2017年の観劇、皆さんはどんな作品で締めくくりますか? 見応えある作品が続々登場するこの季節、パーティーシーズンでもあり、作品内容を意識した装いで出かけてみるのもおすすめですよ!

【11~12月の注目!ミュージカル】
【注目のミュージカル・映画館上映】
【特別記事】 【AllAboutミュージカルで別途、特集(予定)のミュージカル】

きらめく星座

2017年11月5~23日=紀伊國屋サザンシアター、11月30日=えずこホール・大ホール

【見どころ】
『きらめく星座』

『きらめく星座』

太平洋戦争前夜、浅草のレコード店を舞台に、店主の一家と居候たちが繰り広げる悲喜劇。戦前の流行歌をふんだんに盛り込んだ、井上ひさしさんの代表的な音楽劇が3年ぶりに上演されます。『デスノート』の栗山民也さん演出のもと、前回公演で一家の妻・ふじ役が絶賛された秋山菜津子さんほか、木場勝己さん、山西惇さんら、多くのキャストが続投。

“自由”が奪われ、戦争の足音が近づく時代の重苦しい空気のなか、「青空」「一杯のコーヒーから」等、昭和の流行歌が“名もなき人々”の日常を時にユーモラス、時にしっとりと彩ります。前回は怪我のため途中降板を余儀なくされた田代万里生さんの“再挑戦”も見逃せません。

【正一(一家の長男で逃亡兵)役・田代万里生さんインタビュー】
田代万里生undefined84年長崎県出身。3歳からピアノ、15歳から声楽を学ぶ。東京藝大で声楽を専攻、在学中にオペラデビュー。09年に『マルグリット』アルマン役でミュージカル・デビュー。以来『ブラッド・ブラザーズ』『スクルージ』『ラブ・ネバー・ダイ』『エリザベート』『CHESS THE MUSICAL』など様々な舞台で活躍している。(C)Marino Matsushima

田代万里生 84年長崎県出身。3歳からピアノ、15歳から声楽を学ぶ。東京藝大で声楽を専攻、在学中にオペラデビュー。09年に『マルグリット』アルマン役でミュージカル・デビュー。以来『ブラッド・ブラザーズ』『スクルージ』『ラブ・ネバー・ダイ』『エリザベート』『CHESS THE MUSICAL』など様々な舞台で活躍している。(C)Marino Matsushima

――ミュージカルで活躍されている方たちにはこまつ座に出演される方が少なくありませんが、仲間うちで“こまつ座、イイね”といったお話をされていたりするのでしょうか?

「僕の場合、かつては表現としてつい音楽に逃げちゃう部分が自分の中にありまして、今回ご一緒している木場勝己さんと『ボニー&クライド』でご一緒させていただいた時、(演技に)一味違うものがあるとひしひし感じ、あんなふうにお芝居が出来たら楽しいだろうなぁと思っていました。また井上芳雄さんはじめ、こまつ座さんを経験した役者さんと(ミュージカルで)ご一緒すると、何かが違うと感じていたんです。

音楽がありつつも、より芝居が求められる要素が大きいこまつ座さんにはぜひ出させていただきたいと思っていたら、ぴったりの役がありますとお話をいただいたのが、3年前の『きらめく星座』でした」

――いざ取り組まれてみて、いかがでしたか?

「静かだなあ、というのが稽古場の第一印象でした(笑)。ミュージカルだと稽古が始まる前もピアノの音色や歌声が響いていたり、カウントをとってダンスしている人がいたりしますが、『きらめく星座』の稽古場では皆さん淡々と準備されている。そして、お稽古が始まるとスイッチが入ったかのように皆さん集中されます。稽古が始まってからは、それまで経験したことがない台詞量で、無我夢中でしたが、他の出演作とはけた違いに違う感触がありました。

ミュージカルって夢を見させてくれる作品が多いけれど、『きらめく星座』は何か、お客さんが考える余白を残す作品。カーテンコールまでたどり着いたときに湧き上がった自分自身の感情と、ミュージカルの派手なカーテンコールとは違う、無音からおこる重みのある拍手が新感覚でした」

――歌がたくさん出て来る演目ですが、ミュージカルではなく“音楽劇”ということで、稽古場の雰囲気もずいぶん違ったのですね。
『きらめく星座』写真提供:こまつ座

『きらめく星座』写真提供:こまつ座

「ミュージカルだと、気がついたら台詞が音楽に乗って歌になっていたというのが理想ですが、『きらめく星座』だと既存の曲があって、あの曲を歌おうよと言う感じで歌になっていくんです。もちろん歌稽古もありますが、歌を純粋に音楽稽古するというより、演じる役の人物が歌うとどういう歌になるか、がポイントになってきます」

――田代さんが演じる正一はレコード店一家の長男で、音楽学校を中退して志願兵になったものの、演習中に脱走し憲兵から追われているという設定ですが、この人物が歌うとどういう歌唱になってくるのでしょうか?

「それが、3年前と今回ではちょっと変わりまして、前回はクラシックの発声ではなく、音楽の大好きな普通の青年が歌っているようにという演出だったので、キーも敢えて低めにして、鼻歌のような感じで歌っていました。それが今回は数日前に、“そこは(ホセ・)カレーラス風にテノールで”と言われまして、キーを3度上げて練習してみたら、“それがいい”と言ってくださったんです。西洋音楽を勉強をしていた正一の、他の人とは違う音楽ルーツを際立たせるということなのだろう、と解釈しています。

このことで(自分の演じ方について)見えて来た部分もあります。彼が音楽学校で何を専攻していたかは台本には書かれていませんが、中途退学してまで剣道や柔道に励み、体を鍛えて兵隊になろうとしていて、いかに時代に翻弄されていたかが伝わってきます。」

――音楽は本質的に博愛的なものだと思いますが、その音楽を愛した正一が軍国主義にというのは、やはり時代の影響でしょうか?
『きらめく星座』稽古よりundefined写真提供:こまつ座

『きらめく星座』稽古より 写真提供:こまつ座

「当時ならではの心情でしょうね。僕自身祖母から、当時はピアノを弾くだけで非国民と言われたと聞いたことがあります。祖母の家でピアノを練習していたら、“万里生はいいね、思い切りピアノを弾けて。あの頃はピアノを弾くと家のガラスを割られてしまったんだよ”と言われました。大昔のことではないんだな、とリアルに感じますね」

――太平洋戦争直前、時代がどんどん息苦しい方向に進んでいったことが、本作では音楽の規制を通して描かれていきます。

「僕は“こういう音楽は聴いてはいけない”と禁じられた経験がないので、全く想像もつかない世界です。でも、本作の登場人物たちは憲兵がやってきても歌ったりしていて、作者の井上ひさしさんは当時の人々が、決してその状況に納得していたんじゃないんだよと伝えたかったのかなと感じますね」

――逃亡中にちょこちょこ実家に立ち寄っては、場をかき混ぜたり和ませたりしてゆく正一。なかでも家に人が入ってくる度、電蓄(電気蓄音機)の中に隠れてレコードになりきって歌うシーンは、楽しい見せ場になりそうですね。

「3年前はかなり“レコードなりきり”でしたが、今回は明らかに、正一が悪戯をしている風に演じています。前回は、ガラガラっと扉の音がすると、すぐ電蓄の中に逃げ込んで歌い、歌をやめる時にはレコードの針があがる感じを出していましたが、今回は、例えば義母のふじさんが目の前を通り過ぎてから、にやっとしながら電蓄に入って、“僕だよお母さん、帰ってきたよ、わかる?”と茶目っ気たっぷりに歌っています。家族の繋がりがより強く感じられるかもしれません」

――本作に登場する流行歌は、藤山一郎さんや淡谷のり子さんら、音楽学校、今の音楽大学出身の方が歌っているものが多いですね。

「そうですね、今、流行っているJ-POPはビートの音楽が主流ですが、昔の流行歌はリズムが揺れているものが多いので、クラシカルな歌い方の方が合うと思います。今回登場する中でも好きなのは、(内容的には)もちろん(クライマックスで登場する)「青空」ですが、ほっこりするのは「一杯のコーヒーから」ですね。僕が歌う歌ではないのですが、メロディにしても歌詞にしてもいいなあと思います。いずれも、古い名曲を歌うのではなく、当時の最新の曲を歌っている感じを大事にしたいと思っています」

――現代の観客に、これらの曲の楽しみ方をアドバイスいただくとしたら?

「古き日本の歌、と思いきや実は1920年代などのアメリカのポピュラーソングなものも多く、さらに当時ならではの日本語歌詞が面白いです。「一杯のコーヒーから」なんて、コーヒーの香りについて(こだわって)言及していたり、角砂糖二ついれましょうかという歌詞などは、配給品である角砂糖を二つも入れるという表現が当時どういう意味をなすのかなど、現代では想像がつかない歌詞がたくさん出てきます。そういう歴史的背景を意識して聴くと、より深く味わえると思います」

――正一が歌う『きらめく星座』も、男性の視点の歌ですが恋愛とはまた違ったロマンがあって、何を指しているのか、興味深いです。

「いくつかの歌詞を当時の隠語と考えてみると、実はいくらでも深読みできる歌かも知れないですよね」

――前回は開幕から8日目で骨折のため無念の降板でした。
『きらめく星座』稽古よりundefined写真提供:こまつ座

『きらめく星座』稽古より 写真提供:こまつ座

「一公演、一公演燃え尽きていたので、そういう意味で毎公演ごとに正一の人生を全うしていたと思いますが、役者としては最後まで務めるのが義務ですので、本当に申し訳なかったです。今回またお声をかけていただいて、二度とそういうことのないよう、“大丈夫かな”ではなく“絶対に大丈夫”という準備を踏まえて臨んでいます。

メンバーが前回とほぼ同じということもあって、みなさん前回の経験プラス、新たに準備したり、感じたこと、栗山さんからのリクエストもたくさん加わって、芝居はすごくパワーアップしています。

ミュージカルの稽古だと普通、通し稽古をやった後に3,4時間、振りや歌の稽古をやったりしますが、この作品は短時間集中型で、今日も一幕を通したら、ダメ出しをして終わりなんです。栗山さんが感じたもの、ヒントを置いていかれて“じゃあ”とお帰りになってしまう。こちらは次の稽古まで“あれはどういう意味なんだろう”と考えるという感じで、うっかり失敗するともう次回の通しまでやるチャンスがないので、毎日本番のよう。夕方には終わるのに、みんなへとへとになっています(笑)」

――正一役に一番大切なものは何だと思っていらっしゃいますか?

