今回のお悩みは44歳のパートの女性から。
職場,人間関係

同僚の悪口に耐えられない


パートでデータ入力の仕事をしています。仕事は月~木曜の週4日、10~16時までで残業もないため、家事をする余裕もあり、楽しく働いています。


ただ、唯一の悩みが、同じパートの女性たちとの付き合い方です。

昼食はみんなお弁当持参で休憩時間に一緒に食べるのですが、悪口や噂話などが絶えません。私はあまりそういう話に参加したくないので、いつも隅の席で我慢して聞いているのですが、「○○(私)さんもそう思うでしょ?」「何か知ってる?」などと話を振られることも多く、困ってしまいます。

いっそのことお弁当をやめてひとりで外食しようかとも考えましたが、そうすると今度は私のことをあれこれ言われそうだし、なによりお金がかかるし……。

ランチタイム以外はパソコンと向き合う仕事なので、直接会話することもなく、ストレスもありません。ランチの1時間だけが苦痛なのです。この人たちとどう付き合っていくべきでしょうか?
 

アドバイス1.距離を置けないのであれば、そこを「学びの場」とする

職場,人間関係,ストレス

職場の人間関係のストレスをどうする?

ランチタイムだけとはいえ、聞きたくもない悪口や噂話を聞かされるのは苦痛ですね。悪口を言っている人はスッキリするかもしれませんが、聞かされるほうはストレスが溜まるばかり。同じ職場だと逃げ場もありませんから、つらいですよね。

一番いいのは距離を置くこと、つまりその場を離れることです。勇気のいることかもしれませんが、その場にいなければ苦手な話も耳に入ることはありません。でも、そうすると今度は自分が悪口のターゲットになってしまうかもしれない、とお悩みなのですね。

「立ち去るのも嫌」というのであれば、「その場にどのように身を置くべきか」を考えてみましょう。

例えば、そのランチタイムを自分の“学びの場”だと考えてみてはどうでしょうか。

お釈迦さまは、「人間は口の中に”斧”を持って生まれてくる。人は悪口を言い、その”斧”によって自分自身を斬る」とおっしゃっています。悪口を言うことで、周囲の人だけでなく自分自身をも傷つけている、とつまり「悪口を言っている本人」も傷ついているのです。

そのように考えれば、反面教師として「私は悪口を言わないようにしよう」と学ぶことができるでしょう。「悪口を言って自分を傷つけるなんて、かわいそうな人たちだな」と思えるかもしれません。

何か満たされないものがあるからこそ、人は悪口や愚痴を言ってしまうのです。「悪口を言ってしまうほど辛い状況なんだろうな」と、いつもより大らかなこころで慈悲の眼差しを向けましょう。悪口はしっかり受け止めると負担が大きいので、無理のない程度に聞き、慈悲の心で相手を受け止めましょう。

心に余裕がないとできないことですが、私たちが目指したい仏さまの姿勢でもあります。慈悲の心を育てれば、さまざまなストレスが少なくなり、ぐっと生きやすくなります。

アドバイス2. “主体的に自分で選択する”ことが大切

失礼ながら、今のあなたは主体的ではないように見えます。

「ランチタイムはみんなと同じ場にいなければいけない」
「嫌な話題にも我慢して付き合わなければいけない」……

これらはすべて受動的な態度のように感じます。「"いい人"でいたい」と思うあまり、自分を見失ってはいないでしょうか。

アドバイス3. 仏教における「我慢」は「手放す」べきもの

仏教,我慢

仏教における我慢の意味とは?

「我慢」という言葉は、一般的には「辛抱する」「耐え忍ぶ」という意味で使われますが、仏教では「自分中心に考える」「心が傲慢であるさま」を意味します

つまり、自分にとらわれてしまっている状態が「我慢」なのです。「自分が自分が」という「我慢」を手放し、「無我」になれば苦しみは生まれないというのが仏教の教えです。

あなたは、「自分は”我慢して”悪口を聞いているだけ」と思っているかもしれませんが、その「我慢」が、そもそも違っていたということです。

「悪口を言う人と合わない」ことを客観的に受け止め、それならばどうするか、主体的に考えてみましょう。

誰かが悪口を言い始めたら、話題を変えることもできるはずです。

「このあたりに、おいしいお店ありますか?」「おいしいお弁当のレシピ、教えてください」など、違う話題を提供すれば、その場の雰囲気も変わるでしょう。

人生の時間は限られています。職場で溜めたストレスを家に持ち帰ったら、笑顔でいられるでしょうか? 自分にとって大事なのはことを考え、選択していきましょう。

小さな選択ですが、生きていくうえでこうした小さな選択を、主体的に積み重ねていくことがとても大切なのです。
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