2015年、『王様と私』で渡辺謙さんがトニー賞主演男優賞にノミネート。この快挙は私たち日本人にとって大変誇らしいニュースでしたが、渡辺さんのような“ハリウッド俳優”としての知名度は無くとも、海外の舞台で活躍する日本人が、このところ増えているのをご存知でしょうか。

日本の劇界でこつこつと培って来た実力が認められ、海外に招かれた彼らは、どのようにチャンスを掴み、現地で何を得て来たのか。ミュージカルファンはもとより、いつかは海外の舞台でも活躍したい!と夢見る若い方々に向けて、この特集では最近、英米での活躍を果たしたミュージカル界の逸材たちにインタビュー、随時掲載していきます。その貴重な体験談を、どうぞお楽しみください!

*目次*
海宝直人さん(ロンドン『Trioperas』に出演)本頁
綿引さやかさん(ハリウッド・ボウル『美女と野獣』に出演)2頁

 

海宝直人(ロンドン・ピーコックシアター『Trioperas』に出演)

“海外は思ったより遠くない。チャンスは広がっているんだと
実感しました“
海宝直人undefined千葉県出身。7歳で『美女と野獣』チップ役でデビュー。後に『ライオンキング』初代ヤングシンバとして同役を3年間演じる。長じて『ファントム』『レ・ミゼラブル』『アラジン』『ノートルダムの鐘』等、様々な舞台で確かな歌唱力・演技力を見せている。写真はクイーンズ・シアター前にて。写真提供:オフィスストンプ

海宝直人 千葉県出身。7歳で『美女と野獣』チップ役でデビュー。後に『ライオンキング』初代ヤングシンバとして同役を3年間演じる。長じて『ファントム』『レ・ミゼラブル』『アラジン』『ノートルダムの鐘』等、様々な舞台で確かな歌唱力・演技力を見せている。写真はクイーンズ・シアター前にて。写真提供:オフィスストンプ

インタビュー第一弾は、2018年5~7月、ロンドン・ピーコックシアターで新作舞台『Trioperas』 に出演した海宝直人さん。有名オペラ3本を凝縮し、新感覚でアレンジした意欲的な舞台でメインキャストを勤め、現地のプレスからも好意的に評されました。聞けば想像を絶するようなタイトなスケジュールのなか、集中力で怒涛の日々を乗り切ったという海宝さん。帰国の翌日、まだその余韻も冷めやらぬなか、お話をうかがいました。

――今回、出演された『Trioperas』はどんなコンセプトのショーでしょうか?
『Trioperas』Photo:Tristram Kenton

『Trioperas』Photo:Tristram Kenton

「敷居が高いと思われがちなオペラを身近に感じてもらおうと、3つのオペラを、本来は3時間以上あるものをそれぞれ30分ほどの長さにまとめて、スペクタクル要素もとりこみながら紹介しているショーです。作品の良さを幅広い方々に伝えたい、とプロデューサー兼演出家のパメラ・タン・ニコルソンさんがおっしゃっていましたね」

――出演のきっかけになったのが、昨年末に出演された(作曲家)村井邦彦さんの芸歴50周年コンサートだったそうですね。

「はい、僕は村井さんが作曲された『アルセーヌ・ルパン』の音楽劇を歌わせていただいたのですが、そこでコンサート・マスターをしていたのが(英国ロイヤル・オペラのコンサート・マスターでもあるヴァイオリニストの)バスコ・バシレフさん。彼がプロデューサーを紹介してくれて、“すぐに資料を送ってほしい”と言うのでお送りしたら、本作にぜひ、とお声がけをいただきました」

――新作だったそうですが、海宝さんがかかわった段階ではどの程度出来上がっていたのでしょうか?
『Trioperas』Photo:Tristram Kenton

『Trioperas』Photo:Tristram Kenton

「去年の11月ごろから準備は進められていたそうですが、僕が参加した時点ではこまかい演出はこれから、という段階でした。パメラさんは編曲・演奏・(美術)デザイン・振付なども手掛けていらっしゃいましたが、演劇的な演出家ではない方なので、まずは彼女が“こういうシーンにしたい”とおっしゃって、それに対して僕らが“どうしようか”という感じで、いろいろ考えながら進めていきましたね。

