『FUN HOME ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』特集目次
*瀬奈じゅんさんインタビュー(本頁)
*大原櫻子さんインタビュー(2頁
*観劇レポート(3頁
『FUN HOME』

『FUN HOME ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』

漫画家として成功した女性アリソンは、家族の過去を回想する。葬儀屋(Funeral House)を営む我が家を、自分と弟たちは子供の頃、ファン・ホーム(Fun Home)と呼んでふざけていた。父・ブルースは自分が大学生の頃、今の自分と同じ年齢の43歳で命を絶つ。ごく普通の家庭で、“家”をこよなく愛した父が、なぜ……? もしや、その原因が自分にあったのかと自責の念に駆られながら、アリソンは少女時代、そして大学時代の記憶を辿るが……。

 

ジニーン・テソーリによる、弦と管楽器を生かしたアコースティックなサウンドに彩られ、近くて遠い“家族”の物語を描いた『FUN HOME』。2015年のトニー賞で、作品賞を含む5部門を受賞した話題作が、『FUN HOME ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』のタイトルで日本で上演されます。

 

アリソンを演じる3世代の女優のうち、43歳の“今”を演じるのが瀬奈じゅんさん、そして大学時代のアリソンを演じるのが大原櫻子さん。“今”のアリソンが“過去”を回想しながら、父の死の真相に迫ってゆくさまを時にリアルに、時に詩的に、ユーモアをまぶしつつ演じます。不思議な魅力に満ちたこの作品を、二人はどのようにとらえ、表現してゆくでしょうか。現時点での抱負をじっくり、うかがいました。

瀬奈じゅんさん(“今”のアリソン役)インタビュー

「かなり難度は高いけれど、作品世界の実感を大切に、丁寧に演じたい」
瀬奈じゅんundefined東京都出身。宝塚歌劇団月組トップスターを経て、2010年『エリザベート』タイトルロール以降、女優として活躍。『シスター・アクト』『貴婦人の訪問』等に出演している。(C)Marino Matsushima

瀬奈じゅん 東京都出身。宝塚歌劇団月組トップスターを経て、2010年『エリザベート』タイトルロール以降、女優として活躍。『シスター・アクト』『貴婦人の訪問』等に出演している。(C)Marino Matsushima

――今回、瀬奈さんは何が決め手で本作への出演をお決めになったのですか?

「作品も素敵だと思いましたが、何より演出の小川絵梨子さんと一度お仕事をしてみたかったのが決め手でした。小川さんの演出作は以前からいろいろ観ていて、最近では『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』がすごく面白かったんですよ。出演された方々も魅力的でしたが、演出がシンプルなのにとても印象的で、『ハムレット』外伝のようなお話に時事ネタというか、現代的な台詞も盛り込まれていたんですね。シェイクスピアの時代と現代のバランスが素晴らしかったです。言葉で勝負している、という感じがしました」

――本作にはまず台本から当たられたのでしょうか?

「まずは動画サイトでトニー賞でのパフォーマンスなどを観て、取り寄せたCDを聴いて、その後に台本と原作漫画を読みました」

――では映像の第一印象からうかがえますか?

「ともすると重い題材なのに、すごく柔らかく、のどかに表現するんだなあというのと、ブロードウェイでは円形劇場で360度お客様から見られるので“これは気が抜けないなぁ”というのと、子役の方たちが素晴らしい!と思いました。

それから台本を読んだのですが、ミュージカルの台本は一般的に“こういう感じで事が運ばれてゆくだろう”というのがだいたい想像できるのに、この作品は台本だけではそうそう理解できないなと思いました。それと、これを日本語にして日本で上演したときに、ブロードウェイと同じような感覚で観ていただけるかな、という感じもありました。

