2018年もあとひと月。くる年に思いを馳せる前に、年の瀬に開幕する待望の再演作、期待の新作もチェックしましょう。インタビューや観劇レポートも随時更新してゆきますので、お見逃しなく!
 
(筆者Marino Matsushimaをツイッターでフォローしていただけますと、記事更新時にお知らせします。)
 
*12月の注目!ミュージカル
『レベッカ』←大塚千弘さんインタビュー&観劇レポートUP!
『オン・ユア・フィート!』←久野綾希子さんインタビュー&上田一豪さん&小澤時史さんインタビューUP!(2頁)&観劇レポートUP!(3頁
『道』←観劇レポートUP!(4頁
『サムシング・ロッテン!』←観劇レポートUP!(5頁
『High Fidelity』←飯野めぐみさん&大音智海さんインタビュー&観劇レポートUP!(6頁
『アメリカン・ラプソディー』←土居裕子さん&佐藤允彦さんインタビューUP!(7頁)                                      
 
*別途特集(予定)のミュージカル
『ノートルダムの鐘』←佐久間仁さん・清水大星さん・光田健一さんインタビューUP!
『スリル・ミー』←成河さんインタビューUP!
『ラブ・ネバー・ダイ』←製作発表レポート&鳳蘭さん・咲妃みゆさん・小野田龍之介さん・濱田めぐみさん・石丸幹二さんインタビューUP!
『パリのアメリカ人』←製作発表レポート稽古場見学&演出・振付クリストファー・ウィールドンさんインタビューUP!
『レ・ミゼラブル』←佐藤隆紀さんインタビューUP!
『ロミオ&ジュリエット』←インタビュー掲載予定
 

濃密な愛のミステリーが待望の再演『レベッカ』

プレビュー公演12月1~4日=シアター1010、12月8~9日=刈谷市総合文化センターアイリス大ホール、12月15~16日=久留米市シティプラザ ザ・グランドホール 12月20~28日=シアタードラマシティ、2019年1月5日~2月5日=シアタークリエ
 
『レベッカ』の見どころ
『レベッカ』

『レベッカ』2010年帝劇公演より。写真提供:東宝演劇部

2008年にシアタークリエのオープニングシリーズで上演、連日満員御礼となった大ヒット作が2010年の帝国劇場での再演を経て、8年ぶりに再登場。シアタークリエ10周年シリーズの最後を飾ります。
 
ヒッチコックの映画版でも知られる英国のミステリー小説を、『エリザベート』『マリー・アントワネット』のクンツェ&リーヴァイがミュージカル化、06年にウィーンで世界初演。英国貴族マキシムに見初められて結婚した“わたし”は、彼がコーンウォールに持つ領地マンダレイに移り住むものの、その邸宅は亡くなった彼の先妻レベッカの面影に満ち満ちていた。自分の存在意義を感じられず、自信を失う“わたし”だったが……。
 
ミステリーとしてのスリルはもちろん、ロマンティックな男女の愛、女性の成長物語という要素も盛り込み、リーヴァイのドラマティックな旋律で紡がれるミュージカル。今回の日本公演では、マキシム役の山口祐一郎さんはじめ約半数のメインキャストが初演と同一という、奇跡のようなキャスティングが実現。山田和也さん演出のもと、いっそうの深化と進化が期待される舞台です。
 

『レベッカ』観劇レポート:ドラマティックにして繊細、深い余韻が残る極上のミステリー

『レベッカ』写真提供:東宝演劇部

『レベッカ』写真提供:東宝演劇部

波音の中に響く女性の歌声。舞台上でフリーズしていた人々の群れが一人、また一人と動き始め、中央に現れた“わたし”が数十年前に焼け落ちた屋敷、マンダレイを思いながら歌う。“あの日、私は21歳……”。
 
遠い目をした彼女が帽子をとると、そこはたちまち1926年、モンテカルロの高級ホテルに。裕福なアメリカ人ミセス・ヴァン・ホッパーの付き添い役を勤めていた“わたし”は、このホテルで英国紳士マキシム・ド・ウィンターと出会い、結婚。新妻として英国南部コーンウォールの広大な領地へと向かうが、そこは前年に亡くなったマキシムの前妻、レベッカの気配に満ちていた。厳格な家政婦頭ミセス・ダンヴァースが仕切る空間に“わたし”は次第に息苦しさを覚え、追い詰められる。そんな折、レベッカの死因に一つの疑惑が持ち上がり……。
『レベッカ』写真提供:東宝演劇部

『レベッカ』写真提供:東宝演劇部

一人の女性の死の謎を巡るサスペンス劇であると同時に、孤独な男女の心の機微が、シルベスター・リーヴァイの流麗にしてドラマティックな音楽にのせて描かれてゆく本作。場面数・情報量(台詞、歌詞)ともにかなりボリューミーではあるものの、山田和也さんのテンポの良い演出のもと、観客は次に何が起こるかわからない展開にはらはらドキドキ。不器用なりに懸命に運命に立ち向かうヒロインを応援するうち、驚きの結末へといざなわれます。
 
上流のオーラを放つマキシム
『レベッカ』写真提供:東宝演劇部

『レベッカ』写真提供:東宝演劇部

寂しげで、どこか謎めいた紳士として登場し、次第に前妻レベッカの死について疑惑の目を向けられるマキシムを演じるのは、山口祐一郎さん。ホテルのロビーに現れただけで“わたし”はもちろん、そこにいる誰をもはっとさせる“品のある佇まい”は格別で、その後も抱擁やキスの際には(客席に対して)あからさまにではなく、後ろを向いてそっと、というのがエレガント。はじめは自分よりもだいぶ年下の“わたし”に対して庇護者のような感覚を抱いていたのが、あることがきっかけで彼女の本質に深く心を動かされ、自分もまた変わっていこうとするさまを起伏豊かに演じています。
 
そして今回“わたし”役をトリプルキャストで演じるのは大塚千弘さん、平野綾さん、桜井玲香さん。筆者は平野さん、桜井さんの回を観ましたが、平野さんは終始つつましやかなオーラで“わたし”の魅力を体現。マンダレイの管理人フランクが自信を喪失した彼女を励ますナンバーでの、“傲慢なところなどかけらもない““妻として望みうるすべて”という表現に説得力を与えています。後半、ミセス・ダンヴァースとの力関係が逆転するナンバー「それは私よ」での“だから私よ、ミセス・ド・ウィンターは私!”という、歌い方によっては嫌みに聞こえそうなフレーズも無心に歌唱。清らかな光を放ちます。
『レベッカ』写真提供:東宝演劇部

『レベッカ』写真提供:東宝演劇部

いっぽう桜井玲香さんは舞台女優としての初々しさがこの上なく“わたし”役にはまり、社交界の華だったというレベッカに対する劣等感、自分はマキシムの愛に見合わないのではないかという不安をリアルに表現。ミセス・ダンヴァースに“出ていきなさい”と迫られる2幕頭のナンバーで思わず過呼吸気味になったり、へたりこんでしまう姿も真に迫り、その後の展開とのコントラストが際立っています。
 
実力派スターたちの確かな表現
『レベッカ』写真提供:東宝演劇部

『レベッカ』写真提供:東宝演劇部

そして本作を“サスペンス劇”たらしめているのが、ミセス・ダンヴァースという存在。レベッカに幼少期から仕え、彼女の結婚に伴ってこの屋敷に移ってきたミセス・ダンヴァースは、レベッカ亡きあとも家政婦頭として屋敷を切り盛りしているが、新たな“ミセス・ド・ウィンター”の登場を許さず、ことごとく“わたし”を敵対視する。彼女と“わたし”の攻防が本作の大きな見どころとなっていますが、涼風真世さん演じるミセス・ダンヴァースは、重々しさの中でぐいぐいと相手に迫る口跡、歌声が圧倒的。“わたし”をあわや……というところまで追い詰めますが、形勢一転となって動揺する姿は思いのほか儚く、女性的。もしかしたらレベッカへの執着の中には性的な愛情も含まれていたのかもしれない、と想像させるダンヴァース像です。
『レベッカ』写真提供:東宝演劇部

『レベッカ』写真提供:東宝演劇部

対して今回が初役である保坂知寿さんのミセス・ダンヴァースは、凛とした中にスケール感と潔さが漂う人物。デスク上のレベッカの遺品への几帳面な触れ方などから、偏愛というより“レベッカに仕える者”としての矜持が行動の起点となっていることがうかがえ、いつの世にも存在する“旧世界に取り残された者”の哀しい美学を感じさせます。アウトラインは同じながら、趣の異なる二人のミセス・ダンヴァースはどちらも必見。
『レベッカ』写真提供:東宝演劇部

『レベッカ』写真提供:東宝演劇部

またレベッカの従妹で“訳あり”の男ジャック・ファヴェル役の吉野圭吾さんは後半、恐喝まがいの申し出をする場面でコミカルなナンバー「持ちつ持たれつ」を一瞬も目を離せない美しい身のこなしで歌い、緊迫感の続く本作にミュージカルならではの楽しみをもたらします。“わたし”の雇い主ヴァン・ホッパー夫人役の森公美子さんは、“わたし”に口うるさく“品”を求める割に人一倍お下品である俗物を明るくデフォルメして表現し、マンダレイの管理人フランク・クロウリー役の石川禅さんは、マキシムや“わたし”に対する視線があたたかく、控えめながら信頼に足る人物を好演。マキシムの姉夫婦役の出雲綾さん、KENTAROさんの人の好さ、“何か”を知っているらしい男ベン役・tekkanさんの、ピュアな中にどこか不穏さを秘めた歌声、警察署長ジュリアン大佐役・今拓哉さんの風格と、共演陣の確かな演技も光ります。
 
一つの結末にたどり着きながらも、寄せては返す波音のように、いつまでも余韻の残る幕切れ。花も実もあるキャストが一丸となって演じる、濃密なミュージカルです。

 

「わたし」役・大塚千弘さんインタビュー

 思い出深い初演、再演
『レベッカ』

大塚千弘 徳島県出身。00年東宝シンデレラ審査員特別賞を受賞し芸能界入り。『ショコラ』等のTVドラマ、映画に出演する一方で『シンデレラストーリー』で舞台デビュー。その後『SHIROH』『ダンス オブ ヴァンパイア』『モーツァルト!』『レベッカ』『ゾロ・ザ・ミュージカル』『屋根の上のヴァイオリン弾き』『三文オペラ』等様々な舞台で活躍。2011年、第36回菊田一夫演劇賞・演劇賞を受賞(『レベッカ』『ソロ・ザ・ミュージカル』に対して)。扮装写真撮影:桑島智輝

――大塚さんにとって『レベッカ』はどんな作品ですか?
 
「ストーリーを引っ張ってゆく“わたし”という役をいただき、でずっぱりでナンバーも多く、しかも初演再演はそれぞれ3か月と4か月というロングラン。初めてのことばかりでプレッシャーもありましたが、得られたこともたくさんあり、特別な作品です」
 
――サスペンス劇でもあるので観る側にとっては緊張の連続ですが、演じる側としてもそれが続く演目でしょうか?
 
「お客様をどこまで“だませるか”がポイントの一つなので、繊細にやっていかないと台無しになってしまう。ミュージカルというよりお芝居の感覚のある作品ですね」
 
――精神的にも体力的にも大変な作品なのですね。
 
「そうですね」
 
――初演については、どんな思い出がありますか?
 
「もうすぐ22歳という時で、ちょうど役と同じ年齢だったこともあって、登場時の、おどおどした自信のないキャラクターについてはリンクする部分がありました。でもその後、(夫の)マキシムを守ろうと強い女性になっていく姿については、当時は自分なりに頑張っていたけど、思い返すと頑張りすぎていたかもしれません。祐さん(マキシム役の山口祐一郎さん)や(ダンヴァース夫人役の)シルビア(・グラブ)さんたちにもたくさん助けていただきました」
 
――シアタークリエのこけら落としシリーズ演目ということで、新しい劇場の特別な空気感もあったのでは?
 
