FP(ファイナンシャル・プランナー)とはじめる賢い生き方

 

“もらえる年金は、繰り上げ・繰り下げでどのくらい変わりますか?

●相談者 岡本一弘(仮名)さん(59歳・男性) 独身
来年60歳で定年退職を迎えます。退職後も再雇用制度があり、継続して働くことは可能なのですが、在職中に一度大病を患ったため、体力的に厳しいと考えています。今年届いた「ねんきん定期便」を見ると、63歳から特別支給の老齢厚生年金(報酬比例部分)が約125万円、65歳からは、基礎年金と合わせて約200万円(老齢基礎年金は約75万円)と書かれていました。年金のもらえる時期を繰り上げたり、繰り下げたりできると聞いたことがありますが、どのくらい変わるのでしょうか。私の場合、どのような選択をしたら良いのでしょうか。毎月の生活費は25万円で、現在の貯金は1,500万円。これに加えて退職金が2,000万円もらえる予定です。

公的年金は、老後の生活を支える大切な制度です。岡本さんのように定年退職を間近に控え、公的年金の受け取る時期について悩まれる人は多いです。平成24年の「年金制度基礎調査(老齢年金受給者実態調査)」によると、年金を繰上げ受給している人の割合は男性が9.2%、女性は20.2%となっています。
繰上げた理由の多くは、「繰上げしないと生活ができなかった」「生活の足しにしたかった」というものですが、「年金額が減らされても、早く受給する方が得だと思ったため」という理由で繰上げをした人の割合も多いです。

今回は、年金の繰上げ・繰下げの選択について解説しましょう。

年金の繰上げ受給と繰下げ受給

老齢厚生年金や老齢基礎年金は、原則として65歳から受け取ることができますが、本人が希望すれば60歳から65歳になるまでの間に前倒しで受け取ることもできます(繰上げ受給)。また、反対に、65歳から70歳までの間に遅らせて受け取ることもできます(繰下げ支給)。

では、いつからもらうと金額の面で得になるのでしょうか。
結論から言えば、その人が何歳まで生きられるかによって異なります。

下のグラフは、60歳受給開始(5年繰上げ、年金受給率70%)、65歳受給開始(年金受給率100%)、70歳受給開始(5年繰下げ、年金受給率142%)の3つのパターンで、各年齢の累積年金受給率を比較したものです。

60歳に5年間繰上げ受給した場合、65歳受給開始に対して、76歳8ヶ月で累積受給率が逆転します。
70歳に5年間繰下げ受給した場合、65歳受給開始に対して、81歳10ヶ月で累積受給率が逆転します。

つまり、およそ77歳まで生きると仮定するなら、65歳受給開始を選択し、さらに82歳ぐらいまで生きると仮定するのであれば、70歳受給開始に繰下げると、金額面で得になると計算することができます。

平成28年「簡易生命表」によると、男性の平均寿命は 80.98歳、女性は 87.14歳で、年々上昇傾向にあります。平均寿命だけを見ると、年金を繰上げると金額面で損する計算になりますが、いつから年金を受給するかは、その人の60歳以降の就労状況、健康状況、資産状況などから考えなければなりません。

岡本さんの場合は、繰上げと繰下げで最大129万円の差が

岡本さんのケースで、繰上げ、繰り下げをした場合について、具体的な年金額を計算してイメージしてみましょう。

60歳から繰上げ受給する場合:155万円
老齢基礎年金は、65歳から受け取れるため、5年間繰上げることになり、減額率は30%で、60歳から貰える年金額は75万円×0.7=52.5万円になります。岡本さんの場合、特別支給の老齢厚生年金(報酬比例部分)は63歳から受給できるため、経過措置があり、老齢厚生年金(報酬比例部分)を60歳に受給する場合の減額率は18%になり、60歳から貰える年金額は125万円×0.82=102.5万円。繰上げ受給できる老齢基礎年金と老齢厚生年金の合計は、155万円になります。

<繰上げ受給する場合の減額率>
繰上げ受給する場合は、受給開始時期によって月単位で年金が減額され、その減額された年金額は一生変わりません。減額率は、以下の計算式で求められます。

減額率 = 0.5% × 繰上げ請求月から65歳に達する日の前月までの月数

つまり、繰上げ受給する場合、1ヶ月前倒しにするごとに0.5%減額、1年前倒しすると6%減額、60歳から貰うために最大5年間前倒しすると30%減額される計算になります。

