ネコには発病してしまったら、治すことができない恐ろしいウイルス性の病気があります。

そのうちのひとつ、ネコ白血病ウイルス(FeLV)感染症=通称:ネコ白血病には現在有効なワクチンがあるので、予防することができます。
そして、ネコ免疫不全ウイルス(FIV)感染症=俗称:ネコエイズはFIVウイルス陽性のネコとの濃厚接触がなければ感染しませんので、外に出さない、そして安全な(ウイルス検査で陰性の)ネコたちとの共同生活内であれば、恐れる必要はありません。

しかし、もうひとつのネコ伝染性腹膜炎=FIP(FelineInfectiousPeritonitis)という病気には、今現在発病を防ぐ有効な手段がありません。
これはあるウイルスが突然変異を起こし発症する病気ですが、今現在もその感染ルートや発現の仕方がはっきり解明されていません。しかも一度発病してしまうと、有効な治療法がなく、非常に劇症の場合は2~3週間で命を落としてしまうこともある恐ろしい病気です。

FIPについての最初の正確な報告は、1960年代にアメリカで発表されました。この病気は1950年代初頭には存在していなかったのではないかと思われています。なぜFIPが突然出現したかは分かっていません。

ネコ伝染性腹膜炎=FIP(FelineInfectiousPeritonitis)とは?

■FIPは主にイエネコの病気ですが、そのほかではライオン、ヒョウ、チーターなどの大型のネコ科の動物にも発生します。
犬ネコ腸コロナウイルス、豚の伝染性胃腸炎、人ネコ腸コロナウイルス229eは実験上はネコには感染しますが、FIPウイルスは人には感染しません。

■年齢的には全年齢層に見られますが、生後6カ月頃から5歳位のネコに最も多く発生し、また14~5歳にも同様なピークが見られます。
4~10カ月齢の子ネコがFIPを発症する前には、発育不良であるとか、健康状態があまり良くないといった長い病歴がよくみられます。軽度のネコ風邪(慢性呼吸器感染症)がFIP発症前に見られることもあります。もちろんネコ風邪はほかのウイルスによるものですが、発育不良および二次感染は、成長と免疫反応を制御する軽度の疾患が続いていることを示しています。

■ネコ種・性別による差はありません。

■FIPウイルス自体の感染力は弱く、一般的に使われている消毒薬(薄めた塩素系漂白剤など)で有効ですが、乾燥した環境では7週間以上の生存が確認されています。

■FIPを実験的に感染をさせた場合、ウエットタイプFIPでは2~14日で発症し、ドライタイプFIPではそれよりも長い潜伏期間になります。―過性で不明瞭なウエットタイプFIPが数週間から数カ月に渡って続き、その後にドライタイプFIPへと進展することが多いようです。

■FIPの症状
『FIP(ネコ伝染性腹膜炎)』という病名のとおり、腹膜炎を起こすものが一番多いですが、ほかの病気が起こることもあります。腹膜炎が起こると腹に水がたまり、腹部が膨らんでブヨブヨした感じになります。

ウェットタイプ(滲出型FIP)
初期には、熱がでたり、食欲がなくなる、じっとして動かなくなることが多い、痩せていく、脱水症状、まぶた、鼻、歯茎、パット等に貧血状態が見られるなどの症状が見られます。肝障害が強い場合は強い黄疸を起こしたり、嘔吐や下痢や便秘を繰り返すこともあります。そのうち腹水がたまり始めます。通常は腹部を触診しても痛みを示しません。症状によっては腹部前下方に堅く小さな腫れ物を感じるときもあります。
ウェットタイプのネコの約25%に胸水がたまって、それに伴う呼吸困難が見られます。運動するとすぐに息が切れ、呼吸困難になり、心音および肺音が弱く感じられます。心嚢水が増量してくる場合もあります。

ドライタイプ(非滲出型FIP)
特異的な症状が少ないために、FIPであるという診断が難しくなります。ウェットタイプよりもドライタイプの方がゆっくりと症状が進み、膿汁を含む播種性肉芽腫病変が様々な臓器に生ずるため、それに関連した兆候を伴うことが多いとされています。慢性的な体重減少、発熱、ぐったりするなどの症状が数週間続いた後、腎臓・肝臓障害、膵臓、中枢神経系、あるいは目に異常が認められることがあります。また様々な神経症状、例えば、運動能力が落ちたり、後ろ足がきかなくなったり、眼の玉がふるえたり、けいれんの発作を起こしたり、脳神経および末梢神経障害、知覚過敏、頭が前部に傾く、いつもと違う行動をとるようになる(ネコの性格が変わった、と思う場合もあるようです)、粗相をする等の症状が見られるようになるかもしれません。