例えば以前、宝塚で『アーネスト・イン・ラブ』というお芝居をやったとき、「よいお天気で」という台詞があって、それは晴れることがほとんどないイギリスだからこそ面白い台詞なのですが、日本人にはわかりにくい。今回もLGBT に対する意識を含めて、そういう部分がたくさんあるし、私が演じるアリソンという女性も、(レズビアンであることを)カミングアウトすることで楽観的になってゆくのですが、それが日本でどの程度分かっていただけるかなという不安はあります」

――一見、きっぱりした女性のアリソンですが、43歳で過去を振り返るまでには……。

「いろいろな葛藤はあったはずだと思います。台本の次に原作漫画を読んだのですが、作者は(過去に起こったことを)すごく客観的に文学的に書いてるけど、葛藤してこういう思いだったというようなことをあんまり吐露していないんですよね。気づいたら自分は女の子にはなりたくなくて、女の子らしい服を着るのも嫌になっている。本当のところ、その内面はどうだったのか、自分が演じる前提で読んだからか、余計に知りたくなってしまいました」

――本作では子役さん、大原櫻子さんと瀬奈さんがそれぞれ子供時代、大学生時代、今(43歳))のアリソンを演じるという趣向ですので、ほかの二人を見ているうちにヒントが生まれてくるのかもしれないですね。

「お稽古するにあたっては、自分はこういうアリソンを作ろうと思わずに、二人がどういうふうに役作りをしていくか、どういう心のひだを作るかというのを見ながら自分としてのアリソンを作っていけたらと思っています。三人で一人、だと」

――瀬奈さん演じる“今”のアリソンはナレーター的に登場し、物語の終盤で舞台上の出来事の中に入っていく役どころです。客観的な視点を持つナレーターであり主人公でもある、というお役は初めてでしょうか?

「初めてですね。『エリザベート』のルキーニみたいなストーリーテラーは演じたことがあるけど、自分のことを客観視するという役は初めてだし、そういう作品自体、観たことがないかも。

その“入ってゆく”シーンはとても心揺さぶられる情景ではあるけれど、歌詞に飲み込まれ過ぎたり、ウェットになりすぎないようにというのを心掛けたいです。日本人的にはウェットになったほうが分かりやすいと思いますが、それがシニカルに表現されている作品なので。役者としては難度の高い作品だと思いますが、だからこそ楽しみですね」

――ドラマとしての観ごたえもありつつ、ミュージカルとしての魅力要素もある作品ですよね。

「穏やかできれいなメロディが多かったり、子供たちが歌うナンバーは楽しい感じだったりと、音楽がすごく素敵です。そして家族がテーマなので、観終わって家族や恋人に思いを馳せたり、あたたかい気持ちになれる作品でもあると思います。私たちも役だけでなく、役者同志思いやるカンパニーになっていけたらと思いますね」
『シスター・アクト』写真提供:東宝演劇部

『シスター・アクト』写真提供:東宝演劇部

――最近のご出演作についても少しうかがわせてください。近年ですとやはり『エニシング・ゴーズ』での底抜けに明るいヒロイン、『シスター・アクト』での、wキャストの森公美子さんと全く異なるカラーのヒロインが鮮烈でしたが、瀬奈さんの中でも“ミュージカル・コメディ”は大事にされているジャンルでしょうか。

「大好きですね。『シスター・アクト』では公美さんとたぶん思いは一緒で、方向性も同じだったと思います。二人でたくさん話をしながら、運命共同体のように一緒の方向を向いて作っていきましたね。公美さんがこうするから私は違うことをしようみたいなことは、お互い全くなかったです。同じ芝居をしていたけれど、声の質だったり個性が異なることで、全く違うタイプに見えたのかもしれないですね」
『エニシング・ゴーズ』写真提供:東宝演劇部

『エニシング・ゴーズ』写真提供:東宝演劇部

――現時点で、どんな表現者を目指していらっしゃいますか?

