photo by SAWA valentain
今年のチョコレート争奪戦は、参加するか否か。悩むところだな~
2月14日、バレンタイン・デーは運命の日。なんて、思っていたのはいつ頃までだったか。ある程度の年齢を過ぎると、そういえばそんな日もあったな~くらいなもので、毎年毎年繰り広げられるデパートでの「話題のチョコ」争奪戦からもれていく……(枯れてるな~)。戦わずして敗け。躍起になって仕入れたチョコレートなら、自分で食べた方がいいかも。なんて思うようになったら女もおしまい?

いえ、そうでもなかったりします。それは、歴史を紐解けばわかること。「バレンタインとは、なんぞや?」を知れば、チョコレートの呪縛から解かれますから。

【記事INDEX】
  • バレンタインとは、なんぞや?
  • ……P.1
  • イタリアのバレンタインデーはどう過ごす?
  • ……P.2
  • 日本のバレンタインデーの起源は?
  • ……P.3
  • バレンタインデーに贈りたい!イタリア的フレーズ
  • ……P.4


    バレンタインは、聖人の名前

    photo by SAWA valentain
    バレンタインデー起源には諸説ありますが、遡ればやっぱり行き着くのは古代ローマ時代
    バレンタインデーの起源は、イタリアにあります。そして、その歴史は2000年前の古代ローマ時代にまで遡ります。

    古代ローマ時代は、いわゆる多神教で、ありとあらゆるものに神がいると信じられていました。ローマ国家を守るジュピター、光と理性の神アポロ、軍神マルス、美の女神ヴィーナス。なかには、牛につく虫を司る神ヴェルミヌスや、ゆりかごの中の子供を守る女神クーバなんてものも。細かいですね。そして、すべての女神の女王とされたユノー。若い戦士に活力を与え、出産、女性の女神として、崇められていました。この女神の女王ユノーの祝日が2月14日で、翌日2月15日から「ルペルカリア祭」と呼ばれる安産を祈願するお祭が始まるとされていました。


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    そしてやっぱりキリスト教が絡んできます。
    当時、ローマ帝国の男女は別々に暮らしていましたが、このお祭のときにだけ男女がめぐり合う機会が与えられていたそうです。ルペルカリア祭の前日、若い女性たちは桶に自分の名前を書いた札を入れ、翌日、男性が桶の中の札を引き、そこに書かれていた女性とお祭の間パートナーとして過ごすことが許されていました。パートナーの多くは、そのまま恋に落ち、結婚することになったそうです。

    この風習は、800年もの間続けられていましたが、紀元後ローマ皇帝クラウディウス2世により、愛する人を故郷に残してきた兵士は士気が下がるとの理由で、お祭を禁止してしまいます。さて、若い男女はどうするか?ここで、バレンタインデーの名前の由来となった、キリスト教の司教バレンティーノ(バレンタイン)が登場します。

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