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2018年最大の話題作の一つ、『生きる』。世界的に有名な黒澤明監督の映画を、海外展開も視野に入れてミュージカル化するというプロジェクトは、内外から大きな注目を集めています。9月末、開幕を間近に控えた都内某所の稽古場では、日々ブラッシュアップが行われ、白熱した稽古が展開。どんな作品が生まれつつあるか、スタッフ・キャストへのインタビュー、稽古場レポートを通してご紹介します。
『生きる』

『生きる』

《目次》
  • 黒澤明映画『生きる』とは
  • 小説家役 新納慎也さん・小西遼生さんインタビュー
  • 作曲家 ジェイソン・ハウランドさんインタビュー(2頁
  • 稽古場レポート(3頁
  • 観劇レポート(4頁)  

黒澤明映画『生きる』とは

  『七人の侍』『羅生門』等で知られる世界的な映画監督・黒澤明が、1952年に発表し、ベルリン国際映画祭市政府特別賞を受賞した映画作品。胃がんで自身が余命いくばくもないことを知った公務員の男が、生きがいをみつけ、奔走する様が描かれます。寡黙な主人公役の志村喬による目で思いを訴えかける演技と、彼がしみじみと歌う「ゴンドラの唄」が観るものに強い印象を残しました。
 

新納慎也さん・小西遼生さんインタビュー

誰もが、きっと何かを持ち帰っていただける舞台です  
 (右)新納慎也 神戸市出身。近作に『パジャマゲーム』『パレード』『スルース~探偵~』等の舞台、TVドラマ『風雲児たち~蘭学革命篇~』など多彩に活躍。(左)小西遼生 東京都出身。近作に『フランケンシュタイン』『戯伝写楽』『魔都夜曲』等の舞台、 TVドラマ『ドクターX』などで幅広く活躍している。(C)Marino Matsushima

 (右)新納慎也 神戸市出身。近作『パジャマゲーム』『パレード』『スルース~探偵~』等の舞台、TVドラマ『風雲児たち~蘭学革命篇~』など多彩に活躍。(左)小西遼生 東京都出身。近作『フランケンシュタイン』『戯伝写楽』『魔都夜曲』等の舞台、 TVドラマ『ドクターX』などで幅広く活躍している。(C)Marino Matsushima

――お二人は映画版『生きる』は以前からご存じでしたか?
 
新納慎也さん(以下、新納)「僕はもともと映画俳優になりたいと思っていて、映画を勉強しようと、10代のころに観ていました」
 
小西遼生さん(以下、小西)「僕も映画が好きで、黒澤作品は昔に結構観ていましたが、黒澤映画の中でも『生きる』は最後の方に観たかな。その当時はタイトルで“重っ”と思って、気が引けてしまって」
 
新納「僕も当時、作品の真髄は理解できていなかったけれど、今回、改めて見返してみて、主人公を取り巻く人々を通した“社会ってこういうものでしょ”というシニカルな視点に大人になったからこそ気づきました。(黒澤監督は)“なんていう才能だ”と改めて思います」
 
”黒澤映画のミュージカル化”という発想への驚き
 
――その映画をミュージカル化すると最初に聞いた時は……?
 
新納「絶対失敗すると思いました(笑)。黒澤という世界的な名前を借りて、生半可なことをしたらあかん、と。黒澤映画のファンからすれば、ミュージカルというジャンルは対極にあるようなものじゃないですか。一番嫌われることじゃないかな、と」
 
小西「ミュージカルを観にいこうとなった時に、黒澤明の『生きる』というタイトルを見たら、しり込みする題材ではあると思うんですよね。あれだけ現場のリアリズムが大事にされていた黒澤映画をミュージカル化するというのは、ものすごく挑戦的だなと思いました」
 
――そういう作品に挑戦するというのは、大きな決断だったのでは?
 
小西「まあでも僕は新納さんほど、日本のミュージカル界のことをわかってはいないので(笑)」
 
新納「そうやって人を貶めるのやめて(笑)」
 
小西「いやいや、先輩ですし、日本のミュージカル界を盛り上げるタイミングで活躍されてきた方じゃないですか」
 
新納「ちょっと待って、そんな(年齢)変わらんからな(笑)」
 
小西「でも輸入ものではなく日本で素材を探してきて、ミュージカルという形で作品を創ることを考えた時に、黒澤映画ほど人の本質を突いている素材ってなかなかないかもとは思いました」
 
新納「4月に、その時点で書きあがった台本と音楽でワークショップをやってみようとなったときに、(蓋を開けたら)ちゃんとミュージカルになっていたんですよ」
 
小西「(台)本を読みこめば読み込むほどこの作品そのものがすごく面白いし、ジェイソンの音楽も(宮本)亜門さんの演出も含め、非常にクリエイティブな現場になっていて。きっと黒澤作品だからという気合もあると思うけれど、“絶対成功させよう”という空気になっています」
 
新納「この企画を考えた人は天才、と思いました。目の前にいるんですけど(笑)」
 
プロデューサーに訊く、『生きる』舞台化のきっかけ
 
――では梶山プロデューサー、なぜ『生きる』の舞台化を思いつかれたか、お教えいただけますか?
 
