動物園の先生は24時間獣医師

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ポニーのレントゲンを撮影中の福井先生

野生動物の行動や能力を見せるというユニークな展示方法で世界中から注目を浴びている旭山動物園。その動物園にいる160種700頭の野生動物たちの日々の健康は、4人の獣医さんたちによって支えられています。中でも現場の第一人者として活躍されているのが主任獣医師の福井大祐先生です。日々の健康管理から繁殖・出産計画、病気やケガの対処まで全部、福井先生たちがおやりになるんでしょうか?

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 栄養管理が何より大事という福井先生
「動物の健康管理、その前に適正に飼育するための栄養管理が重要ですね。160種もの動物をどういうメニューで食餌管理をしていくか、量はどれぐらいが適切かを考え、実践していくのが動物園の獣医師(Zoo Vet)の役割だと思います。
野生動物の飼養・栄養管理というものは、まだ確立されたデータがあるものばかりではありませんので、それを経験と日々の観察に基づいてしっかりやっていく。野生動物の食性については欧米を中心に研究が進んではいますが、それでもまだ未知の部分が多い。だから私たちは、毎日が研究であり勉強だと思っています」(福井先生)

もちろん病気やケガの対処や繁殖・出産計画にかかわることまで、担当の飼育係と連携しながら行っていくそうです。たった4人(うち2人は園長の小菅先生と副園長の坂東先生)でこれらすべてをカバーされているのですから、福井先生の「24時間獣医師ですよ」との言葉もありえない話ではないと思います。

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こども牧場にいる犬、チャンティーはとても甘えん坊

もっとも重要なのは「予防」

動物園の動物にとっての健康管理で、もっとも重要なことは「予防」だと福井先生は言います。これはもちろん、ペットの健康管理についても同じことが言えると思いますが、動物園には希少動物もたくさんいることから、さらにこの「予防」の意味は重いということです。

アムールトラの「のん」(♀)
こんなに近くても平気

「予防をしっかりやって、病気やケガの動物を出さないことが何より求められるのが私たちの仕事なんです。だから運動場にケガをするようなものを置いてはいけないし、病気にさせてしまうような飼育管理をしてはいけない。そうした視点から日々の仕事を考えていくことになるので、鳥であれば止まり木の質の改善や運動場の整備、予防接種にはことのほか注意を払います。予防接種についていえば、イヌ科のオオカミやキツネなどには犬のワクチン、ネコ科のトラやライオンには猫と同じワクチンを使います。でないと、いつなんどき園外から犬や猫が迷い込んでパルボウイルスや猫白血病ウイルス、カリシウイルスを持ち込まないとも限りませんので」(福井先生)

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ユキヒョウの「ゴルビー」、真下から見ることができます

あんな大きな身体のライオンやトラやオオカミですが、ワクチンの量については犬や猫と同じ量で効果があるのだとか。免疫誘導というのは少量のワクチンでも十分起こるのだそうです。

-->>動物たちは何を食べているのでしょう?



肉食動物には生肉と生き餌

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岩場にたたずむホッキョクグマの「イワン」

「予防」におけるもうひとつ重要なファクターはやはり食餌。先生によれば、動物種によってはその種の動物の飼養研究から生まれたバランス食品を使うこともありますが、基本的にはたくさんの異なる食事を与えることで栄養バランスが崩れるのを未然に防いでいくそうです。

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北海道でも夏は暑ーい! ウンザリじゃー

「動物に合った主食を決めて、それ以外にもいろいろなサプリメントや副食のようなものを与えていきます。肉食動物については馬肉とか、鶏を丸ごと与えています。これをベースにして、豚の骨とか、魚を好むホッキョクグマには魚もあげます。馬肉は人間の食用として生産されたものを輸入して使っていますが、これは入手しやすいため日本の動物園も世界の動物園もおおむね共通ですね。また、繁殖期や健康の改善が必要なときには、生きた鶏とかウサギを与えることもあります。動物福祉上の配慮が必要ですが、それは肉食動物の生理を考えれば自然なことなんですね」(福井先生)