「私は今、ちょうど『FUN HOME』のアリソンさんと同じ43歳で、ちょうど役者として転換期だと思っています。ヒロインの年齢でもないし、誰かのお母さんという年齢でもない。でも、この微妙な年齢だからできることがあるはずなので、その都度、色を変えられる女優でありたいと思っています。だから今回、アリソン役をいただけたことは本当にありがたいですね。ミュージカルでは43歳の役ってあんまりないですから。

先だっても、『ヤング・フランケンシュタイン』という作品で小栗旬さんの婚約者の役を演じたのですが、それは“今の私”を演出の福田雄一さんが面白がってくださったんですね。自分の年齢に合った役で“この人に出てほしい”と思っていただけることが嬉しかったし、とても楽しかったです」
『エリザベート』写真提供:東宝演劇部

『エリザベート』写真提供:東宝演劇部

――とかく“若作り”が良しとされる社会ですが、瀬奈さんはそこには執着せず、飾らずということでしょうか。

「もちろん求められればやりますが、自分としてはこれからも年相応の女優でありたいし、それってすごく難しいことだと思っています。

かつて宝塚のトップをはってきて今、思うのですが、真ん中って誰でもできると思うんです。ライトもあたるし、主役に見えるように(周囲が)してくださる。でもそうでないところで光る存在、バイプレイヤーになれたら。それができる自分になりたい、と思います」

――どんな道が待っているのか、拝見してゆくのが楽しみです。

「宝塚の時って、トップというゴールが見えているので、そこに向かって全力で走れたけど、これからはゴールがないじゃないですか。だから息切れしないように走っていかないと、と思います。地に足をつけて、着実に、丁寧にやっていくしかないんだなと。そしていつか私が死んだときに、結果が出るんじゃないかな。(瀬奈じゅんさんは)こういう女優さんだったね、と。」

*次頁で大原櫻子さんインタビューをお届けします!


大原櫻子さん(大学生時代のアリソン役)インタビュー

「ヒューマンで、音楽も素敵。
一瞬で心奪われた作品です」

大原櫻子undefined東京都出身。映画「カノジョは嘘を愛しすぎてる」ヒロイン役でデビュー、紅白歌合戦に出場。舞台『The Love Bugs』『わたしは真悟』『リトル・ヴォイス』でも活躍している。(C)Marino Matsushima

大原櫻子 東京都出身。映画「カノジョは嘘を愛しすぎてる」ヒロイン役でデビュー、紅白歌合戦に出場。舞台『The Love Bugs』『わたしは真悟』『リトル・ヴォイス』でも活躍している。(C)Marino Matsushima

――大原さんは出演が決まる前から、本作に興味があったのだそうですね。

「私は3年ぐらい前からミュージカルをやっていまして、舞台のお仕事には常に前向きな気持ちがあります。そんな中で15年、トニー賞授賞式をテレビで見ていて、思わず見入ってしまったのがこの作品でした。少女時代役の女の子の歌も素晴らしかったし、内容的にも人間らしい葛藤が描かれていて。ほんの一瞬で惹かれたこの作品に今回、お声がけをいただいて、ものすごくご縁を感じましたね」

――台本を読んでみて、どんな印象を持たれましたか?

「大学時代のアリソンを演じると聞いたうえで読んだこともあって、私はアリソンのターニングポイントの時期を演じるんだな、すごく濃厚で大変だろうな、と責任を感じました。自分がレズビアンだと気づき、両親にもカミングアウトする。大事な時期をやらせていただくんだな、と覚悟をいだきながら読んでいました」

――いろいろな“読み方”の出来る作品かと思いますが、大原さんは現時点で、どういう物語ととらえていますか?

「アリソンの回想を通して親子の愛情や同性愛のことが描かれていて、どれが一番先に来るのかは難しいけれど、人生の中で出会う“葛藤”の物語なのかな、と思います。生きていると、自分の行動が“これで合っているのかな”と思ったり、自分が分からなくなる瞬間があると思うんですね。私もそうです。怖さと喜び、そんな矛盾した感情に襲われながら人生に迷う。けれどアリソンは、迷いながらも自分に自信を持ち、ポジティブに進んで行きます。そんな人物を演じられたら、観ている方に対しても、葛藤の答えそのものは提示できなくても、未来を明るくとらえていただけるのではないかな、と思っています」

――ブロードウェイでは、レズビアンを主人公とした初のミュージカルとして注目されたようですが、その部分での役作りについては?

