小西遼生undefined82年東京都出身。05年にTVドラマ『牙狼』に主演しアクションも披露。07年に『レ・ミゼラブル』で本格的にミュージカル・デビュー、以来『スリル・ミー』『next to normal』『ブラックundefinedメリーポピンズ』『End of the Rainbow』、シェイクスピア劇『十二夜』等、舞台を中心に活躍している。(C)Marino Matsushima

小西遼生 82年東京都出身。05年にTVドラマ『牙狼』に主演しアクションも披露。07年に『レ・ミゼラブル』で本格的にミュージカル・デビュー、以来『スリル・ミー』『next to normal』『ブラック メリーポピンズ』『End of the Rainbow』、シェイクスピア劇『十二夜』等、舞台を中心に活躍している。(C)Marino Matsushima

2014年に韓国で誕生し、大ヒットとなったミュージカル『フランケンシュタイン』。メアリー・シェリーによる19世紀の同名ゴシック小説を原作としながらも、“怪物”の誕生にビクター・フランケンシュタイン博士と共同研究者アンリの友情という新たな背景を加え、より悲しく壮絶な復讐物語にアレンジ、エネルギッシュな音楽とともに描いた作品です。

このほど開幕した日本版では、演出を板垣恭一さんが担当。メインキャストが全く異なる二役を演じるという韓国版の趣向はそのままに、ジェットコースター的な目まぐるしい展開に埋もれることなく人々の葛藤を前面に押し出し、その心情に寄り添いやすい舞台に仕上げています。
『フランケンシュタイン』母の死を契機として蘇生研究に熱中するビクター・フランケンシュタイン博士。写真提供:東宝演劇部

『フランケンシュタイン』母の死を契機として蘇生研究に熱中するビクター・フランケンシュタイン博士。写真提供:東宝演劇部

物語の芯となっているのは、少年時代に母が亡くなったことで“蘇生”研究にとりつかれたビクター・フランケンシュタイン博士で、彼が戦場で出会い、共同研究を持ちかけるのが医師アンリ。はじめはビクターの構想を“神の摂理に背く”と否定するアンリですが、理想の世界を創造したいというビクターの情熱にほだされ、ジュネーブへと同行します。ところが突発的に事件が起こり、アンリはビクターをかばって死刑に。ビクターはその首を使って遂に蘇生実験に成功しますが、生まれた男にアンリとしての記憶はなく、“怪物”として迫害され、復讐の鬼と化してゆく……。
『フランケンシュタイン』戦地で敵兵を治療し、糾弾されたアンリはビクターに助けられ、その情熱にほだされる。写真提供:東宝演劇部

『フランケンシュタイン』戦地で敵兵を治療し、糾弾されたアンリはビクターに助けられ、その情熱にほだされる。写真提供:東宝演劇部

このアンリ/怪物の二役を(加藤和樹さんとのwキャストで)演じているのが、小西遼生さん。テレビドラマ『牙狼』で鮮烈な主演デビュー後、『レ・ミゼラブル』や『スリル・ミー』『End of the Rainbow』 等数多くの舞台で活躍、今回もその長身と個性的な歌声を生かし、厭世感を抱きながらも友人の夢に希望を見出すアンリを清々しく、誕生の瞬間から恐れられ、迫害され続ける“怪物”役には徐々にインテリジェンスを加えながら、自身の存在のおぞましさ、哀しさを自覚する人物として演じ、確かな存在感を放っています。開幕から三日目、舞台直後の彼を楽屋に訪ねました。

メインキャストは誰も楽屋に帰れない?!壮絶な“二役”芝居

――初日から数えて今日は三日目。ご自身の中では、今はどんな段階でしょうか?

「僕にとって今日は二公演目です。初日の舞台には初日独特の緊張感があるので、僕の中では二日目にいよいよ始まるという感覚があるし、(ビクター役として)アッキー(中川晃教さん)と組むのは今日が初めてだったので、“ようやく(初日の幕が)開いたな”という感じがしますね」

――稽古場から実際に舞台に上がったことで見えてきたものもありますか?

