作品賞 :『シークレット・ガーデン』

*『シークレット・ガーデン』
2018年のミュージカル界では、“生と死”をテーマとした作品、また再演ものの舞台で顕著な成果がありました。そのうち前者の傑作舞台がこの『シークレット・ガーデン』。両親を失った少女メアリーと、亡き妻リリーを忘れられない叔父アーチボルドという二世代の悲しみが、秘密の花園の発見を機に癒されてゆく“喪失と再生の物語”です。日本にルーツを持つ演出家スタフォード・アリマ氏ならではの、常に死者の視線を漂わせた演出は終盤、アーチボルドと亡き妻リリーが生死の境を超えて心通わせる、感動的なデュエットに昇華。石丸幹二さん、花總まりさんをはじめとするキャストの心のこもった歌唱に支えられ、奇跡のように美しく、あたたかな舞台に仕上がりました。 写真提供:東宝演劇部

再演賞:『ジャージー・ボーイズ』

*『ジャージー・ボーイズ』
2018年に輝きを放ったもう一つの作品が、60年代以降人気を博したボーカルグループ、フランキー・ヴァリ&ザ・フォー・シーズンズの軌跡を描いた本作。2016年の日本初演から2年、単なる“好評に応えた再演”ではなく、芝居のディテールを改めて一つ一つ検討しながら作り上げていったことがうかがえる、シームレスかつ濃密な舞台となりました(演出・藤田俊太郎さん)。数あるミュージカルの中でも特にコーラスワークが重要な作品ですが、今回は特にチームWHITE(中川晃教さん、中河内雅貴さん、海宝直人さん、福井晶一さん)の精緻なハーモニーが音楽の歓びを体現。個性豊かなチームBLUE(中川晃教さん、伊礼彼方さん、矢崎広さん、spiさん)の溌溂とした演技も観る者を魅了しました。 (C)Marino Matsushima

スタッフ賞:ジェイソン・ハウランド(『生きる』作曲)、小澤時史(『Suicide Party』作曲)

*ジェイソン・ハウランド『生きる』作曲
黒澤明の同名映画をミュージカル化した新作『生きる』。自分が末期がんを患っていることを知った定年間近の市役所職員が、人生を見つめなおすという物語を描くにあたり、作曲のハウランド氏は物語の舞台である戦後日本の音楽の模倣ではなく、人物の内面を引き出し、旋律化するアプローチを選択。1オクターブの中で音が往来し、ブランコの動きを感じさせるナンバー“青空に祈った”はじめ、登場人物の心象風景を的確かつ鮮やかに表現し、物語の普遍化に大きく貢献しました。 写真撮影:引地信彦

*小澤時史(『Suicide Party』作曲)
作者・上田一豪さんが関心を持ち続けてきたテーマ“自殺”を扱った、作家性の高いミュージカル『Suicide Party』。死を決意した人々の“ぎりぎりの瞬間”に至るまでのオムニバス・ドラマを、作曲の小澤時史さんは正面から受け止め、ミュージカル化。激しさと繊細さを使い分けるいっぽうで、死と(死なないことを選んだ状態としての)生との間で揺れ動く人々の心象を童謡的な無邪気さをもって描くナンバー“死ぬのにもってこいの日”など、敢えてユーモラスな表現も採用。深刻な歌詞内容ゆえ観劇後に口ずさみにくいという難(?)はあるものの、みずみずしい楽曲で観客を引き込みました。 写真提供:TipTap

主演男優賞:市村正親、鹿賀丈史(『生きる』)

*市村正親『生きる』
映画版『生きる』の志村喬さんの印象があまりにも強く、開幕前は想像がつかない方も多かったであろう舞台版の渡辺勘治役に、見事に命を吹き込んだのがこの二人。その名演はミュージカルから疎遠だったミドル・高齢層の男性客を口コミで劇場に呼び寄せ、演劇界でも“渡辺勘治”を目標とする俳優を多数誕生させています。市村さん演じる渡辺は一言の台詞もゆるがせにせず、特に自分の病状を知り、絶望に打ちのめされながらも“まだ遅くない”と立ち上がるまでの表現がきめ細やか。一幕ラストのナンバー“二度目の誕生日”は、“こんな自分でも何かできるのでは”と思いつくつぶやきから、徐々に希望が漲り、絶唱へと変化。有名無名にかかわらず人間一人一人の内に宿る魂の崇高さを力強く印象付けました。 撮影:引地信彦