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プールで水遊びをしようか、どうしようか…

しかしながら食用肉ばかりでは、肉食動物が通常食べるはずの草食動物の腸内にある消化途中の植物・穀物に含まれるビタミンやミネラルは摂取できないため、それらをサプリメントとして加えているそうです。中でもヒグマやホッキョクグマは植物質も好んで食べるため、果物や野菜をそのままあげることもあるとか。なかなか勉強になりますね~!
「希少動物は絶滅したら二度と復元することができないし、補充がきかないですから、食べ物にはことのほか気を配って、ふだんから健康の維持管理と病気の予防を行っています」(福井先生)

センチメンタリズムを超越した使命

こうした獣医さんたちの役割を支えるのが、動物たちと日常的に接する飼育係の人たち。かれらの観察による動物たちの健康状態は、毎日福井先生のもとへ届けられてきます。
「正常であれば便の異常はない、食欲はあったという報告が健康日誌として来ますから、それをカルテにして残していきます。万一、異常があった場合には----異常に気づくのはたいてい朝、動物を運動場に出すときなんですけれども、たくさん餌を残しているとか、足をひきずっているとか、なんかだるそうだとかという情報がその場で無線で送られてくる。そうすると私たちは現場に駆けつけてその動物をチェックすることになります」(福井先生)

アムールヒョウの「ビック」
こちらはユキヒョウ、違う種類

その場で緊急事態ということになれば、すぐしかるべき処置をとることになるし、人手や専用の医療機械が必要であれば態勢を立て直して、午後あるいは翌日ということで予定を組んでいくそうです。口で言うのは簡単ですが、中にはトラやクマやゾウなどの大型の動物もいるわけですから、かなり大変な仕事ですよね。

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クロヒョウ「パック」、カンロク十分!

「ゾウが倒れてしまったということもあるし、最近ではオラウータンの3歳の子どもが手を骨折したというのもありました。オランウータンというのは、世界にももう数万頭しかいない希少種ですから、やはり命の重みが違う。どの動物の命も重さは同じと言うけれど、キレイ事だけでは目的を達せられないこともある。そこが動物園の獣医師と町の動物病院の先生との大きな違いです。今にも死にそうなウサギやモルモットを後回しにしても、優先させなければならない希少種の診療というのがあるわけです」(福井先生)

なるほど、それはよくわかります。700頭もの命を預かる獣医さんには、博愛主義やセンチメンタリズムを超越した特殊な「使命」があるということですね。

キリンの麻酔のプロトコロルで学会発表

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オランウータンはお休み中、失礼しました~

それにしてもオランウータンの手術というのは、考えただけでも大変そう。
「野生動物はすべてそうですけど、犬や猫みたいにじっとして注射を打たせてくれません。なので麻酔銃や吹き矢といった飛び道具を使って麻酔をかけ、移動させた後にガス麻酔、あるいは現場で注射麻酔で維持ということになります。手術は通常一人で行うことが多いですが、獣医師が4人いますから、大がかりなものは4人総出で行うこともあります。もちろんリスクはゼロではないですけれども、指をくわえて見ていることはできませんから、精一杯やるしかありません」(福井先生)

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アミメキリンの「マリモ」ちゃん
なかでも麻酔をかけるのが難しいのは、キリンなのだとか…。
「キリンの麻酔というのは非常に難しいですね。国内でも10例あるかどうかだと思いますが、それぐらい思い切りの要ることなんです。なぜかというと首が異常に長い、だから倒れたときに骨が折れたりという事故が起こりやすい。さらに胃が4つある反芻動物なので、麻酔をかけて寝させてしまうと食道と胃の筋肉が弛緩して、内容物が逆流してくるんです。逆流が起きると、当然その内容物で窒息してしまいますよね」(福井先生)

キリンは足の蹄が伸びすぎると歩けなくなるそうで、削蹄が必要になることがあるとか。先生はなんとかキリンの麻酔に成功して蹄を切り、それを学会で発表されました。こうして公開された情報は、キリンの麻酔のプロトコロル、オランウータンの麻酔のプロトコロルという形で蓄積され、世界中の動物園の獣医師たちの間で共有されていくことになるわけですね。福井先生自身も、野生動物の医学書の翻訳や執筆にかかわられたりして、最新情報の仕入れだけではなく「発信」にも力を注がれているとのことでした。