「多くの劇場では舞台の手前にオーケストラピットがありますが、クリエにはそれがなく、オーケストラは後方で演奏するんです。そこで俳優から指揮者が見えるようにモニターがあるのですが、当初は(映像に)ずれが生じて、舞台稽古で調整した記憶がありますね。その後たくさんミュージカルがたくさん上演される中で、不具合は全く無くなりました」
 
――初演の大好評を受けて、はやくも2年後に再演がありました。

「劇場が帝国劇場に変わって、全く別空間になりました。キャラクター自体は既に体に入っていても、クリエの時ままの演技だと遠すぎて見えないということもあるでしょうし、お客様に届ける具合が違うというのはありましたね」
 
――そして今回、待望の再再演です。
 
「8年ぶりです。これだけの時間を経て出演できる、それもまた山口さんとご一緒できる。こんなことってなかなかないですよね。すごく稀なことに感じています」
 
――それだけ初演、再演での大塚さんの“わたし”像が皆の中に残っていたのでしょうね。
 
「それはよく言われますね。クリエ・ミュージカルコレクションで山口さんとデュエットすると“一曲だけでもお二人の『レベッカ』が聴けて嬉しかった”とお手紙をいただくこともありました」
 
大きな変化を遂げるヒロイン“わたし”
『レベッカ』

『レベッカ』2010年帝劇公演より。写真提供:東宝演劇部

――“わたし”ははじめは内向的な女性ですが、マキシムに見初められて結婚、彼の亡くなった前妻を巡る愛憎劇に巻き込まれ、大きな成長を遂げてゆきます。あまたのヒロインの中でも、これだけふり幅の大きな役も珍しいような気がします。
 
「そうですね。原作では彼女の内面についてとても細やかに書かれていて、それによると、はじめ“わたし”は被害妄想気味で、自分がしゃべってることに対して相手が何を思っているのか常に気にしています。私も子供の頃、周囲のことが気になったりした経験があるので、役を一から“創る”というより、自分の経験を活かしながら役を引き寄せて演じていますね」
 
――“わたし”は身寄りがなかったことで、“ここでこの人と関係性を切られたら居場所がなくなる”という危機感を常に持っていたのでしょうか。
 
「そうですね。お金を稼ぐために仕方なくヴァン・ホッパー夫人(森公美子さん)のもとで働いていたのが、マキシムと結婚してお屋敷で暮らすことになる。自分には似つかわしくない場所にいなくてはならなくなった時に、“あのメイドみたいな子供は誰かしら”と言われているような気がしてしまう。その背景には、自分を愛してくれる両親や家族がいなかった生い立ちにあるのかもしれません」
 
――それが強い意志を持つ“わたし”に変貌してゆくのは……。
 
「それまで、自分はどうしてもレベッカにはかなわないと思っていたのが、マキシムの秘密を共有したことがきっかけで、二人の間に揺るぎない信頼関係が生まれる。自分のことを必要としてくれている人がいる、という実感の中で、自信が生まれ、“この人を守りたい”と前に立ってゆく強さが育っていったのだと思います」

今回の『レベッカ』はもはや新作⁈

――お稽古も既に佳境とうかがっていますが、どんな舞台になりそうでしょうか?
 
「これまでとはあまりに違っていて、もはや新作です! というのは、ステージングに桜木涼介さんが入って下さったり、衣裳も前田文子さんが担当して下さって」
 
――山口祐一郎さんのマキシム像は変わってきていますか?
 
「初演の時は私が必死すぎて、余裕がない中でいろんな球を投げていたのを、山口さんが全部受け止めてくださるという感じだったと思います。

今回は3度目ですしこれだけ場数を踏んできた分、私も山口さんからのボールを積極的に受けとめていますが、山口さんはとても繊細にマキシムを作っていらっしゃいますね。時にこわれてしまいそうに感じる時もあります、あんなに大きい方なのに(笑)。
 
でもそれくらい細やかにやってくださることで、“わたし”が守ってあげないといけないという気持ちにさせてくださる。そういう部分はけっこうナチュラルにできています」

 
『レベッカ』ダンヴァース夫人役・涼風真世 扮装写真撮影:桑島智輝

『レベッカ』ダンヴァース夫人役・涼風真世 扮装写真撮影:桑島智輝

――マキシムの前妻レベッカを溺愛するあまり、“わたし”に冷たくあたるダンヴァース夫人役のお二人はいかがですか?
 
「涼風真世さんは再演からこの役をされていて、微笑んでいるように見えるけれど私が違う方向を向いている時にはものすごく残酷な目で見ている、という怖さがありました。山田さんはよく“ウェットな怖さがある”とおっしゃいますね。
 
いっぽう、保坂知寿さんのダンヴァ―ス夫人はちょっと違って、空間の使い方が素晴らしいというか、“レベッカ”というナンバーで“ここに生きているのよ、レベッカは”という時の表現がとても怖いんですよ。涼風さんは、かつてレベッカが愛していたカトレアの花をレベッカの身代わりのように表現しているのですが、保坂さんはレベッカがあたかもここにいる、まだ死んでいないというふうに表現されます。
 
『レベッカ』ダンヴァース夫人役・扮装写真撮影:桑島智輝

『レベッカ』ダンヴァース夫人役・扮装写真撮影:桑島智輝

涼風さんのダンヴァースはレベッカが死んでいることはわかっていても執着し続けているのに対して、保坂さんのダンヴァ―スは“本当にいるのかも”と思ってしまう。怖さの理由が全然違うので、両方観ていただきたいです」

――では大塚さんの“わたし”は今回、いかがでしょうか?
 
「今回、演出の山田さんが解釈を変えた部分があって、かなり印象が変わるような気がします。お客様が“わたし”に感情移入してはらはらどきどき、というベースは変わらないのですが、例えば既に音楽が表現している部分に関しては演技よりも音楽に身をゆだねることを優先する、ですとか。
 
私が散歩していてある人物に出会う場面で、前回まではそこで私もびくびくしながら歩いていましたが、音楽が不穏なので、今回は“わたし”はむしろ楽しくお散歩している。そこでマキシムが怒りだすことに対して、なぜ怒るのかわからないという部分がフォーカスされ、謎が大きくなる。よりめりはりがついていると思います」
 
――サスペンスと人間ドラマ、両面が楽しめそうですね。
 
「サスペンス部分については塩梅が難しくて、山田さんと調節しながらやっているので、お客様にスリリングに味わっていただけたら嬉しいですね。そして愛の強さも感じていただけたらと思います」
 
ミュージカルに対する姿勢が変わった『モーツァルト!』

――プロフィールについても少しうかがわせてください。大塚さんは郷里の徳島でローカルアイドルでいらっしゃったそうですが、アイドル志望だったのですか?
 
「小さいころから歌や踊りが大好きで、やってみせると母や祖母が喜んでくれるのが嬉しかったんです。具体的にアイドルを目指していたわけではなく、新聞で告知を見かけて、12歳でホリプロのオーディションを受けました。最終選考まで残りましたが、自分としてはガッツが足りなかった気がして。悔しく思っていたら、母が“東宝のオーディションもあるよ”と教えてくれました」
 
――そのオーディションでみごと審査員特別賞を受賞し、芸能界入り。ミュージカルについては、ご自身でやってみようと思ったのですか?
 
「はじめは映像のお仕事が多かったのですが、ある日『シンデレラストーリー』というミュージカルのオーディションがあるけど受けてみない?とお話がありまして。

必死に取り組んで合格しましたが、集まったキャストは異種格闘技のように多彩で、デーモン小暮さんにワハハ本舗の佐藤正宏さん、橋本さとしさんに池田成志さん……。ミュージカル界の方は井上芳雄さんだけで、作曲も武部聡志さんなのでポップなテイストでしたし、舞台ってこんなに楽しいんだと思いました。
 
その後改めてミュージカルに本腰を入れたい、と思ったのは『モーツァルト!』がきっかけです。コンスタンツェという役がとても素敵に思えたのと、リーヴァイさんの音楽が私の心の琴線に触れて、どうしてもやりたい!と思っていただけに、オーディションに受かったときはとても嬉しかったのですが、いざカンパニーに加わると、40人近いオーケストラがいらっしゃるわ、歌のうまい方がたくさんいらっしゃるわ……。

もっと歌がうまくなりたい、この中に立っても劣らないようにしたいと心から思い、レッスンに励みました」
 
役を演じる上で大切にしていること

――王道ヒロインのイメージの強い大塚さんですが、『パジャマ・ゲーム』の秘書グラディスのような、セクシーだけどそれがちっとも嫌みにならない女性のお役も印象的です。
 
「いわゆる“健全なセクシーさ”という感じでしたか?(笑)。 ピクニックの場面で私がぺっと吐き出したバナナを(上口)耕平君演じるプレッツが食べるくだりは、稽古中に耕平君とやりとりするなかで生まれたものでした。

演出のトム(・サザーランド)からは、“おバカにはならないでほしい”と言われていて、そこを守ったから健全なセクシーになったんだと思いますね。マリリン・モンローばりに(セックス・シンボル的な方向に)やっていたら、社長が信頼して唯一大事なカギを預かる秘書に見えなくなります。
 
私はいつも、役をやるときには大事にしなければならない要素を二つ三つ持って、あとは自由にやるというやり方をとっていて、そこを外さなければ、相手から投げかけられるものも日々違うので、返し方は自由にやっています。そうすることで自分としても演技が楽しめると思っています」
 
――どんな表現者を目指していますか?
 
「今回の“わたし”のような真面目な役から、『パジャマ・ゲーム』のグラディスのようにちょっと遊べる役まで、幅広くいろんな役をやりたいですね。それが俳優の一番の醍醐味だと思います。

自分と違う人物を楽しむためには、いろんな経験をして人間の幅を広げてゆくことが大切。“こういう芝居しかしません”というのではなく、“こんな役もできるんだ”と思っていただけたら嬉しいです」
 
――ひそかに今後、開拓していきたいジャンルはありますか?
 
「自分で言うのもなんですが、こう見えて私、子供の頃に器械体操をやっていたので、運動神経がわりと抜群なんです(笑)。意外と動けるので、がっつり動く演目をやってみたいですね。昔、小林香さん演出の『TATOO14』という舞台で23曲踊りましたが、そういう演目は楽しいですね」

公式HP
 

ラテンの歌姫の愛と栄光を描く『オン・ユア・フィート!』

12月8日~30日=シアタークリエ、その後福岡、愛知、大阪で上演

『オン・ユア・フィート!』見どころ
『オン・ユア・フィート!』

『オン・ユア・フィート!』

世界的なラテン系ポップスの歌姫、グロリア・エステファン。彼女の波瀾の人生を描いて2015年に初演、シカゴ・ブロードウェイ・オランダを経て現在全米ツアー中の『オン・ユア・フィート!』が、いよいよ日本に上陸します。

キューバ移民の家に生まれたグロリアは、音楽への情熱を祖母コンスエロに見抜かれ、音楽プロデューサー、エミリオに紹介される。彼女の歌声にほれ込んだエミリオは、自身のグループ「マイアミ・サウンド・マシーン」のボーカリストにグロリアを迎え入れ、グループはそのユニークなサウンドでたちまち頂点まで上り詰めるが……。

「コンガ」「1,2,3」といったラテンのリズムが強烈なヒット曲が次々と飛び出し、ライブ的な楽しさに溢れるいっぽうで、厳しい環境を生き抜いてきた家族の絆もしっかりと描かれ、普遍的な共感も誘うミュージカル。

今回は朝夏まなとさんがグロリア・エステファン、渡辺大輔さんがエミリオを演じるほか、一路真輝さん、栗原英雄さん、久野綾希子さんら実力派キャストがずらり。爽快にして心の琴線に触れる、贅沢なステージとなりそうです。

 

祖母コンスエロ役・久野綾希子さんインタビュー

久野綾希子 大阪生まれ。愛知県立芸術大学音楽科在学中に劇団四季研究所に入所、卒業後入団し劇団四季の主演女優として活躍。『エビータ』ではゴールデンアロー賞演劇賞を受賞、 「キャッツ」初演のグリザベラを演じ、1986年に退団するまで850ステージに出演。退団後は「王様と私」「ボンベイドリームス」等の舞台、映画、ライブなど幅広く活躍している。

久野綾希子 大阪生まれ。愛知県立芸術大学音楽科在学中に劇団四季研究所に入所、卒業後入団し劇団四季の主演女優として活躍。『エビータ』ではゴールデンアロー賞演劇賞を受賞、 『キャッツ』初演のグリザベラを演じ、1986年に退団するまで850ステージに出演。退団後は『王様と私』『ボンベイドリームス』等の舞台、映画、ライブなど幅広く活躍している。

サクセスストーリーであると同時に、家族愛がしっかり描かれた作品です
 
――グロリア・エステファンの存在は以前からご存知でしたか?
 
「今回、この作品に出演が決まって調べていく中で、以前彼女が歌っている映像を観たことがあったのを思い出しました。キャロル・キングのトリビュート・コンサートで歌っていて、とてもかっこいい女性だなぁと思ってみていたのが彼女だったんです」
 
――ラテン系ポップスにはもともと親しんでいらっしゃったのですか?
 