「やはり舞台だと、作品世界に実感が伴うというか、全然違うものがあります。稽古場は仮想世界の中で技術面、役の内面などいろんなものを磨いて、ステージに立つ準備をする場だと思うんですけど、本番というのは一回一回が勝負という緊張感も高揚感もあって、実感がすごくある。全然違いますね」

――本作の大きな特徴と言えるのが、メインキャストが全員、二役を演じるという趣向。特に二幕では早替りもあり、物理的に大変なのではないでしょうか。

「全員大変だと思います(笑)。二役を演じるだけでなく、一つのストーリーをみんなで紡いでいかないといけない作品だし、楽曲も多いので、どの舞台も大変だけど、特に今回は別格ですね。早替りもあるので、楽屋には一度も帰れないです(笑)。舞台上にいない時にも皆さん、袖に待機していらっしゃって、幕が開いたら3時間、ずっと舞台にかかりきりという感じですよ」

――そうでしたか! この“二役”という趣向にはどんな意味合いがあると感じていらっしゃいますか?
『フランケンシュタイン』1幕でビクターとその姉エレンを演じた俳優は、2幕で欲にまみれた闘技場の主ジャックとエヴァも演じる。写真提供:東宝演劇部

『フランケンシュタイン』1幕でビクターとその姉エレンを演じた俳優は、2幕で欲にまみれた闘技場の主ジャックとエヴァも演じる。写真提供:東宝演劇部

「僕以外の方々の二役は、(善良な姉役と、欲にまみれた闘技場の女主人といった具合に)善と悪、というくらいに対照的な二役ばかりですよね。人間の二面性を見せるという意味合いもあると思うし、お客様にそれぞれの役者のふり幅を楽しんでいただくという、エンタテインメントとしての意図もあるのではないでしょうか。いろんな意味でそれぞれに挑戦しがいのある試みだと感じています」

清廉な医師と、哀しき“怪物”。驚くべき速度で変化してゆく、二人の人物を演じる醍醐味

――小西さんの二役については?

「僕は厳密にいうと、二役というよりも1.5役みたいなもの。亡くなったアンリの首を使って生まれたのが“怪物”なので、唯一、二つの役に直接的な関連性があるんです」

――怪物は台詞の中で「アンリの時の記憶はない」と言っていますが、アンリと怪物との間に内面的なつながりは無いのでしょうか?
『フランケンシュタイン』おぞましい人間たちの姿をつきつけられ、怒りを爆発させる怪物。写真提供:東宝演劇部

『フランケンシュタイン』おぞましい人間たちの姿をつきつけられ、怒りを爆発させる怪物。写真提供:東宝演劇部

「あの場面ではそういうことを言っているけど、後半に“俺の友達”という言葉を言ったりしていて、記憶が戻ったというわけではないけど、どこかでつながっているような気がします。それは終幕のビクターの台詞にも関係していて、曖昧ではありますが、アンリと怪物はビクターを通してつながっているように感じますね」

――生まれた直後はただ野獣のように自分の肉体をもてあましていたのが、次第に知性をまとってゆく小西さんの演技を拝見していて、彼の中で無意識に“アンリ”が目覚めているのかな、とも感じました。

「人間の赤ちゃんとは違うけれど、怪物も生まれた時には何も知らない、無垢の状態なんです。それが、首につぎはぎがある醜悪な姿のために人々に恐れられたり、コロシアムに放り込まれて人間のおぞましい姿をたくさん見るうち、彼はいろいろなことを学習してゆく。そしてコロシアムで虐げられる下女のカトリーヌと心を通わせ、一瞬夢を見るのだけど、次の瞬間に裏切られます。幸せを知らなければ傷つくこともなかったろうに、一度夢を見てしまったために、彼の中にはいっそう人間たちへの憎しみが募っていくんですよね。そうして創造主であるビクターへの復讐を決意した彼は、言葉を覚え、火を使うことを覚え……と、ものすごいスピードで進化していくんです」

――確かに怒涛の展開でした。

「実は1幕もね、速いんですよ。アンリが登場して、命を落とすまでの展開がものすごく速い。事件が起こってから、ビクターの身代わりをあっさりと買って出ているように見えるかもしれないけれど、彼にはもともと、死に場所を探している……ではないけど、既に生きる気力が失われている部分があったんですよね。

彼は戦争中、敵の負傷兵を治療しようとするのだけど、もし自分が人生で何かを成し遂げようとしていたら、軍規に反してまでそんなことをしようと思わないですよね。戦争の現実や自分の弱さを知った彼は、すっかり絶望していたのでしょう。それが、同じような過去を持ち、同じような研究をしながらも、生きる力や研究への強い意志を持ち続けるビクターの輝きに魅了され、彼を信じてみようと思う。そして共同研究を引き受けるんです。ものすごいスピード感で舞台は展開していくけれど、そういう筋立てを自分の中でしっかりと持つことで、お客様にも伝わるものがあるんじゃないかな、と思ってやっています」

――拝見していて、韓国版とは如実に異なる部分がありました。後半、星空を見上げていた怪物が迷子の少年と出会い、語らうシーンの終わり方です。
復讐を誓う怪物は森で星空を見つめるうち、迷子の少年と出会う。写真提供:東宝演劇部

