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ニンテンドースイッチUI開発に学ぶ当たり前の貫き方

ニンテンドースイッチの本体機能は、特別なものではありません。どちらかというと、使いやすいけど普通です。しかし、その普通に使いやすいを実現するために、たくさんの工夫や、発想の転換が必要になるのです。

田下 広夢

執筆者:田下 広夢

ゲーム業界ニュースガイド

ニンテンドースイッチ本体機能のUIは普通で使いやすい

ニンテンドースイッチの図

ニンテンドースイッチのUIは、特別ではないかもしれませんが、普通に使いやすいものです

朝、運良く座れた電車の中で、ガイドが「世界樹の迷宮X」をプレイしようとニンテンドー3DS(以下3DS)をぱかっと開いた時に思ったのは「3DSってこんなに使いにくかったか……」ということでした。使いにくい原因の半分はガイド自身にあります。Homeメニューの背景はスプラトゥーン、そこにマリオのキャラクターやブロックなど「バッジ」と呼ばれる装飾用アイコンが配置され、間を縫うようにゲームや、ニンテンドーeショップ、本体設定などのアイコンが置かれています。アイコンを配置したのはガイドですから、整理されていないのは自分が悪いんですが、一方で、ごちゃごちゃになりかねない使い方を提案してきたのはメーカーの任天堂でもあります。

様々な機能が追加され、そのたびに増えるアイコン、それらの機能とゲームを自由に配置でき、なおかつ装飾用のバッジと自由に選べる背景で自分らしい画面に。たくさんの機能やカスタマイズはとても楽しいものです。それ自体は否定しませんし、イカやマリオが散りばめられたHome画面を見るに、ガイドは実際当時相当に楽しんでいたのでしょう。しかし、その楽しさと引き換えに、画面はどんどんごちゃごちゃになっていったのです。

3DSを頻繁に起動していた頃は、そこまでの使いにくさは感じませんでした。これはおそらく慣れの問題です。しかし、ニンテンドースイッチが発売されてから3DSの起動頻度が減り、久しぶりに起動してみると、新しく買ったゲームのアイコンがどこにあるのかすら、ぱっと見では分からないような状態になっていました。スッキリと整理されたニンテンドースイッチの画面を見慣れていたことが、なおさら3DSの画面の混乱を際立たせていました。

ニンテンドースイッチのHome画面、あるいはそこから遷移する本体機能画面は、どちらかというと普通です。何か驚きのアイデアがあるというわけでもなく、これに特別ビックリしたり感動したりするようなものではありません。もしガイドが特別に驚いていたなら、きっと発売当初に記事にしていたでしょう。むしろ、ニンテンドー3DSのように自分好みにカスタマイズできて、ゲームの背景やキャラクターを自由に配置、なんていう方がよっぽど特別です。しかし、久しぶりに3DSを開いてみると、ニンテンドースイッチが圧倒的に使いやすくなっていることに気がつくのです。普通に使いやすいことに。

さて、そんなことを考えていると、ガイドが乗っている電車は、みなとみらい駅へ到着しました。ガイドはその日、パシフィコ横浜で2018年8月23日から開催されたゲーム開発者のイベント「コンピュータエンターテインメントデベロッパーズカンファレンス2018(以下CEDEC)」に向かう途中でした。奇しくも、ガイドが最初に参加する予定のセッションは「明快で軽快なUI 『Nintendo Switch 本体機能』の制作事例」ということで、ニンテンドースイッチの本体機能UI開発に関する講演でした。

任天堂の企画制作部 プログラマーの小野 純和氏、UI/UXデザイナーの瀧口 貴悠氏、サウンドプログラマーの大西 壮登氏3名によるそのセッションは、まさしく、ニンテンドースイッチに特別な仕掛けを施すためではなく、普通に、当たり前に使いやすくするためにしてきたことの紹介でした。

みなさんいかがでしょうか、何かのプロジェクトを進める上で、普通に考えて、当たり前のことをやるのって、実は難しくないですか? 1人で短期間でできるような事柄であれば別ですが、大人数で長期に渡って取り組んでいくと、考えが固定化していたり、視野が狭くなっていたり、たくさんの事情に縛られていたりで、普通のことを当たり前にやるのは、そう簡単ではありません。任天堂のセッションで語られた内容は、そんな普通のことを普通にやるための、工夫や着眼点など、UIはおろかゲーム制作の枠からも離れ、多くの問題解決シーンで役に立つ示唆に富んだ内容でした。