■FIPの臨床診断
病歴、身体検査所見、実験室検査成績、ネコ腸コロナウイルス抗体価、および類似疾患の除外によって行われます。FIPはネコによって様々な発症症状をみせるので、この診断からだけでは、FIPを確定診断するための証拠は得られません。とくにドライタイプでは腹水や胸水の貯留がなく、診断確定を付けにくいからです。
ウエットタイプ、ドライタイプのFIPのネコ、あるいは見かけ上健康なネコに本症があるかどうかを確定診断する唯一の方法は組織バイオプシーです。組織バイオプシーまたは剖検を行わない限り、FIPだというどのような診断も仮診断にすぎません。

■治療について
今現在は残念ですが完治させるための有効治療はなく、FIPであると診断された後は非常に難しいでしょう。
治療としては症状を和らげる対症療法が主体となります。というのも、ネコの体内のウイルス自体を殺す薬はないし、またどのようにして発病するのか不明な点が多すぎるからです。
したがって病気の進行を遅らせ、ネコの不快感をある程度改善する効果は期待できますが、完治のための治療ではないことを理解してください。

近年は高齢ネコの場合、インターフェロンやステロイドを使った治療でかなりの延命効果を上げている例がありますので、確定診断されても諦めず、獣医師と共に病気と闘ってください!

治療に使える抗ウイルス薬の研究開発は進んでいますが、今のところ短期間の猶予を与える程度のものでしかありません。
特に貧血と衰弱が進み、神経症状が出てくると最悪で、残念ながら治療の望みは少なくなります。



FIPウイルスは、ネコ腸コロナウイルス株の突然変異の一種

ネコ腸コロナウイルスの感染率は、キャッテリーや多頭飼いの家庭では80-90%以上にも達するといわれています。ネコに感受性のある数種類のネコ腸コロナウイルス株があり、その感染ウイルス株に応じて、様々な程度の消化器系疾患が起こります。

ネコ腸コロナウイルスに感染した場合、離乳したばかりの子ネコでは、微熱、嘔吐、下痢の症状が見られることがありますが、成ネコのほとんどは症状が見られないか、軽い下痢を起こす程度が多いようです。ネコ腸コロナウイルスは感染経路を通じて細胞皮膜にとどまって、細胞が破壊された場合にのみ症状が起きます。このように、ネコ腸コロナウイルス自体は感染率の高いウイルスではありますが、それほど脅威ではないと考えられます。

感染した後のネコ腸コロナウイルスが非常に運悪くそのネコの腸内で
突然変異を起こし発症する力の強いFIPウイルスに変化する→
それに対してネコの体内で強いアレルギー反応(免疫系のバランスが崩れる)が
起こってFIPを発症する

というのが現在一番有力な学説です。

では『なぜ、突然変異を起こすのか?』についてはまだ解明されていませんが、元々免疫系統の弱い個体であったり、妊娠や手術、発情過多による体力消耗、多頭飼いによる縄張り争い、…などのストレスが大きな要因だという説が有力です。
また、FeLVウイルスなど他のウイルス感染症などの合併症があると特に重い症状になりやすいようです。

ネコ腸コロナウイルスがネコの腸内で変化してFIPウイルスになるので、ネコ同士の接触やトイレ・食器などの共有によるFIPウイルスの感染はない、という説もあります。
しかし、感染経路についてはまだ完全に解明されていませんし、発病中に排泄されるウイルスがどれほどの驚異になるかもわかっていませんから、完全に発病が確認されたネコがいる場合は、他のネコと隔離・トイレや食器を分ける方が無難かもしれません。

コロナウイルス抗体価検査;

FIP診断を助けるために獣医師で行われているこの検査には、数種類の抗体アッセイ法が利用できます。そのほとんどは酸素結合免疫吸着法(ELISA)と呼ばれる方法です。

