ライムジューサーのいわれ

 
ビーフィータージン

ビーフィータージン

ジンの歴史シリーズ、5回目。前回の4『英国18世紀ジン・クレイズ時代』では、悪酒がはびこった暗部を切り取った。そのなかで富裕層やイギリス海軍、商船の乗組員たちが飲むジンの品質は高かったと述べた。
今回からは、ジン暗黒時代から気分を一新して、ちょっと爽やかな風味の話をしたい。17世紀からのイギリスの船乗りたちの飲酒事情について触れてみる。『ジン・栄光の歴史3』ではイギリス東インド会社での「ジントニック」の原型誕生について語った。重商主義、帝国主義のはじまりによってジンは海軍や東インド会社の船に積み込まれて植民地へと旅したのだが、海軍では階級によって艦船内で支給されるスピリッツが違っていたのである。
イギリス海軍の酒はジンとラムである。ただし、ジンは将校にならないと飲めなかった。艦隊勤務でジンを飲めるということは出世の証、優越感があった。その他の水兵たちはラムのみである。
とはいえ、どちらもライムジュースを入れて飲むことが多かった。そのため、彼らは“ライムジューサー”あるいは“ライミー”と呼ばれた。では、なぜライムジューサーになったのか。
世界の海に乗り出して他国と覇権を競うようになると、長い航海でのビタミンC欠乏が原因となる壊血病が深刻化する。野菜を取り入れたバランスの良い食事も当時の航海では望めない。帆船の時代である。いまよりも航海の時間ははるかに長い。補給地までの航海は、食事面でも大変な苦労があった。ビタミン不足に陥るのは、当たり前といえる状況である。
 

ジン・ライムのはじまり

ビタミンCといった栄養成分が解明(1920年発見)されていない1614年、東インド会社の医務長官ジョン・ウッドールが壊血病対策としてレモン、ライム、オレンジといった柑橘類をすすめている。彼が柑橘類に着目した理由はわからない。医者としての直感か。なんとなく身体に優しい、ということだったのか。食事にそれらが加えられると症状は緩和されていった。
さらには柑橘類が壊血病対策に効果を上げていることから、1747年に海軍軍医、ジェームズ・リンドが世界ではじめて臨床試験をおこない、その効果を立証したのだった。
こここからイギリス海軍は配給される水で薄めたラム(グロッグ)に、ライムジュースを絞り入れて飲むようになった。将校たちは「ジン・ライム」を飲みはじめたのである。カクテル「ジン・ライム」は艦船のなかから生まれたのである。
海軍省が正式に柑橘類の供給を通達したのは1795年ではあるが、それ以前からライムは重宝されていたのである。ここで、なんでレモンじゃないの、との疑問が湧く。よく語られているのは、イギリス統治の植民地は、レモンよりもライムが豊富に実る地が多かったからだ、というもの。とくにカリブ海の島々ではライムが豊富だったようだ。
とはいえ、ジンはキレ味のあるロンドンドライジンではなかった。加糖されたトム・ジンである。甘みのあるトム・ジンとライムの青っぽい爽やかな酸味がミックスされれば、すっきりとした味わいとなり、厳しい海上生活に涼風がそよぐような感覚に満たされのではなかろうか。いま「ジン・ライム」を飲むなら、ロンドンドライジン「ビーフィータージン」(750ml・47%・¥1,290税別希望小売価格)がいい。
さて、やがて「ジン・ライム」はシェークされてカクテルグラスに注がれ、「ギムレット」というカクテルへと洗練されていく。(『ジン・栄光の歴史6/ジン・ビターズは船酔い対策』
 

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