糖尿病

糖尿病の合併症予防に活かしたい「J-DOIT3」結果解説

【管理栄養士が解説】2006年から2542名の糖尿病患者様に参加いただいた大規模臨床試験、「J-DOIT3」。2017年9月、第53回欧州糖尿病学会にて最終的な解析結果の報告がありました。この結果を踏まえて糖尿病治療に対してどのように向き合うべきか、栄養学者であり、管理栄養士であるガイドの目線からお伝えしたいと思います。

平井 千里

執筆者:平井 千里

管理栄養士 / 実践栄養ガイド

J-DOIT3とは……糖尿病患者の大規模臨床試験

実験風景

2006年から行われた糖尿病の大規模臨床検査であるJ-DOIT3。待望の最終結果が発表になりました。これもひとえに参加してくださった患者様のおかげと感謝申し上げます。

2006年度より日本全国の大学病院に通院する糖尿病患者の皆様の協力を得て行われた大規模臨床試験である「J-DOIT3(ジェイ-ドゥイットスリー)」。

最後まで参加してくださった2542名の患者様に心より厚くお礼を申し上げます。発表者でもないのになぜお礼を言うのか不思議に思われるかもしれませんが、実は、私はJ-DOIT3立ち上げ当初、院内CRCという立場で参加患者様をリクルートする立場のお仕事をさせていただいていました。仕事はかなりハードで診療時間の間、ずっと階段を駆け上ったり駆け下りたり……、本当に忙しい日々でした。しかし、どんなにハードでも、辛いと思ったことはありませんでした。J-DOIT3の研究内容は当時、大学院生であった私の研究内容とも関連性が高く、この研究がうまくいけば糖尿病の患者様のお役に立てるとワクワクしていました。ワケあって、本当に短い期間だけのお手伝いしかできず、泣く泣くその職を離れましたが、本当に楽しく勉強をさせていただきました。

J-DOIT3は医学界のみならず糖尿病に関わるコメディカルにとって、本当にワクワクするような研究内容でしたので、離職後も最終結果を今か今かと10年以上待ちわびていたというわけです。そんな栄養学者の卵であり、駆け出しの管理栄養士だった私の心をとらえて離さなかったJ-DOIT3。

2017年9月ポルトガル・リスボンにて行われた第53回欧州糖尿病学会(EASD2017)にて、待ちに待った最終的な結果報告がなされました。その結果を受けて、今後の糖尿病の治療に対する心構えを栄養学者として、また管理栄養士としての目線で考えてみたいと思います。

J-DOIT3の研究内容

J-DOIT3(ジェイ-ドゥイットスリー)は、Japan Diabetes Optimal Integrated Treatment study for 3 major risk factors of cardiovascular diseases の略で、日本語では「糖尿病予防のための戦略研究 課題3」です。J-DOIT3は「糖尿病による大血管合併症を30%抑制する」という目標を掲げて行われた厚生労働省の研究事業として実施された臨床試験のひとつです。

ほかにJ-DOIT1、J-DOIT2があります。J-DOIT1は「境界型糖尿病から糖尿病への進展を50%抑制する」、J-DOIT2は「糖尿病治療の中断率を50%抑制する」という目標を掲げて行われました。

J-DOIT3の試験内容……全国81施設での大規模臨床試験

J-DOIT3は全国で81施設が参加するたいへん大規模な臨床試験です。ほとんどが大学病院だったと記憶しています。対象患者は高血圧または脂質異常症を合併している45~69歳の2型糖尿病患者。患者の治療の足並みをそろえるため、参加条件も治療ステップもかなり細かく設定されていました。対象患者の背景は表1に示します。

■表1:対象患者の背景
対象患者の背景

対象患者の背景


大学病院に通院している患者は参加条件以上に悪化してしまっている人が多く、条件に合う患者を探すのに非常に苦労した記憶があります。条件に合う患者が見つかると、医師から患者に試験の詳細を説明します。患者が参加に同意すると「強化療法群」と「従来治療群」にコンピュータで自動振り分けされます。それぞれの管理目標は表2の通りです。

■表2:管理目標
管理目標

管理目標


「強化療法群」の管理目標は健常者とほぼ同じ。非常に高い目標です。そのため、患者から「従来治療群ならやってもいい」などと言われることもありました。自動振り分けなので、医師もリクルートしている私も希望が通りますようにと祈るしかありません。幸いなことに、私がリクルートした患者で希望通りの振り分けにならなかった人はいませんでした。本当にラッキーでした。

