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強い!千葉ロッテの秘密(3ページ目)

2005/5/26現在、36勝14敗と勝率7割を越え、パ・リーグの首位を快走する千葉ロッテマリーンズ。チーム打率・防御率とも12球団ナンバーワンをキープし、31年ぶりの優勝を目指すチームの戦力を解剖する。

執筆者:コモエスタ 坂本

【PART3 なぜこんなに強いのか?】

かつてのロッテの印象


ロッテが最後に優勝したのは1974年。金田監督時代で、漫画『アストロ球団』でアストロ球団とオープン戦を戦った翌年のことである。当時は宮城球場(現フルキャスト宮城)を準フランチャイズとする球団で、また前後期制だった(73年~82年)。

前後期制時代のロッテは、74年以外にも半期優勝を3度達成するなど、上位を争えるチームだった。それが暗黒時代に落ち込むのは、三冠王三回の落合(現中日監督)を中日にトレードした86年以降のことだ。それ以降、95年にボビー・バレンタインが監督に就任し2位に浮上するまでは、5位または6位のチームだった。

第一期バレンタイン時代~第二期まで


バレンタイン監督が去った96年以降、チームは再び暗黒時代に落ち込む。象徴的なのは、98年の日本記録18連敗だ。と言ってもこの時期は前の暗黒時代ほどにチーム力が低いわけではなかった。事実、最下位だった98年もチーム打率はパ・リーグ1位、チーム防御率は2位だったのだ。

(参考)年度別成績 1998(パシフィック・リーグ)

それからチーム力は徐々に整備されてゆく。99年以降、4位または5位を繰り返すが、再びバレンタイン監督を招聘した2004年には9年ぶりの勝率5割を達成し、わずか半ゲーム差でAクラス、プレーオフ出場というところまでこぎつけた。

ロッテ球団も「やる気」


ロッテが千葉に腰を下ろして以来、ロッテ球団もチームの盛り上げには本腰を入れてきた感がある。それが顕著になったのはやはり2004年からで、バレンタイン監督の再招聘、「アジアの大砲」李スンヨプの獲得、外国人補強など、勝てるチームになるべく手を打ってきた。

2005年はここまで育ってきた強力投手陣に加え、さらに即戦力ルーキー投手二人(久保・手嶌)を他球団との競争の末に獲得し、投手王国としての地位を固めた。大チャンスが到来した2005年、球団は確実に優勝を狙っている。

2004年最終戦の「外国人三連発」


思えば、2004年の最終戦が今年の快進撃の幕開けだったような気がする。西武ドームでのこの試合、ロッテは1対3とリードされた5回、ベニー・フランコ・李スンヨプによる史上初の外国人三連続ホームランにより、4対3と逆転、そのまま逃げ切る。非常にいいムードでシーズンを終え、また結果的に日本ハムには半ゲーム及ばなかった悔しさをモチベーションに今シーズンに臨めたのかもしれない。

(参考)「とある日本パ・リーグの試合」

背番号26、強力なマリーンズサポーター


千葉ロッテマリーンズを語る上において、独特の応援スタイルで知られるサポーターを外すことはできないだろう。マリーンズサポーターは力強く、また統制が整っている。マリーンズが千葉に移転以来、それまで死に体化していた応援団が地元千葉を中心に新たに編成され、また98年の18連敗などを機に、その団結が強固になった。

従来のプロ野球・韓国プロ野球・サッカーなどのスタイルを取り入れたその応援スタイルは、肉声と指笛が特徴的で、ラッパの使用が認められないフルキャスト宮城球場などでも異彩を放っていた。ベンチ入り25名に続く26番目のプレーヤーである、この強力サポーターもマリーンズのムードを高め、チームに力を与えているのは間違いないだろう。

【PART4 あえてロッテの死角を探る】に続く→
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