依存症

アメリカで年間10万人以上が死亡…フェンタニルを中心としたオピオイド危機とは何か

【薬学部教授が解説】役立つ薬も、使い方を誤れば命にかかわります。ヘロインやオキシコドン、フェンタニルなど「オピオイド」と総称される薬物の乱用問題は深刻で、アメリカでは年間10万人以上もの人が命を落としています。ケシ、アヘンを起源とするオピオイドとは何か、その歴史と現状を詳しく解説します。

阿部 和穂

執筆者:阿部 和穂

脳科学・医薬ガイド

オピオイド危機とは……アメリカで急増する深刻な薬物乱用

オピオイド

有益な薬でも、正しく使わなければ命にかかわります。多くの人が命を落としているオピオイドとは

痛みはつらく不快なものですが、必要なものです。ケガや病気で痛みを感じるからこそ、私たちは危険を避けようとしたり、痛みの原因に適切に対処することができます。痛みが不快だからこそ、同じ失敗をしないように気を付けることもできます。つまり痛みは、私たちの体に害が及んでいることを知らせてくれる「警告」の役割を果たすもので、体を守りながら生きていくために必要不可欠なものです。しかし、あまりにもひどい痛みが続くと、そのつらさに耐えられず、弊害が起こります。そんなときに、私たちは必要に応じて、痛みを抑えてくれる「鎮痛薬」の助けを借ります。

鎮痛薬の歴史は古く、植物のケシから採取されたアヘンの発見から始まりました。鎮痛薬は、苦しむたくさんの人々を救ってくれました。しかし、その一方で、新たな社会問題も生み出しました。「苦しみから救ってくれる」との思いから、鎮痛薬に頼り過ぎて、乱用による依存症に陥ってしまう人が出てきてしまったのです。1840~1842年には清とイギリスの間でアヘン戦争が起こりました。また、近年アメリカでは、アヘンを起源とし「オピオイド」と総称される薬物の乱用が急増し、2017年にはトランプ大統領が公衆衛生上の非常事態として「オピオイド危機」を宣言しました。それでも状況は改善されず、2021年のアメリカでは、1年間で10万人以上が死亡するという異常事態になっています。

オピオイドとはいったい何か。世界的に問題となっている薬物問題を正しく理解していただくために、詳しく解説します。
 

オピオイドの起源はケシ……脳の神経を抑制する作用を持つアヘン

まずはオピオイドの起源であるケシとアヘンの歴史を辿ることから始めましょう。

大昔、人類は、植物のケシの花びらが散った後に残った未熟な実(ケシ坊主)に傷をつけると白い乳液がとれ、それを摂取すると、神経がしびれて痛みを感じにくくなったり、頭がボーっとして眠たくなることに気づきました。そしてその不思議な力を利用するために、乳液を乾燥させて保存できるようにしました。これが「アヘン」です。

紀元前4000年ごろにはイラク南部に住んでいた古代スメリア人が、眠り薬として使っていたという記録があり、人類が使用した最古の睡眠薬と思われます。5世紀ごろには、イスラム圏の交易網が発達し、アヘンはインドや中国、アフリカなどに伝えられ、11世紀ごろには再びヨーロッパに伝わり、医薬品として麻酔や痛み止めに用いられるようになりました。このころまでは、アヘンの危険性はあまり問題になっていなかったようですが、大航海時代にイギリスを中心とした西欧諸国が、重要な貿易商品としてアヘンを大量に売るようになり、事態は大きく変わりました。

アヘンには、脳の神経を抑制する作用があり、お酒を飲んでボーっとしたときのような陶酔感をもたらしました。この効果が眠りを誘うことにつながるわけですが、繰り返し用いていると、身体的依存が形成され、アヘンが体に入っていないと正常でいられない状態になってやめられなくなってしまう人が出てきました。

こうしたアヘン乱用の危険性をイギリスは知っていたにもかかわらず、中国(当時は清)に売りさばいて儲けようとしました。清の一般市民が、レクリエーションとして使用するようになった結果、清ではアヘン依存者が急増しました。清は、アヘンの輸入禁止、さらにはアヘンを販売・使用したら死罪という厳しい法律を作って対応しようとしましたが、これに怒ったイギリスが1840年に戦争を起こし、圧倒的武力で清に勝利しました。アヘン戦争です。

現在では減りつつあるものの、アヘン戦争の影響で、中国はアヘン乱用に悩まされ続けました。そのため、中国は今でも、アヘンをはじめとする乱用薬物に敏感です。日本人旅行者が、人から預かった荷物の中に麻薬が入っていたために中国で逮捕され、死刑判決を受けたという報道を耳にしたことがあると思います。薬物問題に疎い日本人の中には「そんなに厳しくしなくても」と言う人もいますが、麻薬に苦しめられ国が滅びた過去の歴史をもつ中国の立場にたってみれば、厳罰が当然ではないでしょうか。
 