新納「俺も聞きたい」
 
梶山プロデューサー(以下、梶山P)「素材はずっと探していました。『デスノート』をやったので漫画からは一度離れようと思って、“世界の”と形容できるモチーフとして、例えばイチローさんだったり小澤征爾さんといった有名な日本人の物語を考えたり、有名な日本映画のDVDを次々見たり。映画は“ここにはこんな曲”“ここはこんな曲”とメモをしながら見ていったのですが、だいたい途中で止まっちゃうんです。例えば、このシーンがないと成立しないというシーンが100人のチャンバラで(ミュージカルでは表現が厳しいもので)あったりとか。
 
そんな中で、『生きる』は途中から“最後まで行けるかも”と思い始めて、ついにラストまで行きつくことのできた作品でした。興奮しましたね。テーマもいいけれど、ミュージカルとの相性がいいんです。一番感動的なところに音楽(『ゴンドラの唄』)が入っていて、少なくとも歌う必然性があるわけです」
 
――海外展開も初めから視野に入れていたのでしょうか?
 
梶山P「もちろんです。日本だけで作るにはあまりにもお金と手間がかかりすぎる。『デスノート』が韓国でも上演できたのは、僕らにとって大きかったですね。

ただ、その(海外進出の)話を抜きにしても、『生きる』については今、これ以上の作品は作れない、明らかに自分の演劇人生の最高の瞬間が訪れていると思えるほどの手ごたえがあります。稽古の度に、スタッフやキャストはもちろん、これまで見学に来た方みなさんが号泣していて、“なんだこんなものか”と帰られた人は一人もいません。ピアノ一台で、衣裳もない状態でこれなら、本番はどうなっちゃうんだろうというわくわく感でいっぱいです」
 
“小説家”が果たす役割
手ごたえたっぷりの稽古の様子をかわるがわる語って下さった新納さん(右)、小西さん(左)。(C)Marino Matsushima

手ごたえたっぷりの稽古の様子をかわるがわる、熱く語って下さった新納さん(右)、小西さん(左)。(C)Marino Matsushima

――新納さん・小西さんへの質問に戻りますが、新作ということで、ワークショップからこれまで、作品は紆余曲折を経てきたのでしょうか。
 
新納「最初のワークショップでは市村さんと小西君が読み合わせをして、僕と鹿賀さんはお客さんの立場で感想を聞かれ、ああだこうだとお話しました。その部分も取り入れて変えてくださったし、それから今までの間にずいぶん変わりましたね。昨日初めて歌った歌、言った台詞もあります。明日もきっと」
 
小西「変わりますね」
 
新納「映画をそのままやっているわけではないので、演劇的によりわかりやすく、演劇的な完成に向かって変わり続けているのだと思います」
 
――今回、お二人が演じるのは主人公・渡辺が居酒屋で出会う“小説家”。同時にストーリーテラーとして観客を劇世界に誘うお役目ですね。
 
小西「今回は物語の全てをつなげるために、小説家という人物が映画で言うあの役、この役も担っているねという部分がけっこうあります」
 
――一般的にストーリーテラーは、例えば『エビータ』におけるチェのように、客観的に物語を眺めていきますが、今回のお二人は小説家という役柄を演じながらということで、主観と客観をどんなバランスで使い分けていらっしゃるでしょうか?
 
新納「それは難しいところで、今まさに悩むべきところですね。自分自身の中でのバランスと同時に、作品全体のバランスも担う役目として、それは日々、対応しなくてはいけません。
 
イメージとしては(コーヒーカップのスプーンを持ち上げ、中心あたりを下から指で支えて)こういうことです。お芝居は総合芸術、集合芸術なので、支点が日々違うなかで、自分もそれに応じてバランスをとらなければならないし、ストーリーテラーは作品のカラーを左右する役目なので、何を一番フォーカスしたいのか、演出家に言われずとも自分で伝えていかなければいけない。すごくバランス感覚が試されると思っています。
 
そういう意味では、コニタン(小西さん)と僕では個性が異なるので、意図しない部分で違いが見えて面白いと思いますよ」
 
小西「渡辺というどこにでもいるごく普通の男の、死を前にした時の生き様に触れて、生きることの素晴らしさ、面白さをストーリーテラーとして、小説家として、“どうだい?”と皆様により濃くお伝えするのが役目かなと思っています」
 
鹿賀さん、市村さんとの“創造の場”が楽しくて仕方ない
 
――いろいろな見どころのある作品かと思いますが、その中でも特に“ここがいいのよ”という部分を挙げるとしたら?
 