*鹿賀丈史『生きる』
いっぽう鹿賀丈史さん演じる渡辺勘治は、淡々とルーティーンをこなしながら生きてきた人物が、突然命の終わりを突き付けられて動揺。住民たちのため、そして息子との思い出のため公園を作るという目標が生まれてからは、まるで人が変わったように、その実現のため奮闘する過程で、“真の英雄”と呼ぶべき輝きを見せます。同僚や上司に疎まれ、拒まれても痛む胃を抑えながら腰を曲げて頭を下げ、説得し続ける。大きな内的変化を見せる役柄に、鹿賀さんが以前演じた(『レ・ミゼラブル』)ジャン・バルジャンが思い出された観客も少なくないことでしょう。 撮影:引地信彦

主演女優賞:柚希礼音(『マタ・ハリ』)、宮田愛(『ノートルダムの鐘』)

*柚希礼音(『マタ・ハリ』)
2018年は二人のヒロインの“眼差し”が強い印象を残しました。戦時下の権力者たちに利用され、二重スパイとして処刑された踊り子の物語『マタ・ハリ』でタイトルロールを演じたのは、柚希礼音さん。お色気に終始する“高級娼婦”的マタ・ハリではなく、芯のぶれない端正なダンスで、“一本筋の通った”女性像を体現。飛行士アルマンとの愛に目覚めてからは少女のような純粋さすらのぞかせます。彼に会うため危険を冒し、国境を超えるくだりでは、今にも正体を見破られるのではという状況下、祈りを込めて相手を凝視。呼吸を忘れるほどの緊迫感に場内が包まれました。また人生を悔いなく生き切ろうとするその終幕は、悲劇的というよりもむしろ清々しく、柚希さんは間違いなく当たり役を手にしたと言えましょう。 撮影:岸隆子(Studio Elenish)

*宮田愛『ノートルダムの鐘』
もう一人のヒロインは2016年の日本初演以来、各地で『ノートルダムの鐘』エスメラルダを演じてきている宮田愛さん。18年秋に開幕した名古屋公演ではいっそう力強く妖艶なダンス、魂のこもる台詞術・歌唱が光りましたが、中でも特筆すべきが、初めてノートルダム大聖堂に入り、鐘楼でカジモドと語らうシーンでの眼差しです(当該の舞台写真を出典記事に掲載)。勇気を振り絞って話しかけてきたカジモドを、うわべの優しさなど微塵もなく、ただただ真剣に見つめる宮田エスメラルダ。カジモドはおそらく生まれて初めて、自分の存在が肯定されたと実感出来たことでしょう。彼女のこの眼差しこそが、その後のカジモドのどこまでも献身的な生き方を決定づけたのかもしれないと思える、忘れがたい瞬間となりました。 撮影:阿部章仁

助演男優賞: 戸井勝海(『タイタニック』)、吉野圭吾(『レベッカ』)

*戸井勝海(『タイタニック』)
主張せずとも滲み出るベテランの“味”に唸らされた2018年。未曽有の海難事故を通して、究極の状況における人間群像を描いたミュージカル『タイタニック』のトム・サザーランド演出版に、2015年日本初演に引き続き、一等船室客係エッチスとして出演したのが戸井勝海さんです。英国の五つ星ホテルのスタッフには概して洗練された物腰と気さくさが同居していますが、戸井さん演じる豪華客船の上流階級担当スタッフも同様。流れるような動きにはさらに磨きがかかり、淡々とした空気感もまさに“本物”。そんな戸井エッチスが二等客エドガー・ビーンと男同士の会話をするくだりなど、ちょっとした場面で覗かせる素顔には、得難いリアリティと“味わい”がありました。 撮影:花井智子