●コロナウイルス抗体価検査とはなにを意味するのか
ネコ腸コロナウイルスの自然感染では、ネコの体内で抗体が作られます。
ネコ腸コロナウイルス抗体価の「陽性」または「陰性」のいずれかのチェックを行い、健康または病気のネコが過去にネコ腸コロナウイルスの『どれかの株』に感染したかどうかを調べます。
現在の抗体価検査ではこれによって作られたネコ腸コロナウイルスの抗体と、FIPウイルスの感染によって作られた抗体を血清学的に識別することはできません。ウェットタイプ、ドライタイプFIPのどちらの診断にも特異性はありませんので、血清中のネコ腸コロナウイルス抗体価を検出するだけで、特定のFIPウイルス株に対する特異血清抗体を検出しているのものではありません。
ですから、ネコ腸コロナウイルス抗体価だけでFIP発病と確定診断をつけることはできません

一般のネコでは10-40%が血清ネコ腸コロナウイルス抗体を持っていて、複数飼育されている場合では、(その集団内にネコ腸コロナウイルスが流行しているかどうかによるが)血清陽性率は完全に0%かあるいは80-90%であるとされています。

●抗体価検査を行う必要があるのか?
コロナウイルス抗体価検査はネコ腸コロナウイルス感染の有無をスクリーニングするため、またFIP診断の「補助」としては利用ができます。
病理組織学的にFIPと確定診断されたネコの多くは、高いネコ腸コロナウイルス抗体価を示します。一般に、1:3200以上の抗体価はドライタイプに見られ、1:100-1:3200はウエットタイプまたはドライタイプおよびネコ腸内ネコ腸コロナウイルス感染例で認められます。
しかしFIP発病ネコでも抗体価陰性のものがいるし、末期には抗体価が低くなることがあります。後者は予後不良の兆候です。
ネコ腸コロナウイルス抗体価の陽性結果とほかの診断情報との相関性以外にも、検査期間による分析結果の不一致や、獣医師による分析結果の解釈の違いなどに注意する必要があります。

●コロナウイルス抗体価検査はどの程度正確なのか
以前我が家の主治医にお願いして、1度に1匹のネコから2回分の血液を採って、それを2回に分けて検査機関に出してもらったことがあります。同じ血液の検査結果ですから、当然同じ抗体価が戻ってくるはずでしたが、結果は1回目が200、2回目が400という違ったものでした。

●もしコロナウイルス抗体価検査値が高かった場合は
そのときにFIPだと思われるような、ほかの症状がない場合は、約1~3ヶ月後に再検査すべきです。次の検査で抗体価が下がっていれば、一時的なネコ腸コロナウイルス感染だと考えることができます。もし次回の検査でも抗体価が下がっていない場合は、さらにもう1~2ヶ月後に再検査を。

以前はこの血液検査をFIPウイルス抗体価検査と呼んでいました。
それ故に、検査を行ったときの抗体価が高いと、それだけでそのネコはFIPを発症している、とショックを受ける飼い主が多く存在しました。
しかし、上記で書いたようにこの検査はネコ腸コロナウイルスの価か、FIPウイルスの価かを識別するものではありません。
よって、コロナウイルス抗体価検査を受けて、抗体価が高く陽性であると診断されても、FIP発症とあわてる必要はありません。

例え抗体価検査の結果が悪くても、元気・食欲があり全身状態に変化がみられないのでしたら、FIPに対して神経質にならない事がネコのためにも良いと思います。可能な限り、ネコのストレスを排除する環境を作り、飼い主自身が深刻に考えすぎないことが一番です。飼い主の心配をネコは機敏に察知しますから。

また仮にFIPウイルスを持っていたとしても、発症しないネコは、FIPウイルス全感染ネコの85%もいるということです。

FIPにならないネコ?!

このように、FIPはネコ腸コロナウイルスの突然変異で発病しますので、完全にネコ腸コロナウイルスフリーのキャッテリーで産まれた子猫は、FIPを発病しないでしょう。
ネコ腸コロナウイルスフリーの環境を作り出すためには、両親ネコのコロナウイルス抗体価検査結果が陰性である、または、生後4週で子猫を親ネコから完全に隔離し、他のネコ腸コロナウイルス陽性ネコと接触させない環境で育てる必要があります。

一日も早くこのウイルスに対して有効なワクチンや治療法がみつかることを願ってやみません。
また多くの人に正しい知識をもってもらうことも必要なことだと思います。

参考文献
「ネコの主要疾患の臨床」インターズー刊
文永堂出版「ネコの医学」1、2
LLLセミナー「ネコの疾病全科」