メンバーはシンガーもいればミュージカルにバリバリ出ている人も、マレーシアから招へいされた獅子舞のチャンピオンもいて多彩でした。国籍的にも、スペイン系などいろいろでしたし、もともとロンドンには生粋のイギリス人はむしろ少ないと言われているほど各国からミュージカルをやりたい人たちが集まっているんです」

――『カルメン』のホセ、『トゥーランドット』のカラフという二つの主役に加え、『マダム・バタフライ』ではゴローと、全作品に出演されたのですね。

「はじめは一作品だけの出演と聞いていたし、スケジュール的にそれ以上は厳しいとはお伝えしていたんです。でも気づいたら2作品になり、最終的には三つになっていました(笑)。僕は『ジャージー・ボーイズ・イン・コンサート』で一度日本に戻る必要があったので、稽古はとりあえずはじめの5日間で振りを全部移して(覚えて)、日本にいったん帰国。またロンドンに戻ったら、演出助手のダンカンに“ここでこうして、次こうして”とざっくりと段取りをつけられて、その日のうちに衣裳をつけて『トゥーランドット』の通し。三日目には全編の通しという展開でした。その後、二日休みがあって、翌日はもう舞台稽古で、その翌日はプレビュー初日でした」

――コミュニケーションはずっと英語で?
『Trioperas』Photo:Tristram Kenton

『Trioperas』Photo:Tristram Kenton

「はい。稽古中は通訳の方についていただいていましたが、劇場に入ってからは一人でした。もっとニュアンスを自分で伝えられたら、という部分はありましたが、コミュニケーション上のフラストレーションはそれほどなかったかな。それ以上に、作品の性質上、3時間以上あるオペラが30分にまとめられていて、特に『トゥーランドット』はもともとストーリー展開が激しい作品なので、役の感情が飛び飛びにならないようにするのが大変でした」

――日本では“プレビュー”と名付けられていても、そこで演出ががらりと変わることがあまりありませんが、本作では?

「結構変わりましたね(笑)。劇場の都合で、早く入ることができず、舞台上であたり稽古ができないまま本番になってしまう事があるのが大変でしたが、みんなで集中して取り組みました。今、(やはりロンドンで上演されている)『王様と私』に(以前『ファントム』で共演した)大沢たかおさんが出演されているのですが、大沢さんもプレビューでかなり(演出が)変わっているとおっしゃっていましたね。ブロードウェイで一度上演されているプロダクションでも、今回、役者が変わっているので、新たに手をいれているところがあるようです」

――開幕後は劇評もいろいろ出たのでしょうか?

「賛否両論でしたが、バスコが“役者陣に対して好意的なのが出てるよ”といくつか送ってくれましたね。ロンドン(の劇評)は正直というか、酷評もすれば褒めるところは褒めていて、共感する部分もありました。作品に批判的な劇評でも役者陣に対しては(おおむね)評価が高くて、みな喜んでいましたね」

――海外での活躍もしてみたいと夢見ている日本の若い人々に、何かアドバイスはありますか?
『Trioperas』Photo:Tristram Kenton

『Trioperas』Photo:Tristram Kenton

「やっぱり言葉は大事だと思いました。通訳を介するとワンクッション置くことになるので、自分の言葉として伝えたい。渡辺謙さんだって『ラスト・サムライ』に出演される前は全然英語を話さなかったらしいけれど、その後勉強されて、今は『王様と私』に主演されています。改めて習得したい、と思いましたね。

でも実際にやってみると、(海外は)思ったより遠くないんだなという感じはしました。日本にいると別世界のように思えるかもしれないけれど、ロンドンって、いい意味で放っておくというか、人種も様々で、舞台づくりも開けていて、日本人にもすごくフレンドリー。『王様と私』にも(渡辺謙さん、大沢たかおさん以外にも)アンサンブルで日本人が出ているし、最近は『レ・ミゼラブル』のコゼット役にアフリカ系の女性が入っていたりと、いろいろなチャンスが広がっているんだなと思いますね」

――こういう部分は日本人の良さ、武器だと感じたことは?

