で、緊張しましたけど超嬉しくて、あそこまでの高音を出すのは初めてだったのでぐちゃぐちゃになりながら、先輩に“そういう発声だから声が枯れるんだよ”と怒られながらやっていました。

ユダの時も舞台稽古で降ろされそうになったんですが、最終的に“吉原で行く”となった時には泣いて喜びました。この時が初めてのジャポネスクだったんですが(注・劇団四季の『ジーザス~』にはリアルなエルサレム版と和風のジャポネスク版の2演出が存在します)、僕はどちらかというとジャポネスクのほうが好きなので、とても光栄でしたね。演じていて、ジャポネスクでは“日本人”ということを刻まれるんです。エルサレムという設定は変わらないけれど、三味線の音が入ったり歌舞伎のメイクをして能の歩き方をやったりしているうち、だんだん(ドラマが)現代日本の置かれている状況に思えてくるんですよ。そしていてもたってもいられない、ユダの気持ちが強くなってくるんです」

――ユダは物語の中にいる人物のようで、最後に物語の外に出てきて「スーパースター」を歌う役ですね。

「はじめは違和感がありましたね。特にエルサレム版では茨の冠をユダがジーザスに乗せさせる演出で、僕はユダは彼を愛しているがゆえに死ぬと考えていたので(その人物の行動として整合性がなく)違和感を感じていたのですが、ユダ役の先輩と話していたとき、腑に落ちたんです。“ユダ役はユダだけを演じるんじゃない。オーバーチュアや『スーパースター』は(ユダの気持ちというより)世論でもあるんだよ”と聞いて、なるほどと。あの曲を聴くとユダの心情に没頭してしまう傾向があるけれど、そうじゃないんですね。以来、『スーパースター』はユダとしては歌っていないです。ロックシンガーみたいな感じですね」

――もう一つ細かい質問で恐縮ですが、『スーパースター』の最後、“ジーザス、ジーザス”と連呼する部分がありますよね。英語版含め、役者さんによっては聴いていて正直、間を持たせるのがつらそうな方もいらっしゃいますが、いかがでしたか?

「全然そんなことはなかったです。あそこでは、“ジーザスクライストスーパースター”“誰だあなたは”“気を悪くしないでくれよ”の三つしか言っていないんですが、この三つってとても意味が大きいと思うんですね。“ジーザス~”は神、偶像。そして「誰だ」と連呼することで、聴いている側は自分自身が“誰だ”と言われているような気持ちになると思うんですよ。でも最後に“気を悪くしないでくれよ”と言う。それが作者のいいところでもある。この三つの言葉で集約されているものもあると思うので、自分の中でイメージ付けしてやっていました」

台詞劇、演出業によって培われるもの

――退団後立ち上げたArtist Company響人では、ストレートプレイ(台詞劇)の上演が続いていますね。

Artist Company響人公演『オーファンズ』

Artist Company響人公演『オーファンズ』

「ストレートプレイが好きなんです。ミュージカルは本当は苦手です。謙遜ではなく、僕は本当に歌が下手で、本当は『レ・ミゼ』なんて出ちゃいけないくらいの人間なんですけど、何とか頑張って出させていただいてるんですよ。ストレートプレイには歌や踊りというテクニカルな部分が無いがゆえの難しさがあるけれど、“インナーリアリティ”という役の内面の動きを、見えない糸で繋いでいって最後にぴっと張る、という作業が好きなんです。上演する作品は全部僕が選んでいますが、今この時代にどの作品が響くかということを考えてやってます。だから暗い作品が多いんだと思います」

――アーサー・ミラーなど、人間のダークな、見せたくない部分を白日のもとに晒す作品が多いですね。

「アーサー・ミラーは『橋からの眺め』ですね。でも観ていると最後にその人の生き方に共感してしまう。舞台では人間が着飾ることがほとんどで、内面をさらけ出すことってあまりないけれど、そういう姿にこそ学ぶものがあるし、危険なものがつきまとうのが人間なんじゃないかというのがミラー作品の根底にあるし、人間の本能、本心、ありのままが僕は好きですね。『ジーザス~』を好きなのも、同じ理由です」