「20数年前に正一を演じていらっしゃった木場さんが、この前、僕があるシーンで悩んでいるのを見て、正一は外の世界を見てきているから、(大きく分けて)5つの出番の度に顔つきが違う、いろんなことを学んで、大人になって思想が変わっていく過程や成長が、もっと見えるといいよとおっしゃってくださったんです。正一はこういう人、と決めてしまうのではなく、成長していきながらも一場面ごとになにか印象の違う正一が見せられたらと思いますね」

――基本的にはフットワークの軽い青年が、だんだん重いものを背負わされて行くようなイメージでしょうか?

「そうかもしれないですね。すばしっこい、忍者みたいなところがありますけど、前半では何かと隙間を見つけて乗り越えていくのが、どんどんできなくなって身動きがとれなくなる、それは視覚的にも内面的にもそうかもしれないですね」

――この作品を今、上演する意義を含めて、今回の『きらめく星座』がどんな舞台になったらいいと思いますか?

「栗山さんがこの前、みさを(正一の妹)の台詞で、“世の中に腹を立てちゃいけない”というのがあるけど、実は井上さんはこの台詞は(逆説的で)、世の中に腹を立てなくちゃいけないと意図したのだと思う、とおっしゃっていました。時代や周囲に流されず、自分で考えて選択してゆくことも大事だと言っている作品なのだと思います。

また、今の時代って何でも揃っているけれど、選択肢のなかった昔は、家族に対してもモノに対しても、現代とは比べ物にならないほど人の思いが強かった。それを知っておかないと、僕らの感覚はどんどんマヒしていってしまいます。一杯のコーヒーが年に一度飲めるかどうかという感覚を大切にしたいし、平和な時代を大切にしてもらえる作品になったらと思いますね。

もう一つ、栗山さんが“希望も食べ物もない時代に人が最も求めるのは、芸術だ”とおっしゃっていて、確かに震災後に「花は咲く」を合唱することで元気が出たという方もいらっしゃいました。正一の“歌は活力の源です”という台詞も、本当に心をこめて発したいなと思っています」

*『きらめく星座』以外の最近、今後の出演作についての田代さんへのインタビューはこちら

【観劇レポート】
ホームドラマの形を借り、“歌”をテーマに
人間の自由と尊厳を問う音楽劇

『きらめく星座』撮影:夛留見彩

『きらめく星座』撮影:夛留見彩

昭和15年、秋の深まる頃。浅草田島町のレコード店、オデオン堂には店主の信吉・ふじ夫妻とその娘、二人の居候が住んでいる。長男の正一は自ら志願して入隊していたがなぜか逃亡、今は憲兵に追われる身。政府は“浅草にはレコード店がありすぎる”との理由で、オデオン堂を“整理”しようとしている。長女のみさをが傷痍軍人の源次郎と結婚、一家は何とか面目を保つが、世間の空気は次第にオデオン堂を、そして“好きな音楽を好きな時に口ずさむ”自由を脅かしてゆく……。

ひたひたと戦争が近づく気配を感じながらも、つとめて“普通に”、明るく生きる人々の姿を描く『きらめく星座』。太陽のようなふじ(秋山菜津子さん)と柔和な信吉(久保酎吉さん)、物静かだが、人命が疎かにされそうになると懸命に言葉を紡ぎ、助けようとする広告文案家の居候・竹田(木場勝己さん)、時に滑稽に見えるほど生真面目な源次郎(山西惇さん)ら、それぞれに愛すべき人々が日々を過ごすなか、度々ふらりと現れては物語を展開させるのが、正一というキャラクターです。

『きらめく星座』撮影:夛留見彩

『きらめく星座』撮影:夛留見彩

演じる田代万里生さんは、清潔・無垢な持ち味に(以前『マルグリット』で見せた)野性的なバイタリティを掛け合わせ、魅力溢れる青年を体現。流行歌の歌唱は思い切り鼻歌風に崩したり、音楽学校で学んだ正一らしい美声を響かせたりと自由自在で、その実に幸せそうな表情が、人間にとって歌うという行為が本能的な欲求であり、それが何者にも制限されるはずでないものであることを印象付けます。

『きらめく星座』撮影:夛留見彩

『きらめく星座』撮影:夛留見彩

小さな危機をその都度乗り越えてゆく一家も時代の波には抗えず、思いがけない結末を迎えることに。ただ善良に生きようとしているにも関わらず降りかかる不条理を、彼らは穏やかに受け入れ、“どうなるかわからない明日”へと向かってゆきます。

その姿は一見もどかしくもありますが、終盤、出征の決まった若者たちのため、ふじが「青空」を歌い始めると、場内に響くのは、2幕冒頭で流れていたレコードの市川春代の甘い歌声とは似ても似つかぬ、厳しく、切々たる歌声。観客はその時代、人々が秘めざるをえなかった“怒り”に気づかされつつ、行き先の見えない不透明感という意味での当時と”今“との相似性に、何か空恐ろしいものを感じずにはいられないことでしょう。

笑いを交えたわかりやすいホームドラマ形式で、“歌”をテーマに人間の自由と尊厳を問う音楽劇。胸にとどめておきたい歌声、台詞のちりばめられた舞台です。

デパート

2017年11月1~7日=三越劇場

【見どころ】

『デパート』

『デパート』

とある老舗デパートのバックステージ・ストーリーを、本物の老舗百貨店である日本橋三越内の劇場で上演するという、“ありそうでなかった”ミュージカルが誕生しました。『ミス・サイゴン』等で活躍する俳優・原田優一さんが演出を勤め、登米裕一さん(『瀧廉太郎の友人、と知人とその他の諸々』)が脚本、伊藤靖浩さん(『Color of Life』)が作曲を担当。ベテランの浜畑賢吉さんに実力派のシルビア・グラブさん、宝塚出身の愛加あゆさん、若手ホープの太田基裕さんら、多彩なキャストも魅力です。

わがままな常連客に、成長しない若手社員、人の話を聞かない上司……。どこの世界にもある(かもしれない)トラブルに登場人物たちがどう立ち向かうか、興味津々のミュージカルです。

【観劇レポート】
『デパート!』撮影:石塚康之undefined(C)ショウビズ

『デパート!』撮影:石塚康之 (C)ショウビズ

開店前の慌ただしさを象徴するようなメトロノーム的機械音のなかキャストが登場、“ここには出会いがある”とデパートの魅力を歌うナンバー「ようこそスクエアデパートへ」で舞台は開幕。

『デパート!』撮影:石塚康之undefined(C)ショウビズ

『デパート!』撮影:石塚康之 (C)ショウビズ

装置を最小限に絞り、観客のイマジネーションにディテールを委ねたステージ上では、目の前のことにはよく気が付くのに商才に乏しい社長の息子を起点に、うまくいっていない上司と部下、役者の夢を追い仕事には身が入らないバイト警備員、数十年来のお得意様である老夫婦ら、立場を異にする人々が関わり合い、それぞれのドラマを紡いで行きます。

『デパート!』撮影:石塚康之undefined(C)ショウビズ

『デパート!』撮影:石塚康之 (C)ショウビズ

いわゆる『グランド・ホテル』形式の群像劇にふんだんに“笑い”をまぶした舞台は、1幕はおおむねコミカルに進行しますが、二幕ではぐっとシリアス要素が前面に。

『デパート!』撮影:石塚康之undefined(C)ショウビズ

『デパート!』撮影:石塚康之 (C)ショウビズ

一人一人の“味”を引き出し、全員に見せ場を設けた原田優一さんの愛ある、そしてサービス精神たっぷりの演出のもと、キャストも生き生きと演じていますが、中でも老夫婦役・浜畑賢吉さん、出雲愛さんの気品としみじみとした人間味に溢れたデート・シーン、また親に遠く及ばない自分の技量に絶望する心中を歌う若い職人役・橋本真一さん(染谷洸太さんとwキャスト)のくだりが特筆に値します。

『デパート!』撮影:石塚康之undefined(C)ショウビズ

『デパート!』撮影:石塚康之 (C)ショウビズ

またソロ・ナンバーで登場するなり、その溌溂として美しい所作と歌、茶目っ気で観客を魅了するエレベーターガール役・愛加あゆさんも好演。伊藤靖浩さんの躍動感溢れる音楽もフレッシュです。

『デパート!』撮影:石塚康之undefined(C)ショウビズ

『デパート!』撮影:石塚康之 (C)ショウビズ

新作ということで、観ていて“別の方法もあったのでは”と感じられる部分が無いわけではありませんが(例えば従業員の客に対するスタンス等、極めて日本的な内容に見えるが登場人物の名前はほぼ全員が外国人、つまりこのデパートは日本ではないどこかにあるという設定など)、オリジナル・ミュージカルを成功させようというスタッフ・キャストの気迫は、ほどよい大きさの三越劇場を包み込んで余りあります。

三越本店がそのままモデルという作品ではないものの、鑑賞後通り抜ける三越の売り場のあちこちが、それまでとはどこか違って見える、特別な観劇体験となることでしょう。


*次頁で『ロッキー・ホラー・ショー』以降の作品をご紹介します!