新納「たくさんあるけれど、僕にとっては、シーンというより、鹿賀(丈史)さんがいいんですよ。初めてのリーディングが終わった時に思わずプロデューサーの腕をつかんで、“この状態のまま、鹿賀さんが舞台に上がればこの作品は成功です、僕の役なんてどうでもいい(笑)”と伝えました。
『生きる』

『生きる』渡辺勘治役・鹿賀丈史

鹿賀さん御本人にも“素敵すぎるって気付いてますか?(幕が開いたら)大事になりますよ、覚悟してくださいね!”と言ったほど。それくらい鹿賀さんが素敵なんです。
 
僕はお世辞が嫌いなので本当にいいと思わないと言わないけど、今回は思わずそう言いました。皆さんがこれまでご覧になってきた鹿賀さんの集大成であり新たな鹿賀さんであり、そのすべてではないかと僕は思います。スタッフ・キャストの一同が稽古場で涙して、口には出さないけど“鹿賀さんのためにやろう!”という空気感になっています。『生きる』じゃなくて『鹿賀丈史』というタイトルにしたいくらい(笑)」
 
小西「それなら僕は『市村正親』というタイトルにしたい(笑)。市村さんは、ご自身の中で役を消化されて、その感情を相手役に目で伝えてくる。一つシーンを挙げるとすると、居酒屋で小説家として渡辺と初めて出会うシーン。胃がんを宣告されて打ちのめされている渡辺が、これまで貯めたお金を出して、“使い方を教えてくれ”と小説家に言ってくる時の目といったら、本当に鬼気迫るものがあります。
『生きる』

『生きる』

そして市村さんは、他の役との関係性で生まれるものをとても大事にされているんだなと、稽古を重ねるたびに感じます。市村さんから投げかけられるものをキャッチして、そのエネルギーをしっかりと返す。そこで生まれたものが観ている方々に伝わる。その稽古が今は楽しくてたまらないですね。ですので、私は『市村正親』というタイトルで(笑)ご覧いただきたいと思います」
 
自分や、身近な人のこと。様々な思いが溢れてくる
 
――この作品のテーマ的な部分に思いを馳せることはありますか?
 
新納「この前、市村さんに“ご自身も胃がんを患われたことがあるなかで、こういう役を演じるのはどんな感じですか”とお尋ねしたら、“自分は初期だったのでよかったけど、同じ病気で亡くなった仲間がたくさんいるから、その思いを役に乗せたいんだ”というお話を稽古場の雑談の中でうかがったんですね。僕自身も家族がんになったりもしているので、病気で死んでいくということへの思いものせたいと思っています。
『生きる』

『生きる』小説家役・新納慎也

この作品に入ってから、取材で“新納さんにとって生きるってどんなことですか”とよく聞かれるけれど、そんなこと思ってみんな生きてるの?と思うんですね(笑)。今までの僕は目の前に与えられたことをやっていくのに必死で、特に大きな目標を持つこともなかった。でも何かを残さないといけないかもとか、だらだら生きていてはダメなのかもという危機感は持ちますよね。

無駄に過ごした今日という日が、別の人にとってはどうしても生きたかった今日だったかもしれない、とふと思いますし、そんな思いを乗せたいですね」
 
小西「僕はこの作品に関わって、自分の親のことをよく思い出します。昔、父が病気を患ったことがあって、それがわかった時、普段寡黙な父が“俺、死ぬのか、死ぬのか”とパニックになってしまったことがあって。
 
実際は大事には至らなかったのですが、その時の姿と『生きる』の渡辺が重なるんですよ。渡辺はほんの数分前まで、自分が胃癌だと気付いていなかった。それが突然、余命に気づく。でも、そんななかで渡辺は“生きるとは”を考え、生きた証を残したいと願い、ささやかな希望を見つけ生き抜く。あの時もし父が余命を宣告されていたらと思いますし、「生きる」を考えさせられます。
『生きる』

『生きる』

稽古を毎日観ているスタッフの人たちも稽古場で泣いてるんですよ。その人がこれまでどんな生き方をしてきたかなんて知らなくても、そういう人を見ると“この人はここに共感できる生き方をしてきたんだなぁ”と思えて、じーんとくるものがあります。皆さんも身近な大切な人のことを思い出して、観て頂ける作品だと思いますね」
 
今の日本の観客の琴線に触れる音楽にぐっと来ます
 
――ジェイソン・ハウランドさんの音楽はいかがですか?
 
