「日本より物価の安い国でのんびりと過ごしたい」
海外移住についてこのような憧れをもつ人も多いのではないでしょうか。
今回は老後を海外で暮らしたいと願う53歳のご夫婦を例に、海外移住にかかる費用とその注意点についてみてみましょう。
相談内容
すでに子どもたちは独立し、現在は夫婦2人で気ままな生活を送っています。
貯蓄が苦手なこと、また旅行が趣味で、コロナ禍になる前は、年に1回は海外へ出かけていることもあって、現時点の預貯金額は300万円程度です。
日本で老後を過ごすことに不安を覚えているのですが、海外……例えばフィリピンでは物価も安く、少ない年金で生活していける……と小耳に挟みました。
現在の資産状況で老後の海外移住はかなうのでしょうか? 注意点などあれば教えてほしいです。
相談者の基本データと家計状況
相談者の基本データと家計状況は以下の通りです。▼相談者
男性(53歳)/神奈川県横浜市在住/会社員、年収650万円(うちボーナス80万円)
▼家族構成
- 妻(53歳)/専業主婦
- 長女(25歳)/就職し、一人暮らし
- 長男(23歳)/就職し、一人暮らし
▼現在の家計
- 生活費:20万円(保険・住居・教育費を除く)
- 車は所有せず(レンタカー、カーシェア代は生活費に含む)
<特別支出>
- 海外旅行……年50万円(59歳まで)、家具家電費……年10万円(60歳まで)
- 結婚資金……子が30歳のタイミングで100万円ずつ
<そのほか>
- 退職金1000万円見込み(60歳退職予定)
- 貯蓄(預貯金):300万円
▼住まいについて
賃貸マンション、家賃12万5000円(管理費込み)、火災保険年1万円、更新料2年ごと1カ月分
▼保険について
[相談者]30歳時に加入
- 終身保険(保険金1000万円、終身払い)……月額保険料1万2000円
- 医療保険(入院日額1万円、終身払い)……月額保険料2700円
老後の海外移住の注意点
文化や価値観、生活スタイルなど日本とは勝手の違う海外での暮らし。ここでは老後の海外移住について特に注意しておきたい点を2つ挙げました。▼1:移住希望国のビザの条件
海外での中長期的な滞在には、各目的に合わせた専用のビザが必要となります。ビザの取得には収入や銀行口座の残高などの証明が必要となる場合があり、その条件は国によって異なります。
例えば現在マレーシアでMM2Hという長期滞在のビザを取得しようとすると「マレーシア国外で得る収入が月額4万リンギット(日本円で約110万円)以上」や「定期預金が100万リンギット(日本円で約2700万円)以上」という条件を満たす必要があります。
参考:外務省HP>「MM2Hプログラムの再開、新規申請に関するマレーシア外務省発表内容」
このように厳しい条件の国もあるため、思い立ってすぐに移住とはいかない可能性もあります。
すでに移住希望国が決まっているならビザの条件を早めにチェックして対策を取っておきましょう。
▼2:医療保障制度は?
一般的に、高齢であるほど医療費はかかるものです。しかし海外では日本の医療保険は適用されないため、もし移住先で医療保険に加入できず病院にかかったら治療費は全額自己負担となり、高額となる可能性があります。
希望する移住先の公的医療保険の有無や加入要件などの医療事情をよく確認しておきましょう。
現状のシミュレーション
まずフィリピンのビザ要件について確認しておきましょう。▼リタイアメントビザの要件
- 預託金(50歳以上)……2万ドル(日本円で約230万円)
- 政府手数料……1400ドル(家族1名追加で+300ドル)=合計1700ドル(日本円で約20万円)
- 年間手数料(本人+扶養家族2名分)……毎年360ドル(日本円で約4万円)
参考:フィリピン退職庁(Philippine Retirement Authority)「SRRV(特別居住退職者ビザ)について」/在フィリピン日本国大使館「領事班からのお知らせ」
フィリピンのリタイアメントビザはマレーシアほど経済的な条件が厳しくなく、取得しやすいというメリットがあるようです。
▼フィリピンでの生活費
続いて生活費についてです。住む場所が都心部か地方都市かで生活費なども変わりますが、今回は都心部として見積もりました(すべて2人分の合計)。
- 初期費用……20万円(渡航費用など)
- 生活費……1カ月18万円(家賃込み)
- フィリピンの公的医療保険……1年間6万円
- 帰国費用(年1回)……20万円(航空券、ホテル代など)
今回は上記の条件でシミュレーションを行いました。
今回の相談者の家計の場合、フィリピンでの家賃や保険料を含めた生活費は日本で暮らす場合の約70%となりました。そのため日々の生活を年金で賄うことができ、年金が受給できるようになる65歳以降の預貯金額は徐々にプラスとなっています。
問題は60代前半です。60歳前後で預託金や子どもの結婚資金といった高額な出費が続き、かつ収入が途絶えることから、64歳時点で預貯金はキャッシュアウトしてしまいます。
キャッシュアウト防止策は?
家計改善の基本は「収入を増やす」「支出を減らす」の2つが柱です。しかしご夫婦はともに53歳で、海外移住を目標とする60歳まで残りは7年間しかありません。この短期間に2つの対策を施すことで、どれほどの効果が得られるのでしょうか。
▼対策1:世帯収入を増やす
すでに教育費の支払いを終え大きな出費もないことから、ここからは老後に向けたラストスパートの貯めどきです。
例えば奥様がパートで月収10万円(年収120万円)稼いだ場合、54歳から59歳までの6年間で720万円貯蓄額がアップします。
▼対策2:海外旅行費用の削減
次に支出の削減ですが、二人暮らしにしては少し出費が多いように感じます。まず家計の見直しから始めてみましょう。
改善シミュレーションでは、現在毎年大きな出費となっている海外旅行費用の50万円を10万円削減したと仮定します。
ただし旅行はご夫婦の趣味でもありますから、くれぐれも無理のないよう「回数・日数を減らす」「LCCを利用する」「格安プランを探す」など、ご夫婦間で許容できる範囲で工夫されてみてはいかがでしょうか。
そこで年間10万円の支出を削減できれば、6年間で60万円の削減となります。
これらの対策を取った時のシミュレーションは図の通りです。
64歳時点のキャッシュアウトが改善されました。7年という短期間であってもその効果は大きく、その後の家計に大きな変化をもたらすことがわかりましたね。
また海外好きならではの対策として、現地で働くという方法もあります。フィリピンのリタイアメントビザは外国人労働許可証を取得することにより就労も可能です。
海外で働くというのは容易なことではないでしょう。しかし、第2の生きがい、そして老後の収入源としての選択肢の一つとするのもよいのではないでしょうか。
まとめ
今回は移住先としてフィリピンを希望していたことから、移住はかなうという結論となりました。しかし同じ東南アジアでも、マレーシアへ老後に移住するハードルは現状とても高いと言えるでしょう。老後の海外移住は、早めの下調べと対策が肝心ですね。
また海外生活ではどのようなトラブルが起こるかわからず、予期せぬ支出が発生することもあります。コロナ禍もあり、出入国に関して厳しくなっており、移住となるとさらにハードルは上がっています。物価が安いから……と安易に考えず、あらゆるケースを想定し十分な計画を立ててのぞみましょう。
この記事を執筆したのは……金井 優子(MILIZE提携FPサテライト株式会社所属FP) 兵庫県出身、藤沢市在住。新しい分野への挑戦が好きで、CA、フリーアナウンサーを経てFPに。現在は年子男子の育児をしながら、FPとして活動している。出産後の家計管理に奮闘した経験から、子育て世代に寄り添うFPを目指している。