作品賞:『パジャマ・ゲーム』

*『パジャマ・ゲーム』
国内的にも世界的にも不穏な出来事の多かった2017年、重い空気を振り払うかのように圧倒的な躍動感とともに登場、ミュージカルという舞台芸術の本質的な“ポジティブさ”を示したのが、パジャマ工場を舞台に繰り広げられる男女の恋と“賃上げ闘争”を描いた本作。ブロードウェイ初演が1954年という“古き良き時代のミュージカル”を緩急自在に纏めたトム・サザーランドの演出、フォッシー・スタイルを基調に様々なアイディアを盛り込んだニック・ウィンストンの振付、そして“名もなき人々”を個性的かつチャーミングに描き出したキャストの演技が一体となり、幸福感に満ちた舞台を作り上げました。主人公たちのキスをきっかけに“いい年齢(とし)をした大人たち”が無邪気に歌い踊る大ナンバー「Once A Year Day」では、久々にピクニックに出かけたくなった観客も多いことでしょう。 撮影:松島まり乃

スタッフ賞:河原雅彦(『ロッキー・ホラー・ショー』演出)、山田和也(『アニー』演出)

*河原雅彦(『ロッキー・ホラー・ショー』演出)
長年、上演を重ねている作品は、評価やイメージが定まっているだけに傑出した新演出を生み出しにくいものですが、2017年はこうした“クラシック作品”の新演出において、目覚ましい成果が見られました。その一つが、日本でも85年以来、度々上演され、カルト的な人気を得ている本作。今回、演出を手掛けた河原さんは、自身を含めた従来の『ロッキー・ホラー・ショー』ファンの作品愛と、“今回関わるまで本作を知らなかった”派のニュートラルな感覚を程よくミックス。突き抜けたバカバカしさ、猥雑さを追求しつつ、フランクの城に迷い込んだ男女が、狂騒のひとときを経て人間の本性、本質に目覚めてゆく様を、音楽性・弾けっぷりともに卓越したキャストを得てシニカルに、鮮やかに描き出しました。日本版『ロッキー・ホラー・ショー』の新たな時代の幕開けと言えるでしょう。 撮影:引地信彦

*山田和也(『アニー』演出)
もう一つ、2017年の代表的なリニューアルとなったのが、山田和也さんが演出のバトンを受け継いだ『アニー』です。翻訳やビジュアルを一新、ダンスキッズの登場方法等にも工夫を凝らして、お馴染みの舞台をぐっとスピーディーかつお洒落に洗練。いっぽうでは日本の観客がキャラクターに心寄せられるよう、アニーとウォーバックスが心を通わせる場面ではしっかりと“間”をとる配慮も。海外ミュージカルの日本版として、一つの“理想形”と言えましょう。富の象徴たる摩天楼のシルエットを背に、大恐慌で零落した人々が「フーヴァー・ヴィル(We’d Like To Thank You, Herbert Hoover)」を歌うシーン等で、物質主義社会に対する風刺も強調。実は大人に向けたシニカルな作品でもあることが再確認できる舞台となりました。写真提供:日本テレビ

主演男優賞:石丸幹二(『パレード』)、中川晃教(『きみはいい人、チャーリー・ブラウン』)

*石丸幹二(『パレード』)
20世紀初頭に実際に起こった事件に基づき、冤罪事件の行方と夫婦の愛を描いたヒューマン・ドラマ『パレード』。本作で強姦殺人事件の犯人に仕立て上げられるユダヤ人レオ・フランクを演じた石丸幹二さんは、混乱し、憤怒し、絶望の果てに妻の勇気に救われ、人間的成長を遂げて行く過程を、これまで培ってきたテクニックを駆使しつつ、台詞と歌唱双方においてきめ細やかに表現。その迫真の演技によって、いったん狂い始めれば歯止めのかからない社会の恐ろしさと人間の良心、希望を浮かび上がらせ、深い余韻を残しました。少女たちの法廷証言の中の“悪魔的なレオ”の再現から、恐怖と戦いながらおずおずと意見陳述をする“実際のレオ”への鮮やかな変化も特筆に値します。 撮影:宮川舞子

