招き入れられたその部屋で、そのカメと飼い主である老夫婦は穏やかな秋の日差しの中、ゆったりとした時間を過ごしていました。
そのカメとはGeochelone radiata。和名をホウシャガメと言います。

▼「ホウシャガメ」を飼育する、ある老夫婦
宮崎県の某所に住むMさん宅に、先日行ってきました。Mさんは山あいの小さな集落でMさん(80)と奥様(75)、そして「ホウシャガメ」の「リカ」との「三人」暮らしです。

Mさんには四人のお子さんがいらっしゃるのですが、それぞれ独立をされていて、今では毎日、まさに「晴耕雨読」の生活。水稲とエンドウ、京芋を栽培されている専業で農業を営んでいらっしゃいます。
そんな、宮崎県ではごく普通の農家の一室でホウシャガメのリカは30年間をご夫婦と生活をしています。

▼「リカ」は「アフリカ」の「リカ」
「リカ」は甲長50センチ、体重10.5キロののホウシャガメです。好物はリンゴとミカン。嫌いなモノは白菜とホウレンソウ。とても人なつこい大きなカメです。

リカは30年前つまり1972年にモーリシャスからこの家にやってきました。当時、Mさんの長男が仕事で数年間モーリシャスに赴任されていたのですが、その時に小さなホウシャガメを購入。2年ほど現地で飼育を続け、日本に戻ってくるときにご両親へのおみやげとして、そのホウシャガメを連れて帰ってきました。
Mさん夫婦は、一緒に生活できない息子さんの代わりにホウシャガメを、「アフリカから来たから『リカ』なんだよ」と名付けて、大切に飼育を続けてきました。

▼ホウシャガメというカメ

さて、これを読んで下さっている皆さんはご存じかと思いますが、現在は「ホウシャガメ」は完全に輸入が禁止されているために、これから飼育をしようと思っても飼えるカメではありません。

ホウシャガメGeochelone radiateはマダガスカルが原産であり、その他にモーリシャスなどにも人為的に移入されて生息しています。その甲羅の模様の美しさと飼育しやすい丈夫さ故、古くから欧米へペット用に大量に輸出されていました。またマダガスカル国内の開発で生息環境の消失により生息数が激減してしまいました。このためワシントン条約(CITES)の付属書1に掲載されました。付属書1に掲載された場合「原則的に商業目的の取引が禁止」され、日本国内では「種の保存法」によって「国内での取引が禁止」される、ということです。

なお、日本がワシントン条約に批准したのは1980年でしたので、それ以前から飼育をされている「リカ」は、ご夫婦が個人で飼育し続ける限りは法的な問題はありません。

▼「リカ」の生活
さて、「リカ」は毎日どんな生活を送っているのでしょう。
◇ケージ
「リカ」は30年間、基本的にずーっと、家の居間で生活しています。毛布が掛けられた段ボール箱が小屋として与えられていますが、毎日狭くて、暖かい場所を選んで寝ています。
◇保温
南国宮崎とは言え冬の寒さはリクガメたちにとっては耐えられるレベルではありません。もちろん「リカ」も同じです。「リカ」は冬の間はストーブによって暖められた居間で生活し、夜の間は「あんか」をあてがわれて30回の日本の冬を乗り切りました。
◇紫外線
リクガメには強く十分な量の紫外線が必要です。日本一の日照量を誇る宮崎は、そういう意味ではリクガメの飼育に向いているかもしれません。特別な紫外線灯等なしで30年間を過ごしています。基本的には居間の窓からガラス越しの日光浴が中心です。また、ときどき外に出してもらうときも、絶好の日光浴のチャンスのようです。
◇餌
リクガメは草食ですので、「リカ」も新鮮な無農薬の野菜をたくさん食べています。基本はレタスとキャベツ。意外に小食で、一回に二枚ほどの葉を食べています。果物が多く入手できるときは「リカ」にも回ってきます。イチゴは大好物で、一回に半パックを平らげるといます。

◇排泄
長い間、飼育をしているとだんだんと行動のパターンもわかってくるようで、餌を食べた後はご夫婦二人がかりで「リカ」をおふろ場に連れて行きます。「リカ」もわかっているのか、連れて行くとすぐに排泄を始めるそうです。

▼「リカ」との生活
Mさんが「リカ」との生活を始めた30年前などは、もちろんリクガメ飼育に関するノウハウなどは皆無だったでしょう。
例えば、モーリシャスから「リカ」が日本にやってきたときには、環境の激変からでしょうか、まったく餌を食わなかったそうです。心配した、Mさんが話しかけながら、甲羅をさすってあげたときにはじめて「リカ」は餌を食ったそうです。

今では、もちろん手に持った餌も食うようになっています。私がうかがったときも目の前に差し出されたリンゴをしゃりしゃりと音を立てて食い、他の皆さんが飼育されているリクガメ同様に口の横に食べかすをつけて満足そうな表情をしていました。

Mさんは私に「アルバム」を見せてくださいました。そこには色の褪せたカラー写真がたくさん貼られていました。お子さんたちの結婚前日の時、はじめてのお孫さんが遊びに来た時、家族みんなで海に遊びに行った時、お孫さんの七五三の時...いろいろな場面で「リカ」が中心になって写っていました。
これこそがリクガメ、そしてカメを飼育する楽しみなんだな、と20年間をミドリガメと過ごした私も改めて認識しました。

遠いモーリシャスから連れてこられた「ホウシャガメ」の「リカ」。
CITES1と言う不名誉で特別な存在であることなど意に介さず、Mさん夫婦の歩く後をトコトコとついていく姿は、改めて「生き物を飼育する」と言うのはどういうことなのかを私に考えさせました。

「リカ」は確かに「CITES1のホウシャガメ」です。しかし「リカ」がたとえ夜店で売られていたミドリガメであっても、Mさん夫婦にとっては子供さんたちと同等か、あるいはそれ以上の存在だったでしょう。

Mさんご夫婦と「リカ」、いつまでもお元気で。

※今回の記事は、掲載にあたり多くの方のご助言をいただきました。この場をお借りして感謝申し上げます。また「自然環境研究センター」に問い合わせて、記事を公開することに問題がないか確認をしたところ「CITES批准の前の個体であるし、個人が飼育を続けると言うことならば登録等の問題もない、ので記事にすることに問題はない」とのことでした。
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。
※ペットは、種類や体格(体重、サイズ、成長)などにより個体差があります。記事内容は全ての個体へ一様に当てはまるわけではありません。