ロッキー・ホラー・ショー

2017年11月7~12日=Zeppブルーシアター六本木、11月16日~12月3日=サンシャイン劇場、12月9~10日=北九州芸術劇場大ホール、以降仙台、松本、大阪で上演

【見どころ】
『ロッキー・ホラー・ショー』

『ロッキー・ホラー・ショー』

1973年に誕生したカルト・ロック・ミュージカルで、75年に映画版が公開、85年以降日本人キャスト版も度々上演されている人気作が、2011年以来久々の登場。嵐の夜にとある古城に迷い込んでしまった若い恋人たちは、城主フランクの人造人間創造に付き合わされるが……。

前回も主演の古田新太さんはじめ、小池徹平さん、ISSAさん、ソニンさんらの破天荒なパフォーマンス、ナレーター役のROLLYさん、エディ/スコット博士役の武田真治さんのミュージシャン兼任にも期待が集まります。今回が初となる河原雅彦さんの演出コンセプトは「グラム・ロック・パーティー」ということで、ひょっとするとこれまでで最も“観客巻き込まれ率”の高い日本版となるかも……しれません。

【観劇レポート】
『ロッキー・ホラー・ショー』撮影:引地信彦

『ロッキー・ホラー・ショー』撮影:引地信彦

開演前から場内を行き交い、販売グッズをPRするファントム役(本作におけるアンサンブル)の面々が、そのまま舞台に上がって場を盛り上げる。みんなで“R”“O”“C”“K”“Y”とコールしてまずはバンドの演奏がスタート、サックス(武田真治さん)を効かせた骨太の音色に期待が高まったところで、今度は音楽監督にして90年代、長くフランク役を演じていた“ミスター・ロッキー・ホラーショー”こと(?)ROLLYさんを呼び込みます。

歓声の中登場した彼は、ひとしきりギターソロで魅せた後、冒頭のナンバー「Science Fiction」を上木彩矢さんにバトンタッチ。甘く懐かしいメロディに時折スパイスを覗かせる上木さんの歌唱がさらなる期待を掻き立てる中で、本編がスタート、観客は結婚式帰りのブラッド&ジャネットとともに、禁断の世界へといざなわれます。
『ロッキー・ホラー・ショー』撮影:引地信彦

『ロッキー・ホラー・ショー』撮影:引地信彦

嵐の中で車がパンクしてしまった二人が傘代わりに新聞紙を頭に乗せると、客席では彼ら同様に新聞紙を頭に乗せる人がちらほら。今回の公演でも、映画版以来の伝統である“観客参加”は健在で、後々、立ち上がって踊りだす観客の中には登場人物のコスプレを楽しんでいる方がいることにも気づかされます。

助けを求めた古城で二人を迎えたのは、いかにも怪しい風体の執事リフラフ(ISSAさん)、使用人のマジェンタ(上木彩矢さん)、コロンビア(アヴちゃんさん)。突如「Time Warp」を歌い出した彼らに乗せられ、続いて登場した網タイツ姿の城主・フランク(古田新太さん)にも気に入られた二人は、フランクが手掛けて来た人造人間“ロッキー”(吉田メタルさん)誕生を見守ることになるのですが……。

『ロッキー・ホラー・ショー』撮影:引地信彦

『ロッキー・ホラー・ショー』撮影:引地信彦

理屈も性別も超越した世界で、心身を“解放”されてゆく若者たち。作者のリチャード・オブライエンは本作を「(若者の)通過儀礼の物語」として書いたそうですが、河原雅彦さんの演出は突き抜けたバカバカしさ、猥雑さを追求しながらも“解放”によって男女が本質をさらけ出し、最後には“無邪気さ”と“現実主義”の2方向に分かれてゆく皮肉を鮮やかに描写。また自身やROLLYさん、フランク役の古田新太さんら、長年の本作ファンとしての尋常でない作品愛と、振付の牧宗孝さんをはじめとする、“実は今回関わるまで本作を知らなかった派”のニュートラルな感覚を絶妙のバランスでミックスし、2017年の今にふさわしい『ロッキー・ホラー・ショー』を作り上げています。

キャストの皆さんも各役を生き生きと演じ、フランク役の古田新太さんは誰もが“唯一無二”と思っていた映画版フランク、ティム・カリーに匹敵する存在感で、何より登場時の濃密なオーラが圧倒的。以前は細川俊之さんらダンディな俳優が演じ、終盤との落差を楽しませていたナレーター役はROLLYさんが担当、大仰なナレーションで楽しませ、新鮮です。

『ロッキー・ホラー・ショー』撮影:引地信彦

『ロッキー・ホラー・ショー』撮影:引地信彦

禁断の世界に迷い込むブラッド役の小池徹平さんとジャネット役のソニンさんは『キンキー・ブーツ』に続き息のあった共演で、思い切り誇張された“良い子”っぷりがいつしか吹き飛び、変化してゆく姿が痛快。ソニンさんのソロ「Touch-a-Me」は芝居心と歌心が見事に両立して何ともキュート、映画版ではお蔵入りしていたブラッドの、ちょっとプレスリー風のソロ・ナンバー「Once in a While」を歌う小池さんは、歌終わりのちょっと意地悪な趣向(?)を余裕でこなしています。

使用人トリオのISSAさん、上木彩矢さん、アヴちゃんさんもテンポのいいセリフと文句なしの歌唱で躍動、バンド演奏とエディ&スコット博士役を掛け持ちする武田真治さんは登場の度、毒のある“華”を舞台に持ち込んでいます。ファントムたちのキレのいい動きも申し分なし。

休憩を含めて2時間強で終わってしまうショーながら、終演時にはかなりお腹がいっぱいに。にもかかわらず、帰路には「Time Warp」や「Touch-a-Me」のフレーズが自然と口をついて出、“また”観たくなってしまう。何とも中毒性の高い仕上がりのエンタテインメントです。


スカーレット・ピンパーネル

2017年11月13~15日=梅田芸術劇場メインホール、11月20日~12月5日=TBS赤坂ACTシアター

【見どころ】
『スカーレット・ピンパーネル』

『スカーレット・ピンパーネル』

97年初演のフランク・ワイルドホーンの大ヒット作に昨秋、2曲の新曲が追加。ガブリエル・バリー演出で“新バージョン”として上演された本作が、新たなキャストを加えて再登場します。原作は英国の小説『紅はこべ』。フランス革命勃発後の恐怖政治の中で、無実の人々を断頭台から救うべく立ち上がった英国貴族パーシーと“ピンパーネル団”の活躍、パーシーと妻マルグリット、その元・恋人で現在はフランス政府の要人であるショーヴランの三角関係が絡み、物語はスリリングに展開。

ワイルドホーンらしい躍動感溢れる音楽、主演の石丸幹二さん、安蘭けいさん、石井一孝さんの濃密な演技に加え、上原理生さん、泉見洋平さん、松下洸平さんら新キャストの熱演も楽しみな舞台です。

【観劇レポート】
歴史の渦の中で絡み合う男女の思惑と愛

『スカーレット・ピンパーネル』撮影:岸隆子(Studio Elenish)

『スカーレット・ピンパーネル』撮影:岸隆子(Studio Elenish)

前回公演から1年という異例の短期インターバルで上演された本作。演出的には大きな変更は無い中で、今回は三角関係にある主人公たちの心理的“攻防戦”がより繊細に描かれています(前回公演のレポートはこちら)。

例えば2幕、ピンパーネル団首領の正体を暴こうとするフランス政府全権大使ショーヴラン(石井一孝さん)は、かつての恋人であるマルグリット(安蘭けいさん)を利用し、ピンパーネルをおびき出させようとしますが、彼が指定場所に到着する前にピンパーネルことパーシー(石丸幹二さん)は顔を隠してその場に現れ、マルグリットの話を聞く中で、自分が彼女を誤解していたことを知り、彼女への愛を再確認します。時刻通りに来たショーヴランを、パーシーはとことん愚弄。愛する人の本心に安堵し、勇気百倍(?)となる男心を、石丸さんがお茶目に演じます。

『スカーレット・ピンパーネル』撮影:岸隆子(Studio Elenish)

『スカーレット・ピンパーネル』撮影:岸隆子(Studio Elenish)

またマルグリット役の安蘭けいさんは常に主体的に生き、そのために窮地に陥るも最終的に自分の選択は間違っていなかったことに気づき、同様に勇気を得て剣を取るというアップダウンの激しい役柄をリアルに表現、ショーヴラン役の石井一孝さんは黒づくめの服装が象徴するように、ひたすら政府=正義のためと盲目的に行動してきたのが、いつしかマルグリットへの歪んだ愛のためなのか判然としなくなってゆく様に哀しさを滲ませます。

『スカーレット・ピンパーネル』撮影:岸隆子(Studio Elenish)

『スカーレット・ピンパーネル』撮影:岸隆子(Studio Elenish)

いっぽう今回、初参加となった上原理生さんは、ロベスピエールが2幕冒頭で歌う「新たな時代は今」を情熱的に歌い、貧困の中で革命に立ち上がらざるをえなかった人々の背景に思いを馳せさせ、その直後、プリンス・オブ・ウェールズ役に早変わり。思いつめたロベスピエールとは対極的な鷹揚なオーラを纏う姿に、表現者としての幅の広さを感じさせます。

パーシーの片腕であるデュハーストを、頼れる存在感で演じる泉見洋平さん(石丸さんとは異なる声質がピンパーネル団のコーラスで活きています)、正義感に溢れるマルグリットの弟サン=ジュスト役・松下洸平さん、紅一点ながら危険な任務に飛び込むマリー役・則松亜海さんら、ピンパーネル団の面々もそれぞれに熱演。本作のテーマ曲とも言われる「炎の中へ」は序盤でも歌われますが、劣勢に転じた後半での歌唱には固い友情で結ばれた彼らの決意が漲り、ショーヴラン側にシンパシーを抱いていた観客がいたとしても、このナンバーでほろりとさせられることでしょう。冒険活劇と男女の愛の駆け引きを重ね合わせた重層的なミュージカルとして、さらなる深化を実現した公演となっています。

*次頁で『メンフィス』以降の作品をご紹介します!