「そういう感覚が全く分からないわけではありませんが、今のところ自分自身にレズビアンの要素は無いので、どうしたら彼女の感情を理解できるだろう、女の人を好きになるとき、どこをどういうふうに好きになるんだろう、これからいろいろリサーチしていきたいなと思っています。(ゲイやレズビアンの方は)優しい方が多いということをよく聞きますし、アリソンもピュアで知的な女の子なのかな、と想像していますね」

――シーンや台詞で、特に印象に残ったものはありますか?

「(ネタバレになってしまうので具体的には伏せますが)私はアリソンの最後の台詞が印象に残っています。お父さんに対して、自分は尊敬しているし大好きだけど、彼が何を考えているのかは分からない、そんな親子関係の二面性があらわれていると思うので、ぜひ聞いていただきたいですね。

それと、この作品は音楽が本当に素敵なんです。私自身、テレビを観ていて一瞬で心を奪われたほど。悲劇……といっていいかわかりませんが、華やかな内容ではないにもかかわらず、エンタテインメントとして魅力的なのは、この音楽によるのかなと思いますね。他にも見どころはいっぱいあって、母親が父親の秘密をアリソンに言うシーンもそうだし、アリソンが初めてレズビアンに目覚めるシーンもそうだし、父親とアリソンが最後に、二人きりで車の中で話すシーンも、絶対素敵なシーンになると思います」

――その車のシーン、リアルで胸に迫りますね。何ということのない光景と共に、ひりひりするような感覚がずっと記憶されていて……。

「本当に。家族って、ほんとは何でも言い合える間柄の筈なのに、言えなかったり、バランスがとれないこともある、ということがすごくよく描かれていますね。その時はすべてを出し切って全力で生きているつもりでも、後になって、自分は何も知らなかったのかなと気づく切なさ。でもそれが良かったのかもしれないとも思えて。後悔と安堵、その両方があって、泣けるシーンだと思います」

――今回は2018年9月から新国立劇場の芸術監督を勤める気鋭の演出家、小川絵梨子さんの演出です。

「小川さんは今回がミュージカル初演出だそうですが、もともと好きな演出家の方なのでとても嬉しいです。私はこれまで、演劇には“逃げる”演出があるなかで、小川さんにはそれがない、と感じていました。例えば、以前、小川さんが演出された舞台を観ていたら、ケーキにたくさんのろうそくが立ててあって、普通は舞台袖で火をつけたものを出すと思うのですが、その舞台は俳優さんが一本一本、台詞を言いながら全部に火をつけていくんです。こんなにリアルにやるんだ、演じる方は怖いなぁと思いました。

あと、知り合いに聞いたのですが、小川さんは稽古で何気なく歩いたことに対して“今、なんで歩いたの?”と一つ一つ確認されるそうなんですね。今回もきっとすごく繊細な演出をしてくださるんじゃないかと、楽しみです」

――どんな舞台になったらいいなと思っていらっしゃいますか?

「お話を文字にすると悲劇のように読めるかもしれないけれど、アリソンの人柄って、物凄く明るいんです。迷いはあっても否定的な考えを持つ子じゃなくて、生き方は喜劇。観ている人が楽しめるし、とても心があったかくなる、コミカルというか、前向きになれる作品にしたいなと思っています。最終的に、前に踏み出せる勇気を与えられる舞台になったらいいですね」

――大原さんの初舞台は地球ゴージャス『The Love Bugs』。生き生きと踊る姿に驚きましたが、実は大原さんはもともとミュージカル好きで、ダンスもお得意だったのですね。

「ブロードウェイに憧れて、小学一年生ぐらいからダンスをやったり、独学で歌ったりしていました。父に勧められて、ストレートプレイもよく観ていましたね。特にダンスは人に教えたりもしていたので、地球ゴージャスでは“やっと踊れる”という喜びがありました。64公演という長丁場は大変だったけど、仲間とモノを作る楽しさを教えていただいて、また舞台をやりたいと思えたし、つらさとともに楽しさのあった作品です」

――続いて『リトル・ヴォイス』では、声帯模写が天才的に上手な少女役。マリリン・モンローらのモト歌にどこまで似せるか、ご苦労もあったのでは?

