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売り切れ続出?!のだまし絵バッグ

だたいま人気急上昇中のバッグブランド「SAN HIDEAKI MIHARA(サン ヒデアキ ミハラ)」をご存知? 「SAN HIDEAKI MIHARA」の中でも、特に大人気のトロンプルイユ(だまし絵)ラインに注目してご紹介!

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デザイナー三原英詳氏、誕生の理由


SAN HIDEAKI MIHARA
 
デザイナーである三原英詳氏は、1970年10月7日、福岡県生まれ。1994年、福岡大学工学部建築工学科卒業後、某建設会社へ就職。1997年2月、自ら、BAR“ARBOUR”を設計、施工し、三軒茶屋にオープンします。1999年9月、SAN HIDEAKI MIHARA ファーストコレクションを発表。2001年12月、イタリアフィレンツェの革小物工房にて、伝統技術を学びます。2002年12月、アトリエフォルマーレ設立。2003年2月、バッグ職人養成講座 SCHOOL “BAG CRAFT MASTER SCHOOL”を開講。また、SAN HIDEAKI MIHARAとしてコレクションを発表。2005/06AWより、ピエールカルダン プリュス トロアにおいて、クリエイティブディレクターに就任。

何を隠そう弟さんは「SOSU MIHARA YASUHIRO(ソスウ ミハラヤスヒロ)のブランドで、シューズやファッションデザインを手掛ける人気実力派デザイナーの三原康裕さん。

そもそも、建築工学科を卒業した後、ファッション以外のフィールドで活動していた三原英詳さん。では一体、ファッション界にてデザイナーとして活躍していくきっかけとは、何だったのでしょうか?

デザイナー三原英詳さん誕生のきっかけは、自らが、デザインし、内装を創り上げ、三軒茶屋にオープンさせたそのBARで、アイドル時間を利用して、見よう見まねで革をいじり始め、革製品を創り始めたこと。こつこつと創りあげた革の財布や小物入れなどを見たBARのお客様の紹介によって、展示会を開くことになったといいます。いきなり展示会を勧められるのですから、当時からそのデザインセンスには目を見張るものがあったのでしょう。兄弟揃ってデザインの職に携わっているのですから、元々才能があったことが窺えます。

また、デザイナーという枠に留まることなく、サンプル職人を迎え、バッグの製作およびスクールによる若手職人の育成にも力を注いでいるというから、驚き。今後も、バックデザイナーとしてだけではなく、いくつもの違う顔を、私たちに見せてくれることでしょう。




【取材協力】
SAN HIDEAKI MIHARA(サン ヒデアキ ミハラ)


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更新日:2009年04月13日

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