男の靴・スニーカー/カジュアルシューズ

起源と顔立ちを活かして履きたいギリー

今回の「メンズシューズ基礎徹底講座」は、鳩目周りの意匠が際立つギリーを採り上げます。昨今巷ではやる「ある靴」にも相似点があるその意匠には、この靴が生まれた地域性と実用性が、深く宿っているのです。

飯野 高広

執筆者:飯野 高広

靴ガイド

「舌」がありません!

 ギリーの鳩目周り
ギリーのデザインを特徴付ける鳩目周りです。通常の紐靴とは異なり、オリジナルはこのように、甲を覆う舌革(タング)がありません。


前回のこの講座では、2007年の時点で再評価の機運が高まっているサドルシューズを採り上げました。一見のほほんとしたスタイルでありながら、構造上は厳密には内羽根式・外羽根式どちらにも属せない独自のものであることもお解かりいただけたかと思います。さて今回は現時点でのシューズトレンドに、一見全く関係無さそうだけど、実は極めて類似したディテールを備えている紐靴、ギリーについて解説してみたいと思います。

ギリー(Gillie)の特徴は、上の写真の通り鳩目周りに集中します。足と靴紐の間に舌革(タング)が存在せず、鳩目周りがU字上にくり抜かれ、その鳩目の意匠も波状だったり革紐を環状にしたものだったりすることで、通常の紐靴に比べかなり濃い顔立ちに仕上がっています。昨今のファッションの傾向では、これらを単なるデザインと片付けてしまいがちですが、もちろんこれらにはしっかりとした歴史的背景があり、それを知って履くのと知らずに表層的なものばかりを追って履くのとでは、説得力すなわちカッコいいのかカッコ付けているだけなのかが、大きく変わってしまうのです。


ゲール・ケルト文化を象徴する靴

舞踏用のギリー
舞踏用のギリーシューズは靴紐が長い! このように踝の上に直接グルグル巻きつけた上で結び付けます。


ゲール古語の「召使い」の意を語源とするギリーの歴史を辿ってゆくと、それこそ古代ローマ時代のスコットランドやアイルランド、すなわちゲール・ケルト文化圏の形成にまでたどり着くことができます。舌革を敢えて取り付けないのは、濡れてもすぐに乾かせるため。鳩目の形状も、フィッティングをより容易に調整するため。紐を長くし靴より上の下腿部に巻きつけて履くのは、「ぬかるみ」に靴だけはまってしまうのを防ぐため。いずれも湿地の多い彼の地での活動に支障を与えない為の生活上の工夫であり、以前紹介したブローグと起源は一体的なものと考えられています。実際、今日その多くはブローギングも施されており、ゆえにギリーブローグ(Gillie Brogue)と呼ばれたりもします。

一般的なブローグはやがてその地の狩猟用・労働用の靴へと進化したのに対し、ギリーは主にそれらの後のお楽しみ、つまり舞踏用の靴として洗練されてゆきます。この辺りの分化は、使用環境への適合のみならず、上述した構造上の独自性から来る「顔立ちの濃さ」も影響を与えたのかも知れませんね。今日でも特に黒のギリーは、スコットランドのカントリーダンスでは絶対欠くことのできない衣装の一つ。その装飾性を強調するかのように、靴紐の先端には房飾り(タッセル)が付けられる場合も多いですし、それを踝の上にグルグル巻きつけて結ぶと、激しく踊っていても靴の脱げる心配はありません。

このスタイルが紳士靴の1デザインとして注目され始めたのは1880年代のこと、当時のイギリス皇太子=後のエドワード7世のお気に入りだったようです。さらに彼の孫であるウィンザー公(イギリス国王の頃の名称はエドワード8世)も、特に皇太子時代にこのスタイルをゴルフをする時などカントリーサイドで好んで履いていたようで、欧米で1920年代に大きなブームを起こすきっかけを作りました。19世紀後半と20世紀前半の、共に(政治面でよりは遥かに)おしゃれで名を馳せたイギリスの皇太子が愛用した靴であるため、このスタイルを彼らの俗称にちなみ「プリンス・オブ・ウェールズ」と呼ぶ場合もあります。


舞踏用だった靴が今日どうアレンジされているのかは、次のページでご確認下さい!
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