原則通り受給する場合:200万円
特別支給の老齢厚生年金125万円を63歳から受給し、65歳からは老齢厚生年金125万円、老齢基礎年金75万円、合計200万円になります。

70歳に繰下げ受給する場合:284万円
老齢基礎年金は、5年間繰下げるため、増額率は42%になり、70歳から貰える年金額は75万円×1.42=106.5万円になります。特別支給の老齢厚生年金(報酬比例部分)は、繰下げという制度がないため、原則通り63歳から65歳までの2年間、125万円受給します。そして、65歳からの老齢厚生年金を5年間繰下げるため、増額率は42%になり、70歳から貰える年金額は125万円×1.42=177.5万円。繰下げ受給できる老齢基礎年金と老齢厚生年金の合計は、284万円になります。

<繰下げ受給する場合の増額率>
繰下げ受給する場合は、受給開始時期によって月単位で年金が増額され、その増額された年金額は一生変わりません。増額率は、以下の計算式で求められます。

増額率 = 0.7% × 繰下げ月数
つまり、繰下げ受給する場合、1ヶ月遅らせるごとに0.7%増額、1年遅らせるごとに8.4%、70歳から貰うために最大5年間遅らせると42%増額される計算になります。

年金の繰上げ・繰下げ受給はライフプランと合わせて考える

3つの受取パターンを見てきましたが、ではどのような受取り方法が岡本さんに合っているのでしょうか?

年金の受取り額に合わせて、老後の年間収支や資産残高の推移がイメージできるように60歳からのマネープランを実際に作りグラフ化してみました。
収入は、年金収入のみ(税・社会保険は考慮しない)、生活費は年間300万円(月25万円)、60歳時の貯蓄残は退職金を含めて3500万円としています。

収入と支出は、折れ線グラフでそれぞれ青色と赤色で示されています。年間収支は、緑色の棒グラフで示されています(左側の目盛り)。また、貯蓄残高は、紫色の折れ線グラフで示されています(右側の目盛り)。

60歳から繰上げ受給する場合
年金(年間155万円)を受け取りながら、3,500万円の貯蓄を年間145万円のペースで取り崩します。その結果、84歳までに貯蓄が尽きる見通しです。

原則通り受給する場合
63歳までは、収入はなく、300万円の赤字。63歳から特別支給の老齢厚生年金125万円の収入があり、赤字は175万円。65歳以降は、年金収入200万円となり、以降の赤字は100万円になります。このペースでいくと87歳までに貯蓄が尽きる見通しです。

70歳に繰下げ受給する場合
70歳までは貯蓄を大きく取り崩しますが、70歳以降は繰下げ受給の年金が284万円のため、赤字は16万円になります。このまま行けば、100歳を超えても貯蓄が尽きない見通しです。

今回のマネープランのシミュレーションは、かなり大雑把に行ったものです。税・社会保険や物価上昇率などは一切考慮していません。また、支出も生活費のみとしていますが、実際には、60歳以降も生活費以外にもさまざまな支出があります。

岡本さんの場合、一度大病を患った経験もあり、将来、医療費などのある程度まとまったお金が必要になることも考えられます。すると、計算上は有利になる70歳への繰下げ受給を選んだとしても、いざという時の備えをより一層考えておかないといけないかもしれません。

年金を受け取る時期を考える場合、単に受給額の損得勘定だけではなく、定年後のライフプランや生活状況や健康状況を十分に考慮することが大切なのです。

※繰上げ、繰下げできる要件等の詳細は、お近くの年金事務所、社会保険労務士、ファイナンシャルプランナーにご相談ください。
※本文中の数字については、わかりやすく説明するために簡略化しており、実際と異なる場合がある点、ご承知おきください。

お答えしたのは……
平野 泰嗣(ひらの やすし)

ファイナンシャルプランナー。CFP®認定者。パートナーとともに夫婦FPとして、「その人らしい幸せな人生をサポートする」をモットーに、夫婦で取り組む家計管理やライフプラン実現のためのコンサルティングを数多く手がける。All Aboutマネー「ふたりで学ぶマネー術」を連載中。

提供:特定非営利活動法人日本ファイナンシャル・プランナーズ協会
掲載期間:2017年7月3日~2018年3月31日【PR】