「(以前タイトルロールを演じた)『エビータ』がアルゼンチンのお話なので、ラテン系に慣れているとよく人に言われるのですが、あの作品は(作曲家の)ロイド=ウェバーさんから見たラテンなんですよね。今回は完全なラテンで、自分にとっては新たな世界です。

この難しいリズムはどうするの?みたいな(笑)。自分が歌うのは難しいんですが、聴いていると気持ちいい。そこに近づいていきたいと思っています」
 
――久野さんが演じるのはグロリア・エステファンの祖母コンスエロ。どんな人物でしょうか?
『オン・ユア・フィート!』稽古より。写真提供:東宝演劇部

『オン・ユア・フィート!』稽古より。写真提供:東宝演劇部

「スペインからキューバに移住した人で、それほど貧しくはなくレストランを開いていた人ですが、時代的に夫には逆らえず、(一路真輝さん演じる)歌の上手な娘にやりたいことをやらせてあげられなかった。それが根っこにあるので、(朝夏まなとさん演じる)孫のグロリアの才能は開かせてあげたいと思っているんですね。

(状況)全体を見守りながら、(いざという時に)押していく。あの時の失敗は二度としたくない、という思いがあるんでしょうね」
 
――業界人に自ら孫をプッシュする行動派ですね。
『オン・ユア・フィート!』稽古より。写真提供:東宝演劇部

『オン・ユア・フィート!』稽古より。写真提供:東宝演劇部

「そうなんですよね。たぶんおばあちゃんも歌が好きだったと思うんですよ。娘に対しては負い目がある分、孫に対しては好きなことをさせてあげようと。“孫のためならなんでもする”という台詞があるのですが、(実際に)やっちゃうんですね」
 
――後年、成功したグロリアが、ステージにおばあちゃんを引っ張り出すシーンもあって、おばあちゃんとしては嬉しいでしょうね。
『オン・ユア・フィート!』稽古より。写真提供:東宝演劇部

『オン・ユア・フィート!』稽古より。写真提供:東宝演劇部

「おばあちゃんとしては照れ臭いんですが、グロリアに対しては“こんなことができるまで成長したんだね”という気持ちだと思いますね。その後、おばあちゃんは亡くなるのですが、体はそこにいなくても魂はいつも上から見守っているという描写があるんです。移民で大変な思いをしてきている家族だから、おばあちゃんにしてもお父さん、お母さんにしても愛情はひとしおなんですね。

特に娘と孫は口では喧嘩をしているけど、そこにはものすごい絆の深さがあって、自由でお互い関わらない今どきの家族より、ものすごく濃いものを感じます」
 
――サクセスストーリーであると同時に、家族の物語なのですね。
 
「そう思いますね。グロリアがここまで来れた背景には、半端ない家族愛がある。そして出会う人みんなが彼女に手を貸してくれる。それは彼女が一生懸命生きているからこそだと思います」
 
――稽古終盤のご様子はいかがですか?
 
「今回は(キャストもスタッフも)若い方が多くて、稽古場にはまるでオリジナルミュージカルを作っているような空気が漂っていますね。台本と音楽はあるけれど、それを使ってオリジナルを作っているというか、ピアノを囲んで演出家と音楽監督と歌唱指導の先生が、わきあいあいとアイディアを出し合っているのを見るのが、すごく好きです。クリエイティブな中で、いい舞台が出来上がるような気がしますね」
 
――グロリア・エステファン役の朝夏まなとさんはいかがですか?
『オン・ユア・フィート!』稽古より。写真提供:東宝演劇部

『オン・ユア・フィート!』稽古より。写真提供:東宝演劇部

「すごいですよ。グロリア役は本当に大変で、曲は多いし、日本語・英語・スペイン語で歌うし、その全てに振りがついているのに、いつも元気だし周りが見えていらっしゃる。エミリオ(渡辺大輔さん)ともいいカップルだし、一路さんという優しいけれど芯のしっかりした母がいて、バランスが絶妙なんです。
 
そんななかで私も、“フィクサー”じゃないけど(笑)、人を動かしていけるおばあちゃんを演じられたら。とにかくいろいろなことがどんどん変わっていく稽古場で、振付もあっさり変わる。それにみんながくらいついていく。勢いのある稽古場で、毎日とても楽しいです」
 
“毎日が受験勉強”のようだった劇団での日々
『オン・ユア・フィート!』稽古より。写真提供:東宝演劇部

『オン・ユア・フィート!』稽古より。写真提供:東宝演劇部

――久野さんといえば、劇団四季『キャッツ』の初代グリザベラ。“レジェンド”でいらっしゃる久野さんの“これまで”もぜひうかがいたいのですが、もともと音大で学んでいたのがなぜ演劇の道へ進まれたのですか?
 
「私は父が明治の生まれで、女の子は嫁に行った家に従えばいいから余計な知識はいらないということで、音楽以外許してくれなかったんですね。ピアノなら何かあったときに手助けになるということだったので、親元から離れられると思って音大に進みました。愛知県立芸術大学という新しい、きれいな大学だったのですが、みんな個室でおとなしく勉強をしていて。
 
それがひょんなことから劇団四季に興味をもって東京に覗きにいったら、みんなのエネルギーがまるで豆を炒っているようにぱーっとなっていたんです。ここでやってみたいなと思ったけれど、ダンスも台詞も未経験で、何も知らない。ただ歌だけは歌えるということで、がんがん詰め込まれながらたくさんミュージカルに出るようになりました」
 
――15年間在籍され、退団後も『マンマ・ミーア!』『異国の丘』に出演されましたが、在団中はどんな15年間でしたか?
 
「毎日受験勉強みたいな感じでしたね(笑)。『ウェストサイド物語』なんかは音域が高いので、台詞を喋ると歌が歌えなくなるのをどうしたらいいのか。当時はミュージカルの声の出し方を教えてくださる先生もまだいらっしゃらず、音楽監督の先生が“まだいける”とおっしゃるのを“どうやっていくの?”と思いながら聞いていました(笑)。
 
とにかく体だけは元気にしなくちゃと思って、睡眠と食事だけはきちんととっていましたね。当時のマッサージの先生には今もお世話になっていますが、スポーツ選手と同じくらい消耗していました」
 
手探りで身につけた“ミュージカル俳優の習慣”

――喉への負荷も大きいですよね。
 
「そうですね。夏でもハイネックを着て、風邪がはやる時期にはマスクをするのは、20代から変わらずですね。飲んだらしゃべるな、しゃべるなら飲むなというのと、睡眠が基本。それと誰に教わったわけでもないけど、舞台稽古の前は血の滴るようなステーキを食べていたら、みんなそうしているんだなというのがわかってきました」
 
――ストイックな生活をされているとお友達と会う時間がない、という話を聞いたこともあります。
 
「学校時代の友達はチケットばかり売るので離れていきましたが(笑)、当時の劇団はまだ小さく、どの作品をやってもだいたい同じようなメンバーで動いていて、一心同体で動いているようなところがありました。

この前、この稽古場の上の階で稽古をされている山口祐一郎さんとばったり会ったのですが、すごく久しぶりだったんですね。無言で3回、ハグしてくれました。何も言わずとも、お互い“まだやってるね”という気持ちで(笑)。私は戦友だと思っていますね」
 
――劇団を卒業されたのは、レパートリーを広げるということで?
 
「そのころ、自分の声がわからなくなって、1年くらい悩んだ末に、ボイストレーナーの先生の師匠にあたる方のレッスンを受けたくて、マリブとニューヨークに行くため(劇団を)辞めました。一から自分の声を見つめなおして、やっぱり自分は歌を歌っていきたいと思えましたね」

“おばあちゃん役”の極意

――最近は今回のように、おばあちゃんを演じられることの多い久野さん。『ビリー・エリオット』では庶民ではあるけれどどこかに品のある、かわいいおばあちゃんでした。
 
「『ビリー・エリオット』はロンドン版のおばあちゃん役の方が貫禄があって、私にはなかなかそれが出せなかったのですが、彼女は10年以上出演していたそうなんです。私もそんな(安定感ある)おばあちゃんが出来たらなと思ってやっていました」
 
――おばあちゃんを演じる際に大切にされていることはありますか?
 
「(世の中の)おばあちゃんに共通していることに、余計なことは言わないけど、ぼそっと言った一言に人生が凝縮しているということがあると思います。私のおばあちゃんはいつも仏壇の前に座っているおばあちゃんだったんですが、“一番怖いものはなに?”と聞くと、ぼそっと“舌”、言葉が一番こわいと言ったんですね」
 
――“口は災いのもと”だと?
 
「そうですね。おそらく年月を経るなかで、いろんなものがそぎ落とされてその人の生きてきたものが出てくるんだろうなと。そういう存在として演じていけるといいなと思います」
 
――今後について、心に抱いていらっしゃることはありますか?
 
「悲劇と喜劇が混在しているような役をやっていきたいですね。そして歌は、歌い続けたいです」
 

演出・上田一豪さん、音楽監督・小澤時史さんインタビュー

(右)上田一豪・84年熊本県生まれ。劇団TipTapを旗揚げ、オリジナル作品を作・演出。東宝演劇部契約社員として様々な大作にも携わる。(左)小澤時史 89年生まれ。東京音楽大学作曲家在学中から多方面に楽曲を提供。『キューティー・ブロンド』等の音楽監督も勤める。(C)Marino Matsushima

(右)上田一豪・84年熊本県生まれ。劇団TipTapを旗揚げ、オリジナル作品を作・演出。東宝演劇部契約社員として様々な大作にも携わる。(左)小澤時史 89年生まれ。東京音楽大学作曲家在学中から多方面に楽曲を提供。『キューティー・ブロンド』等の音楽監督も勤める。(C)Marino Matsushima

音楽だけでなく台詞からも“ラテン”が感じられるように

――グロリア・エステファンやマイアミ・サウンド・マシーンの音楽には、以前から親しんでいらっしゃいましたか?
  上田一豪さん(以下・上田)「彼女が一世を風靡した有名な歌手であったことや、マイアミ・サウンド・マシーンの“コンガ”を聴いたことはあったけど、こういう(波乱万丈の)人生を送ってきた人とは知らなかったです」

小澤時史さん(以下・小澤)「僕もです。彼らは80年代にブレイクしたけれど、僕は89年生まれで、リアルタイムで聴いていないんですよね」
 
上田「改めて聴いてみると、面白い曲がいっぱいあるんですよね。僕らの小さいころは“マカレナ”とかリッキー・マーティンが流行っていてそういうのがラテンだと思っていたけど、それより一つ前の世代で、ラテンのポップスってこういうのなんだ、と。かっこいいし、楽しいですね」
 
小澤「(聴き手だけでなく)演奏者も楽しい音楽だなと感じました」
『オン・ユア・フィート!』稽古場での上田さん 写真提供:東宝演劇部

『オン・ユア・フィート!』稽古場での上田さん 写真提供:東宝演劇部

――80年代のころの、ゆったり感というか、行間がある音楽ですよね。
 
上田「バラードに80年代らしさを感じますね」
 
小澤「シンセサイザーとかにね」
 
上田「哀愁を感じるというか。歌詞の面でも、(キューバ移民で)もともと英語圏ではない人が書いているからこその、ストレートな歌詞が多いです。ふつう、英語の歌って韻律を踏んだりして、こねくりまわした言葉が多いんですが、彼らの音楽は想いがまっすぐ書かれている歌詞が多くて、潔いんです。へんに抽象的でなくてわかりやすいし、悩まなくていい。何を言いたい曲なのか分からない、というのがあまりありません」
 
――翻訳もしやすい?
 
上田「いや、困りましたね(笑)。英語が第一言語でない人たちの話なので、ラテンなまりの英語でアメリカでは上演されているけど、それを日本でどう表現するか。ラテンのリズムは聴いている分には気持ちいいけど、そこにどう日本語を乗せるのか。8ビートのように“かっかっかっか”と刻まれるのではなく、“うかっか、うかっか”という、本来日本人になじみのないビートだから。本来はそこに日本語をのせるのは無理なのですが、みんなにすごく頑張っていただいています」
『オン・ユア・フィート!』稽古より。写真提供:東宝演劇部

『オン・ユア・フィート!』稽古より。写真提供:東宝演劇部


――小澤さんからみてラテンのビートはいかがですか?
 