*中川晃教(『きみはいい人、チャーリー・ブラウン』)
『ピーナッツ(スヌーピー)』の4コマ漫画群を“ミュージカル”という手法でカラフルに舞台化した『きみはいい人、チャーリー・ブラウン』。次々に繰り出すコミカルな場面を通して、“子供の世界を借りた人生の真理探究”がさりげなく展開する本作で、“あの”スヌーピーを演じたのが中川晃教さんです。一幕のナンバー「Snoopy」、二幕の「Suppertime」では実にのびのびとR&B風味の歌唱を披露し、歌い手としての本領を発揮。また人間たちを時に傍観し、時に寄り添うスヌーピーを、軽やかなフットワークで楽しく演じ、作品の空気感を醸成しています。若々しいカンパニーを和やかにまとめ、かわいらしくも味わい深い舞台に大きく貢献しました。 撮影:松島まり乃

主演女優賞:霧矢大夢(『ビッグ・フィッシュ』)

*霧矢大夢(『ビッグ・フィッシュ』)
ティム・バートンの自伝的映画を、音楽・ダンス・プロジェクション・マッピングや照明を駆使、ライブの魅力たっぷりに舞台化した『ビッグ・フィッシュ』。奇想天外な話を繰り出してばかりの父と、母、息子それぞれの愛、そして受け継がれてゆく魂の永遠性を描き出した本作で、主人公エドワードの妻サンドラを演じたのが霧矢大夢さんです。夫を、息子を静かに見守る愛情深いたたずまいは、モノクローム時代のハリウッド映画ヒロインのようなたおやかさで、10代、30代、老年の3つの年代の演じ分けも的確。一家の精神的支柱として確かな存在感を放ち、ささやかな人生を“英雄の物語”へと変えてゆく物語に説得力を与えました。エドワードの偶像として登場する際の端正なダンスも魅力的。写真提供:東宝演劇部

助演男優賞:栗原英雄(『パジャマ・ゲーム』)

*栗原英雄(『パジャマ・ゲーム』)
パジャマ工場を舞台とした本作で、時間管理を担当するハインズを演じたのが栗原英雄さん。“中間管理職”としては賃上げを要求する組合員と会社側の板挟みになり、プライベートではセクシーな恋人が浮気をしないかとしょっちゅうやきもちを焼くというコミカルな役どころを、品よく、ベテランならではの柔軟性をもって演じました。“振付”を感じさせない滑らかなダンスにも味わいがあり、ナンバーの終わりでは敢えて極めのポーズを短く切り上げ、ひょいと肩の力を抜く小粋さ。“本物の時代が来た”と唸らずにはいられません。 撮影:松島まり乃

助演女優賞:濱田めぐみ(『デスノート』)、シャーロット・ケイト・フォックス(『俺節』)

*濱田めぐみ(『デスノート』)
死神が落とした“デスノート”を巡る天才たちの攻防を描く本作で、人間たちの愚かな姿を眺めるうち、いつしかそのうちの一人、海砂に引き寄せられてしまう死神レム。初演に続いてこの役を演じた濱田めぐみさんは、海砂の心中を理解するデュエット「残酷な夢」、そして決意を歌う「愚かな愛」の表現がいっそう深化し、ワイルドホーンによるしみじみとしたメロディを静謐に歌唱。聴くものを“(愚かしい)人間世界に生きることの絶望”から救いあげます。男性キャラクターたちが演じる主筋が冷徹なまでに攻撃的・自己破滅的であるだけに、レムと海砂が描く愛と自己犠牲のドラマは、人類の微かな希望として、儚くも深い余韻を残しました。写真提供:ホリプロ

*シャーロット・ケイト・フォックス(『俺節』)
90年代の漫画の舞台化で、演歌歌手を目指して上京した青年の苦闘と恋を描いた『俺節』。“ミュージカル”とは銘打たれていないものの、感情の昂ぶりが歌となる劇構造はまさにミュージカルであり、それを“日本のソウル・ミュージック”である演歌で表現した点で、大きなインパクトを与えた作品です。この舞台で、安田章大さん演じる不器用な主人公と恋に落ちる不法滞在中のストリッパー、テレサを体当たりで演じたのが、シャーロット・ケイト・フォックスさん。思いをうまく日本語に変換できないテレサが終盤、大雨の中、主人公と魂の交信を始めるくだりでは、本来は“歌える”シャーロットさんが敢えて“音符”を超越し、絶唱。忘れられない名シーンとなりました。撮影:阿久津知宏

新星賞:小野田龍之介(『パレード』)、神田沙也加(『屋根の上のヴァイオリン弾き』)