復讐を誓う怪物は森で星空を見つめるうち、迷子の少年と出会う。写真提供:東宝演劇部

「僕が韓国で舞台を観た時には、実はあのシーンが一番衝撃的で、印象に残っていたので、日本版の台本を読んだ時には驚きました。表現として、韓国版の演出は衝撃的すぎるということだったのかもしれないですね。でも、現地で観た時には、あの場面はリアルな情景というより、怪物の心象を描いているようにも思えました。実際に生身の子どもに出会ったのではなく、純粋無垢の象徴としての“子供”と対話を始めた、というふうに……。そんな象徴に対して、怪物は“大人になったら、お前も俺を違うふうに見るようになるんだ”とつぶやくんです」

――そう解釈すると、さらに怪物が詩的に、“哀しく”見えますね。今回はビクター役、アンリ役ともにwキャストですが、ビクター役は中川晃教さんと柿澤勇人さん。相手役が変わることで、違ってくるものはありますか?

『フランケンシュタイン』ダブルキャストでビクターを演じる柿澤勇人さん、16年9月の製作発表記者会見にて。(C)Marino Matsushima

『フランケンシュタイン』ダブルキャストでビクターを演じる柿澤勇人さん、16年9月の製作発表記者会見にて。(C)Marino Matsushima

「二人とも、役が辿るルートは同じだけど、台詞の一つ一つが生きていて、そこから受け取るものは全然違いますね。どう違うか、は一概には言えないけど、敢えていうなら、(柿澤)勇人君のビクターからは、アンリに対する、友情関係への欲求を強く感じる。それに対してアッキー(中川さん)のビクターからは、生命を創造することへの執着をものすごく感じます。両親を亡くし、冷遇されて育ったビクターは愛情に飢えていて、愛されたいという欲求と愛されていないという悲しみが根本的にある。その中で、勇人のビクターは友情への欲求、アッキーのビクターには“命を蘇らせるんだ”という意思に比重を置いているように僕は感じるんです」

――本作は決して単なる“復讐物語”ではないと思われますが、小西さんの中では本作は何を描こうとしていると感じていらっしゃいますか?
『フランケンシュタイン』母の死を契機として蘇生研究に熱中するビクター・フランケンシュタイン博士。写真提供:東宝演劇部

『フランケンシュタイン』次々と“復讐”を実行しようとする怪物の影に怯えるジュリアと、彼女を慰めるビクター 写真提供:東宝演劇部

「今回の舞台が大きくシェリーの原作と異なる点として、怪物は(単に死体から生まれるというのではなく)友人の首を使って生まれ変わる話になっているので、そこには人のエゴも、友情、人の業も描かれているし、命とは、という問いも発していると思いますね。

それと、僕の中で感じているのが、人間の過ちは連鎖してゆく、ということ。さきほど出てきた怪物と子供の会話のシーンの中で、ふと(アンリとしての)記憶が蘇っているような言葉が出てくるし、怪物がなぜビクターと決着をつけようとするんだろうと考えた時に、どこかでこれを終わらせてやらなきゃいけないという気持ちがあるのかもしれない、と思うんです。痛みも、人の愚かさも、人間の過ちが連鎖してゆくことも知っている怪物だからこそ、あの結末がある。そこにはものすごくカタルシスがあるように僕は感じるんです。単なる復讐劇ではない“意味”を、今も演じながら見つけているところです」

――これから千秋楽まで、一か月半あまり。さらに磨いていこうと思っていらっしゃることは?

「いっぱいありすぎて、一つには絞れません(笑)。一日一日チャレンジングにやっていきたいなと思っていて、今日もアッキーと舞台で初めて組む中で、もっともっとというものがたくさん出てきましたね。お客様に作品の良さが伝わるように、自分が演じるアンリを通してビクターの心もより明確に見えてくるように、ということをもっと掘り下げていければと思っています」

*次頁からは小西さんの“これまで”を伺います。スカウトで芸能界に“なんとなく”入ったという小西さんですが、やがて運命に引き寄せられるように舞台にデビュー、そして……。


“なんとなく”入った芸能界で歌に目覚め、演技に目覚める。

『十二夜』写真提供:東宝演劇部

『十二夜』写真提供:東宝演劇部

――お話はちょっと遡りますが、小西さんはどんなきっかけで芸能界に入られたのですか?

