抑うつ感、不安感……全て精神科で治療できるわけではありません

うつ病と甲状腺疾患

気持ちが落ち込む、イライラする……。うつ病ではなく、甲状腺機能の問題かもしれません


気持ちの強い落ち込みや、強い不安感など、心の不調を感じて精神科を受診した際に、心の病気ではなく甲状腺に問題が発覚することがあります。精神科に行って甲状腺の話をされると、ちょっと唐突に思われる方もいるかもしれませんが、実は心の不調の原因が甲状腺の問題であることは珍しい事ではありません。
 
今回は心の病気の基礎知識として、精神科を受診して甲状腺の問題が判明するケースと、その際によくある症状について、詳しく解説します。
 

3パターンに分類できる心の病気の原因……身体・薬物・それ以外

「うつ病」「過食症」「対人恐怖症」など、心の病気は様々です。そして、もしこれらの病名を全く知らない方がいたとしても、病名からそれぞれの病気の症状を、何となく推測できるのではないかと思います。気持ちがうつになるのが「うつ病」、食べることにストップがかからなくなるのが「過食症」、人と接するのに恐怖感を感じてしまうのが「対人恐怖症」だろうか、と、ごく大まかな症状は想像できるのではないでしょうか。

実際にこれらの病名は、それぞれの病気の「症状」のタイプを表しています。そのため、診断して病名を確定させることは、「現われている症状のタイプ」を明確に見極めることとほぼ同じです。そしてその際、「その症状の原因が何か」という点に関しては、実はあまり重点が置かれていません。それは、心の病気の原因は脳内の機能にあること自体ははっきりと分かっていますが、それぞれの疾患を鑑別できるほどの詳細までは、まだ解明できていないからでもあります。上のように、病名だけで症状のタイプは推測できても、その原因に関してはほとんど何も推測できないことからも分かる通りです。

そして、いくら症状として「心の不調」が現れていても、その原因が全て精神科で対処できる問題ばかりとは限りません。

こう書くと、とても複雑な話に聞こえてしまうかもしれませんね。しかし、精神的な問題を内容ではなく原因で分けると、話はかなりシンプルになります。心の病気の原因は、大きく3つのカテゴリーに分けられます。第1のカテゴリーは、今回解説する甲状腺の問題などを含めた身体的問題によるもの。第2のカテゴリーは、アルコール、ニコチンなど中枢神経系に働く薬物によるもの。そして第3のカテゴリーは簡単に言えば第1でも第2でもないもので、これが精神科で治療・対処していく心の病気という風に分けられます。
 

精神科の血液検査でも見つかる甲状腺機能低下症・亢進症

甲状腺の問題で現われる心の問題は様々です。気持ちが落ち込む、不安感が強くなるといったよくある心の問題だけでなく、頻度は少ないものの、幻覚が現れたり、被害妄想が強まったりといった、かなり深刻な精神症状が現れる可能性もあります。
 
そもそも甲状腺とは、どのような役割を持つ器官でしょうか。甲状腺は喉元にある器官で、蝶が大きく羽を伸ばしたような形をしています。名前の最後に「腺」がつくことからもわかる通り、「内分泌ホルモン」を分泌しています。これが「甲状腺ホルモン」です。
 
甲状腺ホルモンの役割はいくつかありますが、最も基本的なものは体の代謝を調節することと言えるでしょう。そのため、橋本病などが含まれる甲状腺機能低下症になると、血液中の甲状腺ホルモン量が通常よりかなり少なくなってしまいます。反対にバセドウ病などが含まれる甲状腺機能亢進症になると、血液中の甲状腺ホルモン量が通常よりかなり増えてしまいます。それにより、様々な症状が現れます。

いずれの場合も、甲状腺機能に問題があるかどうかは、血液検査を行って血中の甲状腺ホルモンのレベルを見ればすぐに分かります。精神科初診時の血液検査結果で、甲状腺機能に問題があると判明することがあるのはこのためです。精神科で血液検査をする大きな目的は、実は心の病気を見つけるためではなく、こうした精神科以外で対処すべき身体の原因を見逃さないようにするためです。
 

甲状腺機能の異常により現れる症状……むくみ・疲れ・汗・心拍数など

もし気持ちの落ち込みが原因で精神科を受診する場合、その落ち込みの度合いは、日常的な憂うつ感ではないレベルのものとして自覚できると思います。

落ち込みの原因が甲状腺の問題の場合、精神的な問題だけでなく、甲状腺機能低下症・亢進症によるその他の身体症状も現れているはずです。ただそれらの症状の出方には個人差があるため、場合によっては、我慢できるレベルの身体症状に留まり、あまり気にならないケースもあるでしょう。

甲状腺機能低下症と甲状腺機能亢進症では、どちらも気持ちの強い落ち込みが現れる可能性がありますが、身体症状の出方は大きく違ってきます。
 
甲状腺機能低下症の場合、甲状腺ホルモンが担う基礎代謝量の低下に関わって問題が現れるため、「体がむくみやすい」「寒さに弱くなる」「疲れやすい」といった症状が出てきます。一方、甲状腺機能亢進症の場合は、「汗をかきやすい」「心拍数があがる」「手指がふるえる」といった自覚症状が出てきます。
 
こうした身体症状の有無は、心の問題の原因が精神科以外で対処すべき病気ではないかを最初の段階で見極める上でも重要なポイントになります。甲状腺の問題は比較的ありがちな問題です。これらの身体症状がないかを精神科の初診問診時に細かく尋ねられることがあるのは、そのためです。
 

「甲状腺の問題=心の不調の原因」と断定できないことにはご注意を

甲状腺機能に何かしらの問題がある場合、心の不調が現れやすいことはここまで述べた通りですが、例え問診や血液検査で甲状腺機能に問題があるとわかった場合でも、それが心の不調の原因の全てであるとは断定することはできません。
 
なぜなら、精神科で対処すべきうつ病を発症していて、たまたま同時に甲状腺機能にも問題が生じていることもあるからです。そのため、甲状腺機能に問題があるとわかった場合でも、しばらく経過を見て判断する必要があります。まずは血液検査などで明らかになった甲状腺に対する治療が始まるでしょう。甲状腺機能が正常化した際に、精神的な問題も無事に消失したならば、その心の問題の原因は甲状腺機能の異常だったと、初めて因果関係をはっきりさせることができます。

しかし、甲状腺ホルモンの血中レベルが正常化した後も、気持ちの落ち込みや不安感などの心の問題が変わらず続いていた場合、その心の問題は甲状腺機能の異常のためだけではなく、精神科でのケアも必要なものだということになります。

心の病気は、原因によって3つのタイプに分類できると解説しましたが、境界はややあいまいです。原因が複数であるケースもあり、心の病気を患っていた場合でも、甲状腺機能の問題も、ある程度は影響しているパターンも少なくないからです。甲状腺機能が正常化した際に、それまで問題になっていた精神症状が、完全とは言えないまでもある程度落ち着いた場合、その落ち着きの程度の大きさから、甲状腺の問題がどの程度関わっていたかが初めてわかることも少なくないからです。

以上、今回は甲状腺の問題と心の不調の関わりを詳しく解説しました。甲状腺の病気は、精神科以外で対処すべき心の不調の原因の、代表的なものです。リスクファクターはさまざまですが、男性よりも女性の発症率がかなり高いことも、覚えておかれるとよいでしょう。そして、気持ちの落ち込み等の精神症状に関しては、甲状腺の治療を重点的に受けられている間も、一般に引き続き精神科で対処していくことは、あらかじめ知っておくとよいと思います。
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。