「0系新幹線」
青とクリームというオリジナル塗装に戻って最後の活躍をする0系新幹線電車。岡山で出発を待っているところ。

夢の超特急と呼ばれた車両

0系ホームに
0系がホームに横付けになると全盛期を彷彿とさせる。
0系(ぜろけい)新幹線電車と聞いても、ぴんとこない人がいるだろう。しかし、新幹線の初代車両と言って写真を見せれば、懐かしいと思う人は、年代の上の人を中心に多いと思われる。

東海道新幹線、東京~新大阪間が開業したのは、1964(昭和39)年10月1日。東京オリンピック開会式の10日前で、世紀のイベントに間に合わせてのことだった。世界で初めて時速200キロの高速列車が定期営業運行を開始。「夢の超特急」と呼ばれたが、その主役こそが0系新幹線電車だ。今見れば、だんご鼻のユーモラスなスタイルだが、当時は流線型電車として憧れの的だった。「ひかり」「こだま」として大活躍し、日本の高度成長のシンボル的存在でもあった。私も、受験での上京、学生時代の帰省、万博見物などなど頻繁にお世話になった車両である。

0系と100系の並び
0系と弟分100系が並んだ。
開業から20年、0系新幹線車両は新幹線の飛躍と共に増え続けた。車両にマイナーチェンジはあったものの、先頭部のスタイルは変わることがなかった。ようやく1985年になって後継の100系が登場したにもかかわらず、しばらくは0系も製造された。それだけ信頼されていた優秀な車両だったのだろう。


〇系のポスター
沿線ではSLやまぐち号とならんで0系引退のポスターが貼られていた。
JRになってから、新幹線電車も300系、500系、700系、そしてN700系と急ピッチで世代交代が進んだ。いつしか0系は東海道新幹線から姿を消し、余生を山陽新幹線の各駅停車「こだま」として過ごすこととなった。4両や6両といった短い編成で走る姿は、どこか寂しげだった。塗装も変えられ、往年のイメージは消えつつあった。そして、ついに2008年11月末をもって0系新幹線は引退することとなった。勇退のはなむけに塗装はデビュー当時の青とクリームのツートンカラーに戻され、今最後の活躍を続けている。

次のページでは、いよいよ0系新幹線に乗り込む。