小澤「(いつも演奏するミュージカル曲とは)違いますね。バンドのメンバーも、“1-2-3”のようなポップス寄りの曲は普通にできるけど、“コンガ”のようなラテン色が強い曲はかなり練習が必要だね、と言っています。

というのも、日本人は農耕民族だから“よっこいしょ”みたいな感じだけど、ラテンの人たちはオフビート。文化が全然違うんですよね。ミュージシャンもそれを超えて、きちんとラテンの世界観をお客様にお見せしなければいけない。苦労はもちろんあるけれど、やっていけば必ずできると思っています」
 
――さきほど久野さんが、ラテンのビートは“ずれる”という感覚とおっしゃっていました。
 
上田「バックビートが気持ちよくはまっていかないといけないんですよね。それは言葉にも通じることで、向こうの人は喋っててもバックビートを感じている。対して僕ら日本人は平たんだから、バックビートを感じながら(台詞に)自然に出していく作業が普通の作品とは違いますね。台詞においてもラテン感が出るようにしたいというのが本作にはあります。生きているうえでの感覚、物事を判断するタイミング、リズム感、タイムサイクルがおそらく違うと思うので、日本人が日本のお客様のために演じていても、感覚はなるべくラテンでと思っていますね」
 
グロリアの等身大の姿、大スターとなるまでの家族のドラマをしっかりと描く
『オン・ユア・フィート!』稽古より。写真提供:東宝演劇部

『オン・ユア・フィート!』稽古より。写真提供:東宝演劇部

――オリジナル・ミュージカルみたいな稽古場、と久野さんがおっしゃっていました。
 
上田「それは我々だからね(笑)」
 
小澤「そうですね(笑)」
 
――ラテンの感覚以外に今回、工夫されている点はありますか?
 
上田「アメリカで上演されたときは、観客がみんなグロリア・エステファンを知っていて、ライブとライフストーリー半々のものすごく楽しい舞台で時間があっという間に過ぎていきました。

でも僕らの場合は必ずしもそうではなく、もちろん音楽の勢いはものすごく大事だけど、作品を通して何を描いているか、グロリアの少女時代、娘時代、大人になって交通事故で大けがを負って、(壮絶なリハビリを経て)復活して……と、どんなドラマがあって今の大スターになっていったかを、お客様と一緒に味わっていく時間にしたいですね。

楽しい時間ではあるけれど、(有名人である)彼らの心情がどれだけ大スターであっても自分と同じか。恋に落ちたり、些細なことで喧嘩もすれば意地も張り合ったりと、等身大の人間として共感できるように、と思いながら台本を手直ししていきました。日本のお客様にも受け入れられるよう、ドラマとして仕上げていきたいですね」
 
――音楽面の工夫はいかがでしょうか?
 
小澤「基本的に譜面は(決まったものが)届くものなので、それほど手を入れたりはできないのですが、演奏者はみな僕の知っている方々で、それぞれがキャストの演技に触れながら、この人の歌いいな、この演技があるからこの曲が次に来るんだなというように、その時感じたことを演奏に反映してくれると思います。ある程度の音楽的なリクエストはするけれど、あまりこうじゃなきゃいけないですと決めつけるつもりはないですね。

ある程度の材料を演奏者に渡して、それぞれが感じたことを膨らませていってくれれば、僕が感じている以上になるし、新鮮というか、その公演でしかできないものになると思います」
 
――ポップスのアーティストのナンバーを使ったミュージカルですが、オリジナルの歌手の歌唱や声色はどの程度意識されていますか?
『オン・ユア・フィート!』稽古より。写真提供:東宝演劇部

『オン・ユア・フィート!』稽古より。写真提供:東宝演劇部

上田「グロリア・エステファン役の朝夏まなとさんは、声を作り込んで歌う方ではなく、自然体で歌ってくださるので、その時々の感情によって自然と声色も変わってくるんです。だからまったく心配してないし、僕自身、基本的に声を作る歌唱というのはあまり好きじゃないんですよ。グロリアだからこうしてほしいというようなことは言っていません」
 
小澤「朝夏さんがグロリアでいてくださればいいんですよ」
 
上田「僕自身がそこまでグロリアに思い入れがあるわけではない、というのもあるかもしれないですね。僕はクイーンがすごく好きなので、これがもしフレディ・マーキュリーのミュージカルだったら“ここはこういうふうに歌ってほしい!”というのがあるかもしれないけど」
 
”空耳アワー”ばりに⁈語感が似た訳詞にも注目

小澤「僕も小学生の時にアバが好きで、お小遣いでCDをいっぱい買ってましたね。歌詞カードを持っていなかったけど、一緒に歌いたくて聞こえたままに自由帳にカタカナで歌詞を書いたりしてました」
 
上田「わかるわかる!(笑)」
 
小澤「今回、上田さんの訳詞を聴いていると、意外と英語の歌詞と近いんですよ」
 
上田「けっこう頑張ってるんですよ(笑)。ポップスだから、なるべく語感を似せようと思って」
 
小澤「ちょっと“空耳アワー”みたいな感じの部分もあったりして(笑)」
 
上田「『キューティ・ブロンド』の時には意味重視だったけど、今回はポップスなので語感重視で」
 
小澤「それいいですよ、ずっとそれで行ってほしい(笑)」
 
上田「演目によるんです!(笑)」
 
――ちなみに、“コンガ”の早口のサビの部分は英語のままで歌う感じですか?
 
上田「そこは悩んでいるところで、日本語の訳詞も作ったんですけど、昨日の稽古で英語でいけるかなと思っています」
 
小澤「稽古すればするほど、逆に原語のほうが歌いやすいということが分かったんですね」
 
上田「あと、日本語はどうしても母音を響かせるので息がきれがちだけど、(英語で)子音で喋るとリズムで力を使わず喋れる、というのもあるんですよね」
 
――どんな舞台になりそうでしょうか?
 
上田「楽しい時間を共有できるものになっていると思います。僕らの願いとしては楽しさの中に、心に届くものにしたいですね。あそこの気持ちに共感できたよねという、ひっぱるものがあるから余計楽しくなる、という作品に向かっていると思います」
 
――ご自身が共感する場面は?
『オン・ユア・フィート!』稽古より。写真提供:東宝演劇部

『オン・ユア・フィート!』稽古より。写真提供:東宝演劇部

上田「自分に娘が生まれてから父親としていろんなもの感じるようになったので、親子を描くシーンには感じ入るものがありますね。自分と娘との間にこんなことがあったらどうなるんだろうとか。誰にでも起きうることなのかなとお客様が感じられるようにしたいなと思います。親子の場面は特に丁寧に作っています」
 
小澤「ラテンとはなんぞやというのを僕らの音楽面がかなり担っていると思うので、ダンスナンバーを盛り上げるというのが第一のミッションかと思っていますが、ずっと上田さんと一緒に仕事をしてきて、彼がどういうのが好きか分かってるつもりです。
 
本作ではバラードでパーカッションとかブラスが意外に入ってくるんですよね。元気よく、ではなく優しく入ってくるんですが、うまくいかないと邪魔しちゃうときがあったりするのでけっこう細かく、ここで切るとか、どういうニュアンスで吹いてほしいかお伝えしています。日本人って繊細なところを丁寧に作れる民族なので、派手な部分もありつつ、今回の日本版は繊細さもある演奏になると思います」
 
――小澤さんは今回、ピアノは弾かないのですか?
 
「今回、すごく久しぶりに演奏は兼ねず、音楽監督に専念しています。8年ぶりに自分が音楽監督をした上田さん作品を客席で観ることが出来るので、それも楽しみな部分です」

公式HP

*次頁に『オン・ユア・フィート!』観劇レポートを掲載します!
 

『オン・ユア・フィート!』観劇レポート
内気な少女が愛と信念に支えられ、“真のスター”になるまで

『オン・ユア・フィート!』(C)Marino Matsushima

『オン・ユア・フィート!』グロリア・エステファン(朝夏まなと)(C)Marino Matsushima

厚みのあるバンドのサウンドとともに、「コンガ」の一節を歌い始めるグロリアの声。華々しいライブ・シーンから始まるように見えて、場面はすぐに舞台袖でのグロリア・エステファン(朝夏まなとさん)と夫でプロデューサーのエミリオ(渡辺大輔さん)、そして息子ナイーブ(宏田力さん=ダブルキャスト)の日常的な会話へ、そして1966年の戦地ベトナムへとさかのぼります。

そこにはカセットテープに吹き込まれた娘の歌声を繰り返し聴き、心を慰めるグロリアの父ホセ(栗原英雄さん)の姿が。“お前はいつか、スターになる。お前に会うのが待ち遠しい……”。
『オン・ユア・フィート!』(C)Marino Matsushima

『オン・ユア・フィート!』ホセ(栗原英雄)(C)Marino Matsushima

そのころグロリアたちが住んでいたのは、米国マイアミの団地。近所の男たちが怠惰に座っているのに対して、女たちは働き者です。幼いグロリアも洗濯ものを手にしているが、男たちの一人が歌い始めると、つい自分も歌い始める。(このリトル・グロリア役を演じるリチャーズ恵莉さん=ダブルキャストが、ラテンのバックビートをうまくとらえて歌っています)。人々もつられて踊っているうちに、グロリア役が少女から大人の女性(朝夏さん)へバトンタッチ、という演出が鮮やか。
『オン・ユア・フィート!』(C)Marino Matsushima

『オン・ユア・フィート!』(C)Marino Matsushima

それから間もなく、グロリアの家をエミリオという音楽プロデューサーが訪問。祖母コンスエロ(久野綾希子さん)が、孫のグロリアを推薦していたのです。彼に招かれ、バンドの練習場所に訪れたグロリアは、妹レベッカ(青野沙穂さん)とともに楽曲を披露。エミリオは彼女の才能にたちまち魅了されます。
『オン・ユア・フィート!』(C)Marino Matsushima

『オン・ユア・フィート!』エミリオ(渡辺大輔)、コンスエロ(久野綾希子)(C)Marino Matsushima

グロリアは彼らのバンドに参加することになるも、母グロリア・ファハルド(一路真輝さん)は渋い表情。帰宅した母は戦場で傷を負った夫とTVを観ながら、グロリアが人前で上手に歌を歌ったことを話します。実は彼女にも昔、歌手を志した過去があったのです……。
『オン・ユア・フィート!』(C)Marino Matsushima

『オン・ユア・フィート!』グロリア・ファハルド(一路真輝)、ホセ(栗原英雄)(C)Marino Matsushima

 「コンガ」をはじめとする楽曲の賑々しさゆえに“陽気なサクセスストーリー”が想像されがちな本作ですが、実際は主人公と周辺の人々のコンプレックスや忸怩たる思い、強い絆など、内面の描写もたっぷり。
『オン・ユア・フィート!』(C)Marino Matsushima

『オン・ユア・フィート!』コンスエロ(久野綾希子)、レベッカ(青野沙穂)(C)Marino Matsushima

特に今回の日本版では、序盤で孫の背中を押す祖母役の久野綾希子さん、中盤で(ものを言えない体となっても)嫁ごうとする娘にはなむけの言葉を贈ろうとする父親役の栗原英雄さん、終盤で娘に対する複雑な思いを克服し、無償の愛を溢れさせる母親役の一路真輝さんがそれぞれに味わい深い演技を見せており、むしろ人間ドラマとしての比重が大きく映ります。
『オン・ユア・フィート!』(C)Marino Matsushima

『オン・ユア・フィート!』(C)Marino Matsushima

『オン・ユア・フィート!』(C)Marino Matsushima

『オン・ユア・フィート!』(C)Marino Matsushima

『オン・ユア・フィート!』(C)Marino Matsushima

『オン・ユア・フィート!』(C)Marino Matsushima

もちろん、主人公グロリア・エステファン役の朝夏まなとさんも、太陽のような笑顔と抜群のスタイルが不世出のスター役にぴったり。実際はダンス巧者の彼女が、グロリアとしてデビュー前に必死に踊りの稽古をする場面では、絶妙な不器用ぶり(⁈)を見せ、歌唱では“グロリア・エステファンの声色”にとらわれない自然体の歌声が好感を誘います。
『オン・ユア・フィート!』(C)Marino Matsushima

『オン・ユア・フィート!』(C)Marino Matsushima

『オン・ユア・フィート!』(C)Marino Matsushima

『オン・ユア・フィート!』(C)Marino Matsushima

公私にわたるパートナーとなるエミリオ役の渡辺大輔さんは、やはり移民の子としてアグレッシブに生きることで渡り歩いてきたタフさを漲らせ、成功する音楽プロデューサーという役どころに説得力を与えていますが、グロリアとのデートシーンなどふとした場面でこの上なく優しい表情を見せ、ロマンティックな一面も。
『オン・ユア・フィート!』(C)Marino Matsushima

『オン・ユア・フィート!』(C)Marino Matsushima

『オン・ユア・フィート!』(C)Marino Matsushima

『オン・ユア・フィート!』(C)Marino Matsushima

1幕ではスターダムに上り詰めるグロリアですが、2幕ではハードなスケジュールで疲弊し、母親との関係は断絶。そんな折、彼らの乗った車が交通事故に遭い、グロリアは瀕死の重傷を負ってしまう。9時間に及ぶ手術を経て一命を取り留めるも、すっかり弱気になってしまった彼女を再び奮い立たせたものは……。
『オン・ユア・フィート!』(C)Marino Matsushima

『オン・ユア・フィート!』(C)Marino Matsushima

『オン・ユア・フィート!』(C)Marino Matsushima

『オン・ユア・フィート!』(C)Marino Matsushima

『オン・ユア・フィート!』(C)Marino Matsushima

『オン・ユア・フィート!』(C)Marino Matsushima

『オン・ユア・フィート!』(C)Marino Matsushima

『オン・ユア・フィート!』(C)Marino Matsushima

スターと呼ばれる人の等身大の内面を見せつつ、家族の絆を様々な感情を湧き上がらせながら描いてゆく本作。重みのあるラストナンバーが歌われた後には、華やかなフィナーレが。客席でもカラフルに、そしてシャープにペンライトが揺れ、フェスティブな空気感のなかで締めくくられる舞台となっています。
『オン・ユア・フィート!』(C)Marino Matsushima

『オン・ユア・フィート!』(C)Marino Matsushima

*次頁で『道』をご紹介します!

