片刃包丁とは料理人の精神を表し、「日本の心」を映す


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どの分野にもギアフリークがいるが、料理においても例外ではない。男心をくすぐるのは道具の美しさであり、機能性や長年愛用できるライフタイムワランティーにある。

魚市場などで、魚丸ごと1尾買っている男性を見ると、よほど料理が得意なのでは? と想像してしまう。カレー、パスタ、ハンバーグ。これら洋食を得意とする男性も多いが、人気な洋食では、さほど包丁捌きに差がでないものだ。しかしながら刺身、野菜の煮物、和え物……。世界無形文化財となった和食は、包丁捌きひとつによって、見た目と味のバランスに差が出るのだ。

押して切る両刃の洋包丁に対し、引いて切る片刃包丁。魚を捌く片刃包丁では、食材を押さえつけるようにして切ったり、前後方向にギコギコ切るより、包丁のあごから切っ先まで、ゆっくり引くようにして切ったほうが、鋭い刃角度となり、食材に対する抵抗が少なくなる。

例えば、寿司屋の板前さんが、刃先の長い柳刃包丁で刺身をゆっくりと切っている姿は誰しも見たことあるだろう。刺身を作るとき、これを「刺身を引く」と言うのだが、長い刃先をゆっくりと一気に引くことにより、壊れる細胞の数を最小限度に抑えている。

切り方ひとつ間違えれば、壊さなくてもいい細胞をたくさん壊してしまったり、生臭く見映えの悪い刺身になってしまうのだ。こうした日本の食文化が発展してきたなかで、いかに片刃包丁が重宝され、それゆえ種類が豊富であることもうなづける。

 

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世界に誇る日本の刃物、東西の雄「西の有次、東の正本」

■いつかは手にしたい憧れの一丁
カメラ好きな男性なら、Canon派かNikon派に分かれるのと同様に、一度は手にしたい包丁にも、「西の有次、東の正本」というステータスがある。日本は世界的に見ても、ドイツ同等に優れた刃物生産技術をもっており、関市(岐阜)、堺市(大阪)、土佐市(高知)など職人たちの技が脈々と受け継がれる刃物の生産地や富山の「祐成」など、世界に誇れる包丁を生み出している。なかでも「有次」と「正本」は「西の有次、東の正本」という言葉が一人歩きするほどに、いつかは手にしたい日本を代表する包丁ブランドなのだ。

海外でもその名を知らない人はいない「正本」。築地市場内にある店内には、ところせましと1500本以上の包丁が売られており、売れ筋には、刃先が長く魚を刺身にする柳刃包丁(写真・中)、魚を捌くときに用いる出刃包丁(写真・右)が代表的。そこで興味深いのは、包丁には関東型と関西型があることだ。

■喧嘩早い江戸っ子が人を刺さぬように
玉子焼き器にも各地方の形があるように、刺身包丁にも、関東型と関西型がある。関東型は「蛸引き」(写真・左)とも言われ、刃が直線的で先端は四角い形になっているのに対し、関西型は柳の葉に似ていることから「柳刃」と呼ばれる。

また、諸説あるが、蛸引きの方が柳刃よりも刃が薄く、タコの曲がった足を引くのに都合がいいので「蛸引き」という説、先端が四角く切り落としてあるのは血の気の多い江戸っ子が、包丁を喧嘩で使わないため、などいう落語的な節もあるからおもしろい。今では柳刃の方が、尖った先端でさまざまな切り方ができるため、関東でも柳刃包丁が主流になっているようだ。

 

日本人の心を映す「捌く」こと

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仕事をテキパキと「捌く」と同様に、魚に包丁を入れることも「捌く」と書く。料理と向き合うの心、料理人の精神も、この片刃包丁で魚を捌くということから学ぶことができる。

魚1尾を捌くには、「おろす」ための出刃、「刺身を引く」ための柳刃と、それぞれの工程ごとに使い分けが必要だ。板前が出刃包丁で捌き、長い刃先の柳刃包丁を一太刀で引いた刺身の舌触りと食感は、一流の包丁とそれを扱う技術がなせる賜物。マルチに使え、重宝される両刃包丁では味わえない口当たりだ。

また、3枚おろし、5枚おろしに大名おろし。そして、押し切り、引き切りにそぎ切り。たかだか魚1尾を捌くには、包丁の種類だけでなく、魚の種類や調理法によって最適なおろし方と切り方があることにも気づく。

これは和食、そして日本の食の起源に片刃包丁が不可欠だったことを証明し、「和食」が世界に認められるまでにいたった経緯も、この片刃包丁の存在なくしてなしえなかったことだ。

活きた魚1尾丸ごとを捌くこと。即ちそれは、食材を余すことなく美味しくきれいにいただく尊敬と感謝の念であり、料理と向き合う基本の心として、捌くことの大切さを忘れてはいけない。

 

DATA

築地正本┃鏡面仕上柳刃庖刀
サイズ:240mm
価格:25,920円

築地正本┃青鋼刺身庖刀
サイズ:240mm
価格:22,140円

築地正本┃相出刃庖刀
サイズ:150mm
価格:17,280円

撮影┃佐坂和也
協力┃築地「正本」

荒井康成(あらい・やすなり)氏

荒井康成┃Yasunari Arai

1968年、東京都生まれ。輸入雑貨商社、料理道具メーカーを経て、料理学校の講師やフードスタイリング、料理雑誌での執筆など、料理道具コンサルタントとして活躍。著書に『ずっと使いたい世界の料理道具』(産業編集センター)がある。

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