『王様の耳はロバの耳』

2017年12月22日~1月8日=自由劇場

【見どころ】
『王様の耳はロバの耳』撮影:山之上雅信

『王様の耳はロバの耳』撮影:山之上雅信

寺山修司さん脚本の名作ミュージカルがこの冬休み、自由劇場で上演。昭和を駆け抜けた奇才・寺山さんと、劇団四季との縁はともすれば見落とされがちですが、青森から上京し、劇団四季の『間奏曲』に感銘を受けた彼は、60年のストレートプレイ『血は立ったまま眠っている』を皮切りに計4本の台本を劇団四季に執筆。本作はその2本目にあたり、『はだかの王様』と並んで劇団の重要なファミリー・ミュージカル・レパートリーとなっています。

王様の秘密を巡って起こる騒動を、いずみたくさんのメロディに乗せ、軽快なテンポで描いた“真実”と“勇気”の物語。930回を数える上演の歴史に、また新たな一ページが加わりそうです。

【王様役候補・牧野公昭さんインタビュー】
牧野公昭undefined富山県出身。演劇実験室「天井桟敷」を経て『レミング』『毛皮のマリー』等に出演。04年劇団四季オーディションに合格し、『思い出を売る男』に始まり『ウエストサイド物語』『コンタクト』『魔法をすてたマジョリン』等で幅広い役柄を演じている。(C)Marino Matsushima

牧野公昭 富山県出身。演劇実験室「天井桟敷」で『レミング』『毛皮のマリー』等に出演。04年劇団四季オーディションに合格し、『思い出を売る男』に始まり『ウエストサイド物語』『コンタクト』『魔法をすてたマジョリン』等で幅広い役柄を演じている。(C)Marino Matsushima

――『王様の耳はロバの耳』は、牧野さんにとってどんな演目ですか?

「初めて稽古キャストに選ばれた時、作品研究のために資料を観ていて、“あれ?”と耳を疑いました。“王様の耳はロバの耳”という、いずみたくさん作曲の、一度耳にしたら忘れられないメロディが聞こえてきて、これって数十年前にテレビの舞台中継で観た演目ではないかと。

しかも、私の演劇との出会いである寺山修司さんの戯曲だと知って、二度びっくりしました。私は寺山さんが作った劇団天井桟敷の出身なんです。師匠の作品ということもあって、心して臨みました」

――台本をお読みになって、いかにも寺山戯曲らしいと思われる部分はありますか?

「寺山さんの言葉遣いは独特で、今読んでも斬新です。50年以上前に書かれたというのに全く古いと感じないのは凄いですよね。例えば、森の精たちが歌うナンバー“おやすみ”には“レモンのような月が出た、鳩の巣、リスの巣、森の夢、本当のことは眠ってる”という歌詞があります。このように“ああなんて美しいんだろう”と思えるような歌詞もあれば、すごく毒を含んだギラギラした言葉も、ユーモラスな言葉もある。宝石のような台本だと思います」

――そんな戯曲に、俳優の皆さんはどうアプローチしていらっしゃいますか?

「今回、演出スーパーバイザーからは“リアリティがあれば自由に演じて構いません。大きく演じて下さい”と言われていまして、それぞれに工夫して取り組んでいます」

――寓話の世界でリアリティを持って演じる、とは?

「どの役も、イメージを膨らませ、その役を生きるということだと思っています。俳優がその瞬間にリアリティを持っているか、嘘をついているかということはお客様、とりわけ小さいお子様にはすぐに見抜かれてしまいます。俳優は作品と台本の言葉を信じて、瞬間、瞬間を役として生きていく。その結果として、お客様が共感してくださったり感動してくだされば、俳優としてこんなに嬉しいことはないと思っています」

――演劇の世界では、強烈なキャラクターを、演者の強烈な個性を前面に出して演じるというやり方もありますよね。

「以前、所属した劇団では、スターへの当て書きという作品もありました。しかし劇団四季は作品主義なので、“俳優は作品の前では透明になれ、肉体と声だけを貸してくれ”と言われた時は、こういうやり方があるんだと目から鱗、でしたね。以来、必要以上に言葉にニュアンスを入れたりということはせず、全身全霊で作品の中に入り込んでやっていこうと思うようになりました」

――そのうえで、牧野さんの“王様”はどんな王様でしょうか?
『王様の耳はロバの耳』撮影:阿部章仁

『王様の耳はロバの耳』撮影:阿部章仁

「王様はわがままで人のことを考えず、そのため神様に耳をロバの耳に変えられてしまいました。演出スーパーバイザーからは“そこに権力者の哀しさが出るといいね”と言われています。国を統治していく中で自分以外の人々は不幸になってしまっているということは分かっていて、悪いことをしているという良心の呵責もある。でもそういうふうにしか生きていけないという哀しさがある。そのような王様の一面も感じていただけると嬉しいですね」

――では最後に改心するのは、王様にとっては解放なのですね?

「解放です。中盤で森の精たちに、“あなたはすべてを持っているがこの国で一番幸せじゃない”と指摘された時に、“幸福なのは余だけで充分だ”と言い返すくだりがあります。はじめ私は台本の読み込みが足りず、わがままでやんちゃな王様だと解釈して台詞を発していたのですが、“そうじゃない、苦しむんだ”とアドバイスをいただき、はっとしました」

――再演を重ねていらっしゃいますが、今回はどんな抱負で臨んでいらっしゃいますか?

「深めることも大事ですが、それよりもその瞬間にどう自分の心を動かすかということを意識していますね。よく伝統芸能の方が“初日が一番(出来がいい)”とおっしゃいますが、余計なものをつけていかないよう、回を重ねるのは簡単ではありません。今回の公演では(新人を含め)フレッシュな俳優も多くて、彼らから学ぶことも多いですね。毎回新鮮な気持ちで全力でぶつかっていこうと思ってます」

――ファミリーミュージカルとあって、お客様には子供達もたくさんいらっしゃると思います。

「子供達は本当に正直で、感性もきらきらしています。以前、『人間になりたがった猫』という作品でスワガード役を務めた時に、劇中で怪我を負うのですが、その後のシーンで怪我をした方の手を挙げたんですよ。それがお客様から見えやすい方向だったので。そうしたら終演後のお客様をお見送りする時に、“どうして怪我したほうの手を挙げるの?”と聞かれました。子供達は細かいところまでよーく見ていて、どきっとすることをよく言われます(笑)」

――私事ですが、うちの子供はファミリーミュージカルの送り出しの時、悪役の方のいらっしゃる列を怖がる傾向があります(笑)。

「本当は優しい人なんだよと教えてあげてください(笑)」

――かしこまりました(笑)。今回、どんな舞台になるといいなと思っていらっしゃいますか?
『王様の耳はロバの耳』撮影:阿部章仁

『王様の耳はロバの耳』撮影:阿部章仁

「幅広い世代のお客様に楽しんでいただける舞台になるようみんなと作り上げたいですね。親子、あるいは三世代で御覧いただいて、終わったら話に花が咲いて楽しく帰っていただけるといいなと思っています」

――プロフィールについても少し伺わせてください。なぜ劇団四季を志したのですか?

「寺山さんの劇団に入りたての頃、参宮橋で寺山さんと稽古場に向かっていたら、劇団四季の稽古場の前を通りかかったんです。ピアノの音を聞きながら、寺山さんが“ここの劇団はな、芝居だけで団員を食わせようとしているんだよ。そんなことができると思うか?”とおっしゃって、そんなことは夢物語でしたから、びっくりしました。それから数十年、紆余曲折のなかで劇団四季という存在は常に頭にありましたが、自分には歌やダンスの能力は無いので縁はないだろうと思っていたんですね。しかしある時知人から“君は四季で勝負してみたらいいのに”と勧められ、調べてみたところもともとストレートプレイから始まった劇団であったことを知ったんです。浅利慶太先生の書かれた論文“演劇の回復のために”にも感銘を受け、こういうところで芝居をやってみたいと思い、オーディションを47歳で受けました。当時の最年長記録だったと思います」

――では歌、ダンスは入団してから?

「そうです。オーディションの最終選考では急に歌うことになり、少しだけ歌いました。『人間になりたがった猫』の“すてきな友達”という曲でしたが、高音部で緊張して、声が裏返り、“ああこれはダメだ”と思いました。それから3、4年後にまさかスワガード役でまたこの曲を歌うことになるとは思いませんでした。

入団後、最初はストレートプレイに出演していましたが、3作目で『クレイジー・フォー・ユー』に出演しました。青天の霹靂でしたね。一節ソロもありまして、悪戦苦闘したのを覚えいます。でんぐり返しをしたりと、体育会系の動きもありましたし。その後『エビータ』『雪ん子』では大いに歌い、毎回いっぱいいっぱいでした」
『アラジン』撮影:荒井健(C)Disney

『アラジン』撮影:荒井健(C)Disney

――多くのお客さんにとっては、やはり『アラジン』ジャファーの印象が強いかと思います。

「ジャファーの役作りは大変でした。求められているスケール感がとても大きいんですよ。出てきた瞬間から真っ黒なものが劇場空間に垂れ込めるように、空気を変えて下さいと言われ、どうやったらできるのかと(笑)。

でもあの衣裳や杖に助けられ、(纏った)その瞬間に役に入り込むことができましたね。(嫌われ役で)手下のイアーゴが唯一の心のよりどころで、悪の華を咲かせようねと二人で言い合っています。仲はいいですよ。“理想の相棒”です(笑)」

――どんな表現者を目指していますか?

