時計産業の中心地スイスの歴史や、スイス生まれの定番ブランド

スイス高級時計のイメージ

富裕層にとってステータスシンボルとなったスイス高級時計

スイスを代表する産業と言えば、時計を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。スイスの時計産業は、国全体の産業の中でも重要な位置を占めており、その輸出高は製薬・化学産業、工作機械産業に次いで3番目。世界最大の時計輸出国となっています。
 
今回はスイスの時計ブランドの定番をご紹介。また、スイスでなぜこれほどまでに時計産業が発達したのか、All Aboutスイスガイドの和田 憲明氏が解説します。歴史を辿りながら、スイスで時計と関わりの深い場所の紹介やおすすめ購入スポットなどをまとめました。
 

スイス高級時計の定番ブランド

パテック フィリップ、ロレックス、フランク・ミュラーといった、憧れのスイス高級時計ブランドをご紹介します。
 

1.パテック フィリップ

スイス 時計 ブランド パテック フィリップ

1932年に発表されたオリジナル「カラトラバ(96モデル)」。画像は記事「パテック フィリップの歴史」より

ジュネーブ屈指の老舗にして、名実ともに世界最高のスイス高級時計メーカーとして評価されるのがパテック フィリップ。従来の不便な鍵巻き式に終止符を打ち、時計を飛躍的に進化させたこの革新的な機構を生かして、次々に傑作時計を世に送り出しました。あくまでも気品を重んじた優美なデザインの懐中時計は、ヴィクトリア女王をはじめとする西欧の王侯貴族はもとより、チャイコフスキーやワグナー、トルストイ、キューリー夫人、アインシュタインといった当代一流の芸術家や科学者たちに愛用されたブランドです。
 

2.オメガ

スイス 時計 ブランド オメガ

現在も当時の手巻きクロノグラフ・ムーブメントとデザインを採用して生産が続けられている「スピードマスター プロフェッショナル ムーンウォッチ」。画像は記事「オメガの時計の歴史とメンズの人気スピードマスター」より

日本で古くから知られるスイス時計の代表ブランド、オメガの創業は1848年に遡ります。スイス時産産業の中心地として名高いジュラ山脈のラ・ショー・ド・フォンに時計師ルイ・ブランが創設した工房が始まり。オメガの数ある傑作の中で永遠に語り継がれる伝説を残したのが、「ムーンウォッチ」の愛称で知られる「スピードマスター・プロフェッショナル」です。1969年7月21日午前2時56分GMT、人類が初めて月に降り立ったこの時に、アポロ11号の宇宙飛行士が着けていたのがこの腕時計でした。
 

3.ロレックス

スイス 時計 ブランド ロレックス

1953年に誕生した「サブマリーナー」のオリジナル・モデル。自動巻き。画像は記事「大人のロレックス入門 歴史とサブマリーナ人気の理由」より

腕時計、高級時計を語る上で外せないブランドがロレックス。ドイツ、バイエルン州出身の起業家ハンス・ウイルスドルフが1905年にロンドンに設立したウイルスドルフ&デイビス社に始まります。「ロレックス」というブランド名は1908年に考案されたといいます。新品でも中古やアンティークものでもロレックス人気はとどまることを知らないブランドです。
 

4.タグ・ホイヤー

スイス 時計 ブランド タグ・ホイヤー

1964年発表の傑作クロノグラフ「カレラ」。ムーブメントは手巻き。画像は記事「タグホイヤー傑作モデル「カレラ」の人気のワケと歴史」より

人気の高級腕時計ブランドの中でもクロノグラフのスペシャリストとして名高いタグ・ホイヤー。1860年、スイス、ジュラ山脈のサンティミエにエドワード・ホイヤーが工房を創設して以来、150年以上にわたりクロノグラフのスペシャリストとして名声を築いてきました。モータースポーツとの関わりも深く、1911年に車載用ダッシュボード・クロノグラフの開発に始まり、現代のF1レースにおけるパートナーシップに至るまで、カーレースにちなむ数々の傑作腕時計を誕生させた点は見逃せません。
 

5.フランク・ミュラー

スイス 時計 ブランド フランク・ミュラー

1992年発表の「トノウ・カーベックス」。クラシカルなこのオリジナル・モデルから、多彩な「トノウ」の世界が展開した。画像は記事「フランク・ミュラーの歴史」より

天才的な発想と技術によって現代の時計に革新的な進歩をもたらしたフランク・ミュラー。高度なメカニズムだけでなく、現代人のライフスタイルにマッチしたスタイリッシュなデザインを創出しました。機械式時計でありながら、この種の時計にありがちな堅苦しい雰囲気を少しも感じさせないのは、フランク・ミュラーならではのセンスでしょう。
 

