2015年前後にインスリンのバイオシミラー問題が話題になるでしょう。
photoはイーライリリーのヒューマログ
もちろん、バイオ医薬品は化学合成薬とは別のルール、法律によって守られており、有効成分(これが本来の"ジェネリック"の意味)の特許が切れても製造工程で多くの特許を持っていますから、おいそれと他社が参入できる分野ではありません。しかし、互いに豊富な資金と高い技術力、製造実績を持っている巨大製薬会社同士のシェア争いなら話は別です。
持効型インスリンがのどから手が出るほど欲しかったイーライリリーは2014~2015年までにはインスリン・グラルギン(世界で一番売れているインスリン、つまりサノフィーのランタス)のバイオシミラーを発売するだろうと市場は見ています。サノフィはより長い持続時間のランタスや、ランタスとGLP-1受容体作動薬の混合型を開発して迎え撃つ体勢を整えていると伝えられています。更にサノフィは報復措置としてイーライリリーの看板であるインスリン・リスプロ(つまり、ヒューマログ)のバイオシミラーを開発中とのニュースもあります。
インスリンご三家の一つ、ノボ ノルディスクは今のところ音無しの構えですが、ゆめゆめ油断はしていないでしょう。世界最大の製薬会社ファイザーもインドのバイオシミラー会社と手を組みましたから、当然バイオシミラーインスリンも視野に入れているはずです。
他の巨大製薬会社間の合従連衡も目まぐるしい限りです。ちなみに2011年度の世界のインスリン売上高は1兆6700億円でした。まだまだ成長が続く市場です。
ジェネリックとバイオシミラーの違いは?
サノフィのインスリン・ランタスのジェネリック名はグラルギンだと言うと、まるでグラルギンはランタスのジェネリックバージョン(後発薬)のようですが、もちろんそうではありません。この2つは同じインスリンの商品名「ランタス」と有効成分名「グラルギン」です。別の会社が特許の切れたその有効成分(ジェネリック)を使ったジェネリックバージョンが世に言うジェネリック医薬品ですが、バイオ医薬品ではバイオシミラー(バイオ後発品)と呼ばれます。現在、イーライリリーがLY2963016というコード名で第3相試験をしているのは「グラルギン」で、ランタスそのものではありません。また、イーライリリーは独自の持効型インスリンLY2605541も最終の第3相試験に入っています。持効型ではノボ ノルディスクもレベミルとトレシーバの2本立てでランタスの牙城に迫っています。私たちにとっては価格が下がらなければあまり意味のないことですが……。昔のインスリンはウシ・ブタの膵臓から
1921~1922年のインスリンの発見と治験の成功以来、初めて治療に使うインスリンを大量に製造したのはイーライリリー社(米・インディアナ州)です。以来、1980年代までインディアナポリスにあるイーライリリーの工場には周辺の食肉処理場や養豚農場から集荷した豚の膵臓が貨車で山のように運ばれてきました。豚の膵臓2トン強から糖尿病患者の命を救う精製インスリンが約200ml作れたそうです。もちろん、今日のインスリンは豚や牛の膵臓から作られているのではありません。遺伝子組み換えをした微生物がインスリンを作っています。
インスリンはよく知られているとおり、アミノ酸が鎖のように連なったペプチド(タンパク質)ホルモンです。インスリンは51個のアミノ酸からできていますが、ヒトのインスリンとブタのインスリンでは1ヵ所のアミノ酸が違っていて、ウシでは3ヵ所のアミノ酸が異なります。この相違を免疫システムが感知して異物と判断し、免疫反応で人によっては時間とともにインスリンの効力が低下することもありました。ですから、精製純度をより高め、異臭(!?)の少ないインスリンが求められていました。
今のインスリンはバイオテクノロジーの結晶
1970年台になると遺伝子工学が発達し、微生物にヒトのインスリンを作る遺伝子を組み入れてヒトインスリンを作らせる研究が始まりました。板倉啓壱(日)とリッグス(米)らがシティ・オブ・ホープ医学センター(N.Y.)で始めていたインスリンの組み換えDNA実験に設立まもないバイオテクノロジー会社ジェネンテックが注目し、1978年にジェネンテックが無害な大腸菌のプラスミドDNA(細菌に住みついているDNA)にヒトインスリンのDNAを組み込んで、ヒトインスリンを作り出すことに成功したと発表します。インスリン発見当時からその製造をリードしていたイーライリリーが参加して、研究室のフラスコから巨大なタンクでの大規模生産へと進みます。1982年に世界初の遺伝子組換えによるヒトインスリン(商品名ヒューマリン)が発売され、日本でも1985年に許可されました。
ヒトインスリンは体にとって自然なものですが、皮下注射で取り入れたインスリンの吸収・作用ルートが体のインスリンのルートと異なりますので、食事に合わせてもっと速く作用が始まるものや、一定時間作用が安定して続くものが求められるようになりました。これを実現したのが遺伝子組換えで設計したインスリン・アナログです。超速効型や持効型インスリンはこのアナログ(類似体)です。