新納「すごくキャッチ―でいいですね。最初、黒澤の『生きる』の舞台化なのに音楽を海外の方にお願いすると聞いて“なんで?”と思ったんです(笑)。僕はこのプロデューサーのやることに疑問を抱いては常にしてやられています(笑)。
 
でも、もしこれを日本人の作曲家に依頼したら、日本人であり、昭和であり、というところで固定概念が入りすぎて、ものすごく昭和テイストだったり演歌テイストになって、現代を生きているお客様に今一つ突き刺さらないものになっていたかもしれません。海外の作曲家が現代の感覚で音楽をつけることで、現代の僕らにダイレクトに伝わる。うまく考えたなぁ、と思いますね」
 
小西「『生きる』は“ゴンドラの唄”が有名で、あの曲の周りに置かれる音楽ってある意味プレッシャーだと思うんですが、彼の作る歌は心情が外れることなく、説明しすぎることもなく、物語を膨らませていく。そして日本人が聴いていて、日本人の琴線に触れる、例えば童謡を聴いているときのような懐かしさもあって。

一音のこだわりでぐっと感動させられる音楽を創っている人なんだなと感じます。もちろん、そこに高橋知伽江さんが歌詞をつけたり亜門さんが演出をされているから、という面もありますが、彼の音楽は、そこで観せたい、表現したいことが鮮明に見えてきます」
 
――どんな舞台になるといいなと思われますか?
 
新納「本作が海外展開をするかしないかというのは後の話で、とりあえずは日本のお客様に、『生きる』という話が伝わるといいなと思います。それプラス、これまではミュージカルというと一枚フィルターがかかっているというか、海外作品が上演されることが多くて、みんなでマイクとかベンと呼び合って金髪の鬘をかぶってという、ある種虚構の世界を楽しむことが多かったと思うんです。

それも僕は大好きだけど、日本の物語がダイレクトにミュージカル化された、そういう世界も楽しんで、そして誇りを持っていただけたら。ミュージカルは決して海外だけのものではないということをわかっていただけたら嬉しいですね。でもあくまでエンタテインメントですから、チケット代の分楽しんで、感動して何かを持ち帰っていただければ、それが一番です!」
 
小西「ご観劇頂く方にとって味わい深い作品になればと思います。今、ジェイソンさんの音楽によるブロードウェイの血、世界で活躍する宮本亜門さんのグローバルな感覚、色々な要素を取り込んで消化した、日本のオリジナル・ミュージカルが生まれようとしています。タイトルからは重いものをイメージされる方がいらっしゃるかもしれないけれど、リラックスして楽しんで頂ける、そして“人生って美しい”と感じられる作品になっていると思います」
 
公演情報 ダイワハウスpresents ミュージカル『生きる』10月8~28日=TBS赤坂ACTシアター

*次頁で作曲家・ジェイソン・ハウランドさんインタビューをお送りします!
 

作曲家 ジェイソン・ハウランドさんインタビュー

一人の男が亡くなる前に“生きる意味を見出す”ということの美しさを伝えたい
ジェイソン・ハウランド 71年米国マサチューセッツ州出身。子供のころからミュージカルに憧れ、学生時代に作曲を始める。大学在学中の92年に『ジキル&ハイド』ワークショップに参加し、フランク・ワイルドホーンと知り合う。『ビューティフル』『タブー』音楽監督、『若草物語』作曲などさまざまなミュージカルで活躍している。(C)Marino Matsushima

ジェイソン・ハウランド 71年米国マサチューセッツ州出身。子供のころからミュージカルに憧れ、学生時代に作曲を始める。大学在学中の92年に『ジキル&ハイド』ワークショップに参加し、フランク・ワイルドホーンと知り合う。『ビューティフル』『タブー』音楽監督、『若草物語』作曲などさまざまなミュージカルで活躍している。(C)Marino Matsushima

――今回の『生きる』に関わることになった経緯は?
 
「『デス・ノート』に編曲、オーケストレーションで参加したのがホリプロさんとのご縁の始まりでした。その後、プロデューサーから、東京で上演された僕の作品『若草物語』を聴いて音楽を気に入ったという連絡があり、ついては新作ミュージカルの曲を書くことに興味はあるか?と尋ねられたのです。“興味はあるけれど、題材は何ですか?”と聞いたところ、『生きる』という映画のミュージカル版だ、ということでした。
 
まずは自分で映画を観てみて、それから父に“ひょっとして『生きる』という日本映画を知ってる?”と聞いてみたら、“もちろん知っているよ。1952年か53年だったかな。学生時代に観た、お気に入りの映画だ”と言うのです。自分でも2度観て、とても引き付けるもののある物語だし、主人公がガンにおかされる悲しい話と聞いていたけど、実際には彼が亡くなる前に希望を見出すという、救いのある美しい物語。一人の人物が驚くべき変化を遂げるという点で、素晴らしいミュージカルになるんじゃないか、これはすごいアイディアだぞ、と思え、参加を決めました」
 
――創作の過程はどのようなものだったのでしょうか。歌詞が先でしょうか、曲が先だったのでしょうか?
 
