糖尿病/1型糖尿病

1型糖尿病を完治したい!? その(3) ベータ細胞再生

1型糖尿病の、自己のベータ細胞を拒絶する自己免疫が抑制できるようになったとしても、インスリン分泌能を回復するにはベータ細胞をもう一度獲得しなくてはなりません。

執筆者:河合 勝幸

(c)2010 KAWAI Katsuyuki

1型糖尿病の完治には遺伝子解読が必要ですが、免疫系は遺伝子に支配されない「ゆらぎ」があります。難しい病気ですね!
(c)2010 KAWAI Katsuyuki

1型糖尿病の、自己のベータ細胞を拒絶する自己免疫が抑制できるようになったとしても、インスリン分泌能を回復するにはベータ細胞をもう一度獲得しなくてはなりません。

それには外部から「自己」あるいは「非自己」のベータ細胞を移植するか、患者自身のベータ細胞を薬物などで新しく作り直す方法が考えられています。後者が成功すればベータ細胞を少しずつ失っていく2型糖尿病にも応用できる道が開けてきます。

膵島(ランゲルハンス島)移植については前回記事でも触れましたが、手術法は現在も改良が進められています。ドナーからの膵島の分離法や、レシピエント(宿主)の肝臓への膵島移植法などが研究されています。
膵島は膵臓に移植すればよさそうなものですが、案に相違して膵臓は移植された膵島を特に受け容れない臓器なので、豊富な血流量のある肝臓が最初から選ばれています。

更に10年前よりも免疫抑制剤がよくなったので、以前は膵島移植の効果が長期間続いた人はわずか20%ぐらいだったのですが、最近は50%強の人が5年以上も維持できるようになりました。
それにしても、よく効く免疫抑制剤は腎毒性、感染症、悪性腫瘍などの重い副作用が伴います。
また、1型糖尿病者に移植された膵島は、どの臓器移植でも起こり得る拒絶反応と、そもそも1型糖尿病の病因であるインスリンに反応する自己免疫を受けて壊れていく二重の宿命があります。

幹細胞を使う研究のいろいろ

膵島移植のドナー不足や移植の諸問題のため、成人幹細胞を使ってベータ細胞に分化させる研究が急ピッチで進んでいます。
マウスの実験では、胚性幹細胞をベータ細胞に分化させて糖尿病を治療した例が2008年に発表されましたが、ヒトにおける胚性幹細胞は、いかに体外授精卵の余りものと言っても生命倫理の難問に直面します。

2011年10月産業技術研究所(つくば市)の研究チームがラットを使った動物実験で鼻の奥の粘膜(鼻嗅球)にある神経幹細胞からインスリンを産生する細胞を分化させることに成功したと発表しました。嗅細胞は30日ぐらいの寿命でたえず新しい細胞と入れ替りますから、入れ替えなしのすべての神経細胞とは対照的に神経幹細胞があって神経新生を行なっているのです。

つい先日の、2012年3月11日には米コロンビア大学と群馬大学の研究者たちがマウスの小腸にある未熟な消化管ホルモン分泌幹細胞で、Foxo1という遺伝子の働きを抑えたらインスリンを産生する細胞が分化したと発表しました。

明るい希望が持てる研究発表が続いています。何げなく読んでしまうと、膵島のベータ細胞と嗅覚の神経細胞、未分化の腸の基底果粒細胞では脈絡がないようですが、実はこれらは本質的に同じ構造をもち、同じ仕事をしているパラニューロンとよばれる感覚細胞や内分泌細胞の一群なのです。これらは兄弟細胞ですから期待しましょう。

いま話題のiPS細胞からもベータ細胞の分化が行われているのは間違いないでしょうが、万能の胚性幹細胞からベータ細胞を造っても、血液のブドウ糖濃度に応じたインスリン分泌がまだ正確に行われる実績がないようです。
インスリンを分泌してはならない低血糖時にインスリンがどんどん分泌されたら致命的な低血糖になってしまいます。

他者やブタのヘルシーな膵島を人工カプセルに包んで、免疫をブロックする研究もホットな分野です。
ブドウ糖やインスリンを通す大きさの穴がありながら、免疫反応をブロックできれば理想的です。
このアイデアは30年も前から研究されていますが、カプセルの最適な素材がまだ見つかっていません。これも最新のナノテクに期待です。

奇想天外!? 内なるルートを再開発

体外でベータ細胞を培養して移植する方法とは別に、もっと直接的に糖尿病患者の膵臓の中にある細胞をインスリン分泌細胞に再生・新生して作り換えてしまおうという研究があります。

既に正規の治験が行われているものもあります。
この話を初めて聞く人はさぞ驚くと思いますが、私たちがよく知っている経口糖尿病薬ジャヌビア(一般名、シタグリプチン)と逆流性食道炎や抗潰瘍薬としておなじみの一般名ランソプラゾル(タケプロンなど)の2剤を、発症したばかりの1型糖尿病患者に投与してベータ細胞の保存と再生を確認する第2相試験(REPAIR-T1D)が米国で行われています。

研究のリーダーはこの分野で著名なアレクサンダー・ラビノヴィッチ南ダコタ大学教授です。
1型糖尿病マウスの実験では、この2薬の組合せで残っていた膵島のベータ細胞の保全と、膵臓外分泌管細胞のベータ細胞化、そして新生ベータ細胞への自己免疫の抑制が確認できたそうです。

どうしてこんなことを思いついたのか、当事者のラビノヴィッチ教授に伺ってみたいですね。確かに膵島をふやすGLP-1(シタグリプチンによる)とガストリン(ランソプラゾルによる)の両ホルモン相乗効果で何かが起っているかも知れません。その解明はこれからです。

さて、2012年3月号の医学誌Diabetes Careで、前々回の記事で紹介した米マサチューセッツ総合病院のDr. Denise Faustmanをリーダーとする研究チームが、1型を発症してから数十年後でもインスリン産生を示すCペプチドが検出される患者が多くいることを報告しました。
必ずしも急速に全てのベータ細胞を失うわけではないようです。だから結核予防ワクチンのBCGが効くという可能性を示唆するわけですが、残っているベータ細胞は新しいものだという説があります。

一見、ある程度のベータ細胞が自己免疫の破壊を免れていたように見えますが、「膵臓は常にベータ細胞を造っていると考えるほうが筋が通る」と主張する研究者がいます。

Dr. Pedro Herrera(ジュネーブ大学教授)は膵臓の細胞系統研究の第一人者ですが、教授によるとベータ細胞をほとんど失うと、膵島の前駆体は自発的にアルファ細胞をベータ細胞に再生するのだそうです。成人の細胞でもその可塑性は十分にあります。
このことを動物実験で実証できたので、教授の研究室はグルカゴンを産生するアルファ細胞をベータ細胞に変換する化学シグナルを熱心に追跡しています。これも思ってもみなかった話です。

以上、さまざまな研究が行われていることを紹介しました。いずれも道半ばです。今は完治できなくても、糖尿病をマネージメントすることは出来ます。やるしかありませんね。

■関連記事
1型糖尿病を完治したい!? その(1) 免疫療法
1型糖尿病を完治したい!? その(2) 免疫療法
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