新そばの出回る時期が近づいてきました。そばの好きな方には、たまらないシーズンの到来です。

おすすめの信州そばシリーズ、第一回の「幻の富倉そば」から大分時間が過ぎてしまいましたが、第二回目をお届けします。
今回は、信州そばのルーツと言われている「行者そば」についてです。

駒ヶ岳への道 行者そばは、奈良時代のはじめ修験道の開祖と言われる「役小角(えんのこずね)」が、木曽駒ヶ岳で修行の折り、木曽駒ヶ岳の登山道の一つ黒川林道の途中にある部落「内の萱」の里人に篤いもてなしを受けたお礼に渡したそばの種が、守り伝えられて今日に至っているという由緒あるそばなのです。

行者は、常備食としてそばを持ち歩いていました。行者の修行の中には五穀を食べない五穀断ちがあるのです、がそばは五穀に入らないのです。またそばの粉は、火を使わなくても食べられる(木食:モクジキ)ので、行者の常備食としては最適であったというわけです。

行者そばは、その由来もさることながら、そばつゆに、焼き味噌を溶いて入れた辛つゆに辛子大根おろしと葱を薬味に添えて、食べる事でも知られています。二代将軍徳川秀忠の妾腹の子で、江戸時代高遠藩の初代城主であった保科正之公は、この辛つゆに辛子大根を添えて食べる行者そばが大好きで、高遠で辛子大根畑を領地に作らせたほどだそうです。会津藩に転封の折りにも、そば職人と辛子大根を連れて行き、今でも会津では、大根おろしの絞り汁で味わう「高遠そば」が食べられます。

梅庵店頭風景 行者そばは、今でも、標高960mの山懐にある信州伊那市荒川区内の萱で食べられます。店は、そば通には良く知られた著名なそばや「梅庵」です。

この夏お盆で駒ヶ根市に帰省の折行って来ました。場所は、求めて分け入るそば処(温泉ならさしずめ秘湯)といった所で、入店したのは、午後の三時を少々まわっていたのですが、事前に電話で、食べられるか問い合わせて行ったので、幸いにも行者そばにありつけました。営業時間は午後四時までなのですが、売れ切れ終いという店の方針なので、遠路を追い返されずほっとしました。店は三間続きの和室で外の眺めがいいのですが、虻がぶんぶん舞っているのに閉口しました。

【信州のそば2】

・制作:01/08/30・更新:02/04/22・04/06/21

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