哲学としての漫画を牽引した作品達

しょせん漫画。そんな言葉が跋扈(ばっこ)していた昭和中期。冷笑という堅牢な壁を破る作品が生まれてきた。漫画というジャンルが哲学を持ち始めたのである。今回は「戦い」というテーマで、生き方そのものを問いかけてくる作品を紹介したい。ガイドが不覚にも涙した作品群である。スポーツ、社会という二つのフィールドから5編ずつ、ぜひ味わっていただきたい。

スポーツというフィールドからの5編

『あしたのジョー』……ジョーは明日を見たのか

ガイドは思う。この漫画を名作たらしめたのはリング上の戦いではない。

刹那(せつな)のみにしか生きる術を持ち得なかった、若きボクサー・ジョー。そして、共に明日を見ようと欲した老コーチ・段平。二人の悲しき同床異夢こそが、戦いの本質だったのである。

ハイジャック犯のメッセージにも使われたタイトル。ライバル力石徹の死に際し、現実に行われた葬儀。この作品そのものが社会現象であるとまで言わしめた。

「真っ白な灰」……。様々な解釈をされ、いまだに語り継がれるラストシーン。最後まで明日を見せなかったジョーの「あした」は……。

出典: Amazon.co.jp: あしたのジョー(1) 電子書籍: 高森朝雄, ちばてつや, ちば てつや: Kindleストア

『巨人の星』……目指した星は消えたのか

風化の感もある「根性」という言葉。
この漫画はその価値観を昭和の若者に植え付けた作品である。何度倒されようとも、不死鳥のごとく立ち上がる投手・星飛雄馬。

しかし、彼は様々な屈折、自己否定性をも抱えていた。初登場時に見せたスター長嶋茂雄への憎悪に始まり、時には「根性」さえも、その一つとなってしまう。敵、友人、そして恋人、さらには家族との関係性にも、否定感をぬぐえずに、もがく飛雄馬。あげくに、「巨人の星」を目指すことを強要した父、そして親友が立ちはだかるという衝撃。

彼が目指した星は消えることのない恒星であったはず。だが……。

出典: Amazon.co.jp: 巨人の星(1) (講談社漫画文庫): 川崎 のぼる, 梶原 一騎: 本

『タイガーマスク』……自己矛盾との戦いの結末は

黄色い悪魔と呼ばれるプロレスラー伊達直人。孤児ゆえに培ってきた権威や権力に牙をむく、その本性を虎のマスクに隠し、日常ではキザなやさ男を演じる主人公。彼が選択した生き方は、2つの人格ゆえの自己矛盾との戦いであった。

悪と正の境界を問い直し、悪にこそ潜むことができる悲しいまでの美しさを考えさせる作品。アニメ化の際には、エンディングソングにバラードを採用し、少年少女達に生きると言うことの悲しさに触れさせた名作である。原作本編でのあっけないほどのラストシーンは、それゆえに深く重い。(アニメ版は違った結末)

余談になるが、終了から長い年月を隔て、子ども達の施設にランドセルを送る篤志家が現れた。その彼が使った名が伊達直人だった。

出典: タイガーマスク 【コミックセット】 | | 本 | Amazon.co.jp

『サインはV!』……親愛なるものの死と熱血の戦い

いわゆるジャンケンのチョキ・ポーズを皆さんは「ピースサイン」と呼ばないだろうか。しかし、この作品の登場を知るガイドの世代は、これを「Vサイン」と呼んでいた。

主人公・朝丘ユミは熱血のバレー少女である。地獄のような特訓に耐え抜き、勝利(VICTORY)を手にしていく。だが、そのプロセスは親愛なる者との究極の別れ、つまり死別との戦いであった。

姉はバレーボールに殺された。ユミはそう信じていた。そして、暗い過去を持つチームメイト・ジュンサンダース。血と汗の特訓の末に結ばれた友情も、ジュンの病魔によって終焉を迎えようとする。

実写化され、高視聴率をマークし続けた本作。少年少女に、誰も死との戦いには勝利できぬという現実と、それでも生きるということ、それゆえに「今」の大切さを、素直に感じさせた。

出典: Amazon.co.jp: サインはV!(1) 電子書籍: 望月あきら, 神保史郎: Kindleストア

『プロゴルファー猿』……持たざるものが挑む勝負

かつてゴルフは富裕層にのみ許された都会派スポーツであった。庶民には高嶺の花。そんな時代にこの作品が生まれたのである。日本初の少年ゴルフ漫画だ。

主人公、猿は山奥で貧困の中育つ。手作りのゴルフクラブで富裕な者達へ挑む。それは、ゴルフというフィールドでの階級闘争とも言えるものであった。

「旗包み」(なびいている旗にボールを当て、そのままカップに入れるという技)など、奇想天外なスーパーショットを開発する猿。その舞台も徐々に想像を絶する世界へとなってくる。しかし、それでいながら、しっかりとした技術論が根底にあり、ファンタジーとリアリティーのバランスの良さを感じさせる。しかもである。驚いたことに上記の「旗包み」を、偶然とはいえ実際の大会でやってのけたゴルファーがいるのだ。薗田峻輔プロである。このニュースはこの作品と共に世界に発信された。