振り分けが決まると、それぞれの管理目標を達成するための薬の使い方や食事指導などの治療ステップが厳密に定められていて、医師はそれに沿って治療を行うことになっています。今だから言える裏話ですが、治療ステップが厳密すぎて患者様それぞれに合わせた治療ができないと愚痴をこぼしていた医師もいらっしゃいました。その当時はリクルートに必死で、どういう意味か考えたこともありませんでしたが、今になるとその気持ちは痛いほど分かります。糖尿病の治療薬は様々なものが出ています。どの薬が効くかを考え、結果を出すのが糖尿病専門医の腕の見せ所です。それなのに、薬の使い方まで決まっていたら、医師としてさみしいと感じる人もいて当然です。

それでも、研究に参加している間は辛くても、この研究が成功すれば糖尿病患者の合併症予防に希望の光が見えると、私は大いに期待していました。

私がJ-DOIT3に期待していたこと

J-DOIT3が開始された2006年は「メタボブーム」の真っただ中。世間は「ウエスト周囲長、男性85センチ、女性90センチ以上は気をつけましょう」とテレビで毎日のように流れていた時期です。

メタボリックシンドロームの条件である「ウエスト周囲長(内臓脂肪肥満)」「血糖値」「血圧」「脂質異常」の4つは「死の四重奏」と呼ばれており、医療に携わる者たちは常にどうにかならないものかと頭を抱えています。

一方で、体重コントロールがうまくいくと、その他の3つの数値も是正されます。しかも「ウエスト周囲長」がメタボリックシンドロームのマスト条件になっているため、詳しい説明を省いて「ダイエットしてください」と説明してきたところもあったように思います。

糖尿病については、当時の表記方法であるJDS表記で「HbA1c が、保健指導判定値5.2%及び受診勧奨判定値6.1%。治療の目標は優HbA1c<5.8、良5.8-6.5未満、可(不十分)6.5-7.0未満、可(不良)7.0-8.0未満、不可≧8.0」でした。そして、ほとんどの患者が「良」すなわち、6.5未満を目指していました。

保健指導で指導対象とされるカットオフが5.2%であるのに対して、治療目標は6.5%。1.3%の開きがあります。目標を達成するのは容易ではないとしても、この目標は生ぬるいのではないか?と、考えていました。(現在、HbA1cは表記が変更されています。現在はNGSP表記になっています。JDS表記からNGSP表記に変換する際は、+0.4%してください。例えば、治療目標がJDS表記で6.5%の場合、NGSP表記だと治療目標は6.9%です。)

というのも、糖尿病が最終的な死因になることはまれ。糖尿病になってしまっても「血糖値が高いだけ」であれば、さほど命の危険にさらされることはありません。糖尿病が怖いのは血糖値が高いことで様々な臓器に支障をきたし、「合併症」が起こること。その「合併症」が重篤な状態になると、命の危機にさらされてしまうことがあるのです。

そんななか登場したのが、「強化療法群」と「従来治療群」とを比べるJ-DOIT3。このうち「強化療法群」の目標は、糖尿病ではない健常者とほぼ同じ。目標は高いほうがいいに決まっている、と思いました。

「強化療法群」の治療はかなりハードですが、それに耐えれば、健常者と同じ天寿が全うできるはずだと思っていました。そのため、「従来治療群」に振り分けられた患者に対して、長生きするためのチャンスを失ったように感じて、気の毒だとさえ思っていました(後になって気づくのですが、従来療法群も必ずしも気の毒ではないです。知らないって怖いです……)。

大いなる期待! J-DOIT3の最終結果 

結果を表3と表4に示します。

■表3:治療前後の検査値
治療前後の検査値

治療前後の検査値


■表4:従来治療群に対する強化療法群のイベント発生率
従来治療群に対する強化療法群のイベント発生率

従来治療群に対する強化療法群のイベント発生率


現在は、学会発表で速報が発表された段階ですので、体重やBMIについては「ほぼ横ばい」とされているのみで、詳細の数値は未発表です。血糖値等の平均値は残念ながら、強化療法群、従来治療群のどちらも目標には届いていません。それでも、強化療法群はがんばった甲斐があったと思います。どの数値も従来治療群よりも良好な数値に改善しています。

しかし、糖尿病の治療の最終目標は検査値が上がったり下がったりに一喜一憂することではありません。治療のポイントは、重篤な合併症を起こさずに、糖尿病ではない人と同様の寿命を全うすることです。

強化療法群と従来治療群では、心筋梗塞、冠動脈血行再建術、脳卒中、脳血管血行再建術、死亡(表4では「主要評価項目」と示します)が19%抑制されました。この差は「統計的な有意差なし」といいますが、強化療法群が優勢であるとまでは言えないという結果でした。しかし、喫煙などの危険因子で補正を行うと、24%抑制されており「統計的な有意差がある」すなわち、強化療法群のほうが優勢であったという結果です。