「はじめの1年間ほどは、脚本の高橋(知伽江)さんとプロデューサーと僕の3人で、ミュージカルの構成についてひたすら話し合いました。というのは、映画の後半は主人公のお通夜で、そこに集った人々の会話にフラッシュバックがさしはさまれるという構造なのです。“主人公が不在というのは、舞台ではできない”と僕は言い、それならどういうことにしようか、といろいろなアイディアを出しあいました。そんななかで、高橋さんがいくつかのカギになるような言葉をくれて、それを受けて僕が断片的なメロディをつけてみる。あるいはその逆で、僕のメロディに高橋さんが言葉をつける。そういうことが繰り返されるなかで、自然と曲が出来上がっていきました」
 
――ということは、曲と歌詞はほぼ同時に生まれたのでしょうか?
 
「手に手を取って、ね。歌のアングルはどうしよう。何がフックになるだろう、といろいろ話し合った後だったから、書き始める前から僕らはそれらの曲が聞こえているという感覚でした」
 
――最初に書いた曲は?
 
「2幕に渡辺が歌う“青空に祈った”ですね。映画を見ていて、僕は“渡辺はなぜ公園を作ろうと思ったんだろう”と気になったんです。ミュージカルでは、この公園を、息子との思い出を通して過去、そして未来と繋がるための象徴として位置づけました。だから彼はぜひとも公園を作りたかったのだ、と。その背景を語るのがこのナンバーです」
 
――1オクターブの中で音がいったりきたりする様子が公園のブランコを想起させますし、アクセント的に置かれた低音が遠い日の思い出をイメージさせ、とても歌詞に寄り添ったメロディですね。
 
「有難う、そういってくれて嬉しいです」
 
――本作は1952年の日本が舞台ということで、作曲にあたり当時の日本の音楽を聴かれましたか?
 
「聴くには聴きましたが、プロデューサーとは、52年の日本は終戦後のラディカルな社会変革を体験している真っ最中で、そのエネルギーを表現するにはむしろ西洋音楽らしいほうがいいだろうという話をしていました。いっぽうで渡辺は純・日本の環境で育った人物ということで、“青空に祈った”では民謡的なペンタトニック音階を使いましたが、映画で最も有名な『ゴンドラの唄』は、僕には和風には聞こえませんでした。
 
ですので今回は和風ということよりも、時代を問わない音楽を意識しました。舞台は日本でも、本作は病魔におかされ、生き方を変える男の話で、それ自体は世界のどこででも起こりうる、普遍的な話です。もし日本的な音楽が求められていたら、僕ではなく日本の作曲家が起用されていたでしょう」
 
――現状、リハーサルの進行はいかがですか?
 
「順調ですよ。もうすぐオーケストラ・リハーサルが始まります。(渡辺役の)市村さんと鹿賀さんは個性が異なるもそれぞれに素晴らしく、(小説家役の)新納さんと小西さんも個性の異なる、パワフルな声をお持ちです」
 
――日本の観客に、このミュージカルをどう観てほしいですか?
 
「一人の男が亡くなる前に生きる意味を見出すというこの美しい物語が、しっかり伝わると嬉しいですね。本作は主人公の“息子との繋がり”“社会との繋がり”の物語だと僕は思っています」
 
――本作はブロードウェイでも評価されそうでしょうか?
 
「可能性はあると思います。物語は普遍的だし、力強い。ブロードウェイ用に手直しする部分としては、例えば英語を日本語に訳すと2倍の長さが必要だといわれますが、その逆で、日本語を英訳すると時間が余ってしまうので、新たな歌詞を付け加える必要が出るかもしれません」
 
――主人公はアメリカの方がご覧になって内気すぎるようには見えませんか?
 
「映画版では確かに内気だし寡黙で、それが効果を生んでいたけれど、それをそのままやるのではミュージカルにならないので(笑)、舞台ではもう少し言語化しています。それに、2幕の渡辺は行動を起こす。そういう人物は内気には見えないものです」
 
作曲家志望の若者が心得るべきこととは

――プロフィールについても少しうかがわせてください。ミュージカルへの興味はいつごろからお持ちでしたか?
 