福井先生はこんな話もされました。
「本来野生で生活していれば、原野を駆け回って蹄はそんなに長く伸びることはないわけですから、これは動物園という飼育環境の中で育ったことによる結果ですよね。ですからその意味でも、かれらに負担にならないような予防策や環境づくり、そしてそうなりつつあるときには早期発見・早期治療が欠かせないわけです。それが私たちの使命だと思っています」(福井先生)

失われていく種を維持する

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ミナミシロサイの「ノシオ」、のっしのっしと歩く

動物園の獣医さんにとって、健康管理とともに重要なのが繁殖計画だと思いますが、これについて福井先生は…
「多くの人が誤解されていると思うのですが、いま動物園にいる動物たちの大半は動物園の中で生まれ育った個体なんです。キリンにしてもサイにしてもカバにしてもみんな動物園生まれ。ですからアフリカの現地で捕獲して、無理矢理日本に連れてきて飼育しているということではない。よく野生動物たちのストレスのことを指摘される人がいますが、動物園生まれの動物が野生での生活に戻りたいと恋しがるわけはなく、私たちはかれらにストレスがかからないように十分配慮して飼育環境を整備しているわけです。

そしてこれと同時に重要なのが動物園における野生動物たちの繁殖です。今は動物園で飼育管理された動物を、野生でその種が絶滅したときに動物園から再導入するという計画が世界各国で行われています。日本でも国のプロジェクトとして人の手によって飼育されたコウノトリを自然に戻すという事業がすでに始まっていますね。これは08年にはトキでも始まる予定ですし、動物園で繁殖したツシマヤマネコを野生に戻す計画もあります。こうしたことが可能になるのも、動物園の繁殖技術があってこその話ですね」(福井先生)

こうした計画繁殖がうまくいくよう、獣医さんや飼育係の人たちは、毎日の食事メニューを変えたり量を変えたり、人から隠れられるようなスペースをつくってプライバシーを確保したりと、いろいろな工夫をされているそうです。

ゴマフアザラシの水中遊泳
人気の円柱水槽(マリンウェイ)

また、環境省のプロジェクトとして、希少動物の細胞・遺伝子を残していこうという計画が進められており、旭山動物園で死んでしまった国内の絶滅危惧野生動物の細胞は必ず国立環境研究所によって保存され、旭山動物園でもその他の野生動物に関して、配偶子・細胞・遺伝子などを独自に保存されているとのこと。これらの細胞・遺伝子は、将来的に種の復元を行ったり、これから起こると思われる環境変化からその種がどれだけ影響を受けるかということを細胞レベルで調べるという研究等への活用が可能となるわけですね。こうした細胞・遺伝子を液体窒素で冷凍保存しているタンクを「冷凍動物園」というのだとか。冷凍動物園なんて、なかなかおもしろいネーミング!

-->>さらにお話は続きます!



旭川には旭川の気候風土に合った動物を

こんな近い場所にイワトビペンギン
水中トンネルから見るペンギン

さらに加えて、冬の寒さがきびしい旭川という土地にあって、動物たちの環境整備には、いろいろな配慮がなされています。暖かい地域で生まれた動物の飼育施設には完全暖房が設置されていますし、いかに北海道が涼しいといってもペンギンにとって夏の暑さは耐えがたいものがあるわけですから、ペンギン舎の中は常時エアコンで温度管理がされているそうです。

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頭の白いリボンが特徴のジェンツーペンギンの軍団

「北海道の動物園ですから、本州とは違って完全冷房施設じゃなく、屋外に出れるような環境になっていてもなんとか維持できていけます。冬なんかは雪が積もったところをペンギンたちが自由に散歩していますよ。
旭山動物園には地元の野生動物や寒冷地の動物をできるだけ自然な状態で飼育していくという方針があるので、むやみやたらと希少な珍獣を集めるということはやっていません。だからパンダもコアラもいない。今後は地域に生息している野生動物をいかに見せ保全していくか、そして市民にかれらへの親しみを持ってもらい、守ってもらえるか、を追求するのが動物園のあるべき姿だと思いますね」(福井先生)

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離陸寸前のキングペンギン、夏場は被毛が白い?

