タカトオコヒガンザクラ
信州随一!
全国でも広く知られている天下の名桜「高遠のさくら」!

今年の長野気象台の桜前線の発表(3月20日)によれば、
今年のタカトオコヒガンザクラ
 開花は平年より6日早い4月7日(昨年は4月13日)
 見頃は、4月12日頃
と、予想されています。

未だ行かれたことのない方は、是非見て頂きたい桜です。
また、何度も行ったこともある方でも、行くたびに何かしらの発見と感動があるに違いありません。

天下の名桜と呼ばれているこの素晴らしい高遠の桜をどう楽しむか、桜の由来や、観桜のポイントなどを紹介しましょう。

高遠小彼岸桜(タカトオコヒガンザクラ)について

枝一杯に薄ピンクの花を咲かているタカトオコヒガンザクラ
4月の花の盛りの城趾では、赤みの濃いピンクのエドヒガンザクラの小花が一斉に咲き、それは見事な光景が見られます。この桜はぱっと咲いてぱっと散る、花の期間の短い桜なのです。

「タカトオコヒガンザクラ」は、大きく見れば、マメザクラまたはキンキマメザクラと、エドヒガンの交配種の一系なのですが、平成2年4月20日に高遠で行われた「国際さくらシンポジウム」で、桜研究会の林弥栄会長により、コヒガンザクラとしては新種で、高遠固有の種類であるとして命名された貴重な桜なのです。

さくらの名所100選・県の天然記念物に指定

この桜は、明治の廃藩置県で、高遠城(注記)が取り壊された後の明治8年(1876)、城趾を公園として整備する際に、河南の小原地籍、桜馬場にあった桜を植樹したのが最初です。その後の補植は同一種類のものに限られ、今では、樹齢約130年の古木20本、50年以上のもの500本、30年以上のもの300本、若木を入れて約1500本の桜の木あり、城趾を埋め尽くしています。

高遠城趾の桜は、日本さくらの会選定の「さくらの名所100選」の一つに選ばれた桜の名所で、タカトオコヒガンザクラは、長野県の天然記念物に指定(昭和35年2月)されている桜の名木なのです。

旧高遠町について:この度の平成合併で、平成18年(2006)3月31日付けで隣の長谷村と共に伊那市に編入させ新伊那市高遠として発足しました。

高遠城について

諏訪氏一門の高遠頼継が居城としていたが 天文14年(1545)に甲斐の武田信玄軍が杖突峠を越えて高遠城を取り囲んだ際、勝ち目が無いことを悟り自ら城を開いて降伏。
武田信玄は、高遠城を伊那地方への進出の拠点とするために、天文16年(1547)、山本勘助、秋山信友に命じて大規模の改築した城です。
県歌『信濃の国』に出てくる信玄の五男「仁科五郎信盛」は、織田軍に攻められた時の主将で、壮絶な討ち死にをした事で知られています。
江戸時代には、保科家→鳥居家→内藤家が治めたところです。保科正之は、徳川秀忠の息子で名君として誉れ高い方でしたが、会津藩に転封しました。
内藤家の江戸屋敷は、現在「新宿御苑」として知られ都民の憩いの場となっています。


・平成19年版:07/03/31