スイス、時計の歴史。難民が撒いた時計産業の種

スイスの時計の歴史を、All Aboutスイスガイドの和田 憲明氏が解説します。
スイス地図

スイス時計産業の本場はフランスとの国境が近い

スイスの時計産業の本場は、西のジュネーブからジュラ山脈一帯のフランスとの国境に近い地域になります(地図参照)。この地域にスイスの時計産業が発達した理由は、中世末期のキリスト教世界における革新運動、宗教改革とつながっています。
 
17世紀後半、ブルボン朝の王としてフランス絶対王政を出現させたルイ14世は、カトリック体制を強化するため、ナントの王令を廃止します。これはフランスの新教徒にとって重大な問題で、これまで曲がりなりにも確保されていた権利が無くなり、迫害の危機にさらされることになります。
 
その結果、大量の新教徒がイギリス、ドイツ、オランダなどへ避難していきます。スイスもその中のひとつでした。特にジュネーブはカルバンが宗教改革の拠点としていたため、新教徒にとって憧れの地だったのです(注)。
 
自国を追われ、各国に散らばっていった大量の新教徒たちは、現代で言うところの「難民」と言えるでしょう。ジュネーブに来た「難民」の中には、時計作りの職人がおおぜいいました。
 
もともとジュネーブは宝飾細工が中心の町だったのですが、カルバンが宝飾などの贅沢品を身に付けることを禁じたため、職人たちは困った状況に置かれました。そこで彼らは時計作りの技術を持ったフランスからの新教徒と協力、新たに宝飾時計を生み出したのです。スイスで高級時計の製造が発達する下地は、既にこの時代に見出すことができます。
 
注:当時ジュネーブはスイス連邦にはまだ加盟しておらず、独立した都市国家だった。
ジュネーブの宗教改革記念碑。

ジュネーブの宗教改革記念碑。左から2番目がカルバン

 

ジュラ地方一帯に広がった時計作り

スイス時計職人

手先が器用なスイスの人々が育んだ時計産業

ジュネーブではじまった時計作り。しかしジュネーブのような都市の場合、ギルドの特権という制約があり、大量に生産することができませんでした。そこで貿易商たちは、ジュネーブから地理的に近いジュラ地方の中に時計作りができる人を探し求めます。
 
ジュラ地方は、フランスとの国境付近を走るジュラ山脈を中心とする山岳地帯です。「スイスのシベリア」と呼ばれるほど冬は寒く、村々は雪で閉ざされ、交通が遮断されます。
 
これといった産業のない寒村の人々にとり、長い冬の間に自宅でできる仕事は大歓迎でした。またジュネーブのような都会とは違い、余暇を利用して時計を作ることに誰も干渉しませんでした。
 
仕事はきっちとこなす完璧主義的なスイス人の気質、そして手先が器用な人が多いといった面も、時計作りにぴったりでした。空気が澄んでいる上、アルプスの雪解け水のおかげで綺麗な洗浄水に恵まれた土地柄も幸いします。
 
その後、作業工程の分業化が進み、時計製造はジュラ地方の主力産業として発展。19世紀には時計製造の先進国、イギリスを追い抜き、スイスは世界一の時計製造、販売国としての地位を確立します。
 

スイス時計産業の父、ジャン・リシャール

懐中時計のイメージ

懐中時計は天才少年の手で再現(画像はイメージ)

伝説によると、ある馬商人がジュラ地方のとある村を訪れました。そこでロンドンで購入した懐中時計が壊れたため、村の鍛冶屋に修理を依頼したのです。普段扱ったことのない時計を渡された鍛冶屋の主人は、どうしたものかと困りましたが、14歳の息子、ダニエル=ジャン・リシャールがそれを分解。それをまた組み立てて修理してしまったのです。
 
馬商人が旅だった後も少年は時計の構造を記憶に留め、やがて自分で道具を作って新たな懐中時計を作ります。
 
真偽のほどは定かでないものの、スイスに時計産業が誕生する逸話として現代に語り継がれています。当時の天才少年、ジャン・リシャールは「スイス時計産業の父」と呼ばれ、スイス高級時計のブランドとして現代に復活しています。
 
ジャン・リシャール公式サイト >>
 

クオーツ革命による打撃、スウォッチの牽引による復活

スウォッチ

斬新なデザインのスウォッチは日本でもお馴染み

こうして順調な発展を遂げたスイスの時計産業でしたが、1960年代に日本で量産されたクオーツ時計が世界を席巻。時計の技術革新として「革命」と呼ばれるほどのインパクトを与えました。機械式が中心のスイス時計は時代の波に乗り遅れ、多くの時計メーカーが倒産や休眠状態に追い込まれます。
 
この危機に瀕したスイス時計産業を救ったのが、1980年代前半に登場したスウォッチでした。「スイス」と「ウォッチ(時計)」を合体させてたブランド名のもと、斬新なデザインの低価格クオーツ時計を開発。さまざなデザインの時計を期間限定で販売することにより、時計を精密機械ではなく、ファッションとして打ち出しことにより、人気が爆発します。
 