セッション内容の網羅的な紹介は既に他メディアに多数掲載されていますので、そちらをご覧いただくとして、ゲーム業界ニュースでは、この当たり前に使いやすい本体機能を開発するためにどんな工夫があったか、汎用的に使えるその考え方や姿勢について、ピックアップしてご紹介したいと思います。当たり前のことを当たり前にやるのは、簡単にはできないのです。
 

普通にやっても普通は貫けない

 
ニンテンドー3DSの図

従来商品の多機能化の流れから転換し、ゲームに集中すると決めました


まず開発時、最初に取り組んだことはコンセプトの確立でした。『ゲーム機なので「ゲームで遊ぶ」に特化しよう』と決めたそうです。これも、いかにも当たり前のことしか言っていないようですが、実際にコンセプトに掲げて貫き通すとなれば、簡単な話ではないはずです。市場の流れを見れば、ゲーム機は高性能化、多機能化がどんどん進んでいます。映像や音楽のオンデマンド、新しいサービス、新しい機能が次々追加されています。

任天堂が作ってきたハードもその流れの中に居ました。冒頭お話した3DSには、最初からカメラや音楽アプリ、すれちがいMii広場などが内蔵されていました。据え置きハードのWii Uにも、いくつかのアプリが内蔵されています。ゲームに特化するということは、そういったものを余計なものとして切り捨てていくという選択でもあります。今まで積み重ねてきたものを切っていくことは大変に難しい決断ですし、関わる多くの人との調整も必要になることがらであるはずです。セッションではそこまで語られてはいませんでしたが、一般的に考えれば、それまでの製品の流れや市場の傾向を踏襲するのが「普通」でしょう。しかしそれでは『ゲーム機なので「ゲームで遊ぶ」に特化しよう』という「普通」のコンセプトを貫ぬけないのです。

普通にやっても、普通のコンセプトは貫けないということが、まず1つ目のポイントです。ニンテンドースイッチの本体機能UIはこの「ゲームで遊ぶ」に特化して遊びやすくするために「圧倒的にわかりやすく 明解にする」と「圧倒的にはやく 軽快にする」という2つの言葉を掲げて開発を進めていきます。
 

問題の大本

次に、「圧倒的にわかりやすく 明解にする」ための工夫から、ゲームのカーソル移動の話をご紹介したいと思います。カーソル移動のルールを決める時に、直感的で分かりやすいルールにするにはどうしたらよいでしょうか。

あるアイコンにカーソルがあっていたとして、スティックの下を押した時、そのアイコンの下に複数のアイコンが並列に並んでいたら、どのアイコンに移るべきか。例えば3つのアイコンが横並びになっていて、どれも上のアイコンと重なっていたら、どのアイコンに移動するのが自然でしょうか。左端のアイコン? 中心に近いアイコンがよさそうですか? 重なっている部分の長さで決めるのはどうでしょう?

答えはちょっとずるなんです。というのも、人によって答えは違うんです。真ん中が自然だと言う人もいれば、左端が自然だと言う人もいるでしょうし、そもそもはっきりと答えられる人ばかりではないでしょう。セッションでは、設定する側が迷うことは、ユーザーも迷うと伝えられました。

そこで考えた答えは、迷うようなアイコンの並び方をやめよう、というものでした。面白いですね、ものすごく普通の話です。そこでニンテンドースイッチの本体機能では、多少の例外はあるものの、基本的に横1列か縦1列でアイコン等が並ぶように作られています。そうすると、カーソル移動のルールも、自然にシンプルで分かりやすいものにできるというわけです。

答えを聞けば、それこそ普通のことですし、ニンテンドースイッチの操作をしていて、一列に並んでいるアイコンの移動が迷わないことは当たり前のことですが、カーソルのアルゴリズムについて試行錯誤している時に、デザインの方に答えを求めるという発想の転換がそこにはあります。しかも、カーソルのアルゴリズムを作っている人と、アイコンの配置をデザインしている人は、同じ人ではないのです。
 

