2018年2月6日で「ベルリンの壁」の崩壊後から10316日という日数がたちました。

【今週の数字】本日2018年2月6日で #ベルリンの壁 の崩壊後から #10316日 という日数がたちました。これは1961年8月13日に突如壁が建設され、崩壊した1989年11月9日までの日数と同じです。#10316壁10316 #10316Wall10316

リンク: ドイツ大使館 on Twitter:

町が東西に分裂されたうえに壁が建設されるという、波乱万丈の歴史を持つベルリン。その「ベルリンの壁」が崩壊してから、2018年2月6日で「10316日」を迎えました。1961年8月13日に西ベルリンをぐるりと取り囲む壁が一夜にして作られてから1989年11月9日に崩壊するまでの日数、つまりベルリンの壁が存在した期間も同じく「10316日」。2月7日からは崩壊後の期間が、壁が存在した期間を上回ることになります。

ベルリンの壁はなぜつくられたのか

第二次世界大戦後、連合軍(米・英・仏・ソ連)によって西ドイツと東ドイツとに分断された敗戦国ドイツ。東ドイツはソ連が占領しましたが、そのなかにあったベルリンはさらに分割され、西ベルリンを米・英・仏が、東ベルリンをソ連が統治することになりました。

資本主義の西ドイツと、ソ連社会主義の東ドイツの経済格差は徐々に大きくなっていきました。東ドイツの経済が悪化していくのに対して、西ドイツと西ベルリンの経済は成長を続け、市民の生活も格段に豊か。当初、東西ベルリンの行き来は自由だったので、自由で良い暮らしを求めて、東ベルリンから西ベルリンへ亡命する人は増える一方でした。

国家存続の危機を感じた東ドイツは、東の人々が西に逃げられないように壁を作ろうと考えて実行。1961年8月13日、東西ベルリンの境界線が封鎖され、西ベルリンをぐるりと取り囲む壁が一夜にして作られました。

出典: ベルリンの壁とは?建設から崩壊まで/ドイツ [ベルリン] All About

ベルリンの壁の崩壊

1980年代後半になると、ハンガリーやポーランドなど東欧諸国で改革の動きが見られるようになり、自由化を求める声がますます高まっていきました。東ドイツでは自由を求めるデモへの参加者が増え、次第に拡大して広がっていきました。1989年11月9日、ついに東ドイツ政府は「旅行の自由化」を発表。報道を知った東ベルリン市民が大挙して壁に押し寄せ、国境が解放されました。

出典: 2/2 ベルリンの壁とは?建設から崩壊まで/ドイツ [ベルリン] All About

ベルリンの壁の跡

ベルリンの壁崩壊後、そのほとんどは撤去されたものの、一部記念碑として残されているところもあります。有名な「イーストサイドギャラリー」や「壁博物館」などにくわえ、この数年でまた新たな施設もオープンしました。

出典: ベルリンの壁をめぐる観光スポット [ベルリン] All About