「時間通りに物事を達成しようとする“真面目さ”はすごいなと改めて思いました。『レ・ミゼラブル』日本版で来日しているエイドリアンもよく“なんで君たちは時間通りに出来るんだ”と驚いていたけど、イギリスではみんなアバウトなんですよ(笑)。ダンスやコーラスでの細やかさ、揃い方というのは日本人は凄いですよね。こつこつ努力していく力、積み上げていく力は絶対にあると思います。あと個人的には、初日以降、観に来てくれたイギリスの方々が、君の言葉はきれいで聞き取りやすい、一番伝わってくると言ってくれたのは嬉しかったし、これまで日本で培ってきたものが間違ってなかったと自信にもなりました」

――改めて、どんな経験でしたか?
『Trioperas』終演後にアダム・クーパー、マシュー・ホワイト(『Top Hat』演出)と。写真提供:オフィスストンプ

『Trioperas』終演後にアダム・クーパー、マシュー・ホワイト(『Top Hat』演出)と。写真提供:オフィスストンプ

「濃かったです(笑)。いろいろな意味で感情が動いた1か月半でした。なかなかできない、貴重な体験をさせていただいたと思っています」

――表現者としてのビジョンがさらに膨らんだのではないでしょうか。
『Trioperas』上演のピーコック・シアター前にて。写真提供:オフィスストンプ

『Trioperas』上演のピーコック・シアター前にて。写真提供:オフィスストンプ

「チャレンジしたい幅は確実に広がりましたね。日本で出来ない役が海外で出来るかもしれないし、チャンスがあれば、それこそ例えば(ロンドンの)『レ・ミゼラブル』なども。自分自身、もっともっと磨いていけたらと思っています」

――その余韻も冷めやらぬまま、ご自身のコンサートが始まります。どんな内容を考えていらっしゃいますか?

「今年上半期で自分にとって印象的だったところを抜き出そうと考えています。まずは今年初めて、アラン・メンケンさんと一緒にお仕事させていただいたのですが、僕はアラン・メンケンさんのたくさんの曲とともに育ってきたので、一部はメンケンさんの楽曲。二部では今回、ロンドンに滞在したということで、ロンドン・ミュージカルのナンバーをお届けしようと思っています」

*公演情報*
『海宝直人Birthday LIVE 2018』東京版flyerより

『海宝直人Birthday LIVE 2018』東京版flyerより

海宝直人Birthday LIVE 2018」7月7日=市川市文化会館大ホール、11日=東京オペラシティコンサートホール、16日=Zepp名古屋

*次頁で綿引さやかさんインタビューをお届けします!

綿引さやか ハリウッド・ボウル出演を経て感じる“歌の極意”

綿引さやか

綿引さやか 東京都出身。主な出演作に『レ・ミゼラブル』エポニーヌ役、『ジャージー・ボーイズ』『Beautiful』『SONG&DANCE65』『リトル・マーメイド イン・コンサート』『In This House~最後の夜、最初の朝~』等。昨年、米国Hollywood Bowlで行われた『「Beauty&the Beast」IN CONCERT』に唯一の日本人として出演を果たした。

インタビュー第二弾は2018年、アメリカの初夏の風物詩の一つであるハリウッド・ボウルに出演した綿引さやかさん。米国人キャストとの共演で様々な収穫があったそうですが、それは彼女の“今”にどう生かされているでしょうか。今回は特に“歌”にフォーカスし、綿引さんが貴重な経験をふまえ、理想としている歌唱表現についてうかがいました。
 
それぞれの感性を“音の質感”に生かす
『Beauty & the Beast at Hollywood Bowl』 より。photo : Randall Michelson 

『Beauty & the Beast at Hollywood Bowl』 より。photo : Randall Michelson 

――綿引さんは昨年、ハリウッド・ボウルでの『美女と野獣』コンサートに出演されました。『リトル・マーメイド』『アラジン』『ノートルダムの鐘』でもお馴染みのアラン・メンケンの作品ですが、彼の音楽について、綿引さんはどんな特色があると感じていますか?
 
「わくわくするメロディの中に、切ない音がそっと加えられていたり、切ないメロディの中に、一筋の光のような音が加えられていたり。そんな音楽に感じられて、とても惹かれます」

――彼の音楽を歌うのに求められるものは何だと思いますか?
 