1990年代に入ると相次ぐブランド買収により、オメガを復活。ブレゲ、ジャケ・ドローなどスイスを代表する高級時計を次々に傘下に収め、高級化路線を推し進めます。
 
世界各国の富裕層は競うようにスイス高級時計を求め、ステータスシンボルの重要なアイテムになります。こうしてスイスは世界最大の時計輸出国に見事に返り咲いたのです。
 

スイス時計めぐり

ここではスイスの時計産業と深い関わりのある場所をAll Aboutスイスガイドの和田 憲明氏がご紹介します。時計に興味がある人にとって、スイスでの必見ポイントと言えるでしょう。
 
■ジュネーブ
パテック・フィリップ・ミュージアム

ジュネーブのパテック・フィリップ・ミュージアム

スイス時計産業にとって発祥の地、ジュネーブ。市内の英国公園にある花時計は町のシンボルにもなっています。スウォッチ登場時からの全モデルが展示されているスウォッチ・ミュージアム(シテ・デュ・タン)、パテック・フィリップミュージアムなど、時計ファン必見のスポットが目白押しです。
 
<アクセス>
ジュネーブには国際空港があり、パリとの間はTGVで結ばれているのでアクセスはとても便利。旅程の一部に簡単に組み込むことができます。
 
■ラ・ショード・フォン
ラ・ショード・フォン

時計職人のために作られた町、ラ・ショード・フォン

ジュラ山脈の麓にある町、ラ・ショード・フォンは、近郊の町、ル・ロックルとともに時計産業都市として世界遺産に登録されています。時計製造業者のニーズに合わせ、整然と並ぶ街並みは計画的に整備されたもの。細かい仕事が命となる工房には、最大限の光を取り入れる工夫が凝らされています。
 
町中にある国際時計博物館にもぜひ訪れたいスポット。中世の懐中時計や高級時計など、4500点以上のコレクションが自慢の博物館です。館内の工房での修復の様子も見学することができます。
 
<アクセス>
ジュネーブから列車で約1時間45分。途中ヌーシャテルで乗り換え。
 
■時計の谷、ジュー渓谷
ジュー渓谷

のどかな牧草風景が続くジュー渓谷

ジュラ山脈の南端に位置するのがジュー峡谷。「ウォッチ・バレー(時計の谷)」とも呼ばれ、有名ブランドの本社や時計工房が散在する静かな谷です。この谷の村、ル・ブラッシュにはスイスを代表する高級時計ブランドのひとつ、オーデマ・ピゲの本社があります。
 
<アクセス>
ジュネーブからローカル列車で約2時間。途中2度乗り換え。
 

スイス時計のおすすめ購入スポット

時計の国スイスだけに、一定の規模以上の町なら必ずと言って良いほど時計店があります。グリンデルワルトやツェルマットのような山岳リゾート地でも、メインストリートを歩けば簡単に時計店を見つけることができます。
 
せっかくスイスに来たのだから、なるべく多くのブランドをしっかり吟味して購入したいという人向けに、スイスの主な時計購入スポットをご紹介しました。
 
■チューリヒ:バーンホフ通り
バーンホフ通り

夜もウィンドーショッピングが楽しいバーンホフ通り


チューリヒ中央駅からチューリヒ湖に向かって南に伸びる大通りがバーンホフ通り。バーンホフとはドイツ語で「駅」の意味なので、「駅前通り」といった意味があります。
 
湖まで歩いて約20分。トラム以外は車の乗り入れ禁止の歩行者天国になっており、通りの両側には数々のブランドショップが軒を並べています。高級時計ブランドも数多く、選ぶのに思った以上に時間がかかってしまうことでしょう。
 
■ジュネーブ:ローヌ通り
ジュネーブ全景

レマン湖に浮かぶ大噴水がシンボルの町、ジュネーブ

スイス時計産業発祥の地、ジュネーブには、パテック・フィリップ、ヴァシュロン・コンスタンチン、フランク ミュラーなど数々の高級時計メーカーの本店があります。
 
町中のあちこちに時計店を見つけることができますが、中でもローヌ通りがおすすめ。国鉄駅からモンブラン橋を渡り、旧市街の手前、東西に伸びる通りです。

■サン・モリッツ:ドルフ地区
サン・モリッツ

高級ブランド店が立ち並ぶサン・モリッツ

スイスの高級リゾートとして知られるサン・モリッツ。町は中心街となるドルフ地区と、スパセンターがあるバート地区に分かれますが、ショッピングにおすすめなのがドルフ地区です。
 
時計/宝石をはじめ、ファッション関係の高級ブランドが軒を並べています。オードリー・ヘップバーンお気に入りの町としても知られ、セレブになった気分でショッピングを楽しむのも良いでしょう。サン・モリッツには氷河特急やベルニナ特急も発着するので、観光ルートに組み込むことも簡単です。
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