「凄い遡りますね(笑)。僕は、スカウトがきっかけでした。高校の時に自分の学校の文化祭で。そのころちょうど高校生ブームで、学園祭が注目されてたんですよ。人気校でもあったので、そこにスカウトの人が来ていたんです。事務所に入るといっても、僕の側には”なんだか楽しそう”くらいの意識しかなかったですね。俳優とか歌手を自分ができるなんて思っていなかったから、事務所に入っても具体的に何かできるわけではないと思っていました」

――もともと、どんな少年だったのでしょう? 表現に対して興味はあったのですか?

「小学生の時はやんちゃだった記憶があるけど、中学になると静か目な人間だった気がしますね。表現には全然興味がなかったけど、20歳になってギターを弾くようになって、急に興味が出てきました。当時アコースティック・ギターで歌う音楽が流行っていて、僕も自分で曲を作っては、ライブハウスに電話をしていましたね。10枚で1万円みたいなチケットノルマがあって、それさえこなせばだれでも出られるので、月に3,4回ぐらいそういうところを見つけて歌っていました。誰かに聴いてほしいというより、とにかく歌うことが楽しい、仲間とセッションするのも楽しいという理由で、ストリートで歌うこともありました。そういう経験が僕の中には芯のようになっていて、それがすごく楽しかったから今の仕事に取り組むようになったのかなと思います」

――そして小西さんの名前を一躍広めたのが、TVの特撮ドラマ『牙狼』。アクションシーンが豊富な番組でしたが、オーディションではアクション審査もあったのですか?

「ありましたね。後で当時の記録映像を見たら、とてもアクションと呼べるようなものではなかったけれど(笑)。キャスティングって、いかに適役を見つけるか、じゃないですか。『牙狼』の監督はキャスティングについて明確なビジュアル・イメージを持っていて、ご自身もイラストを描く方で、実は審査以前に、(僕の写真を見て)既に決めていらっしゃったそうです。そういう“縁”に引き寄せられたことを、後で痛感しました」

――(13年の映画版まで)『牙狼』には何年も携わっていらっしゃいましたが、ご自身にとっては得るものも大きかったですか?

「そうですね。一番大きかったのは、この番組にはモノづくりのプロフェッショナルがたくさんいて、監督、照明、音響とすべてのメンバーが凄かったんです。深夜放映なのに、深夜番組の規模、もっと言えばテレビの規模を遥かに超えた映画並みのものを2クール、24話分作っていて、毎日朝6時から翌朝の6時まで撮影という生活が半年間続きました。自分は主役だから常に出番があったけれど、キャストは出番がない日もある。でもスタッフの方は各セクションに一人しかいないから、ものすごい仕事量だったと思います。でも、仕事という緊張感はあっても、何よりその仕事が好きだから、やりたいから、楽しいからやっているという方ばかりで。モノづくりの基本というものを教えていただいた気がします」

『レ・ミゼラブル』との、運命の出会い

――そのままテレビでスターになる道もあったかと思いますが、小西さんは07年に『レ・ミゼラブル』でミュージカル・デビュー。敢えて新たな分野に挑戦されたのですね。
『レ・ミゼラブル』写真提供:東宝演劇部

『レ・ミゼラブル』写真提供:東宝演劇部

「僕はスターになれるなんていう考えは持っていなくて、それよりも『牙狼』を通してこの仕事が楽しい、長くやりたいと思うようになっていたのですが、そうなると、今のままの自分じゃできることが少なすぎて、絶対長くはできない、と思うようになりました。やる気だけじゃできないという現実を前に、自分の無力さを感じたんですね。今後、例えば二枚目のを青年の役をいただいたとしても、『牙狼』ほど鍛えていただける現場はないだろう。たぶん下手な自分の醜態をさらして、何も得られないで終わっていくんじゃないかな、と勝手に思っていたんです。

でも、よくわからないけど、舞台という世界には稽古があるのはわかっていて、漠然と、そこでなら勉強できる場がある。自分を鍛えて少しでもうまくなれるんじゃないか、というイメージを抱いていたころ、たまたま友達に誘われて初めてミュージカルを観に行ったんです。それが『レ・ミゼラブル』で、その場である役を“やりたい”と思い、すぐ事務所に“オーディションが無いか確認してください”とお願いしたら、半年ほどしてオーディションの知らせをいただいたんです」

――まるで運命に導かれるような展開ですね(笑)。その時“やりたい”と思ったのが、実際に演じたマリウスだったのですか?

