亀山早苗の恋愛コラム

子育ても介護も押し付けられ「離婚」がちらつく48歳の憂鬱

夫婦は協力して家庭を運営していかなければならない。役割分担をするにしても、互いの合意が必要なのだ。だが、現実は“家族”に関することは女性に比重がかかりがちだ。

亀山 早苗

執筆者:亀山 早苗

恋愛ガイド

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子育て、介護……夫に“裏切られた”感を強める妻

疲れた妻

夫婦は協力して家庭を運営していかなければならない。役割分担をするにしても、互いの合意が必要なのだ。だが、現実は“家族”に関することは女性に比重がかかりがちだ。

 

 

突然、親の介護が降りかかってきた

元気だった夫の父親が突然、脳梗塞で倒れたのは1年半前だとトシコさん(48歳)は言う。その看護に疲れて義母も入院。

「夫は兄とふたりきょうだい。その義兄一家は北海道で長いこと生活しているので帰ってくることはない。そうなると私たちがめんどうみるほかありませんでした」

トシコさん夫婦は同い年。結婚したのは35歳だった。ひとり息子を授かったのは38歳のとき。義父母が倒れたとき、息子はまだ8歳だった。

「この息子が若干、情緒不安定なところがあって手がかかる。私はパート仕事をしながら息子を病院に連れていったりしていたんですが、そこへ義父母の介護が舞い込んで、非常に忙しくなりました」

夫は「悪いなあ」とは言ったものの、トシコさんの負担が軽減されるような手段はとろうとしなかった。

「義父母は自営業だったので年金も少ない、夫も5年前に会社が倒産、2年たってやっと再就職したばかり。つまりお金もないから人手を頼むこともできなくて。義父はしばらく入院してからリハビリ病院に転院、義母は退院したものの『おとうさんのめんどうはみたくない』と家に籠もるようになってしまって」

行政に助けを求めてトシコさんは走り回った。

 

 

「離婚」が頭の隅にちらつく日々

そんな生活が1年近く経ったころ、トシコさんが倒れてしまう。5日ほど入院しただけですんだが、その間、考えたのは「そういえば子育てしていたころもこうだった」ということ。

ひとり息子は超未熟児だった。ようやく退院してからも、さまざまな病気をしたのだが、夫が頼りになったことは皆無だったと彼女は言う。

「夜中に子どもの具合が悪くなっても、夫は酔って帰宅して爆睡、まったく起きてくれなかった。ひとりで子どもを抱えてタクシーで病院に担ぎ込んだことが何度もありました。元気になった子どもと遊ぶことはあっても、困ったときには頼りにならない。私が高熱を出して寝込んだときも、夫は自分だけ外で食事をしてきた。私は必死で起きて子どもに食べさせ、自分は何も食べずに寝ていました。すごく冷たいわけじゃないんです、自分がこの場でどうしたらいいのか判断がつかない。介護の件だって、私の親じゃない、夫の親。それなのに何もかも私に押しつけている。そう思ったら、何もかもイヤになってきてしまったんです」

経済力さえあればすぐにでも離婚したかった。だが体が弱かった息子のために、トシコさんは出産を機に退職していた。退職しなければ子どものめんどうはみられなかったのだ。

トシコさんは退院後、夫に「あなたの親なんだから、もうちょっとあなたが積極的に関わって」と夫に告げた。夫は反論はしなかったが、それ以降も自ら動こうとはしない。

「お義母さんがすっかり気弱になって、放っておくとろくに食べないんです。お義母さんはお義父さんに頼りまくって生きてきた人だから、病気になったお義父さんを受け入れられないみたい。そういうことも息子である夫から話してほしいんだけど、夫は逃げてばかりなんです」

トシコさんの頭の中に、「離婚」という文字がちらちらと浮かぶ。今すぐ逃げるわけにはいかないが、子育ても自分の親の介護にもきちんと向き合おうとしない夫と、老後を一緒に過ごすことができるのか。そう考えると真っ暗な気分になるそうだ。

「私は夫とその両親に人生を捧げたくて結婚したわけじゃないんですけどね」

トシコさんは力なく、そうつぶやいた。
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