ユーザー体験全体を俯瞰する

今度は、「圧倒的にはやく 軽快にする」にはどうしたらいいか。ゲームを軽快にするというと、まず考えるのは内部処理を短くするということです。内部処理というのは、つまりコンピューターが考えて実行している時間のことですね。この間、ユーザーはできることがありませんから、待ち時間になります。しかし、ここでも、もっと普通の、もっと当たり前のことを考える必要があります。

セッションで例に出されたのは、自動車が止まるまでの距離でした。自動車の免許を持っている人は教習所で習ったはずです。自動車が止まるまでに必要な距離というのはどれくらい必要でしょうか。ブレーキを踏んでから止まるまでの距離でしょうか。それはゲームで例えると内部処理の時間ですね。しかし、ブレーキを踏んでから止まるまでの距離しか考えずに運転していると、大変に危険だと教習所では習うはずです。なぜなら実際にはもっと色んな時間がかかり、車は急に止まれないからです。

例えば、道に子どもが飛び出してきたとします。そうしたらまず、その子供を発見、認識するまでの時間がかかります。その間も車は進んでいますよね。その後、ブレーキを踏むまでの時間があります、この間に進んでいる距離を空走距離といいますね。そしてブレーキを踏んでから減速して止まるまでの間も車は走っています、これを制動距離と言います。この3段階を経て、やっと車は止まれるわけです。

ゲームで言えば、最初の危険を発見する部分は、ユーザーが画面を理解する時間、ブレーキを踏む空走距離はユーザーが操作する時間、そして制動距離がシステムの処理時間ということになります。となれば、システムの処理時間を短くするのはもちろんのこと、ユーザーが理解する時間と、操作する時間を短くすることでも、軽快に感じられるはずです。

というわけで、極限まで内部処理を短くしつつ、ななめ読みしやすい文章の書き方だったり、カーソルの初期位置を工夫したり、全体でユーザーの体験する軽快さを実現しているとのことでした。目の前の課題が、目的なのか、手段なのか、全体の問題はどこにあるのか。この場合、内部処理の高速化は手段の1つにすぎないのです。
 

当たり前ができる組織

ニンテンドースイッチで遊ぶ図

ゲームハードがどんどん複雑化していく中で、シンプルでストレスなく遊べるものを作ろう、というのは、当然簡単ではありません(イラスト 橋本モチチ)

コンセプトを決めて捨てるものは捨て、問題は根本から解決し、ユーザー体験全体を見て改善していく。当たり前のことばかりでありつつ、しかし、実際にやろうとすると難しいことばかりです。これを実現しようとしたときに障壁になると考えられるのは、組織の在り方です。

プログラマーがカーソル移動のアルゴリズムについて悩んでいる時、むしろデザインの方をシンプルにするべきだと考えついたとして、それがすんなりと受け入れられる組織であるかどうか。ゲームを軽快にするためには内部処理を短くするだけでは足りず、デザインや文章、カーソルの位置など、チーム全体で取り組まなければいけないことを全員で共有して進めることができるか。そもそも、「ゲームを遊ぶ」に特化するというコンセプトを全員で守り続ける、守りきるということは、言うほど簡単ではないはずです。

問題を解決する為にするべきことは分かっているのに、自分の立場ではそれを通すことができない、そんなジレンマを経験をした人は、少なくないんじゃないかと思います。ビジネスマンの愚痴の定番ですよね。

この点について、ニンテンドースイッチの本体開発における解決策の1つとして「ロムフェス」という社内イベントが紹介されていました。セクションの枠を超えて開発チーム全体でロムを触って意見を言い合う日だそうです。ロムフェスを何度も開催して、全員で課題を共有し、解決に向けて進んでいったといいます。ロムフェスができること自体が、組織の風通しの良さを物語っているようにも思いますが、いずれにせよ、能動的に問題の共有化とセクションを超えた解決方法の模索が必要不可欠であることは、疑いようもありません。

ニンテンドースイッチの本体機能UIは、驚くべきアイデアで彩られたものではありませんが、当たり前にストレスなく、使いやすいものになっています。しかし、当たり前に使いやすいものが、当たり前にできることはなく、当たり前を貫き通す為の発想と工夫と努力が必要であることが、痛感できるセッションだったように思います。

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