「劇団四季に入って、どんな役にもはまればいいなと思うようになりました。私は悪役を務めることが多いのですが、キャスティングされる度に“自分にできるかな”と思うんですよ。私のキャラクターではないなと。でも意外と、やっていくうちに自分にこういう一面もあるんだと気づかされることもあるので、これからもいろんな役に挑戦して成長していきたいですね」

――意外といえば、『ブラックコメディ』のハロルド役、はまっていました。
『ブラック・コメディ』撮影:上原タカシ

『ブラック・コメディ』撮影:上原タカシ

「あの役は、最初は、“なんで私なんだろう”とまず思いました。大学生時代、劇団四季が上演していたのを観て面白いと思った作品でしたが、まさか自分がハロルドかと。今までの公演では優男系の方がやっていらした役ですのでね。でもやってみたら、皆さんから「ぴったりだった」と言われて、自信がつきました。

でも思い起こせば寺山さんの劇団に入ったばかりの21歳の頃、ある作品で主人公の母親役を演じているんです。それも髪の毛を真っ白にさせられて、黒いシミーズに裸足で。二枚目を目指していた21歳の青年としてはどんどん傷ついて行きましたが(笑)、“母親っていうのは寺山さんにとっては永遠のテーマなのよ、光栄なことなのよ”と諭され、やってみたらそれが評価されたんです。そういう経験も芸の肥やしになったのかなと思いますね。今後、ミュージカルで女性役も、ですか? 美しくなれるなら、やってみたいですね。ぜひぜひ!(笑)」

【観劇レポート】
『王様の耳はロバの耳』撮影・阿部章仁

『王様の耳はロバの耳』撮影・阿部章仁

進行役の男女が幕前に現れ、「幕を開ける歌」を歌い始めると、舞台袖からは劇中のキャラクターたちも続々登場。まるで絵本から飛び出してきたような彼らのカラフルな衣裳もあいまって、場内はたちまち“ワクワク感”に包まれます。ちなみにこの展開と幕開けの歌は『はだかの王様』も同様。作者(作・寺山修司さん、作曲・いずみたくさん)が共通していることで実現している、貴重な共通パターンです。

幕が開くと、町の人々が何やら噂。王様が髪を切る度に国内の床屋が一人、また一人と呼ばれて行き、帰ってこないが、いったい彼らはどうなったのか、というのです。そこにお城から使いがあり、最後に残っていた若い床屋も駆り出されることに。出かけた先でとんでもない光景を見てしまった床屋は、“何も話さない”条件で町へと返されますが、あまりの苦しさに森を訪ね、木に向かって話しかけます。するとどこからともなく“お言いなさいな、本当のことを……”と優しい歌声が響き、森の精たちが登場。私たちはいつでもあなたの味方、という精たちに励まされて、床屋は勇気を振り絞るのですが……。

『はだかの王様』が少年という無垢な存在によって救われる物語であるのに対して、本作では“自然”が人間の悩みを受け止め、行動のきっかけを与えます。陽だまりの精(小林由希子さん)らの美しい歌声と、(人間界のヒップホップ要素を含むダンスとは対照的に)多分にクラシック・バレエ的な森の精たちのダンス(振付・謝珠栄さん)が、自然界の懐の深さ、おおらかさを表現。またクライマックスではなんぴとも力で抑えつけようとする王様側と“王様の耳はロバの耳”と本当のことを訴えようとする町の人々側の歌が激突、一度は劣勢となった人々に観客も加勢する……という劇団四季ファミリー・ミュージカルの王道パターンが展開。親しみやすいメロディを4回ほど繰り返し歌えるとあって、観ている側も白熱せずにはいられません。

とうとう追い詰められた王様は、皆の前で膝を折り、許しを請います。それまで全身に漲らせていた傲慢さがすっと抜け、謙虚さを取り戻すという変化がよく分かる、この日の王様役・牧野公昭さん。“許してくださいこの私”という王様に対して陽だまりの精は“許しましょう”と優しく歌い、奇跡が起きます。その素敵さには、つい“これが今、世界の暴君と言われる人々にも起ったら”と素直に願わずにはいられません。王様の取り巻きを演じるローストビーフ役・青羽剛さん、アブラハムハム侯爵夫人役・八重沢真美さんらベテラン勢も、ほどよいカリカチュアぶりで劇世界に貢献しています。

やはりファミリー・ミュージカルの“お約束”である終演後のロビーでのキャスト見送りでは、キャストと握手できるだけでなく、一人一人凝ったデザインの衣裳を間近に見られるのも本作の魅力。動く度に羽がゆらゆら揺れる蝶の精なども目を奪いましたが、筆者の7歳の子は重厚感たっぷりに翻る王様のローブが“かっこいい”と気に入り、帰りの電車内でお絵かきを楽しんでいました。

メンフィス

2017年12月2~17日=新国立劇場中劇場

【見どころ】
『メンフィス』製作発表にて。(C)Marino Matsushima

『メンフィス』製作発表にて。(C)Marino Matsushima

1950年代のメンフィスを舞台に、人種の壁を音楽が打ち砕いてゆく様を、デヴィッド・ブライアン(ロックバンドBon Jovi)による濃厚なソウル・ミュージックとともに描き、2010年のトニー賞作品賞を受賞。15年に日本初演された本作が、再び山本耕史さん(今回は演出も担当)、濱田めぐみさん主演で上演されます。白人のラジオDJヒューイが禁を破り、ブラックミュージックのレコードをかけたことで、若者たちの文化は一変してゆくが……。

音楽に希望を見出すヒューイと歌手志望のフェリシアの夢と愛を、魂を込めて演じ切った初演から2年。山本さん、濱田さんのさらに深化した演技とともに、今回も続投のジェフリー・ページによる、ステージ上の人々がそれぞれに独特のポーズを繰り出す、個性的な振付が必見です。

【製作発表レポート(11月2日)】
『メンフィス』製作発表にて。(C)Marino Matsushima

『メンフィス』製作発表にて。(C)Marino Matsushima

都内ホテルで行われた会見は、作品の楽曲メドレー歌唱からスタート。ムーディな「Underground」(ジェロさん)からゴスペル調の「The Music of My Soul」(山本耕史さん)、ノリノリのロックンロール「Big Love」(伊礼彼方さん)、ブルージーな「Colored Woman」(濱田めぐみさん)、再びゴスペル調の「Say A Prayer」(米倉利紀さん、伊礼さん)、そして本作で唯一Bon Jovi風のロック・ナンバー「Steal Your Rock’n Roll」(全員)まで、それぞれにメロディが立った多彩な楽曲が飛び出し、場内はたちまち作品世界に染まります。
『メンフィス』製作発表にて。(C)Marino Matsushima

『メンフィス』製作発表にて。(C)Marino Matsushima

続いてホリプロの堀義貴社長、キャストお一人ずつのご挨拶の後、質疑応答。代表質問含めいくつかの質問がありましたが、筆者(松島)としては今回の演出がどのようなことになっているのか、興味がありましたので、その部分の問答を以下にご紹介します。
『メンフィス』製作発表にて。(C)Marino Matsushima

『メンフィス』製作発表にて。(C)Marino Matsushima

(松島)――今回、演出家としてジェフリー・ページさん、山本さんのお二人のお名前がクレジットされていますが、どのようにすみわけをされているのでしょうか?

山本「始まる前にジェフリーといろいろリサーチしながら、おおまかなプランを僕の方から出し、稽古が始まると振付もありますので彼がアイディアを出したりと、どちらかに偏ると言うよりかはいいアイディアをお互いに採用し合うような感じですね。出演者が自信を持って動けるものを採用しようね、と。大枠は僕のほうからばばばばっと出していますが、ここからどういうふうになるのかはまだ(これからの稽古次第)かなと思っています」
『メンフィス』製作発表にて。(C)Marino Matsushima

『メンフィス』製作発表にて。(C)Marino Matsushima

(松島)――前回とはかなり変わると思っていてよろしいですか?

山本「台本は同じですが、全く違う。空間的に全然変えちゃうので。前は抽象的な空間で、それも一つの手で芸術性があると思いますが、今回はもっとリアリティがあるほうが観ている方もやる方も演じる場所が想像しやすいかなと。今回の方がより演じやすいと思います」
『メンフィス』製作発表にて。(C)Marino Matsushima

『メンフィス』製作発表にて。(C)Marino Matsushima

(松島)――皆さんは演出家としての山本さんをどう御覧になっていますか?

伊礼「頼りになる兄貴というか、その中でも好きに遊ばせてくれもする。とても楽しいし、ネタバレになるので言えないこともあるけど、山本さんの頭の中にあるものが、日本初なんじゃないかなと思うものもあります」

山本「初めてのことなのかもしれないですね。スタッフの方が大変なんじゃないかと思いますけど、なんで今までこれやってなかったのというようなことも提案しています」
『メンフィス』製作発表にて。(C)Marino Matsushima

『メンフィス』製作発表にて。(C)Marino Matsushima

(松島)――何か大掛かりなものが出て来るとか?