「8歳ごろですね。僕はマサチューセッツ出身ですが、母がNYに行くたびにショーに連れていってくれたのです。初ミュージカルは『アニー』でした。子供のころの夢は俳優でしたが、高校生になって自分の演技はひどいと自覚し(笑)、作り手に転向しました」
 
――作曲のトレーニングはどのように?
 
「気が付いたら書いていた、という感じです。子供のころにピアノを習っていたので、バッハ、モーツァルト、ショパン、ベートーベンらの曲を通してハーモニーであるとか楽理については知らず知らず身についていました。10代前半の頃はミュージカルの大御所、バーンスタインやリチャード・ロジャースの作品にも惹かれましたが、その後英国によるブロードウェイ侵略があり(笑)、『キャッツ』『オペラ座の怪人』といった作品を聴きました。『レ・ミゼラブル』を初めて観たのは15歳でしたが、その後、ロングランの最後の指揮者を勤めることになろうとは、思ってもみませんでしたね。さらにはポップスやヘビーメタルも聴いていました」
 
――非常に豊かな音楽的ボキャブラリーをお持ちなのですね。またジェイソンさんは作曲以外にも編曲・オーケストレーター、劇作家、演出家など様々な顔をお持ちですが、そのうちどれを中心に据えていらっしゃいますか?
 
「全部ですね。形は何であれ、部屋にこもってクリエイティブなことをするのが好きなんです」
 
――作曲家志望の若い人に何かアドバイスをするとしたら?
 
「何を言われてもイエスということ。誰かが“こういうことはできる?”と聞いてきたら、とりあえず引き受けるべきだと思います。たとえそれが気に入らないとしても、どうすればいいかわからないとしてもね」
 
――一度やってしまえば、その次からは自分の思うようにできるかもしれない、ということでしょうか?
 
「そうです。僕はそうやってきました」

*次頁で稽古場レポートをお送りします!
 

『生きる』稽古場レポート

丁寧に、躍動感をもって描き出される、名もなき男の魂の軌跡
(この日の配役 渡辺=市村正親さん、小説家=小西遼生さん、とよ=May’nさん)
 
「では通し稽古を始めます」。和やかだった空気が一瞬にして引き締まり、さざ波のように稽古ピアノの音が響き始める。現れた人々が“ある男が”“ある日死んだ……”と一節ずつ、割り台詞風に歌い継いでいると、中央に歩み出た男(後に“小説家”であることがわかる)が、主人公との出会いが“俺を目覚めさせた”と歌う。演じる小西遼生さんの憂いと温かみを湛えた声が、聴く者を物語世界へと引き込んでゆく……。
『生きる』リハーサルより。写真提供:ホリプロ

『生きる』リハーサルより。写真提供:ホリプロ

小説家が回顧するその男、渡辺の物語は、ある何気ない一日からスタートします。いつものように目覚まし時計とともに6時に起きた彼は、淡々と身支度をすませ、勤続30年の市役所へ。市民課長の席に座り、山積みになった書類に判を押していると、主婦の一団が“近所に公園を作ってほしい”と陳情に現れます。
 
なるべく仕事をしたくない職員たちと、たらいまわしにされる主婦たちの攻防。エネルギッシュに展開するナンバーと、黙々と同じ作業を繰り返す渡辺とのコントラストが鮮やかですが、何より渡辺役・市村正親さんの、そこにいることすら感じさせないほど存在感を打ち消した演技に驚かされます。
 
その後、腹痛が気になった渡辺は病院を訪れますが、待合室で知ったかぶりの患者(佐藤誓さんの悪意たっぷり?な歌唱がユーモラス)に“胃潰瘍だといわれたときには胃がんと思うべき”と言われ、おびえながら診察室へ。医師からまさにその言葉を告げられた彼は衝撃を受け、帰宅すると別件で息子と口論。いたたまれず、飲み屋へと向かいます。
 
筆者はこの時、台本を読みつつ見学していたのですが、この居酒屋のシーンでハッと息を呑む瞬間がありました。渡辺が居酒屋で出会った小説家に、金の使い道を教えてくれるよう懇願するくだり。特に文学的というわけではなく、一般的には一括して一つの感情とともに発せられそうな台詞を、市村さんがある二音を立てて発したところ、一瞬にして場の空気が変わったのです。
 
おそらくはその台詞が何を伝えようとしているのか、市村さんが丁寧に吟味し、発した結果、生まれた変化だったのでしょう。どんなに些細に見える言葉も、見逃さない。静かな場面でこそ際立つ“演技の真髄”に心の中で唸っていると、場面は渡辺の求めに応じて小説家が案内する歓楽街へ。歌い踊り、騒ぐ人の群れに染まることができず、飛び出してしまう渡辺。ここでも人々が醸し出す猥雑な空気と、渡辺の絶望が好対照をなしています。
『生きる』リハーサルより。写真提供:ホリプロ

