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光市母子殺害事件死刑判決について考える(2ページ目)

世間の注目を浴びているこの事件、誰が見ても凶悪事件であることは間違いありませんし、死刑判決もやむを得ないかもしれませんが、もう少し元少年側に焦点をあてた冷静な報道があっても良いと思います。

酒井 将

執筆者:酒井 将

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世間の反応

この事件では、事件発生以来、多くの報道がなされましたが、その多くは、元少年の極刑を望む趣旨の報道であったように思います。特に最近は、弁護団に対する批判的意見が多くを占めていました。

たしかに私も、かつて一審の山口地裁の判決を聞いたとき(その当時は、司法試験受験生でした)、「どうしてこんな残酷なことをしたのに、まだ18歳だからという理由だけで、死刑が回避されるのだろうか」と強く疑問に思ったものです。しかし、弁護士になって、少ないながらも刑事弁護や少年事件を手がけるようになり、またマスコミ報道が、いかに実際の事件の真相と食い違っているかを知るうちに、果たしてそんなに簡単な問題なのだろうかと思うようになりました。

元少年の生育環境

元少年は、幼少時から父による虐待を受けてきました。父の虐待はひどいもので、殴る蹴るはもちろん、逆さまにされて頭から水風呂に沈めるなどの暴力もあったといいます。そして、「結婚して子を作ろう」などと言われるほど依存関係にあり、最愛の存在だった母親は、元少年が中学生のときに首吊り自殺をします。しかも元少年は、母親の首吊り自殺姿を目撃してしまったといいます。ごく普通の家庭に育った人間ではありません。生育環境は異常です。ですから、私たち普通の大人が、元少年がどんな精神状態で本件犯行に至ったかなど、想像のしようがありません。

山口家庭裁判所の調査官による「少年記録」には、被告人の「発達レベルは4,5歳と評価できる」とあり、生後一年前後で頭部を強く打っていることなどから「脳器質的脆弱性が存在するのではないか」などとも書かれているそうです。また元少年が勾留されている広島拘置所でも、統合失調症の治療に使う向精神薬が長期間多量投与されていました。

刑事責任を科せる根拠

そもそも犯罪者に刑事責任を科すことができる根拠は、悪いと分かっていたのに、あえてその悪いことをしたことに対する道義的非難です。日本の刑法では、14歳以下は刑事責任を問われず、日本の少年法では、18歳未満は死刑にはなりませんが、これは精神が未成熟な者に対しては、普通の大人と同様の道義的非難が加えられないからです。だとすると、元少年に対して、普通の大人と同等の非難を浴びせることが果たしてできるのだろうか、という疑問があります。

弁護団の主張

ところで、マスコミに徹底的に叩かれた弁護団の主張は、以下のようなものでした。被害児の遺体を天袋に入れて、押入れに入れたのは、元少年にとって押し入れはドラえもんがいる場所であり、そのドラえもんが何とかしてくれるのではないか、という思いからの行為である。その後、元少年は被害者の遺体の姦淫行為に及んだ。以前に読んだことのある小説「魔界転生」にインスピレーションをを受けて、被害者を、さらには被害者に投影された最愛の実母を蘇らせたいという衝動に突き動かされてのことだった。

たしかに普通に聞いたら全く馬鹿げた言い訳であり、およそまともな主張とは思えません。ただしそれは、元少年が普通の18歳の青年ならばの話です。しかし、元少年は、幼少期から虐待を受けて、発達レベルも4,5歳という非常に幼稚な人格だとすると、上記のような馬鹿げたことを本気で思っていたのかも知れません。もしそうだとすると、それは私たち普通の大人の想像の域を超えるものです。

だからこそ、そんなに簡単な問題なのかと疑問に思うのです。無責任に死刑を連呼する気にはなれないのです。

死刑制度と裁判員制度について

私は死刑廃止論者ではありません。むしろ、死刑制度は存置すべきだと考えます。この事件を含め、残念ながら、世の中には、とんでもない凶悪犯罪を起こす悪魔のような人がいます。死刑制度がなくなってしまえば、そういった凶悪犯罪者の生命を、国家が税金を使って生涯守り通すなどという滑稽な事態になってしまいます。但し、死刑は残酷な刑罰ですから、それを適用するにあたっては、慎重になる必要があると思います。少なくとも、ヒステリーなマスコミ報道に影響されるようなことはあってはなりません。もうすぐ裁判員制度がはじまります。そうすると、私たち国民がそういう難しい判断を迫られることになります。他人事ではないのです。
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