アヘンの有効成分を単離し、医薬品化された「モルヒネ」

アヘンは植物由来の粗成分ですから、多数の化合物が含まれます。一体何が有効成分なのか知りたくなりますよね。研究者たちが探し求めた結果、19世紀初めにドイツの薬剤師であるフリードリヒ・ゼルチュルナーがアヘンから有効成分を初めて取り出すことに成功し、「モルヒネ」と名づけました。

アヘンには薬効のない余計なものも含まれているので、たくさん使用しても効果に限界がありましたが、純粋なモルヒネならば、その薬量を増やすことで、より強く効かせることができるようになりました。そのため、アヘンに替わってモルヒネが好んで使用されるようになりました。とくにアメリカでの南北戦争や、ヨーロッパでの普仏戦争では、苦痛を和らげるためにモルヒネが積極的に使用され、多くのモルヒネ依存者を生み出してしまいました。

アヘンからは、モルヒネ以外にも、コデインなどの薬効成分が多数発見されました。コデインはモルヒネより作用は弱いですが、同様に医薬品として用いられるようになりました。

そして、モルヒネやコデインなどケシに含まれていた天然成分は、中世ラテン語でケシを意味する中世ラテン語の opiatus に由来して、オピエート(opiate)と総称されるようになりました。
 

なぜオピエートが効くのか? オピエートからオピオイドへ

オピエートはどうして強力な鎮痛作用を示すのだろうか。長年解き明かすことのできなかったこの謎は、1970年代になって一気に解明されました。このころには、多くの薬物は、生体内にある「受容体」と総称される特定のタンパク質に結合して作用を発揮することが知られるようになっていました。受容体について詳しく学びたい方は「まるで脳内のインターネット?シナプス伝達で会話する神経細胞たち」もあわせてご覧ください。オピエートも受容体に作用するのではないかと考えられていましたが、既知の神経伝達物質の受容体には結合しないことがわかりました。

そこで、アメリカのスタンフォード大学の薬理学者エイブラハム・ゴールドスタインらは、動物の脳をすりつぶしたサンプルにオピエートを加えて、特異的に結合する未知の受容体の存在を証明しようと試みました。その結果、受容体そのものを見つけることはできませんでしたが、このときの手法がその後の研究に活かされました。そして1973年、アメリカのジョンズ・ホプキンス大学のソロモン・スナイダー、アメリカのニューヨーク大学医療センターのエリック・J・サイモン、スウェーデンのウプサラ大学のラーズ・テレニウスらが、それぞれ独立してほぼ同時期に、脳にオピエートが特異的に結合する分子が存在することを突き止めました。その分子は、これまでに知られていなかったものだったので、新たに「オピエート受容体」と名づけられました。

オピエートは、体内にあるオピエート受容体に結合して鎮痛作用を発揮することが明らかになったわけですが、よく考えてみると、受容体はもともと体内で働く物質に対して用意されているものです。オピエートは、ケシの成分であり、私たち人間の体内にある物質ではないのに、なぜ受容体があったのでしょうか。いつか人間がケシに含まれる成分を見つけて体に取り込むことを予想した神様が、前もって私たちの体の中にオピエート受容体を用意しておいたのでしょうか。ちょっとあり得なさそうですね。

そこで考えられたのは、「オピエートのような物質がもともと私たちの体内にあって働いている」ということでした。発想のきっかけとなったのは、1971年にアメリカのカリフォルニア大学ロサンゼルス校のジョン・リーベスキンドによる研究で、特定の神経を刺激すると鎮痛効果がもたらされ、その効果がナロキソンという薬物で阻害されるという発見でした。ナロキソンは、1963年に日本の三共株式会社が合成したオピエート類似化合物ですが、オピエートのような鎮痛作用は示さず、むしろオピエート受容体に結合してオピエートの作用が現れないように抑えるものでした。オピエートを投与していなくても、神経刺激による鎮痛効果がナロキソンで阻害されたということから、「私たちの体内では神経からオピエートのような鎮痛作用を示す物質が分泌されている」と考えられたのでした。

そして、そのような物質が、オピオイド(opioid)と呼ばれるようになりました。語尾の -oid には「ような」という意味が含まれています。オピオイドは、まさに「ケシに含まれていたオピエートと同じようなもの」という意味です。
 