――響人では演出も手掛けていらっしゃいますね。

Artist Company響人公演『橋からの眺め』撮影:沖美帆

Artist Company響人公演『橋からの眺め』撮影:沖美帆

「死にたくなるほど、難しいですね(笑)。やりたいことは山ほどあるけど、それがこの作品とどうリンクするのか、観客や世の中とどうリンクしてくるのか。いつもご飯を食べていても、稽古場まで歩いてきてても判断がつかなくて、怖くなってきますね。失敗してもいいやと思ってやってはいます。自分が役者としてコントロールオーバーになった時、演出家という鏡があると、その人に対して自分が集中力を注げば何とか手がかりはあるんですけど、その鏡役をやるには、揺れ動かないものを持ってなくちゃいけない。難しい。より孤独で、怖い。伝えたいことは明確にありますけど、それをどう伝えるかについては、僕はブレブレだと思います。だから言葉数が増えてくる。ああでもないこうでもないと話すうちに自分を納得させたり、人に言うことで具現化して安心しようとしてるのかもしれません」

――役者の仕事にはどう役立っているでしょうか?

「演出をやっているおかげで、客観的に、第三の目が働くというか。ブレーキングもすごくうまくなりますね。僕はうわっと情熱的にやってしまうことがあるんですが、それじゃいけないときに、演出家の目でブレーキがかかります。“もしかしたら”“この姿勢はあやしいな”“なんでこういうんだろう”とか。それは役者業の支えになります」

人生に刻まれる『レ・ミゼラブル』出演

――吉原さんは11年のオリジナル版と、13年の新演出版という『レ・ミゼラブル』の二つのバージョンを経験された数少ない俳優のお一人ですが、実際にやってみてどう違いを感じましたか?
『レ・ミゼラブル』(2011年)undefined写真提供:東宝演劇宣伝部

『レ・ミゼラブル』(11年) 写真提供:東宝演劇宣伝部

「アンティークなものを現代にあわせたのが新演出なのかな、と思いますね。昔(11年までのバージョン)はセットは今より無いのに、本当にタイムスリップしたような、白黒の映画に出てるような感じがするくらい、いい意味の重厚感がありました。でも最近はメディアが発達してきて本を読む人が減ってきたこともあって、分かり易さ、見易さということでマイナーチェンジしたんじゃないかな。個人的には僕は前の演出のほうが好きです。今の演出も嫌いではないけど、長い間商業演劇をやってなかった時期に前のバージョンに出演して、感慨深いものがあったんですね」

――人物像は変わりましたか?

「自分の中では、ジャン・バルジャンに関してはあまりないです。ある普通の男に突然19年の刑が下って、たてつきもし、唾もはくし、妬んだり人を殴ろうともする、そういう人間がミリエル司教と出会って変わる、ということでやっていて、新演出はよりその輪郭が強くなりましたね。あと最後の着地が、新演出をやらせていただいたおかげで自分の中で腑に落ちたなというのはあります。

ジャベールは変わったと思います。新演出版では、泥臭いジャベール像をリクエストされました。前回は芯が強くて、制服の襟一つ裾ひとつぶれない、内面的にもぶれなかったのが一瞬にして崩壊していくという感じでしたけど、新演出では、目的のためだったらすべてを失ってもいいくらい泥にまみれて、バルジャンを野良犬のように追っていく感じと言うのを要求されました」

――バルジャンとジャベールの二役はどんな経験でしたか?
『レ・ミゼラブル』(2013年)写真提供:東宝演劇宣伝部

『レ・ミゼラブル』(13年)写真提供:東宝演劇宣伝部

「つらい経験でした(笑)。スムーズに(二役が)できるようスケジュールが組まれていたけど、いろんな事故でそれがくしゅーんとなって大変でしたね。プレビューとゲネプロを入れたら全部で21回、連続で登板して、その後で(キム・)ジュンヒョンが復活して二人でまわすようになったけど、あの作品は3人でまわさないと結構きついんですよ。やっと福井さんがアキレス腱治られて良かったとなったときに、“吉原さん、ジャベール役(の出演)がもうすぐですからあたり稽古しましょう”と言われて、“え、ジャベール?”……。 物理的に苦しかったですね。最初はバルジャンをやりながらジャベールのことを考えて、ジャベールをやりながらバルジャン……とあっぷあっぷでした。