『道』

12月8~28日=日生劇場
 
『道』の見どころ
音楽劇『道』撮影:荒井俊哉

音楽劇『道』撮影:荒井俊哉

フェデリコ・フェリーニの映画『8 1/2』をもとにしたミュージカル『ナイン』を、ブロードウェイと日本で演出したデヴィッド・ルヴォーが、再びフェリーニ映画を舞台化。大道芸人と少女の旅を描いた『道』(1954年)を、音楽劇として日本で初演します。
 
主人公の大道芸人ザンパノを演じるのは、草彅剛さん。映画版ではアンソニー・クインが野性味たっぷりに演じたザンパニを、草彅さんがどう表現するか。純粋無垢な魂を持つ少女ジェルソミーナ役には、オーディションで選ばれた蒔田彩珠さんが初舞台で挑戦。また彼女を巡り、ザンパノと対立する綱渡り芸人イル・ムット役には海宝直人さん、舞台版オリジナルのサーカス団長モリール役には佐藤流司さんら、多彩な顔触れが集結。緻密な舞台作りに定評のあるルヴォー演出のもと、どんな世界を作り上げるか、注目されます。
 
観劇レポート:“あまりにも不器用”な愛の寓話
音楽劇『道』撮影:荒井俊哉

音楽劇『道』撮影:荒井俊哉


舞台奥にはオンステージシートが70席あまり。左右にはバンドが配され、緩やかにアクティング・スペースを囲い込みます。江草啓太さんによる親しみやすくもコンテンポラリーな味わいの楽曲を、コロス的に存在する俳優たちが歌う中で物語は進行。(そのため、メインキャストが歌う機会はあまりありません)。貧しい家に生まれたジェルソミーナが、わずかな金で大道芸人のザンパノに買われ、芸の助手として方々を旅する姿が描かれます。
 
粗暴なザンパノはジェルソミーナを手荒く扱い、絶望のなかで彼女は綱渡り芸人のイル・マットに励まされる。騒動の後、逃げることもできたのに自分を待ち続けたジェルソミーナに、ザンパノはかすかに心を開きかけるが……。
音楽劇『道』撮影:荒井俊哉

音楽劇『道』撮影:荒井俊哉

筋肉隆々の体格と野太い声でザンパノを演じる草彅さん。殺気すら漂うこのザンパノにははじめ、観客が共感できる要素は何一つ無いのですが、ふとした一瞬に彼の心の揺らぎが覗き、ジェルソミーナとともに希望を抱かせます。彼女を海辺に連れて行き、海で泳いで見せるシーンではコンテンポラリーダンス的な身体表現を披露。ザンパノの心が水の中でほどける、美しい情景となっています。
音楽劇『道』撮影:荒井俊哉

音楽劇『道』撮影:荒井俊哉

いっぽうのジェルソミーナ役・蒔田さんはぎこちなくも心の中で愛を育む様を“静”の芝居の中でまっすぐに表現。イル・ムット役の海宝直人さんは表情豊かにザンパノやジェルソミーナに語りかけ、ドラマに躍動を与えます。狂言回し的に詩的なナンバーを歌うモリール役・佐藤流司さんの台詞にキレの良さ。そして“ジェルソミーナにだけ見える”という設定のクラウン役・フィリップ・エマールさんは登場の度、おかしみを纏いながらも場の空気をしゅっと変えてゆく様が見事です。ザンパノたちが旅の間に出会う様々な人々を演じ分けながら歌い続けるコロス(アンサンブル)も、個性豊かで魅力的。
音楽劇『道』撮影:荒井俊哉

音楽劇『道』撮影:荒井俊哉

あまりにも不器用な、愛の寓話。シンプルな物語ではありますが、ラストの破壊的な(音楽というより)ノイズは、寓話と呼ばれることを拒むようなリアルさに満ちています。演出家、そして出演者たちがここに何を込めようとしたのか……。じっくり考えたくなる舞台です。
 
*次頁で『サムシング・ロッテン!』をご紹介します!
 

演劇を“いじりまくる⁈”ミュージカル・コメディ『サムシング・ロッテン』

12月17~30日=東京国際フォーラムホールC、2019年1月11~14日=オリックス劇場

『サムシング・ロッテン』の見どころ
『サムシング・ロッテン!』
『サムシング・ロッテン!』
2015年のトニー賞で9部門にノミネートされ、1部門で受賞した話題作がついに日本上陸。”何かが腐っている”という意味の表題は『ハムレット』からの一節で、エリザベス朝の英国を舞台に、スランプ中の劇作家ニック(中川晃教さん)と売れっ子劇作家シェイクスピア(西川貴教さん)の、怪しい預言者ノストラダムス(橋本さとしさん)らを巻き込んだ執筆騒動を描きます。

時代劇……と思いきや、シェイクスピア作品のみならず、『コーラスライン』『アニー』『レ・ミゼラブル』等、20世紀の名作ミュージカルのネタが多数織り込まれ、舞台ファンには堪らない一作。日本では『Spamalot』以降、ミュージカル演出でも快進撃を続けている福田雄一さんが演出とあって、さらに多くのネタが盛り込まれる予感も⁈ 中川さん、西川さんをはじめとする華やかな実力派キャストの“大真面目なはじけっぷり”にも、大いに期待できそうです。(福田雄一さんへの『シティ・オブ・エンジェルス』でのインタビューはこちら

観劇レポート:演劇愛が溢れすぎ⁈ 笑いの絶えないミュージカル・コメディ
『サムシング・ロッテン』写真提供:エイベックス・エンタテインメント

『サムシング・ロッテン』写真提供:エイベックス・エンタテインメント

吟遊詩人(ミンストレル)をはじめとする中世の人々が“ウェルカム・トゥ・ルネサ~ンス”と歌い、牧歌的に舞台はスタート。売れない劇作家兄弟のニック(中川晃教さん)とナイジェル(平方元基さん)はなかなか新作が書けず、劇団運営にも行き詰まる日々を過ごしています。
『サムシング・ロッテン』写真提供:エイベックス・エンタテインメント

『サムシング・ロッテン』写真提供:エイベックス・エンタテインメント

家に帰れば愛妻ビー(瀬奈じゅんさん)は“それなら自分が働く!”と張りきり(この場面で、男なみに働けることを証明するため、ビーは某有名演目を独演。瀬名さんが思い切りよく演じるまさかのパロディに、場内は大いに沸きます)、立つ瀬がないニックは予言者、ノストラダムス(橋本さとしさん)のもとへ。“次にヒットするもの”を尋ね、“ミュージカル”という答えを得ます。
『サムシング・ロッテン』写真提供:エイベックス・エンタテインメント

『サムシング・ロッテン』写真提供:エイベックス・エンタテインメント

16世紀の英国にはもちろんまだミュージカルは存在せず、ここでノストラダムスがミュージカルとは何ぞや、を語るビッグ・ナンバー「ミュージカル」が展開。“歌ってる役者なんて誰が観たいんだ、でも意外とそうは思わないんだな”と、理屈を超えたミュージカルの楽しさを、橋本さとしさんが突然、現代の衣裳で現れるダンサーたちとともに賑々しく、スケール感たっぷりに描き出します。
 
乗りやすい(?)ニックは“よし、世界初のミュージカルを書こう”と意気込みますが、ことはそう簡単ではありません。行き詰まった彼は再びノストラダムスを訪ね、ライバル、シェイクスピア(西川貴教さん)の未来の傑作は?と問いかけます。そのアイディアを頂戴してしまおう、というのです。(『ハムレット』ならぬ)『オムレット』という答えを得たニックは、卵のミュージカルを書くべく悪戦苦闘するのですが……。
『サムシング・ロッテン』写真提供:エイベックス・エンタテインメント

『サムシング・ロッテン』写真提供:エイベックス・エンタテインメント

いっぽう、シェイクスピアはシェイクスピアで人気絶頂、わが春を謳歌しているように見えて、実はスランプ中。以前からその文才に目をつけていたナイジェルからアイディアを盗むべく、変装して二人の劇団に紛れ込みます。清教徒の娘ポーシャ(清水くるみさん)と出会ったナイジェルは、彼女との禁じられた恋から新たなインスピレーションを得ていましたが、執筆中の物語をシェイクスピアの目に触れさせてしまい…‥。
 
核にあるのは“芸術の生みの苦しみ”
『サムシング・ロッテン』写真提供:エイベックス・エンタテインメント

『サムシング・ロッテン』写真提供:エイベックス・エンタテインメント

芸術が生まれるまでの“生みの苦しみ”を柱として、演劇人たちの右往左往が生き生きと描かれた物語。ブロードウェイ版でも『コーラスライン』『アニー』をはじめ多数のミュージカルやシェイクスピア戯曲の台詞が引用され、いじられ、“演劇愛が半端ない”と話題を呼びましたが、今回の日本版はそれらに加え、演出・台本の福田雄一さんが日本における人気演目や演劇界事情ネタをふんだんに投入。演劇ファンであれば3分に一度は笑わずにはいられない、あるいはいったい何十本の作品が言及されたか、カウントせずにはいられない作品でしょう。いっぽうでこれらの元ネタを知らずとも、福田ワールドならではの、稚気に富んだ俳優たちの丁丁発止が大いに楽しめ、幅広い層にアピールする舞台となっています。
『サムシング・ロッテン』写真提供:エイベックス・エンタテインメント

『サムシング・ロッテン』写真提供:エイベックス・エンタテインメント

ニック役の中川晃教さんはコメディという大前提をよく心得、賢く見えてちょっと間抜けな部分もある主人公を、適度に肩の力を抜いて体現。中盤、“いけない”行動に走ってしまうキャラクターもどこか憎めない、かわいい男として存在させています。タップなど、フィジカルな見せ場でも大奮闘。
『サムシング・ロッテン』写真提供:エイベックス・エンタテインメント

『サムシング・ロッテン』写真提供:エイベックス・エンタテインメント

対するシェイクスピア役の西川貴教さんは人気絶頂の劇作家としてロックスターになぞらえられた役どころにぴったり。人々の熱狂に応えるライブシーンでは水を得た魚のように輝き、後に変装して劇団に潜り込むくだりでは、いかにも怪しい声色を出し、観客を楽しませます。
 
ニックの妻ビー役の瀬奈じゅんさんは、『シティ・オブ・エンジェルス』の悪女役から一転、今回は“心身ともに頼もしい”妻役。実は当時の男尊女卑を痛烈に皮肉った役どころでもありますが、ご自身の明るさと宝塚の男役トップスター経験を生かした表現力で、後半の重要なパートも見事にこなしています。
『サムシング・ロッテン』写真提供:エイベックス・エンタテインメント