山本「大掛かりなものが出て来るというよりかは、お客さんに移動していただくというような……。お客さんとしては二度楽しめるんじゃないかと思います」

上記の答えに、会場にはざわめきが。どんな趣向が登場するのか、これは見逃せない“新演出”となりそうです。

【観劇レポート】
音楽と愛の力で時代を切り拓いてゆく者たちの
栄光と悲哀を生き生きと描く

『メンフィス』(C)Marino Matsushima

『メンフィス』(C)Marino Matsushima

デルレイ(ジェロさん)や妹の歌姫フェリシア(濱田めぐみさん)が歌い、日常の憂さを晴らそうとばかりに人々が踊るナイトクラブのシーンで舞台は開幕。熱狂が一息つくと、風変りな白人青年ヒューイ(山本耕史さん)がふらりと訪れ、場の空気は一変する。デルレイが「ここは黒人地区だ」と迷惑がり、ヒューイが彼らの音楽への純粋な共感から訪れたことを歌で訴えるなかで、観客はこの物語が米国、特にその南部で厳然と人種差別が蔓延していた時代の物語であることを再確認します。

『メンフィス』(C)Marino Matsushima

『メンフィス』(C)Marino Matsushima

根っからの“音楽オタク”、それもブラック・ミュージックに心酔するヒューイは、ラジオ局で不意打ち的にかけたレコードが白人の若者たちに大うけし、DJデビュー。自身の番組でフェリシアの歌手デビューのきっかけを作る。幼少時から虐められ、さえない人生を送ってきたヒューイが、ブラック・ミュージックの核にある“虐げられる者の魂の叫び”を理解していることを知り、フェリシアの警戒は解け、二人は急接近するのだが……。

『メンフィス』(C)Marino Matsushima

『メンフィス』(C)Marino Matsushima

若者たちが“音楽”と愛の力で因習を乗り越えてゆく様を、抜群にノリのいい音楽(作曲・デヴィッド・ブライアン)に彩られつつ、ジェットコースター的に描いてゆく本作。再演となる今回の舞台では、劇世界を立体的に“解剖”し、キュビスムのアートのような面白みを感じさせた初演の美術とは一転、リアルかつシンプルなセットを使用。

『メンフィス』(C)Marino Matsushima

『メンフィス』(C)Marino Matsushima

DJブースやデルレイのナイトクラブ、ヒューイの家など、過不足のない舞台装置の中では物語がより分かりやすく、直球で届けられ、製作発表で(共同演出を手掛けた)山本耕史さんが話していた意図が明確に伝わってきます。

『メンフィス』(C)Marino Matsushima

『メンフィス』(C)Marino Matsushima

各登場人物の人物造型もそれぞれに粒立ち、山本さん演じるヒューイは歴史を変えたヒーローになり切れず、あと一歩を踏み出せない愛すべき“ダメ男”を軽やかに好演。クライマックスでヒューイが思いがけない行動に出るシーンでは、前回はすさまじい気迫でヒューイの“意思”を見せていたのに対し、今回は理屈ではなく“本能”に導かれ、自然にその行動に出てしまうていが新鮮です。

『メンフィス』(C)Marino Matsushima

『メンフィス』(C)Marino Matsushima

濱田めぐみさんは差別と隣り合わせに生きて来たフェリシアの芯の強さをダイナミックな歌声と立ち姿で表現、降ってわいたようなチャンスをものにしてゆく生き方に説得力を与えています。

フェリシアの兄役・ジェロさんは白人のヒューイに対して簡単には打ち解けられないシリアスな“背景”を漂わせ、無口なゲーター役・米倉利紀さんは1幕のクライマックスでまさに“ソウルフル”なゴスペルを歌い出し、場をさらいます。

『メンフィス』(C)Marino Matsushima

『メンフィス』(C)Marino Matsushima

ラジオ局の掃除夫から大変身を遂げるボビー役・伊礼彼方さんはとぼけた味と歌唱における圧倒的な明るさが得難く、局のプロデューサー役・栗原英雄さんは“振り回されキャラ”をユーモラスに演じながらも、プロデューサーとしての抜け目なさを、大人の余裕とともに滲ませます。

そしてキャラクター揃いの本作の中でも最もパワフル(!?)なのが、根岸季衣さん演じるヒューイの母・グラディス。慎ましい日々から“人生大逆転”と見えて……という振り幅の大きな役をペーソス豊かに演じ、デルレイとボビー、ゲーターを従えた2幕のナンバーでは迫力の歌唱で魅せています。どのキャラクターもそれぞれにチャーミングに見えるのは、演出家・山本さんの“こだわり”でもあるのでしょう。

『メンフィス』(C)Marino Matsushima

『メンフィス』(C)Marino Matsushima

単純なサクセスストーリーとは言い難いほろ苦い物語でありながら、幕切れの余韻は至って爽やか。これもまた、“今”の空気感をすくいとり、山本さんが観客のために選び取ったものなのかもしれません。

*次頁で『青空の休暇』、映画館上映『ホリデイ・イン』をご紹介します!


青空の休暇

2017年12月26~27日=シアター1010

【見どころ】
『青空の休暇』

『青空の休暇』

かつて真珠湾攻撃に参戦した3人の男たちが、半世紀ぶりにパールハーバーを見ようとハワイに旅立つ。それぞれに事情を抱えた3人は、現地で50年前に不時着した爆撃機がひそかに保存されていたことを知り、それに乗って再び大空を舞うことを決意。少年のように夢中で機体を修理する彼らの姿は、周囲の人々を驚かせるが……。

辻仁成さんの原作小説を中島淳彦さんの脚本、吉田さとるさんの音楽、鵜山仁さんの演出で劇団イッツフォーリーズがミュージカル化、2011年に初演。駒田一さん、宮川浩さん、井上一馬さんら充実のキャストで、失われた青春を取り戻し、生きる意味を見つけようと奔走する男たちのドラマが、コミカルな中にも切なく、あたたかく描かれそうです。

【主演・駒田一さん、宮川浩さん、井上一馬さんインタビュー】
(左から)井上一馬さん、駒田一さん、宮川浩さん (C)Marino Matsushima

(左から)井上一馬さん、駒田一さん、宮川浩さん (C)Marino Matsushima

――今回、客演される駒田さんと宮川さんにとって、イッツフォーリーズはどんなカンパニーでしょうか?

駒田「僕はもともと(前身の)劇団フォーリーズにいて、当時はまだ(創立者である作曲家の)いずみたくさんが存命中でした。辞めてから20年以上経ちますが、当時の空気を継承している気はしますし、色も変わってない気もします。『ミラクル』という作品でも客演していますが、参加する度に“戻ってきた”という感じがしますね」

宮川「客演って、よその家に行く感じがするものだけど、ここはみんな優しく受け入れて下さるし、居心地がいい。とても素晴らしい劇団だと感じています」

――初演は6年前の2011年。70代のおじいちゃん役ということで、皆さん気構えなどありましたでしょうか?

井上「私はそれまでも70くらいの役はちらほら演じていたけれど、親の世代の役、それも戦争が一つのテーマということもあって、ハードルは高かったですね」

宮川「初演の時には(辻仁成さんの)原作はもちろん、資料にもあたって研究しました。今回また原作を読んで、この台詞はちゃんと言わなくちゃいけないという部分を再認識しています」

駒田「最近は動画サイトもあるから、調べ物もしやすくなりましたよね。ただ、戦争が主なテーマというわけではない、ということは意識してます」

――日米開戦時に若者だった3人が、半世紀経って当時見つからなかったものを見つけようとする物語ですね。

駒田「50年間隠されていた爆撃機に出会ったことで、彼らは理屈でなく、それを飛ばそう、乗ってみようという気になるんです」

宮川「役者の物語にしても成り立つかもしれないね。50年前に役者をやめた男が、もう一度、帝劇に出たいと思う、出られるわけないと誰もが思うけど、やってみないとわからないと言ってチャレンジするとか……。これはまあ、無理だな(笑)」

井上「(笑)。それと、このミュージカルは“命”もテーマになっていて、主人公たちは自分の人生、このままで本当にいいのかなと思っているし、駒田さん演じる白河は家族の命のことで秘密も抱えています。また彼らは半世紀前、自分たちの落とした爆弾が命中して歓喜していたけど、それは自分たちの側の歓喜でしかなかった、という事実もある」
『青空の休暇』写真提供:オールスタッフ

『青空の休暇』過去の舞台より。写真提供:オールスタッフ

――重く深いテーマも含んでいますが、歌やダンスが加わることで、全体的には決して暗い方向には行かないのですね。

駒田「僕の中ではハッピーエンドですね」

宮川「生と死がテーマとは言っても、3人は生を追い求めているので、そこまで重たくはないと思います。それより、自分たちのために何をするかというのが主になってくるかな。彼らは半世紀ぶりにハワイに行って、何かを確かめる。誰のためでもない、自分のために飛ぶ。理屈じゃなく、自分を納得させたいのかなと思いますね」

――理屈でなく、まず行動というのは“男の子”っぽい発想ですね。

宮川「そう、少年なんですよ」

駒田「男のロマンなんですよね。それを微笑ましく見守る女性たちのナンバーもある」

宮川「75歳のおじいちゃんたちなんだけど、秘密基地を作ってる男の子みたいに夢中になっていくんです」

――初演から6年。再演を重ねるうちに“おじいちゃん”が演じやすくなってきたでしょうか?