「想像力と、“音楽が連れて行ってくれる場所に身を任せてみること”かな、と思いますね」
『Beauty & the Beast at Hollywood Bowl』 より。photo : Randall Michelson 

『Beauty & the Beast at Hollywood Bowl』 より。当日はメンケンが演奏で登場。photo : Randall Michelson 

――ハリウッド・ボウルではブロードウェイで活躍する米国人俳優たちと切磋琢磨されましたが、現地ではどんな歌唱が評価されると感じましたか?
 
「当時はとにかく必死で、なかなか客観的に考える余裕が無かったのですが、思うがままに個性を出していいんだな、というのが一番の気づきでした。自分が感じている感覚、音の質感をそのまま素直に出すと、皆さん感覚が違うのでバラバラの音になる。でもその結果、とてもカラフルなコーラスになるんです」
 
――みんな同じ歌い方だと“合唱団”のように聞こえてしまう。そうではなく“キャラクターたちのコーラス”が求められた、ということでしょうか。
 
「そうかもしれないですね。ソロで歌う部分もありましたが、コーラスを歌う時ははじめ“(メインキャラクターの)邪魔をしてはいけない”という感覚でした。でも実際は、それは全く関係ないという感じで、音を正確にとるといった基本的な部分は揃えますが、それ以外の“色”はそれぞれに出すことを求められたんです」
『Beauty & the Beast at Hollywood Bowl』 より。photo : Randall Michelson 

『Beauty & the Beast at Hollywood Bowl』 より。Mrs. Pot (Jane Krakowski) photo : Randall Michelson 

――例えばどちらのナンバーで?
 
「最初に工夫したのは“Be Our Guest”ですね。フォークやケトル、ワインといろいろなキャラクターが登場するナンバーで、同じパートを歌っていても、それぞれに音の質感が違って楽しいんですよ。私も一つ一つの音に対して、自分が感じる質感をどんどん入れていきました。例えばある個所で“お湯がわいたような音で歌って”というリクエストがあって、みんなでわっと歌いだすと、全然違う質感でみんなが歌いだすんですね」
 
――ピーというケトルがあれば、ポコポコ鳴るケトルもある、みたいな?
 
「そうです、そうです(笑)。かわいいケトルを想像する人もいれば、古いケトルを想像する人もいて。冒頭の“Ah~”というコーラスについても“自分が料理だと思って”と言われると途端に皆さんカラーを出してきて、面白かったです」
 
“己を知る”ことが“オンリーワンの歌唱”に繋がってゆく
『Beauty & the Beast at Hollywood Bowl』 より。photo : Randall Michelson 

『Beauty & the Beast at Hollywood Bowl』 より。Gaston & Bell (Taye Diggs & Zooey Deschanel) photo : Randall Michelson 

――メインキャストの方たちを見ていて、感じたことはありますか?
 
「細かい技術については分析しきれないほど素晴らしかったけど、ダイナミックというか、おそらく見えているものの広さが全然違うと感じましたね。それは単に声が大きいということではなくて、心の中に動いている感情のエネルギーがものすごくパワフルなんです。こういうふうに、人の心を突き動かせるような歌声が出せるといいなと思いました」
 
――そのためには、お肉をたくさん食べれば……というものでもないのでしょうね。
 
「そうですね。今回、もう一つ気づいたのが、“型にはめる”という概念を完全になくすというということ。この曲、この音はこう歌うと初めから決めるのでなく、まっさらな状態でその音や楽譜ともう一度出会いなおすことが大切だと思えました。それによって“オンリーワン”の歌が歌えるようになる。今はそこを目指して頑張っています」
『Beauty & the Beast at Hollywood Bowl』 より。photo : Randall Michelson 

『Beauty & the Beast at Hollywood Bowl』 より。Anthony Evans photo : Randall Michelson 

――よく、日本人は体格的に不利と言われますが、そういったことは感じましたか?
 
「私も渡米まではそう思っていて、彼らは体の作りが違うからあれだけ声が出ていいなとも思っていたのですが、ハリウッド・ボウルを経験したことで、逆に小柄だからこその声の繊細さであったり、私だからこそ出せるものもあるんじゃないかと思うようになりました。もちろんダイナミックな音には憧れますし、それは追求しつつも、他の人が持ってないかもという視点で自分の声、体を見つめなおすといいかも、と思えたんですね」
 
――“それいいね”と言われたり?
 
