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耐震住宅・住宅工法
更新日:2005年01月17日
長く暮らせる家を建てようと研究を重ねて選択した住まいは、地震に強い家だった。阪神・淡路大震災を体験した方を取材させていただきました。
1995年1月17日、午前5時48分。阪神・淡路大震災が起こります。ドーンという音ともつかない衝撃によってNさんご夫妻はたたき起こされてしまいます。横揺れ、さらに横揺れ。室内ではテレビが大きく動いてきたそう。暗い、寒い、見えない。Nさんは「落ち着いて、落ち着いて」と心に言い聞かせて、照明のスイッチを探しましたが、電気は付きませんでした。
しばらくして、明るくなってくるにつれ、家の中の惨状が明らかになってきました。食器棚やサイドボードが倒れたため、中の食器があちらこちらに飛び出して、ぐちゃぐちゃになっていました。食器棚のガラスや割れた食器が散乱した室内は、うかつに動くとケガをしそうで、歩けませんでした。
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| 地震による被害。室内のクロスに小さな亀裂ができました。壁に白く補修されているのがその部分です |
しかし、建物自体の被害は、ほとんどありませんでした。窓ガラスは1枚も割れず、窓・ドア・雨戸は、どれも変わりなく、開閉にも問題がありませんでした。実際の被害は、室内のクロスが2階で2ヶ所、1階で3カ所ほど切れたこと、玄関の外のタイル目地にひび割れができただけでした。
Nさんの奥さまは「自分の家はたいしたことがなかったので、よその家もそんなものだと思っていました。家具が倒れて室内はめちゃくちゃだったので、それを片づけて早く普通の生活に戻りたかった」と、当時を振り返っておっしゃいます。しかし、本当の惨状は家の外でした。
当時の惨状について、Nさんはこうおっしゃいます。「地震の映像というと、家が崩れたり倒れたりしてるでしょ。被災の実情というのはあれだけではないんですよ。ウチの近くにある小学校の体育館が避難所になっていて、ボランティアの人たちが炊き出しをしてくれました。けれども、炊き出しをしている体育館のカーテンの向こう側には、亡くなった人の遺体が並んでいる。焼き場も壊れてるでしょ。道路もむちゃくちゃになってるから(遺体を)運べないんですよ。だから全部並べてある。カーテン1枚はさんで、こっちでは炊出ししているわけですよ。そんなんテレビでは映されへんけど、そういう場面を目の当たりにすると、無事でよかったなーっと思うんですよ」
また、こういうこともあったそうです。「この近くでもあったんだけど、つぶれた家のなかに人がいる。でも、家がつぶれてるから助け出せない。応援もこられへん。そんなんがいっぱいありすぎて、そのうちにその人は冷たくなってくる。どうすることもできない。映像的にはゴジラみたいな怪獣映画にて出てくるような家が壊れている映像だけど・・・」
震災当日の夜、そういった惨状の中、Nさんはご家族全員、自分の布団で寝ることができました。家がなんともなかったからでした。築10年の家が、阪神・淡路大震災を無傷といっていい状態でのりきったのです。
Nさんの家は、震災後10年経って、現在では築20年になりましたが、今も変わりなくこの家に住み続けています。阪神・淡路の震災以後、震度3程度の地震でも、ご近所の人たちは家を飛び出てくるそうですが、Nさんは安心していられるだけでなく、また、同程度の震災がきても大丈夫だと確信しているそうです。
それは、自分の考えで選んだ住宅の基礎や構造に自信をもっているからですが、それだけでなく、そのメーカーの企業姿勢にも感心したからだそう。震災後、メーカーの担当の人が来て、調査してくれたことが安心感につながっているといいます。Nさんの家と同じへーベルハウスは、阪神・淡路大震災で1棟も倒壊しなかったのですが、そのことを積極的に広告に利用せず、「まずは調査、という姿勢にも好感がもてました」というのはNさんの言葉です。
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| Nさんは、地震のときに食器棚などが倒れてガラスが散乱したので、家具が倒れないように天井と家具のすき間を埋めるようにしているそうです |
Nさんは「長く暮らせる家は、しっかりしたメーカーでないとつくれない。こういうご時世なので、倒産してなくなってしまう会社もある。家というものは、建てたら10年程度でハイさようならじゃないわけですから、住宅メーカーの姿勢が大事なんです」とおっしゃいます。
「家が大丈夫なら、この前の新潟県中越地震みたいに車で生活することはない。壊れなくても傾いた家が多かったでしょ。傾いた家に住むのは不安ですが、ウチは安心感がある。それが大きな価値」ともおっしやるNさんは、地震保険をやめたそうです。安心して暮らせることこそが、長く暮らせる家にとって重要なことをNさんは被災体験を通して、教えてくれました。
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