*吉野圭吾(『レベッカ』)
一人の女性の死の謎を巡るサスペンス劇であると同時に、孤独な男女の心の機微が、シルベスター・リーヴァイの流麗にしてドラマティックな音楽にのせて描かれる『レベッカ』。新妻として屋敷にやってきたヒロイン“わたし”が出会う人々の中でも、見るからに“曲者”に映るのが、吉野圭吾さん演じるジャック・ファヴェルです。ある秘密が明かされ、物語が重要な局面を迎えた直後にファヴェルが主人公たちに恐喝まがいの申し出をする場面で、吉野さんはコミカルなナンバー“持ちつ持たれつ”を、一瞬も目を離せない美しい身のこなしで披露。観客にとっては、ミュージカルという表現の豊かさを再確認できるひとときです。その後も強欲さを隠そうともせず主人公たちにつきまとうファヴェルとして、終盤のドラマで大きな役割を果たしました。 写真提供:東宝演劇部

助演女優賞:涼風真世、保坂知寿『レベッカ』

*涼風真世(『レベッカ』)
ダブルキャストの面白さを改めて味わわせてくれたのが、涼風真世さんと保坂知寿さんが異なる風合いのダンヴァース夫人像を見せた『レベッカ』。“わたし”が屋敷にやってくる前の女主人レベッカに幼少期から仕えてきたダンヴァース夫人は、レベッカが亡くなった後も新たな“ミセス・ド・ウィンター”の出現を許さず、ことごとく“わたし”を敵対視。彼女と“わたし”の攻防が本作の見どころとなっていますが、涼風さん演じるダンヴァースは威厳を保ちながらもぐいぐいと相手に迫る口跡、歌声が圧倒的。“わたし”をあわやというところまで追い詰めるも形勢一転、動揺する姿は思いのほか儚く、女性的です。もしや彼女のレベッカへの執着の中には性的な愛情も含まれていたかも……? 観る者の想像力を大いに刺激する人物像です。写真提供:東宝演劇部

*保坂知寿(『レベッカ』)
いっぽう今回が初役である保坂さんのダンヴァースは、凛とした中にスケール感と潔さが漂う人物。デスク上のレベッカの遺品への几帳面な触れ方などから、偏愛というよりもレベッカに仕える者としての“矜持”が行動の起点となっていることがうかがえます。ラストの笑いには狂気というより、いつの世にも存在する“旧世界に取り残された者”の、滅びの美学が滲みました。写真提供:東宝演劇部

新星賞:平間壮一(『Indigo Tomato』『ゴースト』)、平野綾(『ブロードウェイと銃弾』)

*平間壮一(『Indigo Tomato』『ゴースト』)
“次代のミュージカル界の牽引者”として今年注目したいのが、平間壮一さん、平野綾さん。平間さんは2018年、代名詞であるダンスと爽やかな笑顔を封印して『Indigo Tomato』に主演。サヴァン症候群の青年という難しい役どころを“卓越した記憶能力”の表現を含め、誠実に演じ切りました。また有名映画を舞台化したロマンティック・サスペンス『ゴースト』では、主人公の気のいい友人に見えて実は……というダークなキャラクターを、ステレオタイプではなくリアルに体現。着実に新境地を開拓し、表現者としての頼もしさを増してきています。(C)Marino Matsushima

*平野綾(『ブロードウェイと銃弾』)
一つの舞台が生まれるまでのドタバタ喜劇に、人生のおかしみをシニカルにまぶしたウディ・アレン作『ブロードウェイと銃弾』で、センセーショナルな演技を見せたのが平野綾さん。“とんでもない大根役者”であるギャングの愛人オリーブ役を、声優のキャリアを生かし、素っ頓狂な声で怪演。幼児のように寝っ転がって駄々をこねるなど、突き抜けた演技で愛すべきキャラクターを作り上げ、途中で舞台から姿を消すのが残念でならないほどのインパクトを残しました。 写真提供:東宝演劇部