「例えば“ガストン”というナンバーで、それまでどこか型にはまりに行こうとして迷っていたのが、“自由にやっていい”と気づいて、ただノるだけの振付も楽しくやっていたんですよ。そうしたら皆が“その首の振り方どうやるの?ビビのスタイル?”“真似していい?”と言ってくれて。振付家の方まで“ちょっとみんな~。ビビ、みんなにやって見せて”と。
 
序盤の朝の風景のナンバーでも、足踏みして出ていくところでプロデューサーさんが“『サウンド・オブ・ミュージック』みたいな感じで”とおっしゃって、私の大好きな映画なので7人きょうだいの行進みたいな感じかな、と思いながらやったら“それそれ!”と喜んでくださって。怖がらずにやっていいんだな、ちゃんと受け止めてくれるから、と思うようになりました。それ以来、日本人の自分には不利という感覚が“私にできることは何だろう”という(ポジティブな)考え方に変わっていきましたね」
『Beauty & the Beast at Hollywood Bowl』 より。photo : Randall Michelson 

『Beauty & the Beast at Hollywood Bowl』 より。photo : Randall Michelson 

――でもそれも、プロデューサーさんが挙げた作品を既にご覧になっていたからこそ。地道に知識を蓄えておくことも大切ですね。
 
「そうですね。それに加えて、今の自分が持っている武器を知るということが大事なのかなと思います。正直、英語ももっと喋れればコミュニケーションがたくさんとれたし、もっと歌えたらもっとのびのび舞台に立てたでしょう。“もっと”と思ったこともたくさんあったけど、今の自分ができるベストを尽くしたという感覚は確かにあります。「あれもできないこれもできない」より「これはできるあれもできる」という方向に向いていくといいのかな、と感じています」
 
“歌う”“喋る”のバランスを探求する
 
――ハリウッド・ボウルで得た“気づき”をふまえて、綿引さんが歌唱において心掛けていらっしゃることをうかがいたいのですが、まずご自身的に、自分のカラーを最も出せていると実感できるのはどの曲でしょうか?
 
「しっかり楽譜と向き合ってきた曲には、やはりカラーが出てくるもので、(『レ・ミゼラブル』で演じたエポニーヌ役のナンバー)“On my own”ですね。(ミュージカルの歌は)ただ歌うのではない、ということに気づかされた曲です。楽譜をいただくとまずは正確に覚え、次にそこに(ニュアンスを)足していく作業に入るのですが、私は“歌わなければいけないところは歌わない。歌わないところは歌う”ということを心掛けています。つまり、音のあるところはなるべく“歌っている”感覚を無くし、喋るように意識する。いっぽう、歌っていないときは楽譜上は“休符”ですが、そこにもいろいろ(心の動きが)詰まっているような気がするので、心の中で喋ったり。たとえば冒頭の“またあたしひとり 行くところもないわ”は(メロディに乗るという)ルールを守りつつ、喋っている感覚。この歌を歌う人がたくさんいる中で、メロディは同じでも、私しか歌えない歌を作るためには、そういうところを大切にしたいと思っています」
綿引さやか

2018年夏のライブにて。

――喋りつつもメロディに乗るというルールは守る。そのバランスが難しそうですね。
 
「はい、終わりがないけれど、(そのバランスを)探求し続けないといけないと思っています。自分の物語というか、自分の歌として歌えるようになっていきたいですね」
 
――一つ一つの音にこだわり、豊かにふくらませて歌う方もいらっしゃいますが、綿引さんはいかがですか?
 
「一個の音を発するだけで、そこにいろんな色や景色が見えてくるって素敵ですよね。私もそうなりたいので、一つ一つの音の質感にはこだわります。その音がふわふわなのか硬いのか、冷たいのかあったかいのか。“On My Own”でも、“めざめる”と歌う時に一個一個の音、全部が冷たいのか、“め”は暖かいのか、三つ目の“め”は石畳のごつごつした感じなんだろうか、と想像するのが好きですね」
 
――新劇の役者さんが台詞の一言一言に対して吟味される作業のようですね。
 
「そうですね。お芝居も歌も表現を追求していくという部分では同じですね。」
 
――頭の中でこうやりたいと思っても、時には思うようにならないこともありますか?
 