かように、この作品が、ゴルフ界そのもののに与えた影響ははかりしれない。繰り返す。そのスタートは、手作りクラブの少年だったのである。

出典: Amazon.co.jp: プロゴルファー猿 (1) (中公文庫―コミック版 (Cふ2-1)): 藤子 不二雄A: 本

社会というフィールドからの5編

『おれは直角』……希望とニヒリズムの戦いの末に

まっすぐに生きよ。父の訓を守り、かたくななまでに直進する主人公・直角。当然のように周囲との摩擦が起き、望まざる争いとなる。それは、希望と閉塞感、ニヒリズムとの戦いでもあった。

悲しみの深さゆえに、作らねばならぬ笑顔。直角はユーモアに内包されたペーソスを少年少女にも感受させた。その上で次第に直角化されていく周りの者達の変化に、希望の勝利を予感させもする名作中の名作。

高度成長の終焉を迎えつつあった社会そのものが投影された作品とも言えるだろう。

出典: おれは直角〈新装版〉 1 (ビッグコミックススペシャル) | 小山 ゆう | 本 | Amazon.co.jp

『アドルフに告ぐ』……マキシマムとミニマムの翻弄

ヒトラーは自身が弾圧したユダヤ人の血を引いていた。手塚治虫は、その説を元に、この作品を描き上げた。

世界というマキシマムなものの動向が、一人の人間の業(ごう)というミニマムなものに翻弄されているのか、あるいは逆なのか。歴史が動くということに対して、根源的な問いかけを巨匠は提示する。

ヒトラーの暴走の原動力は何であったのか。愛するエヴァ・ブラウンとの関係は貫かれるのか。そして彼をも含めた3人のアドルフ達のたどる数奇な運命のドラマ。テーマの大きさは後の漫画にも大きな影響を与えた。

手塚の天才をもってしてのみ創造しえた作品であった。

出典: アドルフに告ぐ (第1巻) | 手塚 治虫 | 本 | Amazon.co.jp

『愛と誠』……戦いの末に愛は霧散するのか

元インド首相のネルーが娘に送った手紙の一文から、この物語は始まる。

「愛は平和ではない。愛は戦いである。武器のかわりが誠実(まこと)であるだけで、それは地上におけるもっともはげしい きびしいみずからをすててかからなければならない戦いである」

令嬢の「愛」。貧苦の「誠」。ネルーの言葉通り、主人公二人の愛は戦いだった。それも壮絶なる戦いであった。血にまみれた幼き出会いに始まり、永遠の愛を、死という最終局面でしか確認できなかった二人。戦いの末に愛は霧散するしかないのか。人生に完全なるハッピーエンドなどありはしないのか。

死語となりつつある「純愛」を戦いから見つめ直した秀作である。

出典: 愛と誠(15) (マガジンKC) | 梶原 一騎, ながやす 巧 | 本 | Amazon.co.jp

『エリア88』……極限空間に人間の精神は勝てるのか

主人公・風間真は砂漠の国アスランで傭兵生活を送っている。それは、自ら望んだ人生ではない。親友の裏切りという奈落から、恋人と別れ、死と隣り合わせの戦場を生き抜く真。

何のために戦うのか、いや、何のために死ぬのか。その答えらしきものすら、存在しない。何のために生きているのかさえも、霞に消え入る日常。しかし、響く爆音に、心のスクランブルが沸騰する快感も否定できぬ日常。

極限空間での精神の戦いを、それでいて、スマートにさえも描いた作品である。昨今の国際情勢と合わせて読むと、さらに興味深いものがあるだろう。

出典: Amazon.co.jp: エリア88 1<エリア88> (コミックフラッパー) 電子書籍: 新谷 かおる: Kindleストア

『漂流教室』……サバイバルの中で学ぶ存在

恐怖漫画の鬼才、楳図かずおの傑作である。

学校をおそった突然の地震。なぜか教室ごと荒廃した世界へと送られた小学生達。それは、まさしく漂流であった。恐怖ゆえに生まれる、疑心と裏切り、策謀、残虐。楳図ならではの画風が、その恐ろしさをストレートに伝えてくれる。

リーダーとして育っていく主人公・高松翔。サバイバルの中から学ぶ人間という存在の愚かさと尊さ。

はたして、彼らは元の世界に戻れるのか。親子の葛藤も含め、期待と想像を超える結末に注目してほしい。

出典: 漂流教室 (6) (小学館文庫) | 楳図 かずお | 本 | Amazon.co.jp