内因性オピオイドペプチドの発見

実際にオピエートのようなものが私たちの体内に存在しているのか。存在しているのなら、それはどんな物質か。多くの研究者が探し求めました。その結果、1975年には、モルヒネと同じ作用をもつ2つの物質が、ブタの脳から見つかり、それぞれメチオニンエンケファリン、ロイシンエンケファリンと名付けられました。また同年、ウシの脳からも別の候補物質が見つかり、エンドルフィン(endorphin)と名付けられました。Endo-には「内」という意味があるので、「体内にあるモルヒネ(morphine)」というニュアンスで、エンドルフィンという名前がつけられたのでしょう。さらに1979年には、ダイノルフィンが発見されました。

化学構造を調べてみると、驚いたことに、いずれもアミノ酸の集合体であるペプチドだったので、これらの物質は「内因性オピオイドペプチド」と総称されることになりました。内因性オピオイドペプチドは、体内で産生・分泌され、モルヒネなどオピエートと同じ受容体に作用することが分かりました。おそらく私たちの体内では、危険が及んでいることを知らせる警告系として痛覚が起こる一方で、それにブレーキをかける鎮痛のしくみとして、オピオイド系が用意されていたのでしょう。

実際に、内因性オピオイドペプチドは、私たちが苦痛や不快を感じると分泌され、快楽状態へと導く役割を果たします。このため、内因性オピオイドペプチドは、脳内麻薬という俗称で呼ばれることもあります。ただし、アミノ酸の集合体であるペプチドは、体内で容易に分解されるため、分泌されても作用時間は短く、モルヒネなど麻薬のような不都合を生じることはありません。

ケシの成分であるオピエートが作用することから、いったん「オピエート受容体」と名付けられた受容体でしたが、よくよく考えてみると、本来は内因性オピオイドペプチドが働くために用意されていたしくみなので、「オピオイド受容体」と呼び名が変更されることになりました。そして、オピオイド受容体に作用して鎮痛作用を発揮する新薬が開発され、それらをまとめて「オピオイド系鎮痛薬」と称するようになったというわけです。
 

ヘロイン、フェンタニルなど……人間が作ったオピオイド系鎮痛薬

私たち人類は、植物がもっていた化合物をたまたま見つけて研究するうちに、自分たちの体の中にも似たような物質があることに気づきました。そして、それを応用して、オピオイド受容体に作用する新しい鎮痛薬を人工的に作り出そうと試みてきました。そうして私たちが手に入れたのが、「オピオイド系鎮痛薬」なのです。

人間の手によって新たに生み出されたオピオイド系鎮痛薬の代表例には、ヘロイン、オキシコドン、ペチジン、フェンタニルなどがあります。

モルヒネには、鎮痛作用の他に、咳止めの効果(鎮咳作用)もあるため、モルヒネを化学修飾することで効果の高い咳止めの薬にしようとして作り出されたのが、ヘロインでした。発売当初は、モルヒネより安全性が高いという触れ込みでしたが、実際にはその後有害性が明らかになりました。繰り返し使用すると、強い身体的依存を形成しやすく、2~3時間おきに使用し続けないと、骨が砕け散るような痛み、悪寒、吐き気などの激しい禁断症状に苦しめられます。大量に使うと、呼吸困難、昏睡から死に至ることもあります。非常に危険だと認識され、現在ヘロインは医学的な使用も含め、一切禁止されています。

オキシコドンは、ハカマオニゲシに含まれるテバインを原料として作られる半合成オピオイドです。フェンタニルは、天然のオピオイドを原料とせず、すべて人工的に合成された鎮痛薬ですが、モルヒネよりも副作用が少なく強い鎮痛作用を発揮すると言われています。いずれも、末期がんの痛みに苦しむ患者さんを救う薬として、大きく貢献しています。ただし、使い方を誤ると、依存性を生じることに変わりないため、法律上「麻薬」として規制されています。今アメリカで起きているオピオイド禍において、もっとも問題になっているのが、オキシコドンとフェンタニルです。

最新のデータによると、フェンタニルの不適切な使用によって、2021年に7万人以上、2022年に11万人以上のアメリカ人が亡くなったと伝えられています。「人口10万人規模の都市において、わずか1年のうちに全員が消え去った」とたとえれば、その異常ぶりを納得していただけるでしょうか。にわかには信じられないかもしれませんが、これがアメリカの現実です。

オピオイドは、私たちを助けてくれる救世主なのでしょうか。それとも、自らを破滅に導くかもしれない「パンドラの箱」を私たちは開けてしまったのでしょうか。

アメリカで問題になっている「オピオイド危機」が今後、日本を含め世界にどう広がっていくかは、私たち自身にかかっているのです。「自分には関係ないなら知らなくていい」という考えはたいへん危険です。

オピオイドについてもっと知識を深めたい方は、筆者の著書『<増補版>危険ドラッグ大全』(武蔵野大学出版会)をあわせてご覧ください。
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