『サムシング・ロッテン』写真提供:エイベックス・エンタテインメント

ナイジェル役の平方元基さんは、気はいいが兄にも輪をかけて(?)抜けたところのある役どころ。単なる二枚目よりもどこか可愛げのある青年役で本領を発揮する方だけに、今回も“いい味”を出しています。またナイジェルと禁断の恋に落ちるポーシャ役の清水くるみさんには現代的な“芯”があり、歌声もしっかり。今後様々な舞台での活躍が期待されます。
 
そしてノストラダムス……といっても“あの”歴史上の人物の甥っ子だというノストラダムス役を演じる橋本さとしさんは、演じようによっては“無責任かつ迷惑な人”にも見えかねないノストラダムスに人間臭さを漂わせ、登場シーンでは常に大きな存在感を放出。彼が登場するたび観客のわくわく感を掻き立ててくれています。
『サムシング・ロッテン』写真提供:エイベックス・エンタテインメント

『サムシング・ロッテン』写真提供:エイベックス・エンタテインメント

大騒動の果てに、驚きの結末が待っている本作。そうかこれはウェストエンドではなく、ブロードウェイ・ミュージカルだったのだ、と思い出し、納得される方も多いことでしょう。何とも無邪気な“アメリカ讃歌”でもある作品です。

公式HP
 

ヒーローになれない人々にエールを送る『High Fidelity』

12月22~25日=すみだパークスタジオ倉
High Fidelity

High Fidelity

『High Fidelity』の見どころ
うだつの上がらないアラサー男の恋を描き、2000年にはハリウッドでも映画化されたニック・ホーンビーの小説が、2006年に舞台化。ブロードウェイで上演された本作が、上田一豪さん率いる劇団TipTapによって、“ワークショップリーディング”として上演されます。
 
『Next To Normal』のトム・キットによるキャッチ―な音楽に彩られた舞台版では、主人公ロブのみならず、レコード店の同僚ディック、バリーはじめ、彼を取り巻く男女の人物像がより鮮明に。最近では『オン・ユア・フィート!』、この後も『笑う男』と大作づく上田一豪さんが、“平凡”かもしれないけれど自分なりに幸せを模索する人々の群像劇を、リーディングという形でどう料理するか。赤盤(ロブ役=神田恭兵さん)、青盤(ロブ役=染谷洸太さん)の2組のキャストの風合いの違いにも要注目です。
 

青盤 リズ役・飯野めぐみさん、ディック役・大音智海さんインタビュー

(右)飯野めぐみ 神奈川県出身。『天使は瞳を閉じて』でミュージカル・デビューし、『マルグリット』『H12』『1789』『キンキー・ブーツ』等の舞台で活躍している。(左)大音智海 千葉県出身。『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』『ジャージー・ボーイズ』『プリシラ』等の舞台で活躍。(C)Marino Matsushima

(右)飯野めぐみ 神奈川県出身。『天使は瞳を閉じて』でミュージカル・デビューし、『マルグリット』『H12』『1789』『キンキー・ブーツ』等の舞台で活躍している。(左)大音智海 千葉県出身。『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』『ジャージー・ボーイズ』『プリシラ』等の舞台で活躍。(C)Marino Matsushima

身近なキャラクターが”自分も頑張ろう”と思わせてくれるドラマです

――お二人のTipTapさんとのご縁は?
 
大音智海さん(以下・大音)「今回が初めてです。TipTapのプロデューサーさんが、以前出演した『ヴェローナ物語』を観て覚えていてくださって、“一緒にやりませんか”と声をかけてくださいました」
 
飯野めぐみさん(以下・飯野)「私は上田一豪さんのオリジナル作『Count Down My Life』にNYフリンジフェスティバル公演を含めて参加したことがあります。オリジナル作ということで思い入れがあるだけに、一豪さんの演出はここはこうしてと細かく指示があるいっぽうで、信頼して自由にやらせていただける面もあって、楽しかったですね。今回は海外作品なので、既に素材があるものの場合どう演出されるのかな、と興味がありました」
 
大音「確かに稽古のはじめの時点で細部までどう作っていくかが見えていらっしゃいますね。僕には“やりすぎたらストップをかけるから、いくらでも引き出しを出してください”と言ってくださって、のびのびやらせていただけそうだな、と感じています」
 
映画版には思い当たる節がありすぎて……(笑)

――『ハイ・フィデリティ』の映画版はご存知でしたか?
リハーサルより。

リハーサルより。写真提供:TipTap

大音「知らなかったのですが、観てみたら“アラサーの男・あるある”みたいなものがいっぱいで、面白かったです! うだつの上がらない毎日の中で“俺たちまだやり直せるよね”とかっこつけている。男って単純な生き物だなぁ、と笑いながら、ちょっと心が痛かった(笑)」
 
飯野「そうなの? 私ははじめイライラしちゃった(笑)」
 
大音「元カノに対して未練たらたらのロブ、僕が演じる、30年間彼女がいなくて、自信が持てずに愛想笑いしているディック、そして夢があるのに一歩踏み出せないバリー。それぞれに共感というか、身近に感じられるキャラクターです。このミュージカルこそ、男性が観て“俺も頑張ろう”と思えるんじゃないかな。そういう作品に出会えてうれしいですよ」
 
飯野「私が演じるリズはこういう男を見捨てられない女性。だめ男とわかっていても相談にのったり励まそうとしてしまいます。そうさせるほどの彼の魅力はなんだろう?と考えながら観たのですが、考えてみれば、彼らが音楽オタクであるのと同じように、私にも小劇場好きというコアな趣味はある。だから、何かに夢中になる彼らの感覚は理解できるし、リズは彼らの“少年の心”に憧れを持っていて、そのダメな部分に母性本能を掻き立てられるというか、支えたくなるのかなと思います」

”ぴったりの配役”VS”意外な配役”

――キャスティングはどなたがなさったのでしょう?
 
大音「プロデューサーさんのようです。配役表でリズ役に飯野さんの名前を見つけて、ぴったりだと思いました。以前共演したときもみんなのお姉さんみたいに相談にのっていただいたり、アドバイスを下さったんです」
 
飯野「確かに、台本を読んでいて、私もこういう言い方しちゃうだろうなという部分はありましたね」
 
大音「僕に関しては、これまで『ジャージー・ボーイズ』にしても『ヴェローナ物語』にしても、元気なキャラが多かったので、ここまで“陰”のキャラは初めてです」

30代になっても闘える

――いわゆる“ダメ男”たちと彼らを巡る女性たちの物語ですが、なぜ今、なのでしょうね。
リハーサルより。

リハーサルより。写真提供:TipTap

大音「今回、稽古前に一か月間この作品と向き合うなかで、映画版を観た時には感じとれず、ミュージカル版に触れて感じたことが一つあります。
 
世の中には、若者やスーパースターを応援する作品ってたくさんあると思うんですよ。でも、アラサーになって若者とは言えない、未来を感じられない人たちのことは誰が応援してくれるんだろう。僕も今、28歳でアラサーなんですが、同窓会に行くと、(着実に)キャリアを築いて子供もできて、という人ばかりではなくて、仕事を辞めたり、気の毒なことが起こっていたりと、いろいろな境遇の人がいる。
 
そういう、ヒーローとは呼べない人たちを応援するのが、この作品なんじゃないか。僕が演じるディックは彼女いない歴30年の童貞だけど、そんな彼でも理想の彼女を作ろうと、一生懸命。馬鹿にされても頑張る姿を通して、お客様に勇気をもってもらえる、30代になっても闘えるんだと思っていただけるんじゃないかな、と思うんです」
 
飯野「彼らを見ながら、自分もまだあきらめちゃいけない、と思っていただけるんじゃないかな。身近にいそうな人たちの話だけに、入っていきやすい物語だと思います」
 
大音「映画版だとロブばかり描かれているけど、ミュージカルではディックやバリーのドラマも描かれているのもいいんですよ」
 
飯野「画面で見切れるということがないから、お客様にも(その情景の)好きなところをご覧いただけるしね」

日本版ならではのネタも投入

大音「あと、映画版や原作では音楽関係のジョークが正直、(マニアックで)何が面白いのかわからないものも多かったけど(笑)、今回の台本には一豪さんが日本人でもわかるネタを入れてくださっているので、かなり笑えると思います。僕らが歌うナンバーも、ロックあり、バラードあり、マサラっぽいものありですごくかっこいいですよ」
 
飯野「音楽好きな人はかなり楽しめると思います。それに映画版があることで、今回は違う層が来て下さるかもしれないですよね。先だって出演した『生きる』の時は、黒澤映画が原作ということで中高年の男性たちがたくさん来て下さって。きっとはじめは“ミュージカル版?なんだ?”と思っていた方もいらしたかもしれないけれど、観ているうちに周りを気にせずむせび泣く人が少なくなかったそうです。きっかけは何でもいい、これが“初ミュージカル”という方が来てミュージカルのファン層を広げてくださったら凄くうれしいですね」

台本無しのリーディングになるかも⁈

――稽古は始まったばかりですが、どんな舞台になりそうですか?
 
飯野「レベルは高いと思いますよ。初日からみんな歌いこなしているし、台詞もほぼ覚えてしまっています。今回はリーディング・ミュージカルだけど、台本を持たなくてもできるかも(笑)」
 
大音「かなり歌の分量が多い作品で、ミュージカルというよりライブの印象を受けるかもしれません。(小ぶりな)会場が作品にぴったりだと思います。どんどん前のめりになって楽しんでいただけるんじゃないかな」
 
手探りでミュージカルの道へ

――プロフィールのお話もうかがいたいのですが、お二人はどのようにミュージカルの道へ?
 
大音「僕は小学生の頃、郷里の福島にミュージカル劇団が巡業で来て、地元の子供も参加する演目に出たのがきっかけで興味を持ちました。高校生の時点で俳優を志し、大学を卒業してはじめはフリーでやっていたのですが、フリーだとオーディションの情報が入ってこないんですよ。仲間とマイケル・ジャクソンのショーを作ってライブハウスで公演したりするうち、今の事務所の社長に声をかけていただき、舞台に出られるようになりました」

夢のような体験だった『ジャージー・ボーイズ』

――最近では『ジャージー・ボーイズ』日本初演、再演に出演。フランキーらと渡り合うハンク役などできらりと光っていましたが、いかがでしたか?
 
大音「夢のような体験でした。僕にとって(フランキー役の)中川晃教さんは、世界のミュージカル俳優の中で一番尊敬する歌声の方なのですが、その中川さんと一緒に歌い、指導も受ける。大学生時代の夢がすべて叶った一方で、アッキーさんはプロとして対等に、自分に課してるのと同じものを課して下さったので、僕にとっては試練でした。特に再演は苦しみましたね。
 
何についてかというと、初演では歌です。アッキーさんがあまりにも憧れの存在だったので、たった一つの小さな指摘が、ずしりと心に来まして。再演では、芝居の部分です。あの作品では、『レ・ミゼラブル』でメインをつとめた方など、そうそうたる方々がご一緒で、演出の藤田俊太郎さんは全員に“君がこの場を回さないといけないよ”というシーンを与えていらっしゃるんです。

嬉しくも(プレッシャーがあって)苦しくて、ゲネプロが終わった後も悩みましたね。でも幕が開いたらたくさんの人が喜んでくれて、一気に報われました。この“幸せだよ”という気持ちのために苦しんできたんだなぁと思いました」
 
飯野「そういうものがあるから、舞台ってやめられなくなるんですよね。いろんなところから集まった人たちと一緒に苦しんで、時には泣いて。でもカーテンコールのとき、お客様の拍手でダイレクトに返ってくるものがある。それを受けてまたやろうと思う」
 
大音「僕は役者なので、どん底に落ち込んでる感情も生かそうと思っちゃうんですよ。『ジャージー・ボーイズ』でぼろぼろになってるときも、“今、俺どういう顔してるんだろう”と思って自撮りしたり(笑)。今回のディック役には、その時の感情がすごく生きていますね」

俳優以外の仕事を知らずに

――飯野さんはご両親も俳優ということで、自然な流れでこの道に?
 
