東京のそば屋

更新日:2004年09月09日

大人の街に、オトナのそば屋 銀座泰明庵訪問記

編集部 All About 写真

空いてきた小腹をちょいとなだめるという幸せがあってもいい。大人の街には、オトナのそば屋が似合う。

文章:井上 明(All About「そば」旧ガイド)
大人の街に、オトナのそば屋
ちょっとセンチメンタルな話からはじめさせて欲しい。銀座には何軒かのお気に入りのBarがある。しかしながら、自らシェイカーをふるったり、丁寧にステアーをしたりするオーナーバーテンダーがご高齢になって、ついに看板を下ろしてしまった店がある。

大雪の日に、そのBarのカウンターで独り呑みながら、街を白銀に染めていく雪を小窓から眺めているとき、漫画版釣り馬鹿日誌の「スーさん」によく似たそのバーテンダーは、『こういう銀座もようございますねぇ』と、その時たった独りの客であった私にさりげなく声をかけた。
セピアがかったモノクロームの、そう、小津安二郎の世界がそこにありました。

このBarは、昨年の暮に火を消した。今年の厳寒期に看板を下ろした。春が過ぎると、小体な洋食屋になっていた。そういえば、なごむビアホールがあった煉瓦造りの交詢社も、内から光が溢れてくるまばゆいばかりの構築物に姿を変えようとしている。松崎煎餅だって妙に小綺麗になってしまった。銀座は確実に21世紀のモードを装いつつあるのだ。

この記事は、銀座のBarを訪れる前に立ち寄ってみたいそば屋について。
■男性も女性も、独りで気軽に入れるBarが多い。さすがに銀座。
(この画像は、閉店したBarとは無関係のイメージです)
だれかとはしゃぎたいわけではない。酩酊するほど痛飲したいわけでもない。誰にも、その日が薄暮を迎えた事を祝うために、自分自身と乾杯したいときがある。昼から夜へ、移ろいゆく曖昧な時間に、いつもの止まり木で、一日の暮らしの「読点」を打ってみる。そんな一時を過ごすBarも好きだ。

そうそう、All Aboutのウイスキー&バーもチェックしてくださいね。

ところで、そんな至福の前に、空いてきた小腹をなだめるもうひとつの幸せがあってもいい。大人の街には、オトナのそば屋が似合う。
■あたりは、1960年代の「盛り場」のよう。この光景に心ときめく人は少なくないはず。再開発で生まれた無機質な街では醸し出せない銀座の貫禄なのである。
そのそば屋は、閉店してしまったBarのすぐ近くにある。素晴らしいBarはまだまだ他にもたくさんある。このそば屋は、地下鉄の駅を降りて、ここで蕎麦を手繰って、Barにつま先を向けるという理想的な動線のなかにある。ビジネスの顔から、くつろぎの顔へと着替える場所は、こういう空間がふさわしい。
■泰明庵の看板アップ
紅灯の巷。ま、そういったフレーズが脳裏をよぎる光景。居酒屋や東京古来(?)のそば屋が好きな人なら、DNAにピピッと反応してしまう絵柄だ。簡単なテスト。財布に3,000円の余裕があって、時間に60分程度の余裕があって、水では癒されない乾きをおぼえている午後6時。この看板を見つけてしまったあなたは、この店に入らずにやり過ごせますか?少くとも、私には不可能だ。
■穴子の天ぷら(お買い得!)
銀座という街は、心理的な距離感はともかく、物理的に築地に近い。ここから築地の魚市場まで、徒歩でも15分位。泰明庵は、実はその昔魚屋を営んでいたということで、ご主人の肴の目利きも大したものだ。そば屋で穴子の天ぷらを注文すると、メソという小振りなサイズが一本出てきてお終いということになりがちだが、この店はご覧の通り。仮に二人でつまんでも大満足のボリュームである。とりあえずの燗酒が進んでしまう。
■いまが旬の鯖もきっちり〆られて
これから小洒落たBarに繰りだそうてえ肚なのに、旨い物を見つけてしまうとどうもいけません。こんどは旬の〆鯖を注文。昨今の真鯖の市場価格については誠に憂慮すべき相場がまかり通っているが、この店では我慢の値付けでお客様のフトコロを案じている。ええ嬉しいじゃあありませんか。かくして、またまた燗が進む。
■しっかりと盛られたそば、嬉しい
己れの顔つきが、ビジネスの顔から、くつろぎの顔へと変わったころ、隣の席でとろろそばを召し上がっていた妙齢の女性が、お店の花番の奥さんに声をかけているのが聞こえた。
『美味しかったわぁ、今日も。明日もまた来るねぇ』
奥さんはとても嬉しそうな顔をした。私もなんだか嬉しくなった。
泰明庵のもりはしっかりと200g近くある。手打ちではないが、銀座でこのボリュームはそれだけで得難い。つるつると啜ると、東京の懐かしいそば屋の味がした。

私は深い満足感とともに席を立った。3,000円でお釣りがくる勘定を支払い、近頃なじみにしている止まり木に向かうことにした。
【お品書きの一例】
穴子の天ぷら  ¥880
鮎の一夜干し(季節商品)  ¥480
〆鯖  ¥850
そばコロッケ  ¥400
もりそば  ¥500
名物・舞茸カレーそば  ¥1,000

【泰明庵】

住所:中央区銀座6-3-14
電話:03-3571-0840
営業時間:11:30~21:00(L.O.20:30)、土11:30~15:00
定休日:日、祝休
交通:地下鉄丸の内線銀座駅C1出口より徒歩2分

(執筆者:井上 明)

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