「最初はもちろん声を似せたいと思っていましたが、やっぱりある程度まで来ると限界が見えて、それよりも歌い手の心、例えばマリリン・モンローの生き方や、シャーリー・バッシ―が歌をどうとらえていたかを大事にしようと思いました。声色を似せるのではなく、その人がどういうふうに生きて来たかをかなり調べましたね。彼女たちの内面がうまく表現できていたら嬉しいです」

――ミュージカルの魅力をどうとらえていますか?

「どんな悲劇も、喜劇に生まれ変わらせることができるのがミュージカル。人って、悲劇の時に喜劇を求める動物だと私は思っていて、もちろん今はそんな気分じゃないよという方もいると思いますが、悲劇の時に喜劇を与えられると人間は嬉しい。その要素としてミュージカルって、すごく効果的な手段だと思います。その中でも、人間の奥底にある毒々しいもの、美しいもの、両方描かれているヒューマンな作品が好きですね。やってみたい作品ですか? この前、映画の『ラ・ラ・ランド』を観て、いつか舞台にならないかなと思いました。舞台化されたら、やってみたいです」

――どんな表現者を目指していますか?

「これまでは有難いことに同年代のお客さんが多かったのですが、人生経験豊富な、大人の方の鑑賞にも堪えうる表現者になっていきたいです。人として、厚みのある芝居が出来る人になれたら。エンタテインメントも、コミカルな演技も、シリアスも、大人の方が感動できる作品も出来るという、いろんな引き出しを持てる表現者になりたいです」

*公演情報*『FUN HOME ファン・ホーム ある家族の悲喜劇
2018年2月7~26日=シアタークリエ、3月3~4日=兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール、3月10日=日本特殊陶業市民会館ビレッジホール 

*大原櫻子さん衣裳クレジット*ニット Yeti 、スカート Re.Verofonna/ヴェロフォンナ、イヤリング Mon_Amie79/Mon Amie accessory、リング CITRON Bijoux

*次ページで『FUN HOME ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』観劇レポートを追記しています!


【『FUN HOME ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』観劇レポート】
キャストの緻密な演技が紡ぐ“風変わりにして普遍的”な物語

(いわゆる“ネタばれ”を含みますので、未見の方はご注意ください。)
『FUN HOME ある家族の悲喜劇』写真提供:東宝演劇部

『FUN HOME ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』写真提供:東宝演劇部


家型のシルエットを映し出した、がらんどうの空間。主人公のアリソンがペンをとると、舞台奥から少女が現れ、“飛行機ごっこをして”、と父を探す。段ボール箱とともに登場した父は、知りあいからもらったという箱の中身を“がらくた”と“アンティーク”に仕分け始め、観客は間もなく、この光景がアリソンの少女時代の一コマであることを知る。
『FUN HOME ある家族の悲喜劇』写真提供:東宝演劇部

『FUN HOME ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』写真提供:東宝演劇部


副業で葬儀屋を営んでいた我が家で、弟たちと“ファン・ホーム”ソングを作ってふざけていた12歳のころ。無邪気な“私”は気にもとめなかったが、今から思えば、父と庭師のロイの間には何かがあった。そして母は、そのことを知っていた。
『FUN HOME ある家族の悲喜劇』写真提供:東宝演劇部