ベスト・カップル賞:栗原英雄&霧矢大夢(『タイタニック』)

*栗原英雄&霧矢大夢(『タイタニック』)
『ジャージー・ボーイズ』と並んで2018年の再演作品の充実を象徴した『タイタニック』では、様々な愛の形が描かれましたが、その中でも等身大の夫婦の形を見せてくれたのが栗原さん、霧矢さん演じるビーン夫妻。新婚の時期はとうに過ぎて今や性格の違いは繕いようもなく、小さな諍いを繰り返す二人ですが、船の衝突事故に巻き込まれ、別離が避けられないものと知ると、夫は妻を精いっぱいの穏やかな笑顔で送り出し、彼女を片腕に抱くしぐさをする。そして上流階級に執着していた妻も、エピローグで亡き夫を“わたくしの夫”ではなく、“私の夫”ときっぱりと中流に戻って語る。不格好に見えても実は深い愛情で結ばれていた夫婦を、栗原さん、霧矢さんは過不足なく体現。パートナーとそんな関係性を築けたら、と感じ入った方も多いことでしょう。 撮影:花井智子

ベスト・フレンズ賞:中川晃教&入野自由(『銀河鉄道999 GALAXY OPERA』)

*中川晃教&入野自由(『銀河鉄道999 GALAXY OPERA』)
松本零士さんの原作漫画40周年を記念して誕生した舞台版『銀河鉄道999』で観る者の胸を熱くしたのが、中川さん演じる星野鉄郎と入野自由さん演じる大山トチローの、魂の交感のくだり。機械の体を得て幸せになろうと銀河鉄道に乗り込んだ鉄郎は、限りある命を今、燃やし尽くそうとする病身のトチローに衝撃を受けつつも、その思いをしっかりと受け止める……。言葉では表しつくせぬニュアンスをたっぷり含ませた鉄郎役・中川晃教さんの歌声、そして鉄郎に“志”を継いでほしいと願うトチロー役・入野自由さんの歌声が力強く交錯、作品最大のクライマックスとなりました。 (C)Marino Matsushima

アンサンブル賞: 『ウーマン・オブ・ザ・イヤー』

*アンサンブル賞『ウーマン・オブ・ザ・イヤー』
カンパニー全体の団結力が特に光っていたのが、この舞台。完璧なワーキング・ウーマンに見えて、実は仕事と家庭の両立に悩むヒロインを軽やかに描いたミュージカル・コメディです。日本版ならではの仕掛けとして今回、演出の板垣恭一さんはミュージカルの慣例を飛び越え、(主役以外の)メインキャストもアンサンブルをつとめる“総動員作戦”を採用。ビッグナンバーの度に変装(?)し、別キャラとなったメインキャストが加わったアンサンブルは、同じ振付で踊っていても一人一人の個性が滲み出、実にカラフル。“全員で舞台を面白くするぞ”という気概に溢れ、チャーミングな舞台となりました。 撮影:森好弘

ファミリー・ミュージカル賞:『よろこびのうた』

*ファミリー・ミュージカル賞『よろこびのうた』
子供はもちろん、祖父母世代も含め一家で楽しめる作品としてご紹介したいのが、愛媛県東温市の常設劇場「坊っちゃん劇場」で1年間上演され、秋には東京公演も行われたこのオリジナル・ミュージカル。日本で初めてベートーヴェンの「第九 歓喜の歌」が演奏された徳島の俘虜収容所の史実をもとに、俘虜と旅館の娘の恋の行方が描かれます。羽原大介さんによる脚本はテンポ、笑いと涙のバランスともに程よく、岸田敏志さんのフォーキーな楽曲は日本語の語感を生かしつつもキャッチ―。観客に媚びることなく、自然に作品世界にいざなう錦織一清さんの演出、一年間鮮度を保って誠実に演じるキャストと各要素が揃い、終盤には想像以上の感動の波が。ミュージカル初体験の方々(特に男性)も笑顔で劇場を後にする作品となりました。写真提供:坊っちゃん劇場