日本ジオパークに認定された隠岐(おき)。紺碧の海に囲まれた島々には、太古の時代から形成された地質や、不思議な植物分布など貴重な自然が日常的に見られます。今回は、隠岐の島町を中心に、フツーの観光旅行では体験できない絶景&ビギナーにも楽しめるネイチャースポットを、達人と一緒にめぐってきました。驚きの「隠岐そば」や海の幸など、ご当地グルメも要チェックです!
隠岐の島きってのビュースポット、白島展望台。島の北端にあり、海の底にある白い岩肌が日差しを受けて青く輝く
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ロードサイドに2億年前の石!? 隠岐ジオパークを歩く
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水木サンのルーツは隠岐!隠岐の新名所
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驚きの食感「隠岐そば」ってなに?
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隠岐の島で目にした絶景と出会った人々
自然の造形美が感動を呼び起こす
日本海に浮かぶ秘境・隠岐の島
まさに島ごと大自然の宝庫!左は南方地区で放牧される牛。「おき牛」や「神戸牛」「松阪牛」となる高級黒毛和牛。奥のダイナミックな柱状節理(柱状になった岩)にも注目
隠岐では現在も古典相撲が残っている。写真は水若酢(みずわかす)神社の境内にある、隠岐相撲の土俵
島根半島の沖合約50km、日本海に浮かぶ隠岐諸島。古くは、遠流(おんる)の島として後鳥羽上皇、後醍醐天皇、小野篁(おののたかむら=歌人)が流された土地と聞くと、歴史の時間に習った記憶がおぼろげによみがえってくる人もいることでしょう。
大小180あまりの島のうち、中心となるのは島後(どうご)と呼ばれる隠岐の島町。隣接の西ノ島(にしのしま=西ノ島町)、中ノ島(なかのしま=海士町)、知夫里島(ちぶりじま=知夫里町)といった島前(どうぜん)へは航路で結ばれています。
隠岐は、島がまるごと大自然の宝庫!近年、歴史ファンに加え、秘境好きやネイチャー派、さらにはパワースポットめぐりに訪れる女性などが急増。伊丹空港から隠岐空港までの飛行機も、夏期にはプロペラ機ではなくジェット機が就航するまでに。2009年秋には隠岐全域が日本ジオパークとして登録され、新しい旅先としてクローズアップされつつあります。
隠岐一の宮、水若酢神社。本殿は大社造りや春日造りなどをとりいれた独特の隠岐造りで、国重要文化財。隠岐相撲の土俵もあり、相撲が神事であることを改めて感じさせる
今回は、地元の人が「島後」と呼ぶ隠岐の島町で、ジオパーク認定にふさわしい絶景名所を訪ねてきました。
ロードサイドに2億年前の石!?
隠岐ジオパークを歩く
隠岐の島は、価値ある地質遺産が認められ、日本ジオパークに認定された
ジオパークとは、ユネスコの支援で設立された世界ジオパークネットワークにより、世界各国で推進されている事業のこと。
認定の条件は多数ありますが、もっとも重要なのはその地域の地史や地質現象が明確な「地質遺産」を多数含み、考古学的・生態学的もしくは文化的な価値があること。現在、日本国内の世界ジオパークは洞爺湖有珠山、糸魚川など3地域。2009年、隠岐は
日本ジオパークとして認定され、今後、世界ジオパークとして登録されるよう、環境整備やガイド養成など、地域ぐるみで活動を行っているところです。
隠岐の島町教育委員会の野辺一寛さん。ゼネコン勤務後、Uターンで隠岐の島へ
「隠岐って本当に特殊な地質なんですよ」と、明るく語ってくださったのは、隠岐の島町教育委員会の野辺一寛さん。隠岐ジオパーク推進協議会事務局もつとめています。隠岐諸島は、ユーラシア大陸縁辺が湖から海になり、その後陸地となった島根半島から分離して形成されたと言われていますが、その長い期間にできた、様々な種類の岩石を今でも見ることができます。
「もうひとつ珍しいのが、植物分布です。対馬海流の影響を受け、本来北海道など寒冷地や高冷地にあるべき植物と、南方系の植物が同じ標高に自生してるんです」。例えば、北方系のモミノキに南方系のナゴランが絡みついていたり、信州北アルプスの白馬岳で見られるシロウマアサツキが、隠岐では浜辺に咲く。「これって教科書の常識では考えられないことなんですよ」と野辺さん。オキシャクナゲ、オキタンポポといった隠岐固有種もあります。
左側の林には北方系のモミの木が。「岩場は2億年前の隠岐片麻岩でしょう」と野辺さんがあっさり断言。スケールの大きな内容がどんどん飛び出す
一見なんの変哲もない田舎の山道を通る車の中で、野辺さんに「隠岐片麻岩(おきへんまがん)は2億5000万年前、隠岐が大陸ということを示す日本最古の岩石といわれていますが、島内の国道沿いでも普通に見られますよ」「民家では石垣に約2億年前のグリーンタフ(緑色凝灰岩)を使っているお宅も多いです」と言われた時にはただ驚くしかありませんでした。
火砕流が作り出したサグラダ・ファミリア?
ぽっかりと口を開けた海辺の手掘りトンネル
島の叡智がつまった福浦隧道は息をのむ絶景。波打ち際、上から迫り来る溶岩。落ちたかけらを海に投げてみたら、沈むことなく浮いていた。まさに軽石!
隠岐の島には、独特の地質や自然とともに生活してきた人々の叡智を感じさせる場所があります。そのひとつが、道後北西部の福浦地区にある福浦隧道。かつて、福浦地区から五箇(ごか)地区へは、断崖絶壁に阻まれ、船でしか行き来できなかった難所。明治29年(1896)年、波打ち際の岩場にせり出した岩を手堀りでくり抜き、人が歩ける幅のトンネルを作ったのです。
トンネルは、海側と山側の2ルートがありますが、まずは海辺の初代トンネルへ。車両通行不可のため、車を停めて、海の岩場へ降ります。昭和初期に岩場のくぼみを利用して製塩していた跡も見られます。
そして波打ち際の崖沿いに掘られたトンネルへ。約550万年ほど前の火砕流が冷え固まった白い火砕岩は比較的やわらかいので、人力でも掘ることができたのです。内部にはツルハシで削った跡がしっかり残っています。岩肌に触ってみると軽石のよう。「触るとポロポロ崩れますから危ないですよ」と野辺さん。この日は好天で、崖下には魚の姿も見られましたが、雨や強風の時はさぞ恐ろしかったことでしょう。
海側の初代手掘りトンネル。ツルハシのあとが見られる。明治時代に掘られた島内唯一の手掘りトンネルでもある
帰りは、山側の2代目トンネルへ。こちらは車1台が通れるほどの広さ。昭和63年(1988)に新福浦トンネルが完成するまでは現役で使われていました。もとは手掘りのトンネルでしたが、その後重機で拡張したそう。確かに、ツルハシとは違うブルドーザーのシャベルでひっかいたような形跡があります。歴史や土木に興味がある方は必見。国土交通省の選奨土木遺産にも選ばれています。
山側の手掘りトンネルは、のちにブルドーザーで拡張。スコップでひっかいたような跡が残る
※海側の初代手掘りトンネルは、柵など安全対策は一切ないので自己責任で。また2代目トンネルもクラック(割れ目)があり、一部立入禁止。危険な場所ですので、くれぐれも動きやすい軽装で。また岩石・植物等の採取は原則禁じられています
→水木サンのルーツは隠岐!隠岐の新名所&パワースポット