『FUN HOME ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』写真提供:東宝演劇部


19歳になった“大学生の私”は、自身がレズビアンであることに目覚め、両親に手紙で告白。しかし返事はなかなか来ず、里帰りをした際にも、父との会話は弾まなかった。“私”の人生が新たに始まって4か月後、父はトラックの前に身を投げ出す。自分のカミングアウトが、悩みを抱えた父を追い詰めてしまったのか。何気ない、けれどその中に“決定的な瞬間”が含まれていたかもしれない過去の断片を振り返りながら、アリソンは思いを巡らせる……。
『FUN HOME ある家族の悲喜劇』写真提供:東宝演劇部

『FUN HOME ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』写真提供:東宝演劇部


アリソン・ベクダルの自伝的コミックの舞台化である本作は、極めて私的な体験を描きながら、ジニーン・テソーリによるまろやかで忘れがたい旋律に彩られ、観る者のさまざまな感情を喚起。今回の日本初演は小川絵梨子さんの奇をてらわず、リアルな人間描写に重きを置いた演出のもと、この“風変わりで普遍的”な物語を緻密に描き出します。
『FUN HOME ある家族の悲喜劇』写真提供:東宝演劇部

『FUN HOME ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』写真提供:東宝演劇部


少女時代と大学時代を行きかう物語の回顧者である“大人のアリソン”を演じるのは、瀬奈じゅんさん。感傷を排してかつての自分と家族を冷静に見つめ、しばしば“補足説明……”と状況を解説する姿には、知性と頼もしさが滲みます。それだけに終盤、彼女が物語世界に自ら入り込み、もしかしたら悲劇を食い止められたかもしれない“最後のチャンス”を追体験するくだりには、いっそうの悲痛さが。また同級生ジョーン(横田美紀さん)との出会いからレズビアンであることに目覚める“大学生のアリソン”を演じる大原櫻子さんは今回、愛らしさを封印。飾り気のない所作・口跡が、カミングアウトを果たすアリソンの行動力と整合性を見せています。
『FUN HOME ある家族の悲喜劇』写真提供:東宝演劇部

『FUN HOME ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』写真提供:東宝演劇部


12歳のアリソン役・笠井日向さん(龍杏美さんとのダブルキャスト)は、人生で初めて女性にときめくナンバー「鍵の束」での、まっすぐな歌声が印象的。彼女と弟たちが歌う「おいでよファン・ホーム」、上口耕平さんらがテレビの中のキャラクターに扮して歌う「愛のレインコート」はどちらも70年代ポップス・テイストの曲調とビビッド・カラーの衣裳が楽しく、シリアスな物語の中で、ほっと息をつかせます。
『FUN HOME ある家族の悲喜劇』写真提供:東宝演劇部

『FUN HOME ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』写真提供:東宝演劇部


母ヘレン役の紺野まひるさんは疲れた口跡に長年、積もってきた苦悩をうかがわせ、父ブルース役の吉原光夫さんは“家”を愛しながらも“良き家庭人”にはなりきれず、鬱屈した男を繊細に表現。ブルースが12歳のアリソンの描く絵を大人げなく否定し、“こう描くんだ”と自分で描いてみせるくだりが生々しく、当時とは違った視点でその光景を眺める大人アリソンとともに、観客はブルースが少しずつ自己嫌悪を増大させていったであろうことを容易に想像できるのです。
『FUN HOME ある家族の悲喜劇』写真提供:東宝演劇部

『FUN HOME ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』写真提供:東宝演劇部


はじめに“大人のアリソン”が述べたとおりに事は運び、厳然と悲劇は起きますが、全てを回顧し終わってのアリソンの台詞は、理解できないまでも父と自分との接点を暗示。
『FUN HOME ある家族の悲喜劇』写真提供:東宝演劇部

『FUN HOME ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』写真提供:東宝演劇部


近くて遠い存在だった父との間にも、親子の絆というものがあったと確認できるその幕切れは、切なくもどこか温か。その余韻の中で劇場を後にできる舞台となっています。

※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。