脳血管イベント(脳卒中、脳血管血行再建術など)、腎イベント(腎症の発症、進展)、眼イベント(網膜症の発症、進展)もそれぞれ有意に抑制されており、特に脳血管イベントと腎イベントに関しては強化療法群では目覚しい抑制効果があったとの結果が出ています。

その他、死亡率、欧米での糖尿病合併症で最も多いといわれる冠動脈イベント(心筋梗塞、冠動脈血行再建術)、下肢血管イベント(下肢の切断、血行再建術)は有意な差は見られなかったとのことです。

J-DOIT3の結果を受けてこれからの糖尿病治療はどうなるか

この結果を受けて、研究グループは「現在、国内外で様々な糖尿病診療ガイドラインが発表され、治療の目標値が定められていますが、本研究の結果が明らかになったことで、より厳格な治療を目指す方向で、見直しが進む可能性があります」とまとめています。

本研究では、強化療法群、従来治療群ともに目標値に届いていませんでした。こういった研究に参加する患者は治療に対する意識の高い人たちです。意識の高い患者がチャレンジして到達できなかった結果を一般の患者が到達できるわけはない、高い目標は単なる絵に書いた餅にしかすぎない、という声も上がるような気もします。

ですが、やっぱり仮に到達できなかったとしても目標は高いほうがよいように思います。全員が目標に達成しないことをなげくよりも、高い目標にも十分に到達できる患者が本人にしてはゆるい目標に対して「これでいいや」と満足してしまうことのほうが残念です。

ガイドラインには一番、高い目標が掲げてあって、社会的背景や病状などを考えて医師が「この患者にこの目標は高すぎる」という場合は、その都度、医師がその患者に見合った目標を立てて導いてくれるはずです。

さらに上を目指せそうなら、目標を上へ上げたり、苦しそうだと思えば少し目標を下げたり、この見極めが上手い医師が名医だと思います。栄養相談を行っている管理栄養士も同様です。誰に対しても同じ目標で同じ説明をしているわけではありません。誰に対しても同じなら、テレビやビデオで十分です。対面でお話する必要はありません。

実は、私は他の管理栄養士ほど高い目標を設定しないので、同席している他院で他の管理栄養士の栄養相談を受けたことがある患者様のご家族から「やさしすぎます!」と言われることもしばしばあります。

本人以外の人から見ると高い目標を立てていないように思えるようですが、今まで慣れ親しんだ習慣を変えることを目標にしていますから、実行は難しいんです。そのため無理がないであろうと思われる内容で組み立ててお話をします。それも、すべてを実行しようと思わなくて大丈夫。話したことの半分でもよい習慣が身につけば効果は出ますから、ご安心下さい。

J-DOIT3調査の今後について

J-DOIT3については最終報告の詳細が発表になったら一段落です。しかし、糖尿病患者様の治療は続きます。糖尿病の治療は長丁場ですので。今後はJ-DOIT3に参加した患者のうち同意が得られた人に対して、AMRD(日本医療研究開発機構)の研究事業として5年間の追跡研究が行われるそうです。

本心をいえば、5年といわず10年、20年と追跡研究を続けたいところだと思いますが、データだけとはいえ、いつまでも追いかけられると患者様にもご迷惑なので、5年だけお願いしたのでしょう。

それでも長い人ではトータル15年。平均でも13.5年。よくおつきあいいただいたと感謝しかありません。私も臨床現場やガイド記事にてこの結果を踏まえて、皆さまにより分かりやすい食事療法のあり方をご説明していきたいと思います。

この先、追跡研究の結果も含めて、糖尿病治療に明るい未来をもたらしてくれることを祈念しています。

無理は禁物ですが、少しでも数値を改善することは健康寿命につながります。この研究に参加している患者の何がよかったかというと、どちらの群にしても病院に「通い続けていた」ことが重要です。また、残念ながら、糖尿病は血糖値が上がりやすい体質を改善することができないため、風邪のように完治することはありません。しかし、どんなに血糖値が安定していても定期的なチェックをすることが大切だと言えます。

治療の中断理由として最も多いのは、医療費についてですが、それもきちんと医師に相談すれば、一緒に考えてくれます。2番目は仕事が忙しくて通えないというものですが、土曜日や遅い時間まで診療している病院がありますから、探してみてください。

いずれにしても、病院とタッグを組んで、きちんと自分に合った治療を中断することなく続けることが糖尿病治療で最も大切なことです。「ご無沙汰しているな」という人がいたら、ぜひ診療を受けてください。
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