絶景宿の選び方
「絶景」。この言葉をして、シズル感を感じない人はいないだろう。
最近では、アジアンリゾートでデフォルトになりつつあるインフィニティ・プールのごとき、湯面と海や空がシームレスにつながった「インフィニティ・バス」が旅館の露天風呂にも出現して、絶景宿のビジュアルを雑誌等でもよく見かけるようになってきた(残念ながら宿の場合、エッジの先から湯を外に流せないことが多く、厳密にはインフィニティ・エッジではないが)。
しかし、どんなに絶景の海を眺めていても、5分もすれば見慣れてくる。問題は、絶景プラス、しっかりした料理や雰囲気があるかどうかである。ひと言で言えば、彼や彼女を、あるいは大切な人を、自信をもって連れて行ける「総合力」がその宿にあるかどうかだ。
海を眺める絶景宿
目の前に広がる太平洋(里海邸)
さて、ご紹介するのは大洗(茨城県)の「里海邸」。窓の外は一面、静かな太平洋だ。目の前の岩礁には、磯前神社の鳥居が立っていて、どこか神々しい。この宿は、どの部屋からも、半露天になる大浴場からも、太平洋が一望の下。朝日は真正面から昇る。半露天付きの客室も多く、湯上がりにテラスで火照った体を休めるのもいい。誰の視線もない。そこからは海が見えるだけの絶景宿だ。
なぜ、この宿が多くに知られずにいるかといえば、温泉を引いていないためだ。雑誌で広告の取れる特集に温泉は不可欠。そのため、この宿が、手作りの地産地消料理が並ぶ料理宿であっても、一貫したディレクションのもとにデザインされたセンスのよい宿であっても、落ち着いた客層で保たれ、カップルにぴったりの宿であっても、雑誌であまり紹介されないので、知られずに済んでいる。
温泉ではなくとも、磯だまりをイメージした鏡のない半露天の大浴場に満たされているのは、裏手にある磯前神社に湧き、御手水に使われているご神水。なめらかな肌ざわりは温泉にも勝るとも劣らない。海に面したテラスが広がる湯上がり処で、静かにクラシックの音色に耳を傾け、無料のハーブティーやビールで寛ぐのはいかがだろう。
さて、ご紹介するそれぞれの宿に、「対抗馬」となる宿を一軒ずつ考えてみた。里海邸の対抗馬は、虎杖浜(北海道)の「心のリゾート 海の別邸ふる川」だ。湯面と海面が一体に見える露天のインフィニティ・バスがある。露天風呂に横たわれば、視線の先には遥かに広がる太平洋。そして真上には、永遠の空が広がる。もし晴れていたなら、夜は満天の星空だ。絶景というには、海だけではなく、空だってある。星空は、街ではなく自然の中にぽつんとある宿の特権だ。こちらも、全28室すべてがオーシャンフロントの絶景宿。
山を眺める絶景宿
山を眺めるのもいい。山を眺める宿というと、雪を抱いた立山を眺めるホテル立山あたりもあるが、ここでご紹介するのは赤倉温泉(新潟県)の「赤倉観光ホテル」。歴史のあるスキー場の上部に位置するクラシックホテルだ。クラシックといっても、信越の山々を望む「テラス露天風呂付き客室」の新館を09年に建てた(本館も全面改装した)。客室の露天風呂は、あまりの開放感ゆえ、スキー場に人がいる時は気をつけて入ろう。その代わり、人のいない朝や夜は、山の中で温泉に入る爽快感を心ゆくまで楽しめるはずだ。晩秋などには、条件が揃えば、宿から雲海を見ることもできる。年に何回かの偶然が織りなす雲海露天風呂に当たった人は超ラッキーだ。これを絶景と言わずして何と言おう。あるいは、深い霧の中に入っても幻想的だ。霧の露天風呂もめったに味わえない。
エステやバーが設えられた新館の階上には、ヘブンリー・ビュー・スパと名づけられた温泉大浴場がある。新館のエントランスとなるアクアテラスには、空を映し出す水盤が張られ、その先への期待感を醸し出す。この温泉大浴場の露天風呂からも絶景が眺められる。加えて、微かな硫黄臭のする赤倉温泉(硫酸塩・炭酸水素塩泉)は何度入ってもやめられない素晴らしい泉質だ。
食事は景色を見ながらダイニングでのフレンチか、日本料理も選べる。チェックアウト後は、ヨーロッパアルプスのようなカフェのテラスに出て、山に吹く風を感じながら、コーヒーを楽しもう。
赤倉観光ホテルの対抗馬として挙げるのは、美ヶ原高原(長野県)の「王ヶ頭ホテル」だ。美ヶ原の山頂、標高2000mにある一軒宿。積雪する冬季には雪上車ツアーもやっている。このロケーションにあって、スイートは絶景露天風呂付き。通常客室からももちろん、絶景だ。この宿がどうして知られていないのか!といえば、やはり非温泉だからだろう。どうしても日本人は温泉にこだわりが強いが、絶景をないがしろにしているわけではない。この宿も、知る人ぞ知る絶景宿として、しっかりと記憶にとどめておきたい。
続いて、「橋」を眺める絶景宿をご紹介しよう。