「その曲が好きなだけに印象が既に記憶されていて、どこかで道が勝手についてしまうことはありますね。もっとありのままに歌いたいのに、自然とダイナミックな歌唱になってしまったり。そういう時は、自分自身はその曲をどう考えるか、に立ち返るようにしています。例えば以前(『ノートルダムの鐘』の)“僕の願い”を歌うことがあって、これはカジモドの歌ですが、お客様が“これは私たちの歌だ”と、自分の人生とリンクしていただけるような歌唱を心掛けました。違う角度からとらえてみると、名曲には何通りも想像の余地があるんですね。そういったアプローチにも挑戦していきたいです」
 
敢えて困難な課題に挑む
『ジャージー・ボーイズ』(C)Marino Matsushima

『ジャージー・ボーイズ』(C)Marino Matsushima

――『ジャージー・ボーイズ』ではソロだけでなくコーラスを究めたり、劇団四季のレパートリーを凝縮したような演目『ソング&ダンス』に出演されたりと、様々なチャレンジを続けていらっしゃいますね。
 
「『ジャージー・ボーイズ』では中川晃教さん演じるフランキー・ヴァリの妻メアリーとコーラスを担当させていただきましたが、コーラスでは特に“ブレンド感”がテーマでした。フォーシーズンズの4人が歌うシーンでは、4人の声に重ねて私たちがそれぞれと全く同じパートを歌っていることが多いので、いかに私たちの声を4人の中に溶かしていくか、調和させていくか。まるで4人だけが歌っているかのように完全にブレンドされた瞬間はなんとも楽しく、興奮しました。
 
『ソング&ダンス65』は劇団四季さんにとって大切な作品で、そこに外部から入れていただけることになって、まずは劇団の歴史を資料室で勉強しました。いただいた枠は『オペラ座の怪人』のクリスティーヌや『壁抜け男』のヒロインをはじめとするソプラノ枠で、私はそれまで地声で歌う役どころが多かったので驚きましたが、期待に応えようと、ソプラノパートの声づくりをいちから行いました。いつもは舞台に立つと活き活きしちゃう私ですが(笑)、演目全体のメッセージが込められている(『ウェストサイド物語』の)“サムウェア”を幕開きに歌うとあって、人生でこんなに緊張したことあるかなというくらい緊張しました。まだまだできることはあったかなと思うけど、行ったことのない場所に行かせていただいたなという感覚はあります。
 
ハリウッド・ボウルでもそうでしたが、できないこと、まだまだと思える場所にいると苦しいしもがくことばかりですが、そこからふっと出られると、変身できたと思える。そういう場所で挑戦できるのはすごく有難いことですし、これからも積極的に取り組んでいきたいです」
 
――海外も含めて、ですね?
 
「とても興味がありますし、絶対また挑戦したいですね。ハリウッド・ボウルではコンサート版でしたが、ミュージカル本編にも挑戦したいですし、英語のレッスンも続けています。ハリウッド・ボウルの時には、1か月の滞在でいろいろ吸収してこようと思っていたけど、吸収したいことが多すぎて(笑)、私の中でもまだ未消化のものが残っているんです。それを確かめるためにも、またぜひ行きたいなと思っています」
 
――例えばどんな作品、どんなお役で?
 
「中学生の時からあこがれているのが(『美女と野獣』の)ベル役です。ハリウッド・ボウルの出演機会を下さったプロデューサーのリチャードさんに“いつかきっと演じたいと思っています”とお話したことがあるのですが、それ以来、彼はお会いするたびに“Hi, Belle”と挨拶してくれまして。ちょっとずつ魔法をかけてくださっているような気がしています」
 
*ライブ情報*
綿引さやかソロライブ』2019年2月13日14:00(残席僅か)、19:00(完売)=Jz Brat  (渋谷セルリアンタワー2階) インタビューでも言及した「Somewhere」(ウェストサイドストーリー)はじめ、「Think of me 」(オペラ座の怪人)等のミュージカル・ナンバー、ディズニー、POPSの名曲を披露する予定。
 



 
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