*小野田龍之介(『パレード』)
“次代のミュージカル界の牽引者”として今年、注目したいのが、小野田龍之介さんと神田沙也加さん。既に舞台の“センター”経験もある二人ですが、助演時における全体の中での役割の把握・的確な表現が光り、頼もしさを感じさせます。舞台は“つかみ”(冒頭の演出で観客の心を掴むこと)が大切とよく言いますが、小野田龍之介さんはその大役を、ミュージカル『パレード』で担当。“若い兵士”として赤い空が広がる舞台にただ一人、ドラムのビートが響く中現れ、南北戦争に赴く心境を誇り高く歌唱。その厚みある歌声は、戦に敗れた南部の人々が北部に対して持ち続け、本作の悲劇の背景となる“怨念”を象徴。観客を緊迫感漲る劇世界に引き込みました。 (写真は製作発表での歌唱)撮影:松島まり乃

*神田沙也加(『屋根の上のヴァイオリン弾き』)
民族の“しきたり”をよすがに、つつましく生きて行くユダヤ人一家の悲喜こもごもを描いた本作で、次女ホーデルを演じた神田沙也加さん。長女役の実咲凛音さん、三女役の唯月ふうかさんらとともに、何気ない場面でも常に手先を動かし、家事をする姿はごく自然で、総動員で働かなければ回っていかない一家の経済はもちろん、この家族の連帯感をしっかりと表現。また愛する人を追ってシベリアへと旅立つ彼女と父テヴィエの別れのくだりでは、万感を一音、一音に込めて「愛する我が家を離れて」を歌唱。市村正親さん演じるテヴィエが荷車を引き、物言わずに一歩一歩を踏みしめる終幕の余韻に、大きく寄与しました。 写真提供:東宝演劇部

ベスト・フレンズ賞:笠松はる&神田恭兵(『ねこはしる』)

*笠松はる&神田恭兵(『ねこはしる』)
例年は“ベスト・カップル”をピックアップしていますが、今回は“ベスト・フレンズ”をご紹介しましょう。動物たちの友情と“命”を描いた物語のミュージカル版で、“落ちこぼれ猫”のランと孤独な魚を演じたのが、笠松はるさん、神田恭兵さんです。弦楽器とピアノの優しい音色に包まれ、前半はおずおずと心通わせ、無二の友となってゆく過程を、イマジネーション豊かな動きと端正な歌声で表現。そこから一転、絶体絶命の状況が訪れると、魚は悲壮な決意を語り、ランはそれを受けて“最も望まなかった”役割を懸命に果たそうとします。神田さんの無心の説得、笠松さんの一瞬の“鬼の形相”に、一体となって息をのむ場内。性別を超え、阿吽の呼吸で“究極の友情”を演じた二人の終幕の姿は、永遠に観る者の瞼に焼き付けられたことでしょう。 写真提供:川崎市アートセンター

アンサンブル賞:『キューティ・ブロンド』、『ソング&ダンス 65』、『ビリー・エリオット』

*『キューティ・ブロンド』
恋人に振られて一念発起、弁護士を目指すヒロインの恋と奮闘を描いた『キューティ・ブロンド』。フレッシュな新人も起用された本作では、これをステップとして羽ばたこうと気概漲るアンサンブル・キャストとメインキャストが、演出・上田一豪さんのもと一致団結。次々に画面が切り替わる映画さながらのスピード感を維持しつつ、ドラマとしての骨格もしっかりと浮かび上がらせ、登場人物の一人一人が魅力を放ち、愛に溢れた舞台に仕上げました。写真提供:東宝演劇部

*『ソング&ダンス 65』
劇団のレパートリーを中心に、ミュージカルの名曲・名場面をコラージュ、独自の演出で魅せる人気シリーズ『劇団四季ソング&ダンス』。最新版となる今回の舞台では、加藤敬二さんが一手に引き受けていたこれまでとは異なり、劇団の3人の俳優(松島勇気さん、脇坂真人さん、永野亮比己さん)が振り付けを担当。(さらにフラメンコ・シーンは出演者でもある多田毬奈さんが振付)。“劇団ならでは”のキャストの一体感に、クリエイティブ面における劇団の才能がブレンドされ、本シリーズ、そして劇団自体も新時代に突入したことを印象付けました。撮影:松島まり乃

*『ビリー・エリオット』
英国の炭鉱の町を舞台に、バレエダンサーになる夢に向かってひた走る少年と周囲の人々の葛藤を描いた本作。「Solidality」での複雑なフォーメーションや、炭鉱の労働者たちとそのファミリーが集うクリスマス・パーティーのシーンでは、出演者たちが歌詞さながらに一致“団結”。また1年以上をかけて選ばれたビリー役の少年たちの輝きと、大人キャストが時間をかけて培ってきた表現の“厚み”が絶妙に溶け合い、少年の成功と大人たちの敗北が交錯する物語に、いっそうの陰影が生まれました。撮影:阿部高之