飯野「両親が俳優だったのと、実家が山の中で周囲にはコンビニも何もないところだったこともあって、世の中に(他に)どんな職業があるかを知りませんでした。はじめはTVに行こうかと思ったけど、未成年ということで親の名前を書くと、ほぼ100%書類審査に通って、父について聞かれるのが嫌で」
 
 
大音「そうなんですか? 僕は(フリー時代に)そこでどれだけ苦労したか‼ どんなに自分をアピールしても、何を書いても書類審査に通らなかったです」
 
飯野「今となってはそういうこともきっかけとして活用すればよかったかもしれないけど、当時は嫌でしたね。テーマパークで4年間踊った後に、雑誌で『天使は瞳を閉じて』ミュージカル版のオーディションを見つけて応募して、そこで親の名前に関係なく通ったことが、自信を持って“(私は)私です”と言える核にもなりました」
 
――『キンキー・ブーツ』はじめ、話題作に続々出演されています。
 
「『1789』では年上のポリニャック夫人、『貴婦人の訪問』では涼風真世さんの少女時代と、いただく役のふり幅が広いのが有難いです」

大変だったけれど新鮮でもあった『生きる』

――最近の『生きる』のおばちゃん役も生き生きされていました。
 
「おばちゃん役は私は2幕だけですが、公園を作るぞ!と(おばちゃんたちと渡辺が)団結するシーンはすごく楽しかったし、それがお客さんに届いて応援して下さって嬉しかったですね。日本人役ということで感情移入もしやすかったです。
 
『生きる』はオリジナル作品の初演ということで、大変な現場ではありましたね。毎日のように台本が変わって、場面もまるまるカットされたり、ぎりぎりまで楽曲が届かなかったり。“台詞は覚えてこないでください”と言われていました(笑)。でもベテランの多いあのメンバーだったからこそできたのでしょうね。
 
ストレート・プレイ出身の方がいらっしゃったこともあって、出演者のグループラインでは芝居のディスカッションが始まったこともありました。グループラインでは写真や稽古スケジュール、稽古後の飲みの誘いなど(笑)を共有することが多いのですが、そこで“(演出家の宮本)亜門さんはああおっしゃっていましたが、僕はこう感じました。皆さんはどうですか”と。討論に直接参加しなくてもそういう考えをみんなで共有できて、すごく新鮮でしたね。

本番中に体調を崩した方がいた時も、当日の本番前にみんなで口頭で“この台詞は誰が言う、ここの間隔は詰めて”とほぼ打ち合わせただけで対応できたのもあのメンバーだったからこそだと思います」

表現者としての矜持

――どんな表現者を目指していらっしゃいますか?
 
飯野「演出家から求められる以上のものを出せる女優でありたいですね。言われた通りプラス、“もう一つ越えてきた”と驚いてくれるようなことが出来れば。そのために、私は本当は恥をかくのは好きじゃないし緊張しいだけど、仲間を信じて自分を曝け出し、稽古場でたくさん恥をかいて作り上げていくのが仕事だと思ってます。

本番中に生まれる新たな感情もありますけど基本的には稽古場でやったことに忠実に。演出家に見てもらってないアドリブをやることはほぼありませんね。」
 
大音「僕はエンタテインメントというものが好きで、入場料をいただくなら幸せな気持ちになってもらわないと、と思ってきました。でも『ジャージー・ボーイズ』という、人生をしっかり描く作品に出会って、パフォーマーである以上は、エンタテインメント性も大事にしつつ、人間が幸せを追い求めて一生懸命生きる姿を演じられるようにならないと、と思いました。
 
今回、僕の演じるディックも、運命の相手を求めて一生懸命。その必死な姿を表現できる役者になりたいと強く思っています。そういう意味で、今回、いただいたディック役はものすごく自分のやりたい役。“なんていうタイミングで会いに来てくれたの、ディック!”と嬉しく思っています。

今の僕の思いのすべてをこの役にぶつけて、次のステップに行けたらいいなと思っています」

公式HP
 

観劇レポート:自由度の高さが心地よい、愛すべき人々の物語

 
『High Fidelity』(青盤キャスト)写真提供:TipTap

『High Fidelity』(青盤キャスト)写真提供:TipTap

小ぶりのアクティング・スペースをバンドとキャスト、そして観客が四方から取り囲む場内。バンドのメンバーが音合わせをしていると、それが“もういくつ寝ると……”のメロディになったり、クリスマス・ソングになったり。
 
リラックスした空気の中、演出の上田一豪さんがアクティング・スペース脇に進み出、“ブロードウェイには大作以外にも面白いものがあるんだぞということで、今回、ワークショップという形式で上演してみます。リアクション次第でうち(TipTap)かもしれないし、うちでなくともどこかが上演してくれると思うので、よかったらSNSなどで発信してください”と上演意図を説明。そのままの流れで主人公のロブ(染谷洸太さん)がアクティング・スペースに呼ばれ、作品がスタートします。
『High Fidelity』(青盤キャスト)写真提供:TipTap

『High Fidelity』(青盤キャスト)写真提供:TipTap

20世紀の遺物(?)、カセットテープを取り出し、“これ、初めて見たって人いるかな?”と客席に話しかけるロブ。端の方の席で挙手が一名。“お、いたね~”と言いながら、ロブは自己紹介を始めます……が、レコード店(CDではなく、レコード)を経営するこのアラサー男性、“人生何もうまくいかない”のに“何もしなくていい”と開き直り状態。それでも、出て行った元カノ、ローラには未練たらたらで、彼女を含めた元カノたちの幻影に責めたてられたり、ローラの新恋人イアンの噂を聞いては一喜一憂。苛立った彼は“心の神様”、ブルース・スプリングスティーンの“ご宣託”にすがるものの……。
『High Fidelity』(青盤キャスト)写真提供:TipTap

『High Fidelity』(青盤キャスト)写真提供:TipTap

元カノからの借金は返さず(返せず)、彼女に執着しつつも簡単に別の女性によろめくロブ。こんな友達がいたら困るだろうなぁ……ん?身近なあの人に似てるじゃないか、と観客の多くが思い当たりそうなリアルな“ダメ男”っぷりですが、その姿がノリノリのロック・ナンバーというフィルターを通すことで、妙に愛すべきキャラクターに見えてくるのが、ミュージカルという手法のなせるわざ。青盤チームの染谷洸太さんが、持ち前の張りのある声と自然な清潔感で、“ダメ男”ロブに活力を与え、観客を引き込みます。
 
ロブの“ファム・ファタール(運命のひと)”というべきローラ役の清水彩花さんも、時に実在の彼女、時にロブの記憶の中の彼女を伸びやかな歌声で演じ、ロブの元カノ勢ぞろいナンバーは迫力満点。終盤はイアンとロブとの間で揺れる女心を覗かせ、同性なら共感せずにはいられないキャラクターを造型しています。
『High Fidelity』(青盤キャスト)写真提供:TipTap

『High Fidelity』(青盤キャスト)写真提供:TipTap

ロブの同僚二人組のうち、ディック役の大音智海さんはカーディガンのボタンをいじるなど、細やかな芝居で奥手の男をかわいらしく表現。人生で初めて出会えた“彼女になってくれるかもしれない”女の子アンナ(門田奈菜さん)とのなりゆきが何とも微笑ましく、本作の好感度ナンバーワン・キャラクターかもしれません。もう一人の同僚で、バンドを組む夢に浸るバリー役・ユーリック武蔵さんも“強気だけどなかなか一歩を踏み出せない”キャラクターをエネルギッシュに演じています。
 
ロブとローラ共通の友人で、二人の別れを知っていながら何かとロブにアドバイスに来るリズ役の飯野めぐみさんは、おせっかいなキャラクターにあたたかな“姉御肌”をまとわせ、好演。ローラが恋しいはずのロブを一目ぼれさせてしまう歌手マリー役の三森千愛さんは、“ドライな美女”で終わってしまいかねないキャラクターに血を通わせ、本作の他の女性キャラクターともども、魅力的なオーラを放ちます。
『High Fidelity』(青盤キャスト)写真提供:TipTap

『High Fidelity』(青盤キャスト)写真提供:TipTap

個性的なレコード店の客たちの中で、ヒッピー風の男、KYMAOを飄々と演じていると思ったら終盤でロブの“神”、ブルース・スプリングスティーンに変身。ブルースの男くささをパワフルな歌声で表し、場をさらったのが鎌田誠樹さん。スピリチュアルな演出で女性を陥落させるカウンセラー、イアン役の岸祐二さんは“色気”と“ユーモラスな胡散臭さ”の境界線を、絶妙のバランス感覚で行ったり来たり。二人のベテランの存在感が光ります。
 
リーディングと銘打ちつつも全員が舞台上で動き、フルステージ同様に見えた今回の公演。きっちりとした振付をつけず、俳優が思い思いに動くような(キメの部分では揃っていましたが)自由度の高さも面白く、むしろ今回のような演目にはこういった上演形式のほうがふさわしいようにも映ります。
『High Fidelity』(青盤キャスト)写真提供:TipTap

『High Fidelity』(青盤キャスト)写真提供:TipTap

この規模、この演出のまま、ワークショップではなく本公演としての上演も“有り”なのでは。韓国ソウルの大学路ミュージカルのような、学生たちがカジュアルに連れ立っていくエンタテインメントにも。そんなポテンシャルを秘めた舞台と言えるでしょう。

*次頁で『アメリカン・ラプソディ』をご紹介します!

ガーシュインの生涯を辿る朗読音楽劇『アメリカン・ラプソディ』

12月20~22日=座・高円寺
 
『アメリカン・ラプソディ』の見どころ
『アメリカン・ラプソディ』2015年公演より。撮影:宮内勝

『アメリカン・ラプソディ』2015年公演より。撮影:宮内勝

20世紀アメリカを代表する作曲家、ジョージ・ガーシュイン。ジャズとクラシックを融合させた彼はブロードウェイやハリウッドでも活躍し、その楽曲「アイ・ガット・リズム」「シャル・ウィ・ダンス?」等はミュージカル『クレイジー・フォー・ユー』『パリのアメリカ人』でもおなじみです。
 
ユダヤ系ロシア移民としてNYの貧しい家庭に育ったガーシュインが、どのように音楽と出会い、作曲家として世に出、39歳で夭折するまでに多彩な音楽を生み出していったのか。本作では彼の芸術的パートナーとなる女性作曲家ケイ・スウィフトと、世界的なヴァイオリニストのヤッシャ・ハイフェッツの往復書簡を通して、20世紀初頭を駆け抜けていった彼の“濃密な人生”を、劇作家・斎藤憐さんの筆によって描き出します。
 
朗読だけでも成立する内容ながら、本作では随所にピアニストによる生演奏・俳優による歌唱が差し挟まれるのが大きな特徴。ナンバー誕生のエピソードを耳にした直後に実際にその曲を楽しむことが出来るとあって、2010年の初演以来、毎年上演を楽しみにしているファンも少なくない作品です。
 
今回はケイ役を土居裕子さん、ヤッシャ役を福井晶一さんが担当。屈指の歌唱力を持つお二人とあって、今年は「サマータイム」「ス・ワンダフル」をはじめ、歌唱ナンバーも多くなりそうとのこと。

また初演からピアニストをつとめる国際的なジャズ・ピアニスト、佐藤允彦さんの演奏もふんだんに登場。特にガーシュインその人が乗り移ったかと思われる「ラプソディ・イン・ブルー」での迫力の演奏は聞き逃せません。

シンプルながら贅沢この上ないひとときを、クリスマス・シーズンのご自分への「ご褒美」にいかがでしょうか。
 

ケイ・スウィフト役・土居裕子さん、ピアニスト役・佐藤允彦さんインタビュー

(左)佐藤允彦・慶應義塾大学卒業後、米国バークリー音楽院に留学、作・編曲を学ぶ。帰国後は多数のアルバム制作に携わり、国際ジャズ・フェスにも多数出演。(右)土居裕子・愛媛県出身。東京芸術大学卒業後「音楽座」主演女優として活躍。その後『サウンド・オブ・ミュージック』等の舞台に出演、ディズニー映画『ポカホンタス』吹替え等でも活躍。(C)Marino Matsushima

(左)佐藤允彦・慶應義塾大学卒業後、米国バークリー音楽院に留学、作・編曲を学ぶ。帰国後は多数のアルバム制作に携わり、国際ジャズ・フェスにも多数出演。(右)土居裕子・愛媛県出身。東京芸術大学卒業後「音楽座」主演女優として活躍。その後『サウンド・オブ・ミュージック』等の舞台に出演、ディズニー映画『ポカホンタス』吹替え等でも活躍。(C)Marino Matsushima

ガーシュインの生涯とその楽曲を、心ゆくまで堪能できる舞台です

――お二人は本作のような朗読劇は、以前から手掛けていらっしゃるのですか?
 