『生きる』リハーサルより。写真提供:ホリプロ

路上にうずくまった渡辺に声をかけたのは、市役所の同僚とよ(演じるMay’nさんがさっぱりとした自然体で、嫌みのない、快活な役柄にぴたりとはまっています)。彼女に心を許し、自分の病状を語った渡辺は“このままでは死ねない”。どうしたら君のように活き活きと生きられる?と問い、とよの何気ない一言に心動かされ、“今日が二度目の誕生日だ”と決意します。
 
サイトにもアップされている一幕ラストのこのナンバー「二度目の誕生日」を、市村さんはつぶやきから入ってはじめの段落はほぼ台詞のように発し、ミュージカルというよりむしろシャンソンのように膨らませてゆく。そして溢れる思いを乗せて力強く放たれる、最後の二音。命の期限を知った渡辺がここで初めて“生”に目覚める姿に、思わず胸が熱くなりますが、歌唱が終わると場内に大きな拍手が。筆者は稽古場でこのような拍手を耳にした経験はありませんが、誰が先導したものでもなく、この空間にいる人々の内面から自然に沸き起こった拍手であることは歴然。これまでに観たことのないタイプの舞台が生まれる予感の中で、休憩時間を過ごしました。
『生きる』リハーサルより。写真提供:ホリプロ

『生きる』リハーサルより。写真提供:ホリプロ

“ネタバレ”回避のため2幕の詳細は割愛しますが、1幕の大部分で“本当の意味では生きていなかった”渡辺が痛みと戦いつつ、見違えるような行動派に転じる姿が大きな見どころ。彼の前に立ち塞がる市の助役役・山西惇さんも堂々たる発声で“煮ても焼いても食えない”上司を体現しています。
 
そして物語が進むにつれて存在感を増してゆくのが、渡辺の息子・光男役の市原隼人さん。父に反感を抱く彼が、周囲の人々を通して真実を知り、どう変わってゆくか。以前出演されていたTVドラマ『リバース』での演技を彷彿とさせる魂のこもった演技で、本作が“父と子の物語”であることにも気づかせてくれることでしょう。
 
新作とあって日々、ブラッシュアップを重ね、筆者が見学した(すでにかなり終盤の)通し稽古の後も、楽曲や台詞が変わっていると聞く今回の舞台。本番ではどんな姿を見せるのか、興味は尽きません。

*次頁で『生きる』観劇レポートを掲載しています!

公演情報 ダイワハウスpresents ミュージカル『生きる』10月8~28日=TBS赤坂ACTシアター(10月7日プレビュー公演)公式HP
 

ミュージカル『生きる』観劇レポート:力強く、情感豊かに語られる“絶望の先の希望”

『生きる』渡辺勘治(鹿賀丈史)撮影:撮影: 引地信彦

『生きる』渡辺勘治(鹿賀丈史)撮影:撮影: 引地信彦

(注・ダブルキャスト双方の舞台写真を掲載しています)

従来とは異なる熱気に包まれた客席

席に着き、顔を上げた筆者の前には、これまで“大劇場ミュージカル”では見たことのない光景がありました。前列には30代以上と思しき、大人の男性客がずらり。場内全体を見渡しても、この日は休日ということもあってか、男女半々というより男性のほうが多い印象です。原作である黒澤映画ファンはもとより、ふだんはミュージカルを観ないものの(定年間近の男が病をきっかけに生きる意味を探すという)身近なモチーフに惹かれて来た、と思しき方が多数。いつもとは一味異なる熱気に包まれ、幕が開きます。
『生きる』小説家(新納慎也)撮影:引地信彦

『生きる』小説家(新納慎也)撮影:引地信彦

薄闇の中に現れた市井の人々、そして“小説家”(新納慎也さんが愛嬌とスケール感に溢れ、生き生きと物語を牽引)が歌い継いでいざなうのは、“どこにでもいる普通の男”の、半年間の物語。まずはこの主人公、渡辺勘治(鹿賀丈史さん)がある朝起床し、いつものように支度をして勤め先である市役所に出勤するさまが、ジェイソン・ハウランドによる滑らかにして緻密な音楽に彩られつつ、描かれます。
『生きる』撮影:引地信彦

『生きる』渡辺勘治(市村正親)、小説家(小西遼生)撮影:引地信彦

朝食を喉に流し込み、背広を着て2階に住まう息子に“行ってくるよ”と声をかけて出かける渡辺。だが若夫婦の耳には届かないのか、反応は無い。勤め人たちの波に揉まれながら市役所に着いた彼は、無言で“市民課長”の席に着き、書類の山を処理してゆく。その淡々とした風情は陳情に来た主婦たち(重田千穂子さんほか)のエネルギッシュな存在感とはあまりにも対照的で、およそミュージカルには似つかわしくなく見える渡辺ですが、思いがけず、自分が末期の胃がん患者であることを知る。

