贅沢なハイボール・タイムに浸る

 
響JHハイボール

響JHハイボール


ウイスキーを愛飲しているが、その時々によって選ぶボトルや味わい方はさまざまだ。爽快感を求めるハイボールにしても、その時の心身の状態によって求める味わいはことなってくる。
ナショナル・ドリンクの角ハイボールを満喫しながらも、わたしはこころ持ち次第でラフロイグやティーチャーズ、あるいはバーボンといったようにいろいろなウイスキー&ソーダ、ハイボールを味わう。もちろん、読者の方々もさまざまに楽しんでいらっしゃるはずだ。
こころ穏やかにして、じっくりゆったりとハイボールを味わいたいとき、わたしは「響JAPANESE HARMONY」(700ml・43%・¥5,000税別希望小売価格/以下「響JH」)を選ぶ。ソーダ水で割ることで渇きを癒す、というよりも、爽やかな透明感だけではない「響JH」ならではの豊かなフレーバーが解き放たれる感覚に浸り、寛ぐのである。他のブランドにはない贅沢なハイボール時間になる。(*響JHの詳細は『ブレンデッドウイスキーの魅力・私感1』を参照のこと)
響ブランドは世界が認めるジャパニーズプレミアムブレンデッドだが、そんなことよりも日本人が愛する淡麗甘美な香味であり、こころの壷を優しく潤し、しっとりと包み込んでくれる。ストレート、ロック、水割り、そしてハイボール。それぞれのスタイルに、麗しい表情を見せてくれるのが「響JH」である。

さてさて、ウイスキー&ソーダという味わい方がしっかりと定着しているが、このハイボールという飲み方はいつ頃はじまって、どんな歩みをしてきたのだろうか。今回からしばらくは酒とソーダ水割の世界を語ってみることにする。
 

酒とソーダ水のミックスのはじまり


まず酒と炭酸水の関係のはじまりは「ジン・トニック」ではなかろうか。
炭酸水にキニーネをはじめ香草、果皮、糖分などを配合したトニックウォーターが開発されたのは1771年頃のことになるが、その前から「ジン・トニック」はマラリア対策として飲まれていたようだ。このことは連載エッセイ・オンドリのしっぽ第81回『熱帯病対策カクテル』で語っているので、詳しくはそちらをご一読いただきたい。
人工的に炭酸水がつくりはじめられたのは1760年代のヨーロッパであり、酒とのミックスで最初に大衆化したのが白ワインのソーダ水割り「スプリッツァー」であろう。1830年代か40年代あたりからヨーロッパではとても人気の高いカクテルになったらしい。
現在でも辛口白ワインをソーダ水で割る「スプリッツァー」はよく飲まれている。わたしがヤングだった頃は、ワインを薄めるなんて、となんだかケチ臭い飲み方のように思われていたが、イギリスの故ダイアナ妃がチャールズ皇太子との婚約時のインタービューで、お酒は飲むの?何が好き?と聞かれ、「スプリッツァーをよく飲む」と答えて、1980年代に突如として世界的なブームとなったことがある。とくにアメリカでは大人気となった。
そして19世紀後半までイングランドの上流階級で愛されたのが「ブランデー・ソーダ」。あのウィンストン・チャーチル元英首相のウイスキーに関しての言のひとつを紹介しよう。
「わたしの父はヒースの茂る荒野や寒々しい場所で狩りをする時以外は、決してウイスキーを飲まなかった。彼はブランデー・ソーダの時代に生きていたのだ」
彼の父親は蔵相を務めたランドルフ・チャーチル(1849−1895)。まだウイスキー&ソーダの時代は到来していなかったようだ。
では次回。ハイボールという言葉はいつ頃生まれたか、触れてみようと思う。(ウイスキーハイボールの歴史2へ)
 

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