ハリ治療は、上半身の痛みや肩こりに、特に有効です
これは1980年代を代表する漫画、「北斗の拳」の有名なセリフです。主人公ケンシロウは、一撃必殺の暗殺拳法「北斗神拳」の継承者。ケンシロウが使う北斗神拳は、敵の体表にある経絡秘孔(けいらくひこう)というツボに、指先や足で衝撃を与える拳法です。経絡秘孔を押された悪役は、断末魔の叫びをあげながら体が崩壊して死んでいく、という設定です。
麻酔科外来でハリ治療を学び始めた頃。経絡、経穴(けいけつ)、経脈(けいみゃく)と聞いただけで何となくソワソワし、「北斗の拳」を連想して嬉しかったことを思い出します。
経絡とは、人間の体の中で気と血液が循環する経路と考えられています。経絡は、人間の体表にあるツボ、経穴を結ぶ複数の線です。麻酔科外来では痛みのコントロールのために、トリガーポイント注射などの神経ブロック治療とともに、ハリ治療を併用する場合もあります。北斗神拳のような、刺激で体内の破壊を起こす経絡はありません。しかし、経穴や経絡をハリで刺激すると、慢性の痛み、特に筋肉骨格系の痛みに有効です。
ハリ治療の神経伝導作用
慢性腰痛症や坐骨神経痛など、西洋医学でスッキリ治らない場合、ハリ治療は優れた理学療法です
ハリを刺す、という物理的な刺激は、神経細胞を興奮させ、神経インパルスという電気信号伝達を起こすと考えられています。これは、ハリに電気を通さなくても、皮膚にハリを刺す刺激だけで起こります。皮膚の末梢神経はハリの刺激を神経中枢に送り、さまざまな反応を起こします。ハリ治療によって刺激される神経インパルスは、次の神経経路を伝導すると考えられています。
・末梢神経
・脊髄神経
・脊髄
・中脳
・視床下部(ししょうかぶ)
・視床
・大脳皮質
ハリ治療は、皮膚の末梢神経を刺激することで、脊髄、脳の一番奥にある神経中枢まで刺激すると考えられています。
ハリ治療の鎮痛作用機序
皮膚の経穴にハリを刺すことによって、脳の中枢まで刺激が伝わります。その刺激によって、さまざまな神経伝達物質やホルモンを介する相互作用が働きます。その相互作用が、ハリ治療の鎮痛作用を起こします。主な相互作用は、・鎮痛作用のある脳内伝達物質β―エンドルフィンやエンケファリンの分泌
・抑制性神経伝達物質GABA(γ―アミノ酪酸)によるハリ効果の強化
・脳から脊髄の下行性疼痛抑制作用の増強
・ストレスに対抗し炎症を抑える副腎皮質ホルモンの分泌
・中脳でのセロトニンとノルエピネフリンの分泌
などです。
ハリ治療の効果
ハリ治療は、複雑な道具を必要とせず、薬の副作用もありません。ハリ治療は、14の経脈、体中にある360以上の基本経穴を刺激します。痛みの部位や症状によって経穴、経脈を選択し、全身の筋肉、靭帯、関節、血管などを治療します。ハリ治療は、副腎皮質ホルモンの分泌を増加し、組織の炎症を抑え、組織の再生と治癒の促進作用があります。ハリ治療では、経絡の流れを読み取り、痛みの部位から離れた経穴にハリを刺し、治療効果を得ることもできます。特に、上半身への鎮痛作用が強いです。また、経穴によっては、交感神経や副交感神経という自律神経にも影響を与えることができます。ハリ治療の副作用
ハリ治療の副作用に、失神があります。しかし、反射的に起こる失神なので、横になって安静にすることで治まります
・治療効果の個人差が大きい
・ハリによる皮下出血
・電気ハリの場合、まれにやけど
・失神やけいれん
・気胸(肺に穴が開く)
などがあります。
妊婦さんのハリ治療は、注意が必要でしょう。経穴によっては自律神経に作用して、子宮の収縮をきたす可能性があります。特に、妊娠初期は行ってはいけません。
肩こり、慢性腰痛症、坐骨神経痛など、西洋医学だけでは、まだまだ治療が難しい痛みも存在します。ペインクリニック外来では、ブロック注射や内服治療、さまざまな理学療法を組み合わせて痛み治療を行います。現在、ハリ治療は、その鎮痛作用機序の研究と解明が進むにつれて、再び脚光を浴びている理学療法なのです。