駒田「ぱっと見は変わらないけど、お互いいろんな経験をしてきましたからね。6年前は“おじいちゃんを演じなくちゃいけない”と意識していたけど、今は等身大でちょうどいいくらいかな、と思っています」

宮川「だって松本幸四郎さんや橋爪功さんなんてね」

駒田「動きは“すたたたた~”だものね(笑)」
『青空の休暇』稽古より。(C)Marino Matsushima

『青空の休暇』稽古より。(C)Marino Matsushima

――共演を重ねる中で、発見する部分もあるかと思いますが、駒田さんから見て宮川さん、井上さんはどんな役者さんですか?

駒田「宮川さんは、こう見えて繊細なんですよ」

宮川「ふふふふふ」

駒田「ちょっと武骨なイメージがあるかもしれないけど、本を書いたり演出をする人で、繊細なものを作るんだな、と長い付き合いの中で感じています。だからこういう感じで芝居をするんだな、と。そういう意味では彼(の本質)を知らない方も多いと思うので、舞台上でそれが引き出せるよう、考えていますよ。

一馬は自分でも言っているけど、いつもはストイックなところがあるんですよね。でも今回は壁を開こうとしていて、今までとは違うアプローチをしているんだなと感じます。こちらも(共演にあたって)うまくバランスがとれればと思っています」

井上「今度お弁当作ってきてあげようか?(笑)」

駒田「いや、買ってきたものにして(笑)」

――宮川さんから見たお二人は?

宮川「井上さんは今喋っている、そのままの感じの役者さん。僕も武骨と呼ばれてるけど、井上さんも武骨ではあるのかな。劇団の長(おさ)だから気遣いもされる方で、“ごめんね、今日飲みに行けないんだ”と言ってくれるけど別に誘ってないよ、ということもあったりして(笑)。

駒田さんは付き合いも長いし、僕が演出するライブでアルプスの少女ハイジをやってもらったりもしているけど(笑)、器用で、なんでもやってくれます。帝劇ではエンジニアみたいな主役もやるし、サンチョみたいにフォローするような役もやっていて、なんでもできるんだなこの人は、と感じますね。今回の舞台で“お前は何でも立ち向かう男たい”という台詞があるけど、本当にそういう感じ。めげることもあるんだろうけど、なんか前に進んでるな。今、演劇界で一番前に進んでる役者なんじゃないかな……って、いいところを言えばね(笑)」

駒田「もちろん、いいとこばかりじゃないから(笑)」

――では、井上さんから見たお二人は?

井上「以前、駒田さんと共演したとき、“一馬の頭の中はおもちゃ箱をひっくり返したみたいだね”と言ってくれて、彼は適切な評価をしてくれる、人のことを良く見てる人なんだなと思って、その印象は今も変わらないですね。あと、声を(使いすぎて)しゃがれ始めたところからぐっと鳴り(響き)始めて、いい声なんですよ。僕は枯れ始めるととことん枯れますから(笑)。

宮川ちゃんはとにかく歌を歌っているときの太い感じが凄くて、羨ましい。それと、こう見えて、ちょっと間違ったりするとものすごい気にしたりして(繊細で)、そういう二面性が見てて楽しいです」

――話は作品に戻りますが、本作にはいずみたくさんの既成の曲「青春(帰らざる日のために)」が挿入歌として登場します。どんな効果をあげていると感じますか?

駒田「歌詞が作品にぴったりなんですよ。“生まれてきたのは何故さ”って、作品に当て書きしたような感じだよね」

宮川「“青春”と言う言葉も出てきて、“青春”って最近は使われない言葉だけど、それが恥ずかしげもなく歌われていて、この作品にしっくり来てる。僕ら(が演じる)じじいたちが歌うことに意味が出て来るんですよね」

駒田「メロディの良さは“世界のいずみたく”ですからね」

宮川「あまりにも有名な曲すぎて、オリジナル・ミュージカルにうまくはまるのかという心配ははじめあったね」

駒田「『われら青春』(中村雅俊主演の74年のテレビドラマ)の主題歌だったんだよね」

宮川「でも、今となっては全然違和感は無いよね。(作品のなかで)何かにつけて歌うし。自分の(体の)中にも入りましたよ」

――この歌の“自分はなぜ生まれて来たのか”であったり、“生きる意味は何だ”ということを主人公たちは追いかけます。そういう問いは皆さんの中にもありますか?

駒田「ありますね。“どうしてこの世界にいるんだろう”というのはしょっちゅう考えます」

井上「初演の頃より、今は考える時間が圧倒的に増えましたね」

――見えて来たものはありますか?

駒田「答えは出ない気がするんですよ。これかなと思っていても、いやもっと違うものがあるんじゃないかと。いろいろな答えが見つかっても、(その先に)もっともっと、もっともっとある気がするから、これでいいやと思うことはないんです」

宮川「抽象的だけど、“どこからきてどこへ行くのか”ということは、ずっと問うて生きてるみたいな感じはしますね」

駒田「(正解は)わからないですよね。でもまだまだ、何かあるんだろうと思ってます。だからこそお芝居をやっていられる。お芝居っていろんなキャラクターできるじゃないですか。宮川が言ってくれたみたいに、いろんな役をやっていきたいし、“僕はこういう役”っていうのはこれっぽっちも思ってなくて、100通りの役があれば、100通りやってみたいんですよ」

井上「そこでいろんな答えが出て来るんだろうね」

駒田「(要は)スケベなんですよ(笑)」

――いえいえ(笑)。では最後に、今回、どんな舞台になるといいなと思われますか?

駒田「ジェットコースターのような作品ではなく、最初は凪と言うか、ふわっと始まって、飛行機を発見するところからだんだん広がって行く作品だと思うんですけど、個々のキャラクターがちゃんと出来ているので、この(主人公)3人を見ながら、自分を当てはめていただいたり、そういう部分で楽しんでいただけたらと思います。深いけれど決して重い作品ではなく、前向きな作品だと思います」

宮川「女性が共感するところもあると思うけど、僕もじいちゃんたちに観てもらって、“もう一度(思い切り)生きてみよう”と、元気になってくれるといいなと。もう70だからとか、余生を生きればいいんじゃないかという人が多いかもしれないけど、“もう一回何かできるんじゃないか”と、奮起して下さる人が増えたらいいなと思いますね」

――女性のミュージカル・ファンはお父さんを誘っていきましょう、と。

井上「そうそう(笑)。とにかく、誰もが観終わって元気になる、それプラス、最近は命を粗末にする人が多い中で、自分の命も誰かの命も大切なんだなとどこかで感じて欲しいなと思いますね。若い人が観た時に、誰もが前を向いて生きてるんだなと」

――おじいちゃん役でもありますし、これからも上演を重ねて、本作がお三方のライフワークになってゆくといいですね。

三人「そうですね(にこり)」

【観劇レポート】
“人生最後の一途な思い”が素直な感動を呼ぶ舞台】

『青空の休暇』写真提供:オールスタッフ

『青空の休暇』写真提供:オールスタッフ

筆者はこの日、都内の演劇鑑賞会主催の公演を鑑賞。客席には“大人の男性”が多く、再再演を迎えた本作が既に着実にこの層の支持を得ていることに気づかされます。

『青空の休暇』写真提供:オールスタッフ

『青空の休暇』写真提供:オールスタッフ

真珠湾攻撃に参戦した3人の元・兵士たち(白河=駒田一さん、栗城=井上一馬さん、早瀬=宮川浩さん)が、ハワイ行きの飛行機内で語り合う場面から舞台はスタート。戦後半世紀にして初めて、自分たちが爆撃した地を訪れた彼らは、その爆撃で片足を失った元・米軍兵士リチャード(グレッグ・デールさん)に出会う。

互いに複雑な心情を抱きながらも、50年という時がもたらす“和解”を感慨深く噛みしめる彼らは、日系人の庄吉(田上ひろしさん)に案内され、真珠湾攻撃の不時着機を発見。彼らはそれを再びそれを大空に飛ばそうと決意するが……という物語が、シンプルなセットの中で滑らかに、わかりやすく展開してゆきます。白河は頑固者、早瀬はおおらかでムードメイカー、栗城はバランサーと駒田さん、宮川さん、井上さんのキャラクター造型も明確。

『青空の休暇』写真提供:オールスタッフ

『青空の休暇』写真提供:オールスタッフ

戦争という重いテーマが先に現れはするものの、次第に浮かび上がる主要テーマは、主人公たちの“生の実感”の探求にほかなりません。戦争に青春を奪われ、欠落感を引きづったまま戦後を生きてきた彼らは、攻撃機の発見を機に、理屈を超えた行動へと駆り立てられる。さらに白河は別の事情も抱えており、自分の生きてきた意味は何か、これからどうやって生きてゆけばいいのかと煩悶します。

彼の人生に関わってきた人々の幻影が現れ、言葉を交わしてゆくなかで、白河の胸中にある強い思いが生まれてゆく様が、重層的なコーラスと白河役・駒田さんの力強い歌唱で巧みに表現。抽象的な心模様を描くにあたり、ミュージカルという手法が非常に生きた場面と言えるでしょう(演出・鵜山仁さん)。

『青空の休暇』写真提供:オールスタッフ

『青空の休暇』写真提供:オールスタッフ

人生最後の“一途な思い”に向かって奮闘する男たちと、それを見守る女性たち。カーテンコールでは自然に客席から手拍子が生まれ、場内は何とも言えぬあたたかさに包まれます。老若男女を問わず、観た人誰もが“もう一度頑張ろう”と素直に思えるミュージカルと言えましょう。