佐藤「僕はこの作品だけですね。2010年の初演の時に、以前からお付き合いのあった演出の佐藤信さんに言われまして、即決しないとまずいかなと思って、“はい”と(笑)。今年で9年目になります」
 
土居「私は3年前の公演で初めて『アメリカン・ラプソディ』に出させていただいたのですが、ガーシュインの生涯を語ってゆくだけでなく、折々に佐藤さんのピアノの生演奏が加わるというのがとても素敵だなと思いました。だって「ラプソディ・イン・ブルー」全曲を聴く機会なんて、そうそうないですよね」
 
佐藤「実際は相当、縮めて弾いているんですよ。3分の1ぐらいに」
 
土居「それでも幸せな気分になれます」
 
佐藤「うまく弾ければね(笑)。自分としては1回も満足したことはないですよ」
 
土居「板(舞台)に乗っていながら、私は“ずっとこれを聴いていたいな”と思ってしまいます」
 
佐藤「この作品はね、(演奏を始める)きっかけを覚えていないといけないから大変なんです。(初演から)ずっとやってるからだいたい頭に入ってるけど、毎回、(佐藤)信さんが台本に手を入れるんですよ。曲を変えたり、演奏のきっかけを」
 
土居「それも全部ではないので、要注意な変わり方なのだと思います」
 
佐藤「信さんは俳優さんにも“(台本を)読んではいけないし芝居してもいけない”とおっしゃる。難しいものなんだなぁと思いますね。土居さんも福井さんも、普通の芝居より相当神経を使われるんじゃないかな」
 
自由に、のびのびとガーシュインを演奏

――台本の1ページ目の配役表を拝見すると、佐藤さんは“ピアニスト”の後に“(ガーシュイン)”と書かれています。ガーシュインとして演奏している、ということでしょうか?
 
佐藤「そんな意識はしてないですよ。だってガーシュインは若くて男前で、女性遍歴が凄まじい人物じゃないですか(笑)」
 
土居「ピアニストってずるいんですよ。ふだんはこうやって普通に話しているけど、ピアノを弾きだすと“ああ素敵”と魅了されてしまいます。ミュージシャンの魔力ですよね」
 
佐藤「ガーシュインが実際にどういう演奏をしていたのかはあまりわかっていなくて、『ラプソディ・イン・ブルー』にしても、かっちりした譜面はあるけれど、それにもいろいろなバージョンがあるんです。オーケストラと一緒のバージョン、ピアノ1台バージョン、2台バージョンとか。信さんは“自由に遊んでいいからね”とおっしゃるので、“ここまでやったら怒られちゃうかな”とか考えながらやっていますね」
 
――シンガーから見たガーシュインは?
『アメリカン・ラプソディ』2015年公演より。撮影:宮内勝

『アメリカン・ラプソディ』2015年公演より。撮影:宮内勝

土居「私はジャズの歌い手というわけではないので、エラ・フィッツジェラルドみたいなジャズの歌い方は難しいなと思っていましたが、そうではなく、例えば『サマータイム』であればオペラ『ポーギーとベス』の中の『サマータイム』でいいんだよと演出家がおっしゃったんです。それなら挑戦できるかなと前回歌わせていただいて、はまりましたね。
 
クラシックともジャズとも言い難い、ガーシュインが学んできたオーケストラ法にジャズとインプロビゼーションが融合しているのが楽しくて。もう一回やりたいと思わせてくれました」

ガーシュインと同時代の作曲家の相似点

――「サマータイム」以外にはどんなナンバーを歌われるのですか?
 
土居「私はガーシュインだけでなく、お兄さんのアイラが作詞してヴァイルが作曲したものも歌うんですよ」
 
佐藤「でも別の作曲家の作品なのに、全然違和感がないんです」
 
――同じ時代の作品だから?
 
佐藤「ええ。ヴァイルはナチス・ドイツに追われて30年代にフランスに逃げていったんですが、ガーシュインもお父さんがロシア系のユダヤ人で、帝政ロシア時代に、ポグロムというユダヤ人排斥に遭ってアメリカに逃げて来たんですね。ニューヨークの貧民街で育ったジョージ・ガーシュインの音楽には、ユダヤ人の感性が含まれているので、同時代のヴァイルの音楽を土居さんが歌われても、全然違和感がないんです」
 
――ロシア出身ということで、ロシア的な要素もありますか?
 
佐藤「ガーシュインだけでなく、30年代にはロシアの子守歌を思わせる旋律の曲を書いた作曲家が何人もいますよ。自分の中にDNAとして持っているんでしょうね」
 
土居「そうなんですか」
 
――被差別意識が芸術性に火をつけたということもあるでしょうか。
 
佐藤「ガーシュインはもちろん天才だと思うけれど、あの頃のアメリカにはものすごい人がいっぱいいますね」
 
――時代が押し出してきたのでしょうか。
 
佐藤「アメリカは国として若かったじゃない。そこにみんなでゴールドラッシュとかで押し寄せて、ものすごい活力があったんじゃないかと思いますね」
 
ガーシュインは今で言う“ツンデレ”⁈

――土居さんは台本を読み込む中で、どんなことを感じますか?
 
土居「まず、(ガーシュインは)すごい女ったらしだったんだなと(笑)。この作品にはガーシュイン本人は登場せず、私演じるケイと福井さん演じるヤッシャの台詞だけで彼がどういう人かを表していかないといけないのですが、一言で言えば、ガーシュインは今で言う“ツンデレ”ですね(笑)。上流階級で育ったケイは、そういうところにころりと魅了されてしまったのでしょう。
 
ガーシュインは彼女と歩む間にもいろんな女性と関係を持っていたけど、ケイとしては、彼の溢れるような才能を壊しちゃいけない、と自分を抑えていたのでしょうね。こんな才能のある人と深く関わったことがないので、自分だったらどうするかわかりませんが(笑)」
 
――本作は奔放でありながら才気溢れるガーシュインの人生を、ケイとヤッシャの往復書簡を通して描いた作品ですが、佐藤さんの生演奏でガーシュインの楽曲がふんだんに差し挟まれるのが特色ですね。
 
佐藤「10数曲演奏します。中でも、彼の若いころの作品『ラプソディ・イン・ブルー』はやはり素晴らしいですね。作品の中にものすごくいろんなエピソードが入っていて、自由奔放にいろんなものが組み合わっています。どこをとってもうまくまとまっていて、(3分の1に縮めても)うまく繋がるんですよ。
 
それに比べると、後年の『コンツェルト・イン・F』は同じモチーフが何度も繰り返されていて、イマジネーションがあまり感じられない。既にこのころ、脳腫瘍だったのかなと思いますね。もう1つ、『キューバ序曲』も彼自身、ちょっと困っているような感じがありますね」
 
土居「わかります」
 
佐藤「そういう大きな作品より、むしろ日常的な小さな曲の中に、素晴らしい、こんなメロディよくできたなというものがあります。それらはアメリカのジャズメンに愛されて、『グレイト・アメリカン・ソングブック』といった定番集にいっぱい入っています」

お気に入りのガーシュイン・ナンバーは……

――ガーシュインの作品の中でお気に入りを1曲選ぶとしたら?
 
佐藤「難しいこと言いますね(笑)。やはり遺作の『Our Love Is Here To Stay』ですね。すごくシンプルなんだけどね。遺作なんですよ。遺作と言っても、39歳。若いですよね。本当にぱっと駆け抜けて行ってしまった。その(人生の)密度はすごいですね」

土居「私のお気に入りは『ラプソディ・イン・ブルー』。このまえ『ボヘミアン・ラプソディ』を見たときに、この曲が浮かんだんですよ。フレディ・マーキュリーもオペラが大好きでいろいろ聞きまくって『ボヘミアン・ラプソディ』が生まれたそうですが、彼はペルシャ系のインド人(パールシー)で、民族的な匂いがある。かたやガーシュインも民族的な匂いがあるということで、この2つが私の中でリンクしました。
 
今回、『アメリカン・ラプソディ』をもう一度やりたいと思ったのも、(佐藤)允彦さんの『ラプソディ・イン・ブルー』を間近で浴びたいという気持ちがあったからです」

佐藤「練習しなくちゃ(笑)」

2018年版に向けての抱負

――今回、ご自身の中で何かテーマはおありですか?

土居「前回、ケイという役がすごく私の中に入ったんです。実際はそんな人じゃなくて、私のなかで勝手に作り出しちゃったのかもしれないけれど、“このキャラ、私の中にある”と思えたんですね。

その時からちょっと歳を重ねたので、もう少しケイという人を深めていけるんじゃないかなと思います。“こんな(奔放な)男と出会ってしまった”ということで、胸の中でもっとぐるぐるしてるものがあるんじゃないかと。

そのへんを出して信さんに否定されたらおしまいですけど(笑)、チャレンジはいいことだと思うので、“そこはちょっと”と言われるまでやってみようと思ってます」

――福井晶一さんとは初共演ですね。

土居「ヤッシャが実際どういう人かはわかりませんが、福井さんのヤッシャはとてもヤッシャらしいんですね。ちょうど年下で、実際の設定とも同じですし、ちょっと歌ってくださいます。ジャン・バルジャン役者の福井さんが“ちょっと”というのは申し訳ないんですが、デュエットさせていただけるので楽しみですね」

佐藤「僕の抱負は、うまく弾く以外ないかな(笑)。一生懸命やってます。実はお二人が朗読している間、僕はずっと静止していなくちゃいけないので、大変なんです。筋肉が固まるね。それでいきなり演奏しなくちゃいけない(笑)」

土居「たいていは袖にはけるのですが、今回はピアノが中央にあることもあって、ずっといてくださるんです」
 
――急に“100メートル走ってください”みたいな?(笑)

佐藤「そう、スタートラインもなしにね(笑)」

――どんな舞台になりそうでしょうか。

佐藤「ご覧になってのお楽しみ、かな(笑)」

土居「毎年ご覧になるファンもいらっしゃるとうかがっています。比べるのが楽しみな方もいらっしゃるかもしれませんね」

佐藤「僕はずっとやってきているので毎年(朗読を)聴いているけど、同じ台本なのに俳優さんによって、雰囲気が全然違うんですよ。面白いなと思うし、すごく勉強になりますね」
 

『アメリカン・ラプソディ』観劇レポート:大人の“ご褒美”と呼ぶに相応しい珠玉の音楽朗読劇

『アメリカン・ラプソディ』撮影:宮内勝

『アメリカン・ラプソディ』撮影:宮内勝

舞台中央に一台のピアノ、その左右にテーブルとバーチェア。登場した土居裕子さん、福井晶一さんは佐藤充彦さんのピアノで軽快に「スワンダフル」を歌い、そのまま左右に分かれて朗読を始めます。
『アメリカン・ラプソディ』撮影:宮内勝

『アメリカン・ラプソディ』撮影:宮内勝

15歳で楽譜屋のピアノ弾きとして働くようになったジョージ・ガーシュインは作曲の才能を発揮、大衆の人気を得るも、批評家にはその新しさゆえに酷評される。渾身の力を振り絞って取り組んだオペラ『ポーギーとベス』も失敗し、失意の中で39歳で脳しゅようのためこの世を去る。
『アメリカン・ラプソディ』撮影:宮内勝

『アメリカン・ラプソディ』撮影:宮内勝

斎藤憐さんによる台本は、ガーシュインの作曲を助けた女性作曲家ケイ・スウィフトと、彼女にガーシュインを助けるよう依頼した世界的ヴァイオリニスト、ヤッシャ・ハイフェッツの往復書簡という形式をとり、はじめはジョージと距離を置いていたケイが次第に彼の魅力に抗えなくなり、抜き差しならない関係となっていく様子を描きつつ、ヤッシャの言葉を借りてジョージの音楽を考察。
『アメリカン・ラプソディ』撮影:宮内勝

『アメリカン・ラプソディ』撮影:宮内勝

観客は折々に差し挟まれる佐藤さんのピアノ演奏や土居さん、福井さんの歌を楽しみながら、ユダヤ系ロシア移民というルーツと当時アメリカに根付きつつあったジャズやブルース、チャールストンといったアフリカ系移民の音楽がジョージの血となり肉となって「ラプソディ・イン・ブルー」「ピアノ協奏曲」といった名曲が生まれていったことを理解していきます。
『アメリカン・ラプソディ』撮影:宮内勝

『アメリカン・ラプソディ』撮影:宮内勝

真珠のように言葉を粒だたせながら読み上げ、「サマータイム」の歌唱では端正かつ献身的な歌声を場内に響かせる土居さんと、明朗な朗読にあたたかさの滲む福井さん。遺作となった「Our Love Is Here To Stay」を敢えてさらりと弾く佐藤さん。クリスマスの時期にふさわしい、大人の“ご褒美”と言える公演です。

公式HP
 
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。