身近にいる自然や動物を守らずして、地球の裏側の動物を無理矢理連れてきて守るというのは突拍子もない考えだと福井先生は言います。そう言われて見れば、旭山動物園にいる動物たちはみんなどこかイキイキしている。無理な環境に置かれていないということと、ストレスにならないような展示方法がそれを可能にしているということでしょう。 このほかにも福井先生は、一般市民や小学生、幼稚園児を対象に生態系の保全や野生動物の保護といったことを伝えていくための環境教育にも力を入れておられ、定期的に園内でお話会を開催したり市民セミナーで講演をしておられるとか。
学校教育では、子どもたちを自然の中に連れ出してそれを守ることの大切さを教えるという機会がなくなりつつある今、動物園の獣医さんがその役割を担うしかないということですね。

野生動物を自分の部屋で飼育できると思うのは間違い

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ライオン一家の主、お父さんの「ライラ」はやはり昼寝中

  もうひとつ忘れてはならないのが公衆衛生の問題です。
「野生動物というのは、いろんな未知の感染症を持っている可能性があります。いま地球規模で高病原性鳥インフルエンザやBSE、エキノコックスやSARSといった野生動物から人に感染する可能性のある病気が出てきました。そうした危険から入園者やスタッフたちを守るということにも私たちは深く関わっていて、思わぬ事態が起こらないよう常に糞便検査や血液検査を行って観察を続けています」(福井先生)

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「ライラ」との間に4頭の息子をもうけたお母さん

最近エキゾチックアニマルを好んで飼う人が増えていますが、飼育されている野生動物や野外の野生動物の健康ついて、先生はきびしい見方をされているそうです。

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アビシニアコロブスという珍しいサル、葉っぱを食べる

  「エキゾチックアニマルを一般の人が飼うことには、私はハッキリと反対です。珍しい動物を見たければ動物園や博物館などの公的な施設があるわけですからそこに行けばいいし、野生の状態にいるかれらを見たければ現地に行けばいい。個人の趣味や快楽のためにむやみに希少な動物を輸入して飼う----その中にはおそらく乱獲されたり、密漁や乱獲された動物も含まれるでしょう。それは許されることではありません。ジャングルの奥地にいた動物をマンションの一室で飼えるわけがない。絶対にやってはいけないことだと思います。開業の獣医師も、エキゾチックペットのオーナーを教育・指導していく社会的な責任がありますし、日本はもっと輸入規制をきびしくして、個人の飼育を規制していくべきですね」(福井先生)

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 獣医さんらしくないスタイル?
この考えにはわたし自身も賛成。耳の痛い話かもしれませんが、野生動物に関するプロ中のプロである動物園の獣医さんの言われることですから、心して聞く必要があると思いました。

家に帰っても、何かあればすぐに飛んできて対処しなければならない動物園の獣医さん。自分の時間がなくなってしまうのではと心配になってしまいますが…
「正直、毎日仕事をやることが楽しいと思って生きている人間なので、休みのときもいつも仕事のことを考えています。自分がいないと動物が救えないなとか…(笑)。その意味ではこれは自分のライフワークのひとつなので、別に苦にはならないですね」(福井先生)

みずからを24時間獣医という福井先生は、かつて自分が大自然やそこに住む野生動物と出会って覚えた感動を、次の世代の子どもたちに伝えていけるような立場になりたいとこの仕事を選ばれたとか。旭山動物園で見た動物たちのイキイキした様子を支えているのは、こうした先生たちの志の高さなんだと実感しました。

旭山動物園公式サイト
 http://www5.city.asahikawa.hokkaido.jp/asahiyamazoo/
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※ペットは、種類や体格(体重、サイズ、成長)などにより個体差があります。記事内容は全ての個体へ一様に当てはまるわけではありません。