でも、二役をやると、ジャン・バルジャンとしてジャベールを見てるので、ジャベールをやると一個ずつの粒が見えてきたし、作者のユーゴーはウィドックという一人のパリの密偵だった人を分割してジャベールとバルジャンという人を作ったというのが分かってきて、それからはだんだん気苦労なくできるようになりました。普段ふざけてばかりの僕が、最初は楽屋で誰とも喋らず、“光夫どうしたの、病気になったのか”と心配されるくらい、二役の切り替えを大事にしてたんだけど、途中から“バルジャンがジャベールでジャベールがバルジャンなんだな”と思うと、スイッチを切り替えたりせずできるようになっていました」

――『レ・ミゼラブル』は吉原さんにとってどんな作品ですか?

「難しいことはわからないけれど、誰にでもあてはまる物語だからこれだけ読まれ、観られている作品なんだろうと思います。誰にでもあてはまる、バルジャンという人の再起。その行く末、愛する人のそばで美しい世界に幸福感のなかで旅立っていくということが、人間の求めることであり、人間の着地点である。どこか神聖なものととらえられているけれど、そんな当たり前の日常のことが、神々しいのかもしれない。バルジャンのように19年も囚われるということはないかもしれないけれど、人それぞれ過去の傷や重みを抱え、人との出会いとともに何とか変わっていこうとして、人を愛し、守ろうとする。そして最後にその人に見守られて死んでいく。それがまっとうな人間の生き方なんじゃないかなと思います。バルジャンだけでなく、ファンティーヌもエポニーヌも愛する人に見守られて死んでいくし、ジャベールだって最後、自分がそうなりたかったであろうバルジャンと会話をして死んでいく。そういうものなのじゃないかな。
『レ・ミゼラブル』(2013年)写真提供:東宝演劇宣伝部

『レ・ミゼラブル』(13年)写真提供:東宝演劇宣伝部

もう一つ、僕の中では震災のことがあります。11年の3月11日は、建物の9階で稽古していて、すごい揺れのなかでスピーカーも落ちてきて、蛍光灯も落ちてくるからってみんなで覆いかぶさって。その日は帰宅できずに新宿で野宿して、しばらく自分のことしか考えられなかったんですが、数日たって東北の被災地の状況が分かってきました。“何かしなくちゃいけない”とかいろいろ思ったのですが、本当に自分のできることって何なのかなと考えたら、結局、芝居を誠実にやることしかないと思えたんですね。そこに『レ・ミゼ』という作品があった。この芝居をやりきらなくては、社会と歯車のかみ合う人間にはなれない。まずは自分がやらなくちゃいけないことに集中すべきだと思ってできたのが、11年のバルジャン、ジャベールでした。ですから『レ・ミゼ』は震災とともに、自分がやるべき大切なことが分かった作品です」

――では最後に。どんな表現者を目指していらっしゃいますか?

「舞台でも日常でも、いつも“感じる”ことができる表現者でいたいなと思いますね、永遠に。当たり前のことだけど、意外に難しいと思います。舞台上でも日常でも、いろんなものが当たり前になって、感じるということがなくなってしまうと怖い。振り返ると、以前の、仕事が無かった時期のほうがいろいろなことを感じられたと思うんです。昨年はバルジャン役の件で、帝劇を救ったヒーローみたいに言われましたが、僕としては逆にたくさんの回数をやらせていただいて、学んだことが大きい。感謝しています。いつもそういう感覚を忘れないようにしたいです」

吉原さんが生まれて初めて名前のある役を演じたのは、劇団四季ミュージカル『夢から醒めた夢』。枠にはまらず、のびのびとした暴走族役はとても魅力的でしたが、ご本人は当時怒られてばかりだったそうです。「自分の見せ方ばかり気にしていて、芝居全体をとらえていなかった」のが原因だったのではと、演出をこなす今なら分かる、と吉原さん。様々な人生経験を経ながら、人間力を磨き、それを舞台に反映させてゆく彼の道程、これからもじっくりと見守らずにはいられません。

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*公演情報*
シスター・アクト~天使にラブ・ソングを~』~7月8日=帝国劇場 7月12~13日=厚木市文化会館大ホール他、岩手、仙台、大阪、名古屋で公演。

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