◆オットー・リリエンタール(1848~1896)
美しく優雅に風を切る姿に魅せられた少年は
生涯、コウノトリそのものになって飛ぶことを夢見た

ジョージ・ケイリーのグライダーが人を乗せて空を舞った頃、北ドイツの村では、一人の少年がコウノトリの姿に魅了されていました。

音もなく、滑るように空をわたっていくコウノトリ。その姿を真似て少年は長さ2メートルほどの翼を両腕にしばりつけ、空に向かって羽ばたいてみる。これが少年──オットー・リリエンタールの、航空との関わりの第一歩でした。

ベルリンで機械工学を学んだリリエンタールは、鳥の翼の構造や空気力学を研究し、さらに回転アームなどの実験装置をつくって空中を高速移動する際に翼面に発生する揚力や迎え角の関係を詳しく調べました。それらの研究成果は1889年に『航空の基礎としての鳥の飛翔』と題して出版されています。そして翌年からは複葉式、折り畳み式などの各種グライダーを製作、1896年に墜落死するまでの6年間に計2,000回にもおよぶ飛行実験を重ね、航空界の発展に貢献する貴重なデータを数多く残しました。

リリエンタールが自らの身体を投げ出して繰り返したグライダー実験は、あくまで動力飛行に移行する前提としてのものだったと言われています。だとしたら、よく議論されるように、不運な事故死がなければ彼はライト兄弟より早く動力飛行機の開発に成功していたのでしょうか? ──いいえ、私はそうは思いません。彼は最後まで、かつて レオナルド・ダ・ビンチが考えたような「羽ばたき飛行」の“幻想”も決して捨て去ることはしませんでした。「空気特性を完璧な方法で利用している鳥の飛行から遠ざかることは飛行機を諦めることに等しい」と公言し、動力飛行機の理想形と信じる羽ばたき機を追求し続けました。

上空を優雅にわたるコウノトリに魅せられた少年は生涯、コウノトリそのものになって空を飛ぶことを夢見たのです。