これ以上は無いというほどの必然性で登場するナンバー
『生きる』撮影:引地信彦

『生きる』撮影:引地信彦

打ちのめされ、街をさまよううち、一つの気づきを得て今、この瞬間から生き直そうと思い立つ。それまで時間をやり過ごしているだけと見えていた彼が、絶望の果てに小さな希望を見出してゆく瞬間が、これ以上は無いというほどの必然性をもって、「二度目の誕生日」という歌によって表現されます。
『生きる』撮影:引地信彦

『生きる』渡辺勘治(市村正親)撮影:引地信彦

そしてそれを境に、身体的には日に日に弱りながらも、(鹿賀さんがかつて演じた)『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャンを彷彿とさせる強靭な信念を支えに、何度躓いても困難に立ち向かってゆくキャラクターへと変貌してゆくのです。
『生きる』撮影:引地信彦

『生きる』撮影:引地信彦

2幕では渡辺が主婦たちの声に応えて公園づくりに奔走する姿を描きつつ、彼が上司や同僚を敵に回してでも公園にこだわった理由を、本作のもう一つの主題歌「青空に祈った」で吐露。親子の絆の象徴であるブランコを見事に音で表現したハウランドのメロディに乗せ、鹿賀さんが遠い日々をいとおしむように、しみじみと歌いあげます。
『生きる』撮影:引地信彦

『生きる』光男(市原隼人)撮影:引地信彦

そしてそんな父の心中になかなか気づかないが、自分なりに父を思っている息子、光男を演じるのが、市原隼人さん。歌唱を含めその体当たりの熱演が、映画版ではあまり描かれていない、父子の情というミュージカル版ならではの見どころに大きく貢献しています。
 
ミュージカル好きにはたまらないシーンも
『生きる』撮影:引地信彦

『生きる』渡辺勘治(鹿賀丈史)、ヤクザ(川口竜也)撮影:引地信彦

ミュージカルらしさと言えば、2幕でヤクザとその手下たちが繰り広げるナンバー「金の匂い」には音楽、振付ともに『ウェストサイド物語』のような雰囲気があり、演出・宮本亜門さんら、クリエイターたちの遊び心がちらり。ヤクザ役の川口竜也さんが、裏世界に生きる人々のギラつく欲望をナンバーに漂わせます。
『生きる』撮影:引地信彦

『生きる』渡辺勘治(鹿賀丈史)、とよ(唯月ふうか)撮影:引地信彦

また何気なく喋った内容が渡辺に重要な“気づき”を与えることになる元・部下のとよ役・唯月ふうかさんは、明瞭な口跡がアップテンポのナンバーでも活き、快活な中にも光男が誤解するような可憐さが本作に華やぎをプラス。稽古時よりさらに迫力ある歌声で渡辺を威圧する助役役の山西惇さん、何かと嫌みな大野役の治田敦さん、ぷるぷるの“糸こんにゃく”ととよにあだ名をつけられるほど気の小さい山田役の上野聖太さんら、ほかの出演者もそれぞれに“いい味”を出しています。
『生きる』撮影:引地信彦

『生きる』助役(山西惇)撮影:引地信彦

 
『生きる』撮影:引地信彦

『生きる』光男の妻・一枝(May'n) 撮影:引地信彦

必要最低限の壁を残し、あとは枠組みだけという渡辺宅のミニマルなセットと、ソフトフォーカスの昭和の街並み写真をコラージュした背景を組み合わせ、時代感と普遍性を絶妙に共存させた美術(二村周作さん)。白い線や黄色の面など、色や形状を変えながら劇世界に豊かな表情をつける照明(佐藤啓さん)も効果的です。
 
観た人が“これは自分の物語だ”と思えるミュージカル
『生きる』撮影:引地信彦

『生きる』撮影:引地信彦

終幕後のカーテンコールでは、前列の男性陣を含め、場内は総立ちに。“人はいつでも生まれ変わることができる”“いつ死ぬかではない、どう生きるかだ”等、様々な感慨が場内に溢れますが、最も多くの人が抱くのは“これは自分の物語だ”という思いかもしれません。丁寧に練り上げられ、東京の劇場で連日、多くの人々の心を揺り動かしている本作が今後、どのように展開してゆくのか。作り手たちが目標としているように、海外で上演されることがあるのか。誕生を見届けた者としては、楽しみが尽きません。
 
(前ページでは市村さん=渡辺役、小西さん=小説家役、May’nさん=とよ役バージョンの稽古レポートを掲載しています)

 
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