「はい、無知ゆえのまっすぐさで(笑)、“やりたい”というより、“絶対やる”と思っていました。なぜこの役かというと、舞台を観た時に、マリウスという役のキャラクターが自分が根本的に持っているものとすごく似ているんじゃないか、と思えたんです。恋に対してまっすぐな部分……もそうだけど、それ以上に、自分が生きる道が見えていないところ(笑)。そのなかでいろいろと考えあぐねていたり、いろんな局面でしてゆく選択の仕方も自分と似ていて、“あの役、やる!”と心に決めていました。オーディションには物凄い気迫で臨んだと思いますが、自分がどれだけできないかを認識していなかったから、ある意味最強なんですよね(笑)。でもいざ演じることになったら、大きな壁がいっぱい出てきて、自分の無力さに打ちのめされました。でも今の自分もそうだけど、僕は“今はできなくても、本番までに出来るようになればいいんだ”と、ちょっと先の自分に希望を持つようにしてました。その希望さえ消えそうになって、自分がここに立ってちゃダメなんだと思うくらいの挫折を味わうことも度々ですが(笑)。それは自分の良いところであり悪いところで、昔から変わらないですね」

――客観的であり、批評的な方なのですね。

「技術的な部分であれば、例えばある音が出れば課題はクリアされますが、演技に関してはどれが正解、というものがなくて、どうすればいいんだろうと当時は本当に迷いがありました。当時の自分に“もっと楽観的にやっちゃえばいいんだよ”と言ってあげたい気もするし、当時考えに考えていた自分を“えらいよ”と言ってあげたい部分もあったりして……複雑なんですよね」

――これまではシリアスな作品、役を演じることが多かったと思いますが、それはご自身で求めていたことでしょうか?
『フランケンシュタイン』母の死を契機として蘇生研究に熱中するビクター・フランケンシュタイン博士。写真提供:東宝演劇部

『ブラック メリーポピンズ』(C)Marino Matsushima

「そういうものが合うように見えるんじゃないですか。陰か陽で言えば、陰に見えてる。本当はそんなことはないかと聞かれれば、いや、そういう部分も大いにあるし(笑)。でも求められるというのは有難いことだからそこに向かって力を尽くすことも大切だし、暗い役にしても全部が違う傾向の役で、面白いお仕事をさせていただいていると思います。事務所や業界の中には“これまでやったことのないようなものもやってみようよ”と言ってくれる、心強い人たちがいっぱいいるんです。自分の中で具体的になっている希望は伝えつつも、自分はなるべくニュートラルな状態で準備しておきたいと思いますね。

僕は欲求が多くて、ミュージカルをやっていれば台詞劇をやりたくなるし、お芝居をやっていると歌が歌いたくなる(笑)。でも、いろいろなジャンルがあっても、それらを繋ぐ“輪”、共通点ははっきりとあるんですよ。その輪に乗れたら、なんでもできるようになるんじゃないか。それはすぐに見つかるものではなくて、きっと何年もかけて探し続けるものなんだろうと思いながら、今は一つ一つの舞台に取り組んでいます」

――観客の側からしても小西さんが舞台に来てくださったことは嬉しい限りですが、ご自身としても、舞台への挑戦は本当に良い選択だった、のではないでしょうか?

「そうですね。作品、脚本、そして演出家との出会い……。得るものが多いですね。舞台だけにこだわってるわけではないですけど、舞台は否が応でも集中して、向き合って観ていただくものなので、演じる側はごまかしがききません。そういう世界で得られる“出会い”は、僕にとってはすごく大きいと思って、大事にしています」
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ひょんなことから芸能界入りし、表現の楽しさ、そして“プロの仕事”に目覚め、“長くやってゆく実力”をつけようと舞台の世界に飛び込んだ小西さん。長期的なヴィジョンを胸に一つ一つの作品に取り組む姿勢には頼もしさが溢れ、いつの日か彼の言う“輪”を探り当て、自由自在の表現者となってゆかれるのでは……と、期待がいや増します。そんな彼が現在、幕が開いてもなお試行錯誤を続け、丁寧に練り上げている『フランケンシュタイン』の二役。アンリが身代わりを決意した理由を歌うナンバー「夢の中で」で、ビクターへの思いを語りながら時折と覗かせる少年のような純真さ、そして本稿でもたびたび登場する怪物と少年のシーンで、“神と自然”に“創造主ビクターと被創造物の自分”を重ね合わせるかのように星空をじっと見上げる哀しくも美しい姿は、特に必見ポイントだとお伝えしておきましょう。

*公演情報*
『フランケンシュタイン』16年9月の製作発表記者会見より。(C)Marino Matsushima

『フランケンシュタイン』16年9月の製作発表記者会見より。(C)Marino Matsushima

フランケンシュタイン』2017年1月8日~29日=日生劇場、2月2~5日=梅田芸術劇場メインホール、2月10~12日=キャナルシティ劇場、2月17~18日=愛知県芸術劇場大ホール

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