本田宗一郎氏が推し進め、1962年に誕生

ヨーロッパを視察し、本格的なモータースポーツとサーキットに触れた本田技研工業株式会社の本田宗一郎氏が、バイク、自動車の性能向上のためには本格的なサーキットが日本にも必要であることを強く認識し、鈴鹿サーキットの建設を推し進めた。

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当初の建設計画は現在と別の場所

レーシングコースの当初の計画地は現在のコースよりも北東だったが、その周囲が水田地帯だったことを知った本田氏は「水田を潰してはいけない」と懸念。荒れ果てた山林だった現在の場所に建設計画を変更させました。

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1978年に鈴鹿8耐が開催

鈴鹿サーキットを代表するレースにオートバイの「鈴鹿8時間耐久ロードレース」は、1978年が初開催。日没後「夜間のライトオン走行でチェッカーフラッグを受けゴールする」という独自の演出「ナイトチェッカー」がウリだ。

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1987年「F1日本グランプリ」を開催、空前のF1ブームに

1987年、鈴鹿サーキットは初めてとなる「F1日本グランプリ」を開催した。これ合わせてフジテレビでF1全戦中継も始まり、中嶋悟が日本人初のF1フル参戦。F1ブームの火付け役となる。

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レーシングスクールで人材育成にも注力

鈴鹿サーキットでは92年から2輪の「SRS-J(鈴鹿サーキットレーシングスクールジュニア)」、93年からカートの「SRS-K」、95年からフォーミュラの「SRS-F」をレーシングスクールとして開校。国内外で活躍するレーサーを育成し、輩出し続けている。

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2009年、大幅なリニューアルを実施

鈴鹿サーキットは2009年にリニューアルを行い、近代的な設備を備えた新生・鈴鹿サーキットに生まれ変わった。ピットガレージもF1などの世界選手権に対応した新仕様に変身するなど、より世界のレースを意識した作りになっている。

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そして「SUZUKA」のブランドは海外にも進出

鈴鹿サーキット(三重県)を運営する株式会社モビリティランドは、新たな海外事業への参画計画も発表している。「台湾」に鈴鹿サーキットを輸出する計画だ。面積にして東京ドーム2つ分に近い広さの敷地に、鈴鹿サーキット国際レーシングコースをイメージした580mのカートコースを中心にした新型アミューズメントゾーン「SUZUKA CIRCUIT PARK」の建設が予定されている。完成は2015年の予定。

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