松竹ブロードウェイシネマ『ホリデイ・イン

2017年11月10~14日=東劇

【見どころ】
『ホリデイ・イン』(C)BroadwayHD/Joan Marcus Photography/松竹

『ホリデイ・イン』(C)BroadwayHD/Joan Marcus Photography/松竹

これまでメトロポリタン・オペラの映画館上映が好評を博してきた松竹が、このほど初めてブロードウェイ・ミュージカルを上映。記念すべき第一弾として、ビング・クロスビーとフレッド・アステアが共演した42年のミュージカル映画(邦題は『スイング・ホテル』)を舞台化した、2016年の新作『ホリデイ・イン』が選ばれました。

「ホワイト・クリスマス」等、アーヴィング・バーリンの名曲がふんだんに登場するなかで、三角関係をめぐる騒動を軽快に描いた、華やかな王道ミュージカル。デニス・ジョーンズによる振付は第71回トニー賞にノミネートされており、大ナンバーでは先だって上演された『パジャマ・ゲーム』でも見られた“縄跳び”がお洒落に取り入れられるなど、イマジネーションに溢れ、見逃せません。

【鑑賞レポート】

『ホリデイ・イン』(C)BroadwayHD/Joan Marcus Photography/松竹

『ホリデイ・イン』(C)BroadwayHD/Joan Marcus Photography/松竹

映像は場内のオーケストラピットからスタート。柔らかな笑顔でタクトを振る若い指揮者のもと、オーケストラが序曲を奏で始めると、まずはその音質の良さに驚かされます。英米の劇場独特の、(おそらくは日本よりも客席がやや丸みをもって舞台を取り囲んでいるが故の)“親密な”音色が、まるで現地にいるような感覚で体験できるのです。

音質の良さはその後も、コネチカットのホテルでショーを上演する主人公役ブライス・ピンカム(『紳士のための愛と殺人の手引き』でトニー賞にノミネート』)の軽やかな美声を引き立たせ、11台のカメラを駆使した映像も、ショー・ナンバーでの女性たちの健康的な色気を増幅。生の舞台鑑賞とはまた違う感覚が味わえます。

『ホリデイ・イン』(C)BroadwayHD/Joan Marcus Photography/松竹

『ホリデイ・イン』(C)BroadwayHD/Joan Marcus Photography/松竹

バーリンの作品と言えばやはり映画をもとに数年前に舞台化、日本には2年前に来日した『トップ・ハット』が思い出されますが、そこで使われていた名曲「Easy to dance with」「Cheek to Cheek」は本作にも登場。

アステア・スタイルの気品を端正に再現した『トップ・ハット』に比べ、本作ではより演劇的なアイディアをふんだんに盛り込んだ振り付けとなっています。また基本的なプロットは映画版と同様で、爆竹を使った斬新な振付も再現、映画版ファンを喜ばせるいっぽうで、映画版では主人公たちの恋が何か月にもわたって悠長に進んでいったのに対し、舞台版では短期間に凝縮してテンポよく展開。魅力的な脇役を増やしてお笑い要素も取り入れるなど、“現代のブロードウェイにふさわしい工夫”も興味深い作品です。

*次頁で『In This House~最後の夜、最初の朝~』PV撮影ロケ・独占レポートを掲載します!

 

 

【特別記事】
独占取材!『In This House~最後の夜、最初の朝~』
PVロケ撮影同行レポート

『In This House~最後の夜、最初の朝~』

『In This House~最後の夜、最初の朝~』

ミュージカルのPR映像(PV)と言えば、宣伝ビジュアルのための扮装写真撮影の様子を収録、その際の出演者コメントとあわせて公開するというのが一般的。そんな“常識”にとらわれず、屋外、それも片道3時間半をかけ、伊豆まで遠征してPVを撮影したのが、岸祐二さんらが出演するミュージカル『In This House~最後の夜、最初の朝』(2018年4月上演)です。

おそらく業界初という画期的なこの撮影に松島が同行、作品の空気感が垣間見えるPVがどうやって作られてゆくか、キャスト、スタッフのコメントを織り交ぜつつ、レポートします!
 

雄大な景観の中で
キャストの表情、仕草に新たなニュアンスが加わる

『In This House~最後の夜、最初の朝~』ロケにて。

『In This House~最後の夜、最初の朝~』ロケにて。

9月某日、朝6時半。都内の某駅前に停められたロケバスには、一人また一人とスタッフ、そしてキャストが乗り込み、「おはようございます」の声が幾重にも重なります。時間通りに発車した車は、早朝とあってがら空きの道をすいすいと走り、一路伊豆へ。

二世代のカップルが一軒の廃屋で出会い、生まれるこのドラマの出演者は四人。大劇場ミュージカルでも活躍している岸祐二さん、入絵加奈子さん、綿引さやかさん、そして“2.5次元ミュージカル”出身のホープ、法月康平さんという布陣です。4人で顔を合わせるのはこの日が初だそうですが、互いの呼び名を確認しあううち、自然に和やかなお喋りがスタート。朝食として配布されたおにぎりを巡って早朝から岸さんのダジャレが炸裂したりと、車内は次第に“遠足”気分に。

『In This House~最後の夜、最初の朝~』ロケにて。

『In This House~最後の夜、最初の朝~』ロケにて。

朝日きらめく海辺で小休憩した後、うねうねとした山道を突き進み、目的地の稲取細野高原に到着。車を降りると起伏豊かに野原が広がっており、皆さん『サウンド・オブ・ミュージック』の冒頭シーンよろしく、空を見上げてリラックス。ここで昨日既に現地入りしていたディレクターらと合流、スケジュール表に従ってお一人ずつメイクが施されてゆきます。

『In This House~最後の夜、最初の朝~』ロケにて。

『In This House~最後の夜、最初の朝~』ロケにて。

それにしてもなぜ、今回ここでのロケが決まったのでしょう。「(PVを撮るなら)ロケにしようよ、と言ったのは僕です」と、本作の演出家、板垣恭一さん。「舞台のPVって、普通はスタジオで衣裳を着ているところを撮影したり、前回公演の舞台映像をそのまま使ったりするけれど、それだとお芝居のファンにしか届かないかもしれない。でも、こういう映像なら誰にでも“何だろう”と思っていただけるじゃないですか」。

プロデューサーの宋 元燮さんも「非日常的な空間で撮影するからこそ、ドキドキわくわく感が生まれる」とロケを即決、作品のイメージを膨らませ、ススキのある場所を探しているうちにここがヒットしたのだそうです。「冬だったら嵐の岸壁で、ドローンを飛ばして撮りたいところだけどね(笑)」と板垣さん。(注・火曜サスペンス的な内容ではありません!)

『In This House~最後の夜、最初の朝~』ロケにて。

『In This House~最後の夜、最初の朝~』ロケにて。

さてメイクが済み、車はいよいよ撮影ポイントに移動。趣ある大木の側で、お一人ずつ撮影がスタートします。PVのディレクター、深沢さんは「ここを通って木のこのあたりに触れ、見上げてください」とかなり細かく動きを指示。その通りに動くうち、みるみるうちに人生の悲哀を滲ませ、あたりをセピア色に染めてゆくベテランの岸さんに対して、はじめは緊張からか、少々硬い表情で懸命に取り組む、初々しい法月さん。二人の役者としての蓄積がそのまま、彼らが演じる対照的なキャラクターの表現に反映されてゆきます。

稲取細野高原がある東伊豆町は、ロケ協力にも積極的。地元の飲食店特製のロケ弁は膝に乗りきらないほどの大きさで、金目鯛(おそらく名物の稲取キンメ)の煮つけなど、一品一品丁寧に調理。キャストの皆さんからも歓声が上がっていました。(C)Marino Matsushima

稲取細野高原がある東伊豆町は、ロケ協力にも積極的。地元で手配された特製ロケ弁は膝に乗りきらないほどの大きさで、金目鯛(おそらく名物の稲取キンメ)の煮つけなど、一品一品丁寧に調理。キャストの皆さんからも歓声が上がっていました。(C)Marino Matsushima

さくさくと撮影は進み、手が空いた人からロケ弁をいただいて、第二の撮影ポイントへと移動。見渡す限りすすき野と化した雄大な自然に圧倒され、キャストの皆さんは大いにインスピレーションを得た様子。腰まで届くかというほどの高さのすすきをかきわけ歩いてゆく足取り、手先にも実感がこもり、味わい深いイメージ・ショットが次々に生まれてゆきます。

予定時刻の16時に全ての撮影が終了、一行は再びロケバスへ。たちまち夜の闇に包まれながら、皆さんにこの日の手ごたえをうかがってみると……。

岸「楽しかったよね。移動は長かったけど、それだけの価値があった」
法月「集合が6時半と聞いた時にはどうしようかと思ったけど(笑)」
綿引「海も見えたし、ススキの山はとても静かで素敵でした」
入絵「私の頭の中では、“遠き山に日が落ちて~”という歌がずっと流れてて、すっごくいいところでした」

『In This House~最後の夜、最初の朝~』PVロケにて。

『In This House~最後の夜、最初の朝~』PVロケにて。

“今日一日だけで、みんな団結したよね。旅公演したような感覚”という入絵さんの一言に強くうなずく皆さん。自然と“来年の稽古まで会えないのは寂しいよ”“会おうよ、岸さん、仕切りお願いします!”と飲み会(?)の約束も。この日撮影された素材は編集作業を経て、11月にいよいよ公開。キャストの皆さんの表現が映像という形でどのように作品の空気感を伝えているか、仕上がりが楽しみです。(作品内容についての皆さんのコメントは来年、掲載します)

*『In This House~最後の夜、最初の朝~』2018年4月4~15日=東京芸術劇場シアターイースト(公式HPよりPVを御覧になれます)
*岸祐二さんの『レ・ミゼラブル』『扉の向こう側』等、最近のご出演作についてのインタビュー記事はこちら



※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。