建築家・設計事務所/建築家住宅の実例

手塚貴晴+由比さんの「きもちのいい家」(3ページ目)

いつも話題性たっぷりの住宅建築を見せてくれる手塚貴晴+由比夫妻(手塚建築研究所)。その原動力はどこから来るものなのか、手塚さんのご自宅に訪ねお聞きしてみました。新春特別インタビュー、お楽しみください。

執筆者:坂本 徹也

貧しい住環境の中で暮らしている日本人

----ロンドンの住宅は、小さな部屋がいっぱいある造りなのに気持ちがいいのはなぜでしょう?

貴晴:小さく見えて、部屋は一つひとつけっこう大きいんですよ。日本の家屋はみんながバラバラにつくるから、窓を開けても庭とかのいい環境がないんです。どういうことかというと、土地があったとして、その真ん中にあまり考えずに買ってきた家をどんと建ててしまうからで、それは土地に合わせて設計したわけじゃないんです。
 だから窓を開けても、どの部屋からも1.5メートルぐらいの路地みたいな庭が見えて、どこも真っ暗なんです。これに対してロンドンのタウンハウスはすごく考え方がしっかりしていて、通り側と裏手の庭側に窓があってそれ以外にはない。そのかわり、裏にはけっこう広い共同のバックヤードがあって、みんなガーデニングや菜園を楽しんでいる。

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ちょっとした“気づき”で日本の住環境は変わる
「photo (c) Katsuhisa Kida」

----日本の家屋は、いつからそうなってしまったんでしょうね。

貴晴:おもしろいことに、パリの人口密度は東京の2倍もあるんですよ。だけどけっこう住みやすい。環境もいいです。いっぽう東京では、都市に対して建物はどうあるべきかというビジョンが、戦後、崩れてしまった。ほんとは日本の古い町屋なんかを見ると、ロンドンの古い建物と同じく通りに対して建物が整然と並んでいて、建物の壁が土地の境界になっている。その中にはちゃんとプライバシーがあるんだけれども、そこは風通しのよい開口部があってそれで秩序が保たれていた。そんな町屋の構造を、昔からの風土に合った建築を日本は忘れてしまったということです。
 もちろん寒い時期には寒く、断熱性も悪かったわけですが、今はそれは技術的に克服できますよね。日本の家は天井が低くて狭かったと思いこんでいる人がいますがそうじゃない。それは大変な間違いで、昔の本とかを紐解いてみると、けっこう空間的に豊かなんですよ。かなり貧しいはずの人の民家を見ても天井高なんかけっこうありますしね。だから、今の日本人はかつてないほど、貧しい住環境の中で暮らしていることに気づかなきゃいけない。

----今の建築家ブームについて、どのように感じておられますか?

貴晴:今は建築家ブームだと言われていますが、まだ根本的な問題の改善はなされていないと思うんですよ。ただ、いい傾向だなと思うのは、メディアを通じてみんなが「いい家ってどういうものなんだろう」と考えるようになって、そういうもの、海外の家とかも関心を持って見るようになって、ひょっとしたら自分たちはトンデモナイところに住んでるんじゃないかと、インドなんかに行ってインドなんか貧しい国と思っていたのに、自分たちよりずっといい家に住んでるじゃないかと思い始めた。

 ただ、問題なのはそれを解決しようとした際に法整備がまだできていないことです。隣の土地から50センチとか1メートル離して建てなさいとか、道路から離せば離すほど高いものが建てられるとか、そうすると町並みというのはだんだん壊れていっちゃうんですね。
 ほんとは家というのは中途半端に道路から離すぐらいだったら、いっそピッタリ道路に面して建っている方がいいし、開けるんだったら15メートル離して道路との間に緑を植えて壁をつくらきゃいけない。そのへんの力加減というのは、昔みんなバラックだったときに回りに迷惑を掛けないようにということでつくられた法律がいまだに世の中を牛耳っているということなんです。そういうこともあって、今はまだ、建築家に頼んだら必ずよくなるとは言い切れないと思います。

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常識に囚われないことが家の魅力を引き出す、八王子の家
「photo (c) Katsuhisa Kida」

----どうすれば、自分に合ったいい建築家とめぐり会うことができるんでしょう?

貴晴:よく言うのは、街中でいいレストランを探すようなものだと。で、ハウスメーカーに頼むと、ファミレスとかに行くのと同じで、そこに行けば時間通りに食中毒なしの料理が出てくる。ぼくは別にハウスメーカーの存在に問題があると言っているわけじゃない。ハウスメーカーがきちんといいものをつくって環境を整備することが大事なんです。
 ロンドンのタウンハウスなんかは、別に建築家がつくったんじゃなくて都市計画がきちんとしていたから、ディベロッパーがそれを守ってつくっただけなんです。それを日本はやらなかった。建築家が全部をつくることはできないですから、まずは都市政策をきちんとすると。そうした上でハウスメーカーがきちんとした仕事すればいいわけですね。その意味で、今後の住宅シーンにおいて、ハウスメーカーは大切な役割を担っているといえます。

由比:じっさい、本当にいい建築家ってどこにでもゴロゴロいるわけじゃないですしね。だけどいろいろ雑誌が出てきたことで、みんなが家について考えるようになって、生活の質をよくしようと思い始めたのはいいことですよね。これから時間が必要だと思いますけど…。

価値観が近い人の家をつくりたい

----今後、こんな家づくりをしてみたいというのはありますか?

由比:いまはまだ子どもが小さいので、子どものいる家に興味がありますね。たまたま今、幼稚園の仕事をやらしていただいていて、子どもが成長するに従って学校とかにも触れる機会が増えると思うので、そういう公共建築物をやってみたいなと思ってます。

貴晴:住宅に関しては、これからどんなものをやりたいというのは言えないですね。あえて言うなら自分たちが建ててきた作品を見て、共感されたり好きになってくれた人の家を建てていきたいですね。それさえできれば、このままで十分幸せです。

 愛車の黄色いシトロエン2CVを駆って… 由比:やはり価値観が近くないと、住宅ってやはりその人の価値観でつくるものだから、自分がいいなと思えるものをその人もいいと感じてもらえないと、説得するというのはなかなか難しいと思うんですよ。住宅はそこがいちばん難しいですよね。

貴晴:建築の難しいところは、できてみないとわからないところがあるということです。いちばんよくないのは、建て主さんが平面図を描いて持ってこられること。そうなるとお客さんと私たちとの間の設計競技になってしまう。そうすると、お金を払うのは建て主ですから、必ず向こうが勝ってしまう。そこで本当にいい家になるかどうかについては、われわれが責任を負わなきゃならないはずなのに、建て主さんは自分でそうしたんだからガマンしてそこに住むことになる。それは悲劇ですよね。私たちのほうがプロなんですから、しっかり考えて答えを出し、「これでどうですか、住みやすいでしょう?」と言えるような仕事をしたいですね。

これまでガイドが取材した作品はこちら↓
 宙に浮く家